21話・願い
眼下のユラナスを押し潰さんと、手繰る指先で男はあらゆる憎悪と魔力を骨に注ぐ。無数の骨が、巨大な骸骨兵を形成する。
「おい!アオミ!何をぼーっとしている!」
背後でアルテナの叱咤が聞こえる。でも、青海は身体が動かない。いや、動かせないでいた。
身の裂くような恨みを初めて見た。
でも、それには原因があって。青海はそれを単純に否定することが出来ない。
ローブの男が、亡くなった人間のために呪いのような思いに身を駆られたのを、簡単に愚行だと吐き捨てることが出来ない。
何より、手段はどうであれその言葉に込められた思いが本当ならば、少なからず人を思う心があるからだ。
アルテナは、振るう斬撃で白骨の投擲を弾きながら、動かない青海に近づく。
抜き身の刀を下げたまま、白骨が飛び交うこの場で青海は立ち竦んでいる。
「あいつ、本当に悪い奴なのか?」
その言葉に、アルテナは一瞬呆気に取られるが、すぐに怒りで顔を滲ませる。
「大隊長の言った通り、不幸な行き違いだ!それで、こんなことをしていい理由にはならない!」
アルテナが青海に押し迫り、怒りを吐き出す。
確かに、何人も傷つき、倒れた。恐怖がエルドルトを襲った。コッペリアが、捕らえられた。
けど。
「じゃあ!何でシャロポロはあいつを裁かない!」
アルテナは最初青海が何を言っているのかわからなかった。
「シャロポロは、王家に仇なす敵を討ち滅ぼす聖獣なんだろう!?なんでアイツをシャロポロはあいつを喰らわない!?」
アルテナは、青海の激昂に戸惑う。
「アルテナ!お前が言ったんだ!シャロポロの伝説を!」
聖なる獣は王の敵を討つ。例外なく。アルテナの伝えた伝承だ。
「・・・あいつも、この国の、エルドルトの住人だからじゃないのか?守られるべき人だったんじゃないのか?」
信じられない。
ここまで考えられる人間なのか。アオミという男は。ローブの男を、ただの逆賊として見ていない。
バスドは確かにエルトリアの領内だ。それを青海が分かって言っているのかは定かではない。
名だたる神聖術師は、隊長格と共に隣国へと向かった。コッペリアの戴冠の儀に招く要人警護のため。
医師は王の病死、毒殺の可能性を調べるため、国を離れるわけには行かなかった。ユラナスの言う通り、不幸な事故が重なった。
バスドは山間の険路のひっそりと佇む小さな村だ。馬車どころか馬も入れない巌しい山道。エルドルトから報告を受け、向かったが、その距離と時間を考えると、間に合わなかった可能性もある。それを含めて、男の怒りの源にもなっているのであろう。
青海は決意をその目に込める。
「あいつと話したい。あいつの側まで近づきたい」
もちろん、このままローブの男を野放しには出来ない。これ以上人が傷つくのを見てられない。
今はそうでも、実野梨たちに危害が及ばない保証も無い。だからこそ、あいつと話す必要がある。
・・・呆れたやつだ。
アルテナは、クロノ気持ちが少し分かった気がした。
「私の唱紋器の魔力残量はあと僅かだ。雑魚を蹴散らすので精一杯だろう」
剣を片手に、唱紋器を起動させる。ここに来るまでに補充した魔力は枯渇し始めている。
「準備はいいか?」
青海の頷きを確認する。
剣だけでなく、身体にも青い光を纏ったアルテナは、纏うオーラを置き去りにするようなスピードで床を蹴る。
ひとつ、ふたつ。
目にも止まらぬ速度で、剣の乱舞が、阻む骸骨兵を打ち砕いてゆく。
進むべき道が出来ていく。
破壊された骸骨兵の残骸を噛み締めながら、青海も追う。
「小癪な!」
「ぐうぅっ!?」
ローブのかざした手と共に、横から弾丸のように飛んできた骨の集合体による一撃は、アルテナの身体を大きく吹き飛ばし、煙を吹き出し壁を砕く。
ごめん!アルテナ!
