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24話・『ユラナス・コルソ』

 そんな、エルドルトを襲った危機の残滓を無事に故郷に送り届けた翌日。

 生活を成り立たせる金策のひとつである、商店街謹製のパンを街に売りに来た時のことだ。

 ちなみにパンの美味しさは評判が評判を呼び、売上も上々。そのパンを置かせて貰っている酒場、銀竜亭の目玉になりつつあった。

 そんな折り、珍しく店に顔を見せに来たと思っていたクロノの口から飛び出した言葉に、青海は思わず眉を潜めた。

「・・・呼んでいる?俺を?」

「ユラナス大隊長直々のお呼び立てだ」

 その言葉に、傍らのウエイトレス姿の実野梨は、青海の顔を不安そうに見上げた。

「あおちゃん・・・。一体何をしたの?」

 心当たりは・・・、ないこともなくもない。

 ユラナスはエルドルトでも最も上位の騎士。大隊長という称号を持つ騎士で、青海は実際にその強さを目にしている。

 身の丈以上の剣を自在に操り、まるで人為的に暴風雨を作っているのだと錯覚するような剣捌きは、いとも容易く死霊術により生み出された骸骨兵を砕き、払った。

 青海の見立てでは、彼女の左腕は義手だった。自分の剣で、機械の左腕を死霊術の支配ごと切り落としたのをこの目で見たからだ。

「な、何でだ?」

「知るかよ。理由までは聞いてねえ」

 あの名も無き死霊術師がエルドルトを襲ったあの日。青海は城を襲う屍の軍勢を退けるのを微力ながら助力した。

 戴冠式を控える城の中には、明らかな戦力不足を招き、それでなくとも大量の命無き軍団は、手に余る数だったからだ。

 もしかして、余計なお世話だったことを指摘されるのかも知れない。青海が出しゃばらずとも、事態は収束に向かっていたかも知れない。あの死霊術師の命は、風前の灯火だったからだ。それでも小さなプリンセスを助けるため、青海はあの時、城に向かう選択肢しか無かったのだ。

「叱られるのかなぁ。もしかして、何かの罪に問われるとかっ・・・!?」

 実野梨がトレイを胸に、青ざめている。

 友達を助けるためとは言え、勝手に城に侵入し、無遠慮にも大隊長と肩を並べて剣を構えたのは、もしかしたら、無礼なことだったかも知れない。

 呼び出された場所をクロノに伝えられ、沈んだ背中に実野梨の励ましを受けながら、青海は銀竜亭を後にした。


 教えられた場所は、エルドルト騎士団の隊員宿舎だった。

 青海はなんとも言えない緊張感が背中が伝うのを感じる。なぜなら・・・。

 指定された場所と言うのは、『女子寮』だったからだ。

 目に見える人影が明らかに女子だけになり、その大きな建物の前で、青海はただただ立ちすくむ。ユラナスが青海を通すために話は付けていると言っていたが。それをそのまま素直にこの門扉をくぐる度胸はない。

 しかし、このまま突っ立っていても、事態が好転しないのは確かだ。

 周囲の女性騎士たちが、奇異、好奇、不審。様々な色を称えている気がする。

 青海は意を決し、足を一歩、踏み出したのだった。


 建物の中は、心無しかいい香りが漂う。それは緊張の生む幻想かも知れない。

 すれ違う女子の目が痛い。なぜ男がこんなところにいる。そんな目だ。

 指定された部屋は、4階。階段の先の光景が、ここよりも空気が薄い山頂に見える。

 1階から続く階段を重い足取りで昇りきり、教えられた部屋の前で青海は扉と対面する。

 右手を固く結び、決意と共に青海は扉を叩いた。

 ノックの向こうから、聞いた声が返ってきた。

 青海は自分でも固くなる腕でノブを回し、ドアを開く。

 息が詰まるような香りの原因は、この部屋が爆心地なのではないか。そんな錯覚すら覚える。

 それは、この部屋の主がエルドルトでも頂点に君臨する大隊長という地位を有しているからだけではないだろう。

 部屋の中。そこに目的の女性の姿があった。

 窓から漏れる陽の光を反射するような、銀色の髪を腰元まで伸ばし、薄い笑みを青海に向けていた。だが、青海はそれを直視することが出来なかった。青海が目を逸らしたのは、ユラナスが、目のやり場に困る格好をしていたからだ。

