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6話・幻想と現実の狭間で

 青海は自分の名前を名乗ったのかさえ覚えていない。目まぐるしく状況が駆け抜けるように変化していくからだ。

 3体の恐竜の残骸を、ヴァルと名乗った大男と、クロノという剣士が流れるような鮮やかな手つきで解体し、処理してくれた。

 あの巨大な槍を軽々と振るうヴァルは黙々と。一方のクロノは後始末を任されたその顔に明らかな不満を貼り付けて。

 ちなみに、あの恐竜の名はアロプスというらしい。

 当然肉食で、獲物に対する執着が凄まじい。仲間を引き連れて戻ったのも、その生態の所為と言える。

 よく武器らしい武器を持たず立ち向かったものだ、とアルテナは関心半分、呆れ半分で言った。装備も身に付けず戦うのは命を無駄にしているのと同じ行為だ、とも。被害者がひとりも出なかったのは不幸中の幸いだ、とアルテナは締めくくった。

「確かに、我々の世界の建造物ではないように見受けられる」

 アルテナは商店街の大通りを物珍しそうに見回している。その後ろを、ポロンと呼ばれた女の子が何かを査定するような目と共に続く。自分たちの住んでいる商店街を鎧が闊歩する姿は現実感がなく、奇妙ですらある。

「・・・それにしても、まるで御伽話のようだな」

 アルテナが腕を組み、口元に指を添え眉をひそめる。

「御伽話?」

 小声で呟いたはずの声を拾われて、アルテナは何かを懐古するように目を伏せ、やがて口を開く。

「このエルドルトに伝わる伝承を思い出しただけだ」

 アルテナが視線を僅かに上に向ける。

「我々の世界の人間が異世界の勇者と手を取り合い、禍々しき悪魔に立ち向かう童話だ。君たちが本当に別の世界から来たというのなら、君達はさしずめこの世界を救う勇者様か、とな」

 自分の言っていることが可笑しいのか、アルテナはふふ、と薄く笑った。

「ただ、問題は転送の術についてだが」

 話題を変えたアルテナが、ポロンに視線を移す。

「転送術、召喚術はまだまだ発展途上の術式。大きく成功した例はまだ聞かない」

 ポロンという少女はその手の事に精通しているように見受けられた。見た目は確かに魔術師然といった格好だ。

「ひとつの街を丸ごと移動させるほどの事案ならなおさら」

 だったら、自分たちは誰の手で、どんな手段で、何の目的でこの世界に呼び寄せられたのか。それは誰かの気まぐれなのか。それすらもわからない。

 南口から北口へと、商店街の様子を視察しながら、アルテナは商店街とそこに住む住人に興味を示しながらも歩くこと数十分。

 そんなアルテナたちの気持ちと同じように、青海や実野梨もまるで映画の中から出てきたような姿は慣れることはない。実野梨なんかは目を輝かせていたりする。

「なるほど」

 一通り商店街を回り終わったアルテナは、北口から折り返して南口へ戻る。

 そこにはヴァルとクロノふたりがいた。

「アロプスの死体の処理くらい自分たちでやれよな。俺達は雑用係じゃねえぞ」

 不満の色が消えないクロノの目が青海を見やる。

 アルテナと違って、クロノは青海たち商店街の存在への警戒心を解いてはいないようだ。

「仕方ないだろう。彼らはどうやらこの様な状況には遭ったことがないようだ。だからこそ、アロプスに無謀にも戦いを挑んでいる」

 あんなのは、それこそ映画やゲームの中の出来事だ。

「あのまま残骸を残しておけば、さらなる野良を引き寄せる。アロプスの解体も酷だろう。バラして得た素材も売ればお金になる」

「それを運ぶのも、売りに行くのも俺達だぞ」

 不満を漏らしながらも、クロノとヴァルは、商店画の外へと向かった。

「すまんな、これが我々の仕事だ。疑心暗鬼になるのは許して欲しい」

 青海達が見知らぬ世界に飛ばされたという事実が判明しただけで、まだ不審者の疑惑は完全に解かれていないのだ。

「これからの話をしよう」

 アルテナが口火を切る。

「君達が異世界からの放浪者とは言え、ここは我がエルドルト王国の領土内だ。このまま無かったことのように看過するわけにはいかない。処遇がどうなるかはわからんが、このことを我が国に報告せねばならない」