その横を駆け、青海は突き進む。彼女の切り開いてくれた道を。
淀んだ男の瞳が青海を認め、束ねた骨の槍を構えた。
青海のやろうとしていることに気づき、ユラナスの大剣による一撃が、青海に狙いを定めていた巨槍を破壊する。
だが、別の方向。
引き絞られた槍は、一本だけではなかった。
ユラナスが手首で剣の軌道を変える。
だが、間に合わない!
刹那。
稲妻の如く迸る斬撃が、それを吹き飛ばす。
クロノだ。
怒り、呆れにも似た表情で青海を睨む。
だけど、その表情は「行け」と言っているようで。・・・好意的に解釈し過ぎだろうか。
足元に違和感。
青海の足元に、黒い魔法陣が出現していた。足の感覚が消え失せ、一瞬前まで走っていたのが嘘のように動きが止まる。
まるで黄泉の国から亡者が湧き出るような。未練を宿した無数の骨の手が、青海の足に絡みつく。
だが、その束縛はすぐ別の力で相殺された。
黒い魔法陣とは対照的の、光輝く円環を手のひらに宿し、ポロンが神聖術により拘束を引き剥がす。
みんな、ありがとう。
青海は軽くなった足で床を蹴り、駆ける。
大きく足を動かし、男が放つ鋭利な骨が青海の頬を掠めた小さな痛みを気にする間もなく。
眼前に射程を収めた男に向かって、刀で思い切り、突いた。
がきんっ!
不快な音を立て、刀が勢いよく、突き立つ。
男の座る、玉座へと。
「・・・何の真似だ?」
その不快に滲む表情は、身体を蝕む病魔からか。
男の首元、数センチ。刀身が、玉座の背もたれを貫いていた。
「お前のやりたかったことは、本当に復讐か?」
青海の問いかけに、苛立ちを隠すこと無く、男は目の前の男を睨みつける。
「それ以外に何がある!この国は、俺たちに不幸しかもたらさなかった!」
男がその言葉を言い終えるよりも早く。
「じゃあ!なぜ!」
青海の叫びが、男の怒りの主張を掻き消した。
「お前の生み出した骸骨兵は、兵士や騎士にしか攻撃していなかった!街の人や、武器を持たない従者、女の人や子供にはその攻撃を向けることはなかった!」
青海が最も奇妙だと思ったのは、そこだ。
シルヴィや、ランド。街の人も新たな王を渇望する民。それらも男の主張する、嫌悪する、祭事に身を寄せる人間では無いのか。
「俺が甘い人間だと思うか。幻想だよ」
的外れだ、と言わんばかりに、男は嗤う。
「これだけの規模だ。傀儡に簡単な命令しか出来ない弊害だ。戦力を騎士に集中させる必要があったからだ。余計な女子供に向けて労力を摩耗させるわけにはいかなかった」
近くで覗く男の顔には、脂汗が滲んでいる。命の火を燃やしてまで、やるべきことなのか。
「武器を持つ者、鎧を纏う者、この国の紋章を掲げる人間を優先。もっとも憎むべき隊長格以上は、その名を覚えるのに苦労したよ」
ギリ、と男は歯噛みする。
「特定のターゲットに定めるのでは、傀儡の動きの制度が違うのでな。リストに無い貴様はターゲットにならなかった。忌むべき不確定要素だった」
青海が武器を持ちながらも襲われない理由が分かった。
「それより、俺を殺すつもりがないのなら、この剣を収めてくれないか?」
男は細く折れそうな指で、刀を指し示す。
青海が男の首元に向けるは、刀の峯だ。
「お前こそ、攻撃をやめてくれ」
青海の言葉に、男は怒りを増す。
「ふざけるなよ。俺が何のために禁呪まで使って延命したと思っている!村の無念を晴らすため・・・!」
「・・・だったら」
青海は、刀を引く。あろうことか、刀を鞘に収める。
後ろで緊張感が高まるのが分かる。
「お前の怒り、憎悪、無念は俺にぶつけていけ。俺が、話を聞いてやる」
最初、何を言われているかわからず。
「俺には、それしか出来ない」
だが、すぐにドス黒い怒りを露わにする。
