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22話・奇跡のような星の中で

 目の前に大きな河川がある。

 その幅、数メートル。流れは緩やか。水面が陽光を反射して煌めく。

 その水の流れに、青海は釣り糸を垂らしている。

 アルテナに案内され、青海たちは商店街から離れた河にやって来た。

 魚屋の息子だからと言って釣りが上手いとは限らないが、やはり魚が恋しく感じるのはなぜなのだろうか。

 クロノやヴァル。ポロンも誘ったが、首を盾に振ったのはアルテナのみだった。

 戴冠式も無事に終え、アルテナは久しぶりの休日らしい。

 クーラーボックスに揺れる魚を覗き込み、実野梨は顔を綻ばせている。

「さすがあおちゃん!大量だあ」

 3尾の魚でも、実野梨は大量と言い張る。青海は勿論まだまだ釣るつもりだ。

「見事なものだな」

 アルテナも、青海の釣りの腕前に目を剥いている。聞けば、アルテナは直で魚を捌くどころか、触ることも出来ないらしい。・・・あんな戦いをする方が凄いと思うのだが。

「・・・どうしたの?みっちゃん」

 青海の釣果には興味がないように、光鍔は周囲を見回している。

「ここから商店街に水が引かれているのかもと思ったけど」

 商店街は異世界に飛ばされたにも関わらず電気も点くし、水道も綺麗な水が通っている。この世界に来てから、ある意味一番の謎だ。勿論、ここからどこかに水が引かれている形跡はない。