 一難去ってまた一難。退去を命じられたらどうするのか。行く当てなんてないぞ。

「とりあえず、クロノとヴァルに報告に向かわせた。ここの警護は私とポロンが請け負おう」

 それはありがたい提案だけど・・・。

「いいのか?」

 青海のその問いに、アルテナ自分の胸元をトンと叩く。

「困った時はお互い様だ」

 それは今の商店街の人間には頼もしい言葉に思えて。

「仮に、君達が悪意のある人間だとしても、私は容易に斬り伏せる自身がある」

 その場にいたアルテナとポロン以外の人間が言葉を失った。

「・・・冗談だ」

 商店街の人間の反応に、アルテナは困ったように苦い笑みを残したのだった。


 北口にはポロンが、南口にはアルテナが警護を請け負うことになった。

「大丈夫なのか?」

 青海が不安に思うのは、あのポロンという女の子のことだ。

 アルテナはともかく、ポロンはおよそ戦いには向いていないように見えたから。

「心配はいらない。彼女は神聖術に長けた、頼りになる我々の仲間だ。こと守護という観点で言えば、他に引けは取らない」

 神聖術がどんなものなのかは青海には知る由もないが、アルテナが言うのであれば心配はいらないのだろう。

「今から夜明けまで、北と南を我々が守る。君達はその間に身体を休ませるといい」

 入口付近を遠巻きに見守っている住人たち。気が気ではない人間もいるだろう。助けてくれたとは言え、武器を持ち、見知らぬ人間が商店街を挟んでいる。

 青海はアルテナたちを信頼に足る人物だとは感じているが、そうではない人間もいる。

 光鍔もそのうちのひとりだ。

「アイツもよくあんな突然現れた人間をすんなりと受け入れられるものね」

 少し呆れの入った言葉は、夜の空気に溶けて消える。

 青海はアルテナ同様、同じく入口を守るべくその隣に立つ。足元には金属製のバットを携えて。

「アンタはどうなのよ。青海はもう籠絡されちゃっているみたいだけど」

 光鍔の問いに、実野梨は複雑な表情。

「ろ、籠絡って・・・。助けてくれたから気を許しちゃうのはわかるけど。それにあおちゃん、ああいうゲーム、好きだから」

 そのセリフに光鍔は目を丸くして。

「それだけの理由で?ホント呆れた」

 隣で光鍔は辟易したような息を吐く一方、実野梨は子供の頃、それこそファンタジーもののゲームのパーティーメンバーに、先頭を行く青海の名を冠した主人公の後ろに続く実野梨と光鍔の名前を付けた仲間が続くのを思い出した。

「・・・アンタも行ってくればいいじゃない」

 光鍔の言葉に、実野梨は視線の向こう側にいる幼馴染みに向けられる。

「邪魔しちゃ悪いから・・・」

 そう言って、実野梨は青海の方向から背を向けて駆け出していった。

 光鍔も一度だけ青海とアルテナの背に目を向け、実野梨の後を追うように商店街に消えたのだった。


「君も休んでいていいんだぞ」

 平素の表情のアルテナとは違い、青海は緊張を加えた表情で周囲に気を配っている。

 青海はこの商店街を守りたい。それだけだ。自分が受けたあの恐怖を、他の住人に味わってほしくはないのだ。

 ひとりで警護できるほどの力は青海にはなく、アルテナという腕利きを横に置いて情けないが、それだけは他人だけには任せられない事態だった。

 身が冷たくなるような感覚。テレビの中の世界では決してない。

 確実に命を刈り取る死の予感をその身に受けた。

 それが、実野梨や光鍔だったら。いや、商店街の誰であろうとも、嫌だ。

 そんな険しい表情で周囲に警戒心を薄れさせない青海を見て、アルテナは呆れたように小さく嘆息した。

「君は気を張りすぎだ」

 アルテナに指摘され、青海は微かに肩の角度を下げるも、向こう側に何がいるかわからない草むらを見ると、完全に安心することは出来ない。そんな様子の青海を見て、アルテナはまた眉を下げた。

