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20話・渦巻く思い

 もうひとつ奇妙に感じたのは、骸骨の攻撃対象はエルドルトの兵士や騎士なのだろう。それなのに、刀を持った青海には襲い掛かってこないことだ。武器を振り上げることすらしない。

 そこに、この騒動を起きした犯人の意図を明確に感じる。

 骸骨兵の意識の外側から、青海の斬撃が走る。それが、青海には苦痛だった。

 魔導で操られた骸骨。かつて人間だった者に剣を振るう罪悪感。

 白骨がその身を砕きながら、床へと転がる。やはり再生は、しない。

 青海は全力で走る。コッペリアの元へ。それこそ自惚れならば、あの小さい女の子は青海に助けを求めているかも知れない。耳にすら聞こえない、幻聴かも知れない。

 あのクロノが言うのだ。大隊長とやらは相当腕の立つ、かつ信頼に値する騎士なのだろう。心配するだけ無駄なのかも知れない。

 でも、それが青海の足を止める理由にはならない。

 伸びる通路はどこがどこへ繋がっているのか。城に来たことのない青海にはわからない。兵士と骸骨の乱戦の中、容易に先に進めない。

「見知らぬ男よ!どこへ行く!」

 屈強な兵士が、武器を手に青海の行く先を阻む。

「俺はコッペリアの所へ行きたい!」

「この城の者ではないだろう。混乱に乗じた逆賊か、この事件の元凶か」

 鋭い光を称える刃を、青海の眼前にまで差し向ける。

 骸骨に襲われること無く、ほぼ不死身の身体を砕く青海を不審に思うのも無理はない。その身を潔白する術も知らない。よくよく考えれば、青海は勝手に城に足を踏み入れた無礼者だ。

「まて!その者は味方だ!」

 背後から声が飛び振り返ると、そこにはアルテナがいた。その姿に青海は安堵の息を吐いた。

「唱紋器も使用せず、不死の魔物を斬り捨てる彼を信用しろと?この事件の黒幕でなれば説明が付かない」

 アルテナも、傀儡には魔力を介さなければ倒せないことを当然知っている。

 青海は魔導に精通している訳でも、それを代わりに行使できる唱紋器を所持しているわけでもない。青海に骸骨を倒せる道理はない。

 アルテナは青海に出会って暫く経つ。 

 彼に不思議な感覚を抱き始めていた。それが、魔力を使わず不死を砕く力のせいなのか。姫が心を許す見えない何かなのか。そして、聖獣シャロポロを見たと証言したからか。

 それは真実か偽りか。聖獣は伝説上の生物だ。知らない名前で法螺は吹けまい。

「すまん。私の顔に免じて、その剣を収めてくれないか」

 兵士たちは顔を見合わせ、ゆっくりと剣を下げる。

「彼が何か不都合な問題を起こした時は、喜んで私が責任を負おう」

 アルテナの強い意思を感じ取り、兵士の壁が左右に割れる。

「ありがとう」

 駆け出すアルテナの後に、青海も全力で続いたのだった。


 先導するアルテナを前に、青海は駆ける。

「はっきり言わせてもらう。私はまだ君を許したわけではない」

 アルテナにとって、聖域に許可なく足を踏み入れた青海の存在は、許しがたい裏切り行為だ。

 聖域は、仕える王たちの安住の地。国を収める重圧から開放され、魂を休ませる、聖なる安息地。

 それを土足で踏み入れることは、それを守り続けてきた騎士の、アルテナ自身の誇りにも土足で踏み入れるのと同じ意味を持つ。

「だが、エルドルトに関わりのない君が姫を思い、動いてくれることは感謝している」

 コッペリアのためなのは疑いようのない事実だが、身体が勝手に動いていた部分はあった。

 ここに来てから、右も左もわからない世界で、もしかしたら孤立していた青海たちに救いの手を差し伸べてくれたアルテナたちに、その国に。青海は感謝しか無い。

「必ずコッペリアに戴冠の日を迎えさせる」

「当然だ」

 アルテナは小さく微笑み、ふたつの影が城の奥へと消えていった。


 謁見の間。

 この国を統べる王の座する、荘厳な空間。そこは綺羅びやかで格式高い空間であるはずだ。

 だが、今感じるのは異様で、醜悪な空気の満ちる空間へと変貌していた。

「コッペリアっ!」

 青海は思わず叫んだ

 空間の奥。

 玉座には、この国の王ではない人間が鎮座していたからだ。

 コッペリアの小さな身体は宙に浮いている。正確には、無数の骨で形成する柱に、まるで見せしめのように吊り下げられている。その目は伏せられ、気を失ったかのように動かない。