「お前ごときが!俺の情念を受けきれると思っているのかあぁぁっっっ!」
肩口に衝撃が走る。
「ぐうっ!」
鋭利な先端が、青海の肩を貫く。その痛みを思考の端に追いやり、青海は肩を貫く骨を、空いている手で、掴む。
熱を宿している気がした。男の、思いが。
「・・・死んでいった人間に、生きている人間がしてやれることは、復讐なんかじゃない!」
額に痛みによる汗を浮かべながら、青海は言葉を絞り出す。
「死んでいった人間の分、生き抜くことだ・・・!」
「・・・綺麗事の最たるものだな。収められないから、復讐なんだ」
ぐ、と、男は手にした骨を青海に向かって食い込ませる。
熱く、焼けるような痛みが肩から全身に広がる。口を引き素掘り、痛みに耐える。
「・・・俺の命が、残り僅かでもか」
男は初めて、恨み以外を口にした。
「それでもだ。だから、恨みは置いていけ」
命の残量なんて、関係ない。
男の顔が、僅かに逡巡を含む。
「この状況下で、相手を救うことを考えているなんて」
青海と男の対峙を、遠間で見守るユラナス。
骸骨兵の停止が、男の動揺を現しているようでもあった。
数秒。
しかし、それは永遠にも思える刹那だった。
終わりは、あっけなく、突然に訪れた。
ばり。
耳障りな音を立て、周囲の骸骨兵がその姿を留めるのをやめた。
ガチャガチャ。ガシャン。ガラガラッ。
そこかしこで骨が崩れ落ち、骨の山を形作る。
見ると、男の口元から鮮血が滴っている。
「・・・時間切れか」
男は心底口惜しそうに唇を噛んだ。
青海の肩口から、骨の剣を引き抜いた。身を裂くような、鋭い痛みが伝う。
「まさか、こんなことで計画が頓挫するとは、な」
男の命の限界が来ている。
口元を押さえ、何かが出ていかないように、堪えるよう、表情を苦痛に歪ませる。
血が吹き出すのを、その手では押さえきれない。
身体に負荷のかかる禁呪。それを軽減する薬で、皮肉にもさらなる命の期限を縮める。
死霊使いは生命に干渉する能力を持つも、それを自身に施すことは出来ないのだ。たとえ出来ても、それは許されざることで、例外なく身を滅ぼす。
「きゃあっ」
小さい声が聞こえ、天井に張り付いていた骨の連結が解け、コッペリアが振ってきた。
青海は慌てて刀を放り投げ、動ける右腕と胸で何とか受け止めた。
青海はコッペリアの身体に異常が無いことが分かると、ゆっくりと降り立たせる。
息を荒げ、地面に崩れ落ちる男。青海が駆け寄る。
「ポロン!」
青海は振り向き、叫ぶ。ポロンは目を伏せ、首を横に振った。それは神聖術でもどうにもならないことだと示している。
「・・・俺は、自分のしたことが今でも、間違っているとは、思って、いない」
床に背を預けながら、男は漏れる吐血と共に小さな息を繰り返す。弱々しく、男は語る。ローブが血に染まる。
「ただ・・・」
そこまで言って、言葉を切る。そして、青海へと視線を向ける。血走った目ではない。諦めにも似た。それは、青海の肩の痛みから来る幻想ではないと思いたい。
「早くお前に出会っていれば、違う未来があったのかと、今は思う」
復讐の心なんて、死を望むなんて、ない方がいいに決まっている。
青海はやるせない気持ちで溢れる。残りの命を穏やかなものにすることも出来たはずだ。それは、青海の勝手な願いだろうか。
「・・・お前、名は」
「青海、だ」
男は、ふ、と唇を歪めてみせた。。
「傀儡にお前の名前を覚えさせれば良かったよ」
腐肉っぽく、男は笑う。
「あんたの名前は」
今度は青海が聞く。
男は口を動かそうとして。
苦痛が途切れたかのように身体が固まった。そして。ゆっくりと腕が床へと落ちた。
静寂が辺りを包む。