 上の鎧だけを脱いだ、麻のタンクトップ。それはユラナスが豊かな胸を強調する服装だからというだけではない。

 ユラナスの左腕が丸々無かったからだ。

 ユラナスの左腕が義手なのは、青海も知っている。そのユラナスの右手には金属製の、腕を模した物を手にしている。一見すると、鎧の一部の篭手だと思っても不思議ではない。

「・・・お目汚しでしたか?」

 いたたまれない青海の表情を察したのか、ユラナスは申し訳無さそうにはにかんだ。

「い、いえ」

 青海はそう短く返すだけで精一杯だった。

 ユラナスは、右手に持った義手に視線を落とし、その目に行く先を青海に向け。

「・・・よろしければ、この腕を装着するのを手伝っていただけませんか?」

 と、予想外の言葉を放った。

 義手の肩口に当たる部分には、細い突起状のジョイントが見えており、対するユラナスの左肩には仄暗い穴が空いている。

「片手で装着するのは、ひとりでは大変で。お手数でなければ」

 黒い金属製の義手は見るからに重量感を称えていて、右手で持つその姿からも容易に重さを想像できる。それだけでなく、自身の剣で切り落とした時、床と反響する重厚な音も青海は聞いている。

「すみません、突然言われて。困りますよね」

 申し訳無さそうにユラナスは言う。青海は慌てて、

「あ、いや。少し驚いたのは確かですけれど。・・・俺で良ければ」

 そう言いながら、黒い金属の腕に手を伸ばした。

 指先に触れたそれは冷たく、両手に乗せた重さは深く、思った以上の重量を感じた。もしかしたら、本当の鎧もこれくらい重いのかも知れない。これを付けて動くなんて、想像も出来ない。

