表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/24

23話・鎮魂歌

 青い空には、絵に描いたような白い雲が風に揺られて流れていく。

 周囲は閑静。だが、険しい山道が延々と続いている。鳥の鳴き声がどこからか聞こえ、風の音が心地良い。

 青海は額に汗を滲ませながら、膝に手を当てつつ息を吐く。傍らに置いた木箱が、容赦なく青海の背中に重力をもたらす。

「・・・休んでいるヒマは無ぇぞ。今日中に運び終えなきゃならないんだからな」

 青海の少し前方には、息も絶え絶えの同行者に冷めた目を向けるクロノがいる。

 彼も青海、同様背中に木箱を背負っているものの、ひとつ違うのはまるで苦しそうな素振りも見せずその表情には余裕が見られる点だ。その身を覆うのが、軽く数十キロはありそうな鎧を身に纏っているのにも関わらず、だ。

「・・・これが、騎士と、一般人の、違いか」

 誰にでもなく、青海は呟いた。それと同時に、自分とクロノとの間に力の差を感じた。

 こんな状況に青海が置かれている理由。

 それは、数日前にまで遡る。


 エルドルト王国の後継者であるコッペリア。

 その若くも幼い姫が、エルドルトの戴冠式を間近に控えたある日。

 エルドルトに恨みを抱く者が国を襲った。

 深く、苦い思念を宿した彼は、騎士の尽力により、その野望と祈りは潰えた。

 その男は死霊術師だった。

 死体や人骨を、この世ならざる力を持って顕現させる技を使う操術者だった。

 その戦いの中で用いられた人骨は、操る糸が断ち切れる人形が如く、男の命が尽きるとその活動を終えた。

 その人骨は、騒ぎが起きた後も城や街に残り続けた。それはまるで終末の世界の様相だったと城の騎士は言う。

 暫くの間、街と城を往復して骨を回収する騎士の姿が絶えなかったのが印象深かった。

「これだけの骨の量。焼却するには骨が折れるぞ」

 誰かがつまらない冗談と共に言った。

 だが、後の調査で死霊術師が使用していた骨の中でも、本物の人骨は一割にも満たなかった。

 その多くが土から精製したイミテーションだということが判明したのだ。

 あの命僅かだった男が、これだけ大量の人骨を都合したとは思えないし、そのか細い身体に担いで運べるわけが無かったのだ。聞いていた男の出生地、バスドの総人口と合わないのもそうだ。

