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4話・束の間の平穏

 空が白み始める。

 恐竜襲撃の一件の後。

 北口、南口。そして東西に分かれる道にバリケードと共に、見張りを配置することにした。

 不幸中の幸いというか、武器になりそうなものは商店街には山ほどある。

 スポーツ用品店の主は旅行で留守だったが、緊急時だということでそのガラスを破らせてもらった。

 ゴルフクラブやバットを携えた、残った大人たちがその任に就いた。

 それがあの恐竜にも通じるかはわからないが、南北の入口には火を焚いて警戒を強める。

 見張りを除く住人が一堂に集まっていた。これからの身の振り方を考えるためだ。

 全員の総意として、ここがとりあえず自分たちの住む世界ではないこと。そして謎の生物がうろつく危険地帯であるということ。

 未成年は青海、実野梨、光鍔のみで、後は全員大人。その中でも最年長は光鍔の祖父。

 この状況下で皆をまとめる中心人物、すなわちリーダー的な役職を暫定的に決めようと、それを光鍔の祖父に打診するも、首を縦には振らなかった。

 お陰で意見はまとまらなかった。

 早くも商店街から出て情報収集を含め外に助けを求めるという派と、中に留まり様子を見るべきだという意見がぶつかる。

 何の情報もない中で動くのは危険だと思い留まらせる。その情報すらどうやって手に入れればいいのかはわからない。

 話し合いは平行線。とりあえず夜明けまではここに留まるという落とし所で何とかその場は収まった。

 だが、それもいつまで続くか。


 そんな中で、この緊急事態にも狼狽える素振りのない人間もいる。

「・・・よくこんな状況で本なんて読めるなあ」

 青海は少し呆れ気味でその人物を見る。実野梨は洞窟を探検する冒険家のように、四方八方にうず高く積まれた蔵書に目をやり、感嘆の声を上げている。

 埃臭い、光がまばらに灯る中、その人物はカウンターの向こうでハードカバーに目を落としている。

 古書店『栞堂』の店主。名を倉支柄司(くらしえつかさ)という。

 年は青海たちより一回りくらいはあるだろう。縁のない眼鏡の奥の瞳は、この状況でも冷静さを失っていない。

 例の振動のこともあり、念のため栞堂を除いてみたが、ピシャピシャに積まれた本の砦が崩れている様子もない。

「どうせこんな状況では何も出来ないさ。だったら隙なだけ本を読んでいてもバチは当たるまい。どうせ、客も来ないんだ」

 青海と実野梨は思わず顔を見合わせた。

 それでも点呼や招集に顔を出さないのは良くないのではと思う。協調性のない勝手な行動を取る人間だと思われたら、これから先行動しにくくなるのではないか。

「心配してくれてありがとう。だが大丈夫だ。自分の身は自分で守るさ」

 相変わらず、表情も変えずに司は言う。

 青海も実野梨も昔から司の事は知っているが、不思議な雰囲気を纏う女性だなと思っていた。

 主に宿題を聞きに行ったりするくらい博識、博学。だが、決して親密になること無く、一定の距離感を保つミステリアスな女性だ。今もこうして外の騒ぎなど介せず、読書に講じている。

 司のその態度もそうだが、青海が一番驚き困惑している理由。

 それは部屋の中を灯す明かりだ。ろうそくなどではない。部屋を照らすのは電球の明かり。

 そう、ここが仮に異世界だとするのなら、電気など寸断されて怒るべきではないのか。

 それだけではない。

 家に帰って確認したが、なんと部屋の電気もテレビも点くのだ。洗濯機も、エアコンも。

 それは加藤家だけでなく、緒川家もそうだった。それはもちろん玉田家も例外ではなく、他の住人の家も電気は通っていた。

 異世界の中にいるだけで、家の中の生活はほぼ変わらない。だが、テレビは点くが、番組は映らない。スマートフォンやパソコンもそうで、ネットには繋がらない。ほぼ、という点がその部分で、不自由さは感じるものの、生活するにはさほど不便さを感じない。