周囲から、明らかな死の匂いが消えた。下層から、何かが打ち付ける音が無数に反響する。
「・・・事切れたか」
アルテナが剣を収めながら、口惜しそうに呟いた。
「動ける者は生存者、怪我人の確認を。周囲の警戒も怠らぬよう」
大隊長らしく、ユラナスが指示を飛ばす。その号令で、怪我をした兵士が次々と立ち上がる。
ユラナスが床に落ちている青海の刀を拾い上げた。
見たことのない形の武器に、ユラナスは目を細めた。
「少年」
ユラナスが、刀を持ち主に手渡す。力なく、青海は刀を鞘に収める。
「俺のしたことって、これで良かったのかな」
肩に手を押さえ、力なく呟く。
アルテナたちの身になれば、彼はシャロポロではなく、この国の法で裁かれるべき存在だ。
だが、彼は息を引き取った。青海の目の前で。それを早めたのは自分かもしれない。もっと、生きられる道があったかも知れない。
「あなたは良くやりました。彼は、最後に恨み節を口にすること無く旅立ちました。それが全てではありませんか?」
逝く寸前。穏やかに見えたのは、その一瞬でも、恨む心が無くなったのなら。
それでいいのかも知れない。そう、思うことにした。
ポロンに身体のチェックをされていた青海の元へ、コッペリアが現れた。
すぐに抱きついてくるかと思ったが、今は珍しく顔を伏せている。・・・そりゃ、あんな目にあったら、怖いだろう。
「・・・頑張ったな」
青海は頭を撫でようと思ったが、片方の腕は痛くて上がらず、片方は傷口を押さえていたため、赤い手で触るのは憚られる。
だが、それにも構わず、コッペリアは青海の胸に飛び込んできた。ドレスが血に染まるのも構わず。
「怖くて、目を開けることが出来なかったのだ」
この小さな身体で、良く耐えた。
「でもそれは、あの化け物が怖かった訳ではないのだ」
コッペリアの顔は、優れない。
「お父様は、みんなに慕われていると思っていたのだ。でも、嫌いな人もいるんだ、って」
あの男は、確かにエルドルトに恨みを抱いていた。でも、それには明確な理由があり、それは確実に誰のせいにも出来ない、悲しい出来事だった。
「だから、みんなでこの国を守ろうとした。エルドルト王が守ってきたこの国が大好きだからだ」
会ったこともない青海が語るのもおかしな話だが。
「・・・うん」
その声は小さいながらも、嬉しそうに頷き、いつもの元気な片鱗が見えていた。
ローブの男が疫病で滅んだ村から来たということで、その場に居合わせた兵士、騎士を優先に身体検査を受けた。勿論青海も例外ではない。
幸いにも誰ひとりとして病に侵されている人間はいなかった。
貫かれた箇所も、ポロンが治してくれた。
「今夜は泊まっていったらどうなのだ?我のベッドは広いぞ!」
コッペリアはそんな言葉で青海を引き止める。まだまだ敵の襲来があるかも知れない、と。・・・何で同じベッド出寝る前提なんだよ。青海は苦笑した。
「今日は帰るよ。実野梨たちのことも心配だ」
「ミノリも一緒ならいいか!?」
屈託のない笑顔だが、商店街も心配だ。
市民があの男の攻撃対象から外れているのなら、心のどこかに恨みだけではない部分が少しでも残っていたのだと思う。それを男は使役する術の制限だと嘯いていたけど。
それと同時に、この世界では敵意や悪意を青海の住んでいた世界よりも容易に形に出来てしまうことを知った。
結論から言えば、銀竜亭を始め、街には被害はない。
城に向かっていった傀儡の葬列がこの世の終わりかと思うくらいの恐怖が満ちた以外は。
出迎えた実野梨の泣きそうな顔の向こうに見える光景。
こんな状況でも、事態が治まったことを祝うように、飲んだくれ続ける方が恐ろしいと青海は思い、呆れたように苦笑いを浮かべたのであった。