 エルドルト国外の地面に、不自然に空いた無数の穴。その土を使って骨を生み出したのでは、という見解だった。 

 それを証明するように、穿った穴のそばには、みすぼらしい棺桶がひとつだけが残っていた。その中に、人骨の欠片が残っていた。

 恐らく、男はここで覚悟を決めたのだろう。必要最低限の村人の骨と想いと共に。

「あいつの亡骸と、本物の骨はあいつの故郷に返してやれないかな」

 青海の意見に、その場にいた無数の騎士の視線が集まった。

 バスドへはエルドルトより遠い、険しい山間部に位置する。全ての骨はエルドルトで焼却、埋葬したほうが時間も手間もかからない。

 ただでさえ戴冠式を後に控えている。そこに割く労力も人員も時間もないというのが正直なところだ。エルドルトの復興と同時進行している今でなら尚更だ。

「俺にやらせてもらえないかな」

 その青海の言葉に、騎士たちは難色を示す。

「お前、バスドの位置を知らんだろうが」

 クロノは呆れたような口調。

 青海はこの世界に来てまだ日は浅い。外の世界どころか、エルドルトの街でもまだ見知らぬ場所もあるのに。地図上の位置関係だけで行けるかと言われれば不安は残る。

「良いではないかクロノ。お前が案内、先導してやればいい」

「そうだな。お前はその者の剣の師と聞いた。お前がついていれば安心だ」

 アルテナの意地悪そうな笑み。次いで別の騎士の言葉に、クロノはあからさまに表情を歪め、曇らせたのだった。


 そんな訳で、青海は名もなき男の故郷に骨を埋葬しにくことになったのだ。

「ったく。お前が余計な提案するからいらねえ手間が増えたんだ」

「・・・ごめん」

 クロノの毒づきにも、青海は今は息を切らせた声で返すことしか出来ない。

 エルドルトで処理したほうが、比べるまでもなく手間は省ける。でも、なんとなくそれは嫌だったのだ。あの名も無き男の吐き出した、村への想い。恨みで包まれていたこそすれ、その実は、純粋な人を想うことから来るねじ曲がった気持ちだった。

 クロノもまた、エルドルトを守る戦力のひとりであるはずだ。こんなことに付き合わせて青海は申し訳ない気持ちになった。

 足元を覆う鬱蒼と茂る草、何より傾斜が容赦なく青海の体力を奪う。

 休憩を挟み、何とか日が昇り切るまでに件の廃村に辿り着いた。

 無数に立ち並ぶ家。

 人の気配の無さを確かに感じる。寂しくも吹き抜ける風に、人の息吹はない。

「確かに人の気配はないな」

 言いながら、手近な民家の扉を開けて中を確認。そこには確かに人のいた形跡はある。生活の跡もある。だが、中に住人の姿はいなかった。

 現存する家全てを見て回ったが、どれも同じような寂しさを宿していた。

 しばらく調査を兼ねて見て回る。結果分かったのは、ここが確かに滅びを迎えた村だということだ。男の証言通り、この村が病で滅んだのは確かなようだ。

 人の手の届きにくい山間部だからなのだろう。火事場泥棒をする不届き者もいないようだ。

 勝手な予想だが、これもあの男が全て片付け、後始末をしてから村を去ったのだろうと考える。せめて生まれ育った村を寂れたままにはさせないと。

「あそこにするか」

 クロノ提案した場所は、奇しくも墓地だった。村の端に簡素に設えた共同墓地。

『聖域』で見たような立派なものではなく、十字に木を打ち付けただけの物が無数に立ち並んでいる。

 骨を詰めた箱に加え、持参したシャベルで穴を掘る。

 そして、その中に骨の欠片を流し込む。もはやどこの骨が誰の骨かもわからない、バラバラに折り重なる物を。

 開けた穴に土を被せるその時、なんとも言えない苦しさを青海は感じる。

 反対に、隣のクロノは黙々と土を穴に戻している。このような行為は何度も経験してきたのだろう。

 青海の知らないだけで、クロノを初めとする騎士たちは、過酷な戦いを何度も体験してきたのだろう。だからこそ、剣の素人である青海を含む商店街の人間が戦うことをアルテナは良しとしなかった。命を落とすということの苦しさを知っているから。

 青海、クロノ共に、埋めた場所に向かって静かに、厳かに祈りを捧げたのだった。


 空を白い雲が流れている。ここに来るまでの途中では、そんなことも気に留めることが出来ないくらいに疲弊していた。

 その雲の行方を目で追えるくらい、今は呼吸も落ち着いた。だが、ここからまた同じ道を下っていくことを考えると、沈んだ気持ちが浮上しない感覚に陥る。

「おい」

 そんな時、隣から声を掛けられた。

「本当に聖獣シャロポロの姿を見たのかよ」

 疑念の残る瞳で、クロノが青海を見る。

 エルドルトの外れにある森は、代々のエルドルト王族の眠る場所だ。

 コッペリアは、亡き王の葬儀に顔を出さなかった。悲しみにくれた幼いコッペリアには、とてもじゃないが受け止めきれない精神状態だったはずだ。そんな感情になるのを、誰も責められないだろう。

 ある夜、コッペリアは青海の元を訪ね、王の元へ謝りに行きたいと懇願した。その思いに応えるように、青海は小さな姫を連れ立って『聖域』へと向かった。だがそこは、王族を初め、限られた人間しか足を踏み入れてはない、まさに聖域だったのだ。