 同じくトイレも流れるし、風呂も沸く、当然シャワーも温かい。

 やはりここは異世界などではなく、自分たちの回りだけがどこかに行ってしまっただけなのではないか。そんな気もしてくる。

 生まれた謎に頭を悩ませつつ、青海と実野梨は栞堂を後にした。


 商店街の警護は大人達が請け負うことになった。学生以下、即ち青海たちにはその職に就くことを許されなかった。安全への配慮らしいが、あの化け物相手にその心構えがどれだけ機能するか。

「あおちゃん」

 実野梨がビニール袋にパンを詰めて現れた。

 商店街のパン屋『羊の夢』が、作ったパンを無償で住人に分けているのだという。この状況で置いておいても悪くなるだけだろうから、と。

 羊の夢は、優しい老夫婦の営むパン屋だ。青海もたまにお世話になっている。

 その人柄が出たようなパンは商店街内外でも人気だ。ただ、今は開店休業を余儀なくされている。

 青海はありがたくパンを袋の中から取り出す。

「これからどうなるんだろう」

 不安な表情を浮かべる実野梨。見知った顔がいるとは言え、あの化け物の恐怖が完全に消え去ったわけではないのだ。

 青海はパンを口の中に押し込むと、食事も早々に歩き出した。

「あおちゃん?」

「俺は少しこの商店街を調べてくる」

 パンを食べながらアーケードの屋根を見上げた時、ふと思い出したのだ。

「え?ちょ、ちょっと待ってよ〜」

 食べようとしたクリームパンを袋の中に戻しながら、実野梨は青海の後を追った。

 商店街の一角の建物。

 そこは店と店の間に挟まるように設置された扉。

 銀色のノブに手を掛け、回す。

「ねえ、あおちゃん。ここって入っちゃだめなんじゃ?」

 実野梨の言う通り、扉には関係者以外立入禁止というプレートが張り付いている。

 ここは商店街の電気系統を司る配電盤のある建物だ。それだけでなく、この屋根の上に出られる通路を兼ねている。通常は屋根の上の整備や清掃するために開放された扉だ。

 扉を開け、2階に昇る階段を見た時、青海は昔を思い出した。子供の頃、ここに勝手に入って怒られたことを。

 栞堂とは違う陰気さが漂う。ここはどちらかと言えば湿っぽい。

 壁に掛かった機械の塊は配電盤。配電盤の、電気が通っている証であるランプが点灯していない。この商店街に電気を供給する大元は寸断されているのだ。

 いつもなら激怒される配電盤のスイッチを弄くるも、うんともすんとも言わない。

 だが、壁の電気スイッチに手をやれば、この部屋の明かりは点くのだ。

 青海は階段を昇り、折り返す。

 現れた別の小部屋には学校の放送室のような機材が並び、通常であればここから商店街に向けてお知らせや緊急放送をスピーカーから流すのだ。

 青海の目的はここではない。部屋の奥に天井に出られる仕掛けはしごがある。

 天井からここから降りる、まるで秘密基地の装置のようなそれは、幼心に興奮を高めるものだったと記憶している。

 引き出したはしごを青海は登る。

 屋上へ続く鉄の扉を肩で押し上げ、開ける。

 微妙に錆びついた、蝶番の音。

「怖かったら帰っていいぞ」

 後ろで不安そうな表情で周囲を見回している実野梨にそう言い残すと、青海は構わずはしごに手をかける。

 はしごを登り屋上に顔を出すと、柔らかな風が青海の頬を優しく撫でた。

 屋上に足を踏み入れると、雄大な世界がそこには広がっていた。

 どこまでも続く草原。視界を横に滑らせれば、自分たちの世界ではお目にかかれないような清廉な風と共に、抱えきれない大自然が目に飛び込んでくる。

 空に視線を向けてみれば、白い雲が凄まじい勢いで流れてゆく。さしずめ空の清流だ。

 屋根の上は清掃員が作業しやすいように、鉄骨の足場が賽の目状に張り巡らせてある。ただし、慣れていなければ細い足場から滑り落ちる可能性がある。そうなれば、屋根を突き破って下に落下する恐れがある。