 青海としては、その辺の細かい部分を考えるのが馬鹿らしくなっていた。他にも考えなければならないことが多すぎるからだ。

 諦めているわけではない。いつか元の世界に帰る時、それが明らかになるような根拠のない考えがあるからだ。

 急がず、逸らず。いつか実野梨の言った言葉だ。それまで、この世界の風に身を委ねるのも悪くないと思った。

「お!引いているぞ、アオミ!」

 少し糸を遊ばせ、引き上げた魚の鱗は陽の光を反射して美しい子を描く。

 幸いにも、青海はひとりではなかった。

 商店街のみんな。

 異世界で友人もできた。お姫様と顔見知りになれるなんて、そうそう体験はできないだろう。

 釣った魚は枝を刺し、塩を振り、起こした火に等間隔で並べ、焼く。

 魚と共に、持ち寄った食材で料理もする。

「もいひぃ〜い」

 目を細め、焼けた魚の腹をかじりながら、実野梨は感嘆の声をあげる。それが『美味しい』の意であることはその表情で分かる。

 光鍔もアルテナも、それぞれの賛辞で美味さを語る。

 食事が終わっても、実野梨、光鍔、アルテナの会話が途切れる事はなかった。

 青海はその光景を背に、再び釣りを再開させた。

 釣果は上々。いい土産も出来たし、気分転換にもなった。

 持ってきたテントが今日の寝床だ。

「本当にいいのか?」

 今日に限って言えば、アルテナはお客さんだ。テントの中は幼馴染みふたりと、アルテナが寝床にする。

 満天の星空に目を輝かせていた実野梨は、例の如くそれを満喫する前に意識を落とす。やがて、光鍔も実野梨の隣で横になり、やがて寝息を立てた。

 見張りは、青海の役目だ。

 先程の会話が嘘のように、周囲には静けさが立ち込める。虫の音、風の音。そこに青海以外の人の気配がなくなったかのように。

 手にしたスマーフォンに目をやると、時間は深い数字を示している。

 揺らめく炎を前にしながら、青海は木をく追加。

 ふと、背後に気配感じると、そこにはアルテナが立っていた。

 腰に剣を下げることもなく、アルテナにとってはそれが違和感があるらしい。

「今では考えられないな」

 そんな言葉を呟きながら、アルテナは火を挟んで正面に腰を下ろした。

「まさか、君に警護を任せる日が来るとはな」

「頼りない見張りでゴメンな」

 炎を枝で突きつつ、青海は言う。

「済まん。そういう意味で言ったのではないのだ」

 この世界に来た頃の青海に比べれば、何十倍も逞しく、頼もしくなった。それが剣を置き、守りを任せる証拠。

 商店街の守りは、まだアルテナたちの手を借りている状況だ。それが、今の瞬間だけは逆転している。

「・・・我々が君に武器を、剣を教えることを反対していただろう」

 アルテナが口を開いた。

 それが商店街に住む人々を守るためなのは、今となっては分かっている。

「正直な話、商店街が武器を持つことに反対していた理由。それは危険な反乱分子を生まれることを恐れたからだ」

 素性も分からない人間に武器を与えること、それが危険なことであるのも。

もし商店街の人物が、危険な考えを持つ者で溢れていたら。アルテナは剣を向けることが出来ただろうか。

「けど今は、それで良かったと思っている。エルドルトを、姫を守って暮れたことを感謝する」

 焚き火が、不規則に爆ぜる音。

「私はたまに思う。君は、天命を持ってこの世界に現れたのではないかと」

「・・・天命?」

「聖域の件が、最たる原因だ」

 聖域に足を踏み入れて、無事でいられたこと。姫が心を許し、懐いていること。あのクロノでさえも態度を軟化させた。・・・本人は否定するだろうが。

 アルテナは、青海の横画を見る。それはアルテナの心を不思議な気持ちで満たした。

「・・・君は、不思議な人間だ」

 そう呟いた言葉は、弾ける炎に混じって、消えた。

 僅かな逡巡。

「済まん、私たちは君に謝らなければならないことがある」

 突如、アルテナは膝を抱えながら、苦しそうに言った。

「本当は君への監視は続いている。それは、君を危険分子としてではない」

 一瞬、炎が弾け、辺りは静寂に包まれる。

「エルドルトに伝わる伝承を話したな?」

「大昔の勇者がどうのこうの、とかいうやつか」

 アルテナは小さく頷く。

「女神が勇者と共にするために遣わせた守護者は2体いる。その一体はシャロポロ。そして、もう一体」

「その女神、っていうのはなんなんだ?」

「女神というのは、エルドルトの創生に関わったとされる神の名だ」

 いよいよファンタジーじみてきたな。

「だが、守護者が2体いるのに、エルドルトにはシャロポロを祀った聖域しか存在しない。この大陸に、もう一体の守護者を言い伝えた場所が存在しないのだ」

 なぜなら、他国は自身の神を信仰するからだ。とアルテナは言った。それが戦争の銃爪になることも。と、寂しそうに続ける。

 アルテナは小さく息を吐くと、その唇から言葉を紡いだ。

「聖なる獣は大地に根ざす。やがて翼を手に入れる。神なる鳥は空を制する。止まり木を求め羽を畳む」

・・・鳥。

「この伝承がエルドルトに残されている」

 前半はシャロポロを謳った文言だろう。聖なる獣はシャロポロ。大地は聖域。だが、後半は?

「そこに、君たちが現れた。鳥をシンボルとする街と共に」

・・・風見通りが、そのもう一体の守護者と関係があるとでも言うのか?

 そんなバカな。だとしたら、商店街にエルドルトの片鱗が残っていてもいい。

 生まれて十数年。ずっとここで暮らしてきたが、異世界に飛ばされた以外は、何の不自然さも感じたことはない。聖域で感じた清廉さすらない。

 商店街が、青海たちにとって当たり前の世界だからなのかもしれない。

「しかし、君が聖域に足を踏み入れて無事でいられたこと。君の持つ剣が魔力を宿したものではないのに死霊の呪縛を断ち切れること。異常は数えれば暇はない」

 例えば、コッペリアが商店街に懐かしさを感じたことも、だろうか?

「私は、あまりにも伝説と関連してそうでならないのだ」

 ユラナスも、別の意味で青海に注視している。

「・・・じゃあ何か?俺はこの世界を救う伝説の勇者だとでも言うのか?」

 頭が混乱している。

 青海の心の揺らめきを表すように、焚き火が弾けた。

「済まん。君を困らせたい訳ではないのだ。聖獣がエルドルトを守った戦いは、我々が生まれる遥か昔の話だ。私の思い過ごしだろう」

 青海は火に吸い込まれるのでは、というくらいに難しい顔を貼り付けている。それを見て、アルテナは苦笑した。

「君たちはこれまで通り、元の世界に戻るために働いてくれて構わない。そのための助力もしよう」

 未だ頭を回している青海を横目に、アルテナは立ち上がる。

「私はそろそろ床に付かせてもらおう」

「あ、ああ。おやすみ。また明日。・・・あ、もう今日か」

 アルテナは音を立てないよう、テントの中へ消えてった。

 河の流れが聞こえる。

 夜空に瞬く無数の星空は、元居た世界では中々お目にかかれない。・・・はっきり言って、青海は数日で飽きていたけど。

 元の世界には帰りたい。

 必ず戻る。でも、焦ることはない。それは実野梨の言葉。

 星の海に流れる雲を目で追いながら。

 悠久に揺蕩う空を眺めながら、青海はそんなことを考えていた。

これにて風見通り商店街の奇跡は一旦終了です。

生意気にも伏線らしきものをふんだんに込めた作品のつもりです。それが明らかになる日は・・・来るのかなぁ。

ともあれ、ありがとうございました!

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