 そこで青海は、身の毛も逆立つ白い獣を見た。

 その獣はシャロポロと名乗った。

 あの後、青海はアルテナに禁足地に足を踏み入れた理由を含めた事情聴取をされた。

 シャロポロの名、そして姿の形容は王族を除けば口伝や書物でしか伝わっていない。異世界から来た青海がその姿を知る術は無いはず。だから、青海がその名前を含め、姿形まで言い当てたのをアルテナは不思議がっていた。

 聖域に許しもなく踏み入れたことはとりあえずの不問とされ、アルテナを含めた一部の騎士の胸の中にしまうことで、ひとまず置かれることとなった。

もちろん、今後正当な理由なく聖域に足を踏み入れることはなきよう、との言葉を残して。

「・・・まあ。一応」

 少なくとも、あんな姿の動物は見たことはない。しかも人語を話したのだ。

「じゃあ何でお前は無事でいられる?」

 聖獣は、エルドルトに仇を成す悪意を裁く、王族の守護神として伝わっている。聖域に足を踏み入れた青海はまさに、王族の眠りを妨げる悪賊だったろう。

 シャロポロと一戦交えかけたが、彼(?)はその手を引いてくれ、姿を消した。

 聖獣がエルドルトを守護する獣ならば、先の死霊術師との一件の時、姿を現さなかったのも気になる。

 所詮は伝説か、と空想上の生物なのかと思うも、青海は実際に白い獣を目にしている。なぜ彼はその時にコッペリアを守らなかったのか。

「お前の剣も含めて、謎に包まれすぎてるぜ」

 青海の腰に下げている剣、刀は幼馴染みである光鍔の骨董店から発掘した一振りだ。死霊術師戦の後、青海の事情聴取に続いて刀も調査された。だが、刀からは特に不審な点は見受けられないそうだった。

 死霊術によりかりそめの命を与えられた骸骨兵は、物理的な攻撃を無効化する。厳密にはその攻撃でも骨そのものは砕くことはできる。  

 だが、術者の息が掛かっている間は、どんなに細かく砕いたとしても、元の姿へと再生するのだ。それを阻害できるのは、同じく魔力の宿った攻撃か、魔導そのものだ。

 だから、青海が骸骨兵の波の中に置いて、その攻撃が通るのは不可思議でしか無いのだ。だが、青海は当然その理由はわからないし、理解も出来ない。剣を振るったら崩れた。それだけだ。

「お前が嘘を着いているとも思えねえ」

 それは、出会った当初のような警戒を解いてくれたということだろうか。

「姫のためとはいえ、まっすぐにあの骸骨兵の海を渡ろうだなんて、バカのやることだ。バカがそんな頭が回るわけはねえからな」

・・・少しでも認めてくれたのだと思ったのだが。呆れるような目を見る限り、違うようだ。

 城を襲った死霊術師の言葉を信じるのなら、骸骨兵の動きは騎士、兵士、特定の人間に向けられていた。青海はその対象でなかったのだ。

 当然、その時点では知る由もない。危険な行為だっただろう。そう考えると、行き当たりばったりだったのは否めない。

「おら、とっとと帰るぞ。ちんたらしてたら日が暮れちまう。こんなところでお前と一泊だなんてゴメンだぞ」

 体力の有り余るクロノは平気なのだろうが、青海はまだ休んでいきたい気分だ。だが、クロノ言う通り、ここで夜を明かす覚悟も準備もない。

 重い腰を上げて、青海は立ち上がった。

 来た時と同じように村の入口に向かい、先を行くクロノの背を追う時、ふと振り返る。

 人の姿が消え、滅んだ村。

 復讐を誓った名も知らないあの男は、その野望を遂げること無く、故郷の村で眠る。

 願わくば、その胸に灯る恨みの炎をこの地に置いて、村のみんなと穏やかに過ごすことを青海は祈るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