 青海は落ち着いて足場に足を乗せる。鉄の色より錆が多いところに、年季を感じる。

「あおちゃ〜〜んっ!」

 遠くで実野梨の声が聞こえる。鉄骨にビニール袋が乗っかっている。先にパンを屋上に送り込んだが、本人は難航しているようで、青海は小さくため息を吐いた。

 青海はしごの下で半泣きで空を見上げる実野梨を見下ろしながら、

「怖いなら戻ってろよ」

 何も実野梨まで付いてくる必要はない。

「し、下も怖いんだもんっ」

 配電盤室は、昼でも光の入らない陰気さがあるが、そこまでだろうか。

 青海は実野梨がはしごを昇るのを見守る。たっぷり数分使って待っていると、やがて実野梨も屋上に出ることが出来た。

 実野梨も屋上から見える景色に青海と同じ感想を抱いたようだ。青海はただ屋上からの景色を堪能しに来たのではない。

 商店街で言うと、北と南から進んでいき、ちょうど中間地点。言うなれば商店街の中心部分。その屋根の部分には巨大なポールがそびえ立っている。

 商店街の屋根さえ貫いて、地面から数えると、そのポールは約15メートル程。そのポールにもはしごが付いており登れるようになっているが、今はそんな人は皆無に等しい。

 ポールの先端には、風見鶏の模型が付いているだけだ。

 この風見通りの名前の由来となった、風見鶏が。

 風見鶏、が訛っていつしか風見通りになった、と年を重ねた昔からの住人は言っていた。ただ、屋根が出来てから生まれた人間は、その存在を知らないのが殆どだろう。青海もここへ忍び込んで初めてその存在を知った。

 子供の頃、遊び半分ふざけ半分で屋根に侵入したあの日。その時、配電盤室でおろおろしていた実野梨まで怒られたのは申し訳なく思っている。

 風見鶏は、ここがまだ屋根のなかった頃からの象徴であるらしく、長い間風雨に晒されていただけあって、木製の風見鶏はすでにぼろぼろだ。

 実野梨は青海のしようとしていることを見て、その顔を青ざめさせた。

「あおちゃん!危ないよ!」

 青海がポールのはしごに手を掛け、上へと登ろうとしたからだ。

 言葉より手で制したいが、実野梨は風景こそ綺麗だが、風に煽られ手すりから手を離せないでいる。

 青海ははしごを上へ。恐怖を下に置いてきたかのようにスイスイと進む。

 目的は風見鶏を見に来た、というわけではなく。

 目を外に向けてみれば、屋根の上から見た以上の景色がそこには広がっていた。

 青海は確信が欲しかったのだ。ここが自分たちの世界ではないという確信が。

 はしごを登ったことにより判明したのは、ここが自分たちの世界でないという現実と、一筋の希望だった。

 それを確認すると、青海はゆっくりとはしごを降りた。

「ばか!あおちゃんの身勝手屋!」

 降りてきた青海に投げつけられたのは、当然実野梨のお叱りだ。目元には薄っすらと涙をためながら。

「悪い」

 落ち着かせるように、青海は実野梨の頭を撫でてやる。

 その後、せっかくなので背景を見ながら持ってきたパンをふたりで食べた。

「ポールの上に登ってみたら、あっちの方に建物が見えた」

 青海が調べたかったのは、それもある。もっとも、登ったところで徒労に終わる可能性もあったわけだが。

 草原の向こう。明らかな人工物の尖塔が見えたのだ。

「えっ?ホント?」

 大発見だね!と実野梨の顔がほころぶ。そんな笑顔を見たのはどれくらいぶりだろうか。昨日の今日なのに、随分昔のような気がする。

 見つけた建物がこの状況を打開するきっかけになってくれればいいが。

 青海はパンをかじりながら、そんなことを思った。

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