 数々の兵士が、身体に傷を負いながら、床に倒れ伏せている。

 美しい絨毯が血に染まり、掠れるような息が辛うじて生きていると鼓動を刻んでいる。

 そこはまるで地獄のようだ。

 その中で、ただひとり玉座の男と退治する人物。

 その身に纏った鎧から騎士だと分かる。

 腰まで伸びた、美しい銀色の髪が印象的な女性だ。そんな物が本当に振るえるのか、というくらい、身の丈ほどもある巨大な剣を携えている。

「・・・援軍か」

 くぐもった声が、玉座から聞こえてくる。

「ユラナス大隊長!」

 アルテナが、銀色の髪の女性に向かって叫ぶ。

「来てはなりません!」

 駆け寄ろうとするアルテナを、ユラナスと呼ばれた女性騎士は声だけで制する。

 ユラナスは、何故か手にした大剣を床に突き立てたまま、動かない。

 青海は目を見張った。その左腕は、アルテナやクロノのような篭手で覆われては無く、灰色に鈍く光る硬質のもの。機械のように見えた。

「傀儡ならば絡め取るのは容易い。かりそめの機械の腕が仇になったな」

 玉座は愉しそうに笑う。

「あんた、あの時の・・・!」

 青海は玉座の人物を見て、驚愕する。

 この惨劇が起きる数十分前。街中でぶつかったローブの男だ。

 ローブの方も、青海を認識したのか、目を細めて口元を歪ませる。

「知っているのか?」

 アルテナの問いかけに、青海は小さく首を振りながら、出会った時のことを話した。

 男がこの事件の首謀者ならば、痛恨の極み。そこで青海がローブの男を追いかけていたら・・・。

 怪しいとは言わないまでも、何かが変わっていたのではないか。

「あの時の、か。異なる縁よ。よくここまで傀儡を掻い潜り、辿り着けたものだ」

「コッペリアを離せ!」

 青海は叫び、駆ける。

 だが。

「来てはなりません!少年!」

 先ほどと同じ言葉がユラナスの口を突く。

 青海に、ユラナスの左腕によりパンチが飛ぶ。

 咄嗟に青海は刀を抜き、面でそのこぶしを受け止める。

 一点を強烈に貫く衝撃が刀を伝う。

 思わず刀を抜いてしまったが、ユラナスのこぶしはそれでも傷つくことはなかった。むしろ、やはり金属の硬さを感じた。

「大隊長!?」

 不可解な行動のユラナスに、アルテナも戸惑いを隠せない。

「・・・迂闊にも、左腕の支配権をその男に奪われました」

 ユラナスは冷静に言い放つと、剣の柄を握りしめ、身体を固定する。

「・・・操られて、いるのですか?」

 ユラナスが剣を床に突き立て動かなかった理由。自分の意思に反して動こうとする左腕を抑え込むためだった。

「魂の乗る肉体は操ることは不可能だが、機械の傀儡ごとき、手繰るのは容易だったぞ」

 操る。そのキーワードで、このエルドルトに出現した骸骨の元締めがこの男だと悟った。

「・・・意地を張っている場合ではなさそうですね」

 覚悟を決めたように、ユラナスは呟き、剣を床から引き抜く。

「少し、離れていてください」

 そう言うと、ユラナスは大剣を軽々と操り、刃を左腕の下に差し込み。

 がきんっ!