「・・・君は、この街が好きなのだな」

 好き、とはそうでないとか。

 そんな次元の話ではない気がする。

 昔から住む街で、顔なじみの人がいて。変わらず隣に住む幼馴染みがいて。距離はあるが同様に同じくらいの付き合いの友人もいて。

 それがある日、何も状況がわからずに命が奪われたら。

 青海はやっぱり、それを阻止したい。

「・・・この商店街の屋根にある、あれは何だ?」

 空気を変えるつもりなのか、アルテナは突然そんなことを口にした。

 青海が見た尖塔をアルテナに確認してもらうため、例の場所に案内した。

 屋根の上から微かに見える尖塔は、アルテナ達が住まう国の一片だと言った。

 その際、アルテナは屋根のせいで下からは見ることが出来ない、そびえ立つポールに興味を示した。正確には、その先端に建てられている風見鶏に。

「あれはこの街に昔からある風見鶏で」

 あの風見鶏はここに屋根が建つ前から存在していること。この商店街の由来となったこと。

 その姿を見たのは青海が子どもの頃で、再びその存在を見ようとしたのは、この世界に来なければ屋上に足を踏み入れようとしなかったかも知れない。そう思うと、不思議な縁だ。

 青海の説明に、アルテナは「そうか」と小さく頷くのみだった。

 間もなくすると、草原の向こうから影が揺らめく。

 思わず青海は警戒の色を滲ませるが、その正体にアルテナは気がついていたようで、その影を出迎えた。

 シルエットが溶けると、青海もその正体に気がつく。あの大きな影には見覚えがある。

 クロノとヴァルがこちらに向かってやってくる。

「・・・ほらよ」

 クロノが不機嫌な顔で、懐から取り出した革袋を無造作に投げつける。ずしりとした重量感が地面に落ちる。

「まったく、いつまで不機嫌でいるつもりだ」

 アルテナが袋を拾い上げ、中身を確認する。

 そして、それを青海の手を開かせ、その上に乗せた。その行動の意味に青海が頭を回していると、アルテナが答えを述べた。

「倒したアロプスの骨や牙などを売却して用立てた。この世界の住人ではない君達にはまだわからないだろうが、袋の中身は大した額ではないが、金が入っている。受け取れ」

「え?でも」

いいのだろうか、という気持ちだ。

 あのアロプスを倒したのはアルテナたちで、青海は何ひとつ関わっていない。

「先立つものも必要だろう。みんなのために使うといい」

 袋の中には、外国の金貨の様な硬化が詰まっていた。アルテナの言う通り、それがどれくらいの金額なのかもわからない。

「商店街にはどういうわけか不思議な力で守られている食料庫はあるが、食料自体が無限に湧いてくるわけではないだろう?」

 アルテナは冷蔵庫の存在に物珍しそうに感心して見ていたが、それと食料事情が別物であるのを見抜いた。この商店街の食料にも限界はある。

「その金で苗でも種でも買うといい。幸い土地はある。人手もある。食糧事情は解決すべき最優先事項ではないか?」

 いつまでこの世界に留まるのか見通しが付いていないのは事実で。それは一週間か、一ヶ月か。それとも。

 ここはゲームの世界などではない。敵を倒しただけで、金は落ちてこない。青海は初めて金の重みを思い知った。

 いつまで食料が持つかわからないこの状況でそれは商店街で共有、解決しなければならない案件だった。

「その時はいつでも力になろう」

 その言葉はとても頼もしい。右も左もわからない中で、手を差し伸べてくれる存在がどれだけ心強いか。

 反対に、クロノは険しい顔を崩さない。

「・・・しばらく傍観というのが上の見解だ。他の隊は手が離せないため、コイツらのお目付け役は俺等の隊を中心にやれ、だとさ」

 クロノの話を聞く限り、退去を命じられた訳ではなさそうで。

「・・・くそ。俺等の国の土地を跨がせるなんて、正気じゃないぜ」

 頭を掻きながら、クロノは吐き捨てる。

 そして、アルテナに視線を向け、

「気を許しすぎだぜ、副隊長さんよ」

 クロノはあえて、青海にも聞こえる声量で言う。それだけ言うと、クロノは商店街の外へと消えていった。

 アルテナのような人間がいる一方、クロノ様な警戒を解かない人間もいる。所詮、自分たちはこの世界にとって異分子なのだと悟った。

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