5.SS『畑作り』後編
『魔術師の杖 THE COMIC』、毎月1日お昼ごろの更新です。
渋谷駅直結、渋谷ヒカリエ8階。渋谷〇〇書店。221粉雪書店の棚。
小説版『魔術師の杖』と桜瀬彩香先生の『薬の魔物の解雇理由』4・5巻を置いてます。
コミカライズのアピールもしてますよ!
いろんな作業をするのが、わたしのリハビリにはいいらしい。グレンが王都から種や苗、それに畑仕事の魔道具を取り寄せてくれた。
まずは畑にする場所を決め、砂利混じりの渇いた地面に、わたしは棒で線を引いた。
「窓から畑のようすが見られるといいよね。このへんかな」
ここデーダスの環境は、今までわたしがいた世界とは違いすぎる。庭……といっても簡素な柵で囲まれただけだ。日当たりは良好だけれど、まわりには何もない。
「たしかね、まずは土作りをするのよ。ええと……地面を耕して小石を取り除いて、作物が根を張りやすいように、土をやわらかくするの」
「ふむ」
苗を並べていたグレンが振りむく。
「ちょっとどいておれ」
わたしをどかすとグレンは魔法陣を展開する。地面に術式が走ったかと思うと、ボコボコと土が波打った。
「えっ、魔法で耕せちゃうの?」
わたしがびっくりしていると、グレンはふしぎそうに首をかしげた。
「ネリア、お主……本当に家庭菜園なぞやったことがあるのか?」
ちゃんとある。おばあちゃんは自分ちの庭に畑を作っていて、夏に行くと庭で採れたトマトやトウモロコシを食べさせてくれた。
「えと……そりゃ、おばあちゃんの手伝いとかぐらいで、自分でやったわけじゃないけど……そうじゃなくて。あっちの世界じゃ、魔法で農業なんてしないんだってば!」
「魔法すら使わんとは……ずいぶん原始的なのだな」
ブツブツ言ってひげをなでるグレンに、わたしはあわてて説明する。
「いやいや、原始的じゃないから。トラクターとかスプリンクラーとか便利な道具はあったし、いろんな技術を使ってたんだから!」
「とりゃくら?」
さすがに農家の生まれじゃないから、グレンに農業の話ができるほどくわしくない。それに魔法農法なんて聞かされても、また熱がでそう。わたしは家庭菜園に集中することにした。
「とりあえず、この苗を土に埋めて……っと。ねぇグレン、水はキッチンから運んでくればいいの?」
わたしがキョロキョロとあたりを見回すと、グレンはとんでもないことを言った。
「水を喚べばいい。そろそろ術を覚えたらどうだ?」
「わたしが?」
「そうじゃ」
グレンは当然のようにうなずく。でも指パッチンで雨が降ってくるとか、そんなものではないはず。
「えと……どうやって?」
指をもじもじさせながらたずねると、グレンは盛大にため息をついた。
「魔力はじゅうぶんあるのだから、やろうと思えばできる。まったく異世界のもんは常識がないのぅ、水も喚べんとは。ノドが渇いたら、いったいどうするんじゃ」
「あっちの世界には水道というものがあってね、川や湖の水をろ過して管で家まで運ぶの。ろ過ってのは〝浄化の魔法〟みたいな技術かな。ゴミとか不純物を取り除くの」
「ほう」
考えてみればすごい技術だ。上下水道がきちんと整備されたことで、都市は疫病から守られて発展したのだから。
「それで、『水を喚ぶ』ってどうやるの?」
「喚びかたはいろいろあるが、この場合は転送魔法陣を使うのが、手っ取り早いだろう」
そう言って、グレンは空中に術式を描く。わたしもまねして指を動かした。
「地下にある水源から道を作る。あとは水量を調節すればよかろう」
空中で光る魔法陣から水が流れ、土に吸いこまれていく。陽光を反射してキラキラと輝く水滴は、まるでビーズのカーテンみたいだ。グレンの描いた陣形に見とれ、わたしは自分が描いた魔法陣に魔素を送る。
「うん。わぷっ!」
わたしの描いた魔法陣から盛大に水が噴きだし、グレンまでいっしょに全身ずぶ濡れになった。しょぼくれたおじいちゃんが、ますますどうしようもない感じに!
「ご、ごめん。グレン……」
全身から水を滴らせて、グレンはクックックッ……と笑いだす。
「できたではないか」
「や、初回のまぐれっていうか、なんでできたのかも、よくわかんないんだけど」
グレンの描いた魔法陣を、わたしはそっくりまねしただけで、もういちど同じことがやれる自信はない。
「何度も練習すれば自分のものになる。広域魔法陣を使えば、魔術で天候すらも操れる」
「それ、雨を降らせられるってこと?」
「ああ、その逆もな。錬金術は物質そのものの在りようを変えるが、魔術には理が動く。そのうち魔術も学んでみるといい」
「グレンみたいに教えてくれる人がいればね!」
水を喚べるようになったわたしは、庭仕事だけでなく掃除や洗濯でも、それを使うようになった。
ただし使えるのは家の外でだけ。うまくかげんができなくて、部屋を水浸しにしてしまい、グレンの書斎にあった本まで、ぜんぶ濡らしてしまったからだ。
それにコップ一杯の水は、ふつうに汲んだほうが早い。錬金術にも使える技だから、ちゃんと習得したいけど、まだまだ練習が必要なようだ。
毎日畑に行って、わたしは植えた植物たちの世話をする。世話といっても害虫はいないし、しおれて枯れてきた葉を摘んだり、風に倒れないよう添え木をするぐらい。
それでも変化のない日常で、成長していく姿を見守るのは、自分も励まされるようで楽しかった。
ある日、わたしは畑で一輪の花が、咲いているのを見つけた。
「グレン、見て!花が咲いたの!」
急いで書斎にいるグレンに、わたしは花を見せに行く。
「実がなる前に花を摘んだら、意味がなかろう」
「そうだけど、一輪だけ。ねぇ、テーブルに飾ってもいい?」
「かまわんが……」
グレンはわたしの手にある花を、じっと見つめている。わたしは彼によく見えるように、花を差しだした。
「ほら、グレンだって花を見つめるときは、優しい顔をしているよ?」
「わしが?」
ミストグレーの瞳が、驚いたように見開かれた。
「うん。何か花瓶になるもの取ってくるね」
わたしは花を手にしたグレンをそのままにして、キッチンへと向かった。
―大好きよ、グレン―
ふとグレンは、彼の周囲に花を降らせた女性を思いだした。彼女はいつもコロコロと笑って、彼を白いネリモラの花で埋もれさせた。そして……。
―ほら見て、この子も上手にできるようになったの―
―とうさま―
小さな手が差しだす花を、自分はどんな顔をして受け取ったのか……。
「もっと……うれしがってやればよかった」
ぽつりとつぶやかれたひと言を、シワだらけの手の中にある、その花だけが聞いていた。