 ユラナスが右腕を上方向へと振り抜く。

 瞬く音を立て、閃光が走る。

 ユラナスの左腕が弾け飛び、床へと転がる。

 再度振った大剣の先端が、転がる左腕に突き立てられ、機械の腕が真っ二つに砕けた。

「大隊長!」

「動かぬ左腕に未練を残しているようでは、私もまだまだということです」

 左腕を、機械とは言え簡単に切り捨てた。

「申し訳ありません、少年」

 身の程もある巨剣を、ユラナスは軽く振り抜くと、流麗な視線が青海を捉える。

「・・・アルテナに聞きました。エルドルト外れに現れたという街」

 この状況において、動揺すること無く、左腕を切り落としたことに心を乱すこともなく。その胆力、大隊長と呼ばれるだけはある。

「他の隊長は?」

「別の地点で各自戦闘中です。あまりに敵の数が多いゆえ」

 アルテナ問いに、ユラナスは振り返らずに答える。

 男が指を折り曲げる。

 ざざざあっ、と不愉快な音が耳に届いたかと思えば、床に散らばる骨が床を這い、収束。新たな骸骨兵を形成した。

「不死の尖兵をこの城内に配置、襲わせ、我が騎士団の戦力を分断。計画的な物を感じます。恐らく他の大隊長、隊長格が隣国に散っているのも織り込み済みなのでしょう」

 アルテナも、骸骨兵を迎え撃つため剣を構える。

「・・・城の外に仕掛けを施したのも、貴様か?」

「このエルドルトを覆う結界だ。誰ひとり、逃さない」

 色のない瞳は、言い表せない決意が込められている気がした。

「少年、貴方は退きなさい」

 ユラナスの忠告に反するように、青海も刀を構えた。

「俺は、コッペリアを助けたいだけです」

 自分がこの場にいて何の役に立つかはわからない。ただ、奥にいるコッペリアを助けるため。

 幼い身体が捕まって、吊るされている。

 退く?そんなわけはないだろ!

 ユラナスの、全てを見通すような瞳が青海を見る。

「・・・死んでも骨は拾いませんよ?」

 意地悪そうな笑みを浮かべ、ユラナスは柄を握る手に力を込める。

 ユラナスの具足の底が、床を蹴る。   

 瞬間。

 凄まじいスピードでユラナスが飛び出した。

 肉薄した骸骨兵を、大剣を振るう風圧で吹き飛ばし、その重さを感じさせないほど、軽やかに。

 左腕がないのに、この動き・・・!

 長い刀身を、決して床に着けることなく。

 流麗な銀髪をなびかせながら、進む先に立ちふさがる骸骨兵を砕きながら。

 大剣を振りかぶる。玉座の男に向かって。

 ポロンが言っていた。こういう状況の時は、操っている人物がいる、と。

 この玉座の男が『そう』ならば、これでケリがつく。

 しかし。

 男を守護するように、玉座の背後からも無数の骨で押し固められたそれが巨大な腕を成し、ユラナスの剣を阻む。

 大剣の腹でその一撃をガードするも、大きく弾かれたユラナスの身体から、その威力が伺い知れる。

「・・・厄介ですね」

 体勢を整えながら、ユラナスは誰に言うでも無く呟く。

 ユラナスの左側から膨れ上がる敵意と骨の波を、青海の一撃が吹き飛ばす。

「俺がこっちでカバーする!」

 クロノが聞いたら生意気な口を叩くなと激昂しそうなセリフだ。

 それこそクロノに剣の手ほどきを受けて暫く経つ。役に立っているつもりはないけど、足手まといだけにはならないようにしなければ。

「頼もしいナイトさんですね」

 青海がユラナスの左側。即ち腕のない死角に座し構える意図に一瞬で気が付き、ユラナスは優しい笑みを向けた。

「行きますよ!」

 ユラナスが、地を蹴る。

 疾い・・・!

 この大きさの剣を手にして、このスピード!気を抜くと引き離されそうだ。

 床に影が映るほどの巨大な塊が形成され、迫る青海とユラナスを押しつぶさんと、その骨のこぶしを振り上げる。

 空気の唸りすら聞こえる一撃は、ユラナスの突風のような初手、次ぐ青海の連撃で粉々に砕け散った。

「はあっ!」

 竜巻の如く回転を加えたユラナスの刀身は、男の腕ごと胴体に食い込み、引き裂いた刃が空を切った。完全に、剣は男の体を貫いた。

 だが。

 濁った男の瞳は、命を散らすこと無く、その歪んだ笑みを停止することはなかった。

 切断された側から、その肉体すら再生しようとする。まるで、滴る水の流れに刃を通すように手応えがない。

 黒い稲妻が迸り、数えるのも馬鹿らしくなるほどの数の骨の波が、ユラナスの身体を押し返した。

 肉体の亡くなったはずの骨が、まるで生きているかのように乱舞する。

 赤黒い絨毯に身体を叩きつけられそうになるのを、ユラナスは華麗な動きで反転。両足から着地。構えを解かず臨戦態勢を続