4.SS『畑作り』前編
物語のスタートより一年前のお話。
コミカライズ1話から派生したSSです。気楽にお読みください。
「なにこれ、すっごくおいしい!」
王都から送られてきた食料のなかに、フルーツが入っていた。それも木箱にゴロゴロと。赤い皮をむけば実は白く、スライスすると優しい甘さでシャクシャクとした歯ざわりが楽しい。
グレンが赤い実を持ち上げると、なんだか白雪姫に毒リンゴを食べさせるおばあさんみたい。
「ミッラは日持ちがするからな」
「おおお、これがミッラ!」
止まらなくてついつい手が伸びる。パクパク食べていると、グレンがあきれた顔をした。
「よく食うのぅ」
「晩ごはんの前だもん。オヤツよ、オヤツ。それにこれなら、いくら食べても太らなそう」
「ふむ」
「グレンも食べるでしょ。もいっこむいて……っと。あ、種がある」
わたしはふたつに割ったミッラの実の真ん中に、小さな黒い種が並んでいるのを見つけた。わたしは種をつまんでグレンにたずねる。
「ねぇ、グレン。この種を庭にまいたら、芽がでるかなぁ」
「なんじゃ、急に」
「だってお庭が殺風景なんだもん。それにミッラのなる木が生えていたら、収穫が楽しいじゃん」
「収穫……」
なぜかグレンの顔がげっそりしたけれど、わたしはミッラのある生活に、うっとりと思いをはせる。
フルーツはそのまま食べてもおいしいし、ジュースにして飲んでもいい。煮詰めてジャムにすれば、パンにつけて食べられる。
「食事はおいしいほうがいいもん」
「しかしミッラは種から育てると、実がなるまでに十年はかかるぞ」
「十年⁉️」
わたしはショックを受けた。三十歳になった自分が想像できないだけでなく、このデーダス荒野で十年過ごすと考えただけでクラクラする。
「無理かも。わたし待てない……」
あからさまにしょげたわたしに、グレンのほうがあわてる。
「エルリカでは倒れたが、そのうち王都に連れていってやる。もう少しの辛抱だ」
「もう少しってどれぐらい?」
じっとグレンを見つめれば、あからさまに目をそらした。ちょっとー!
「そうだな……転移酔いにまず体を慣らすとなると……ううむ。あのようすだと先に魔導車の運転を覚えさせるべきか……早くても来年には何とか……」
モゴモゴつぶやいて考えこむグレンを見て、わたしはあきらめた。彼が「無理だ」と言うからには無理なのだ。
今日はわりと体調がいいけど、わたしはよく倒れて熱をだす。まずはじょうぶな体を取り戻して、もっと使える術式を覚えなくっちゃ。そう気持ちを切り替えた。
「それじゃあさ、庭に家庭菜園作ろうよ!」
「かていさいえん?」
グレンは棒読みで聞き返すけれど、ちゃんと意味は通じたらしい。
「だって春だもん。ミッラじゃなくても、野菜でもいいよ。種を植えて芽をだしたら、夏か秋に収穫できるもの」
「朝晩散歩させるのも面倒じゃし、おとなしくてイビキをかかないヤツがいいぞ」
グレンはなんだか変なことを言う。
「わたしは植物の話をしているのだけど」
「だから家庭菜園に植える、植物の話じゃろう?」
いちおうツッコミを入れると、グレンは真顔で言い返す。やっぱり会話がかみ合わない。この世界になじめるか不安になってきたわたしは、考えるのをやめてうなずいた。
「……そうだね。イビキをかかず、散歩もいらない植物がいいな」
とりあえずそう言っておけば、グレンがてきとうに見つくろって、家庭菜園を作ってくれるだろう。
「それにしても植物か……王都にいるあやつを呼べば早いが、年がら年中落ち葉に埋もれているか、苔の上で寝ているヤツじゃからのぅ」
「それ、ダンゴムシか何か?」
「うむ。一階のアトリウムだった場所に、ほぼ住み着いている」
グレンはうなずいて返事をし、ふつうに会話が成り立ったので、わたしはそれ以上何も疑問に思わなかった。
「そっかぁ、錬金術師団っていろんな生きものがいるのね」
前・後編になりました。