「その突起を・・・」

 言いながら、ユラナスは透けるような銀髪を右手で掻き上げながら、左肩口を青海の方へ向ける。

 肩口も僅かな金属で覆われていて、指で輪を作ったほどの穴が穿ってある。

「ここに差し込んでください。引っかかりがあるでしょうが、そのまま押し込んでくださいね。内部で神経が接続されますから、大丈夫です」

 仕組みはよくわからないが、確かにこんな重い物を片手で装着するのは大変かもしれない。

 それよりも。

 妙にドキドキするのはなぜだろうか。

 透けるような銀髪。薄着の上から見える豊かな膨らみが目の前にある。あの戦いの中で感じた凛々しさとは一転、大人の女性の魅力を感じる。

「・・・あの?」

 その姿に見惚れているとは知らないユラナスが、青海の静止を不思議がる。

「す、すみません」

 突起の先端と穴の縁に添わせた瞬間、ゴツ、と硬質の感触が伝わった。そのまま義手を抱えながら、ジョイント部分を滑り込ませ、義手を押し込む。

「ん・・・」と、ユラナスが艶かしい吐息を漏らす。

「あ、すみませんっ」

 青海は思わず手を止める。

「いえ。構わずに進めてください。この瞬間はいつになっても慣れなくて・・・」

 そう言って、ユラナスは困ったように笑う。 

 青海は黒い腕を押すのを再開させる。

 肩口に義手の接続部分が埋まっていくが、その途中で先程ユラナスの言った通り、そこが行き止まりのように、青海の力を阻んだ。

 ユラナスが横目で青海を見る。そのまま押し入れろ、とその目が言っている。なので、青海は意を決して義手を押し込んだ、

「んあうっ」

 ガキン、と何かと何かが噛み合う音と共に、ユラナスの上気した顔が艶やかな声を漏らす。

「はあ、はあ」

 浅い吐息と共に、ユラナスの胸が上下する。そして、噛み合った肩口を確かめるように、腕に右手を添え。

 音は実際には聞こえていないが、例えるなら、ギュイン、みたいな音が鳴る感じがする。

 先程まで腕の形をした鉄の塊が、意思を持ったかのように肘から折れ曲がり、五指が何かを掴むように蠢いた。

ユラナスは、ありがとうございます、と軽く頭を下げた後、

「義手を接続する際は、いつもこんな感じなのです。恥ずかしいところをお見せしました」

 ユラナスはその端麗な顔に、僅かな赤みを差しながら、腕の感触を確かめている。

「い、いえ」

 青海も、言い表せないドキドキに襲われたのは事実だ。

「この腕は、私の失った左腕を補助するだけでなく、唱紋器の役割も担っています」

 唱紋器は、その中に魔力を込め、魔導の心得の無い者でも同等の力を引き出し、行使する道具だ。青海の知っている唱紋器は、腕に装着するリング状のものだ。

「耐久性と実用性を兼ねると、どうしてもこの重さになってしまうそうで。今は実験段階で、後に軽量化も計画されているそうですが」

・・・それはつまり、先日の戦いではユラナスは唱紋器の力を使わずにあの死霊の軍勢を相手にしていたというのか。

大隊長の力の一端を見た。

 生身の腕と、機械の腕でユラナスが銀の髪を梳いている姿に見とれている時、ふと青海は思い出した。

「あの」 

 彼女に呼ばれてここへ来たことをすっかり忘れていた。

「そうでした」

 ユラナスはそこで何かに気付いたように表情を改め。

 ユラナスは青海と向き合い、視線を傾ける。

「貴方をお呼び立てしたのは他でもありません。先日の事件でのことです」

・・・やはりそうか。わざわざ義手の接続を手伝ってくれ、なんて言うはずないだろうから。

「アルテナたちから聞いているでしょうが。私はユラナス・コルソ。このエルドルト騎士団の大隊長を努めさせて貰ってます」

 穏やかな笑みが青海に向けられる。

 青海は慌てて姿勢を正すと、

「あ、加藤青海です」

 その名を耳にしても、ユラナスの表情は崩れない。ユラナスも当然、異邦街と呼ばれている商店街の存在は知っているだろうから。

 次いで、ユラナスの視線が青海の下。腰辺りに向けられる。

「その剣、もう一度見せて貰ってもよろしいでしょうか?」

 青海の腰に下げられた刀。光鍔の家から預かり受けた日本刀。名もなき骨董品だ。だけど、魔導でしか斬り伏せられない死霊の軍団を黙らせた力を持つ。

 青海は腰から鞘ごと引き抜くと、それをユラナスへと手渡した。

 ユラナスは右手で柄を握り、刃を引き抜く。

 部屋の中でも輝きを称える、刃の紋様も美しい刀身。その波の行き先をユラナスは目で追う。そして、左手の指、すなわち機械の指で堂々と刀の刃に添える。当然、ユラナスの指は刀で裂けたりはしない。

「特殊な能力が込められているようには・・・、見えませんね」

 だが実際に、この刀は死霊の呪縛を砕くほどの威力を見せた。

「でも美しく、いい武器です」

 そこまで言い、ユラナスは言葉を切り、そのかわりに視線を青海に向けた。

「これは、貴方の物なのですか?」

「い、いえ」

 青海はこの刀の出所を話した。

「・・・なるほど」

 言いながら、ユラナスは刀を鞘に収めた。そして、それを青海に返す。

 その時。

 ユラナスの澄んだ水晶のような目が青海に向けられる。

「え、と」

 青海は戸惑う。

 ユラナスの硬質の左手が、青海の頬に触れられたからだ。

 心臓が変な鼓動を刻んだのは確かだが、それ以上に、金属質が触れたのにも関わらず冷たく感じなかったのは、緊張が感覚を掻き消したからだろうか。

 その目は、今までの凛々しくも強い眼差しではなく、穏やかで、優しい。

 その視線の理由に戸惑っていると、ユラナスの手が青海から離れる。

「ごめんなさい。・・・ありがとう」

 その前半の言葉の意味は、一体何に対しての謝罪なのか。

「それと、この国の危機に助力してくれたことを、大隊長として礼を言います」

「あ、いえ。こちらこそ。生意気な態度をとってしまったみたいで」

 改めて考えると、大隊長と肩を並べて戦っていたんだよな。クロノが怒るのも当然だ。 

 それ以前に、青海の助力など無くても、この人ならどうにかしてしまっていたのではないか。それくらいの強さだった。

「用というのは以上です。貴方たちが元の世界に戻れることを心よりお祈りしています。勿論、そのために何か手伝えることがあれば、遠慮なく申し出てくださいね」

 そう言って、ユラナスは穏やかな笑みを青海に向けたのだった。


 青海が去った後。

 部屋でひとり、ユラナスは鎧を身に纏う。

 窓の外から、先程までいた少年を見送った。

「・・・アオミ、ですか」

 どこか、懐かしむような表情。そこから生まれる静かな呟きは、宙に溶けて消えた。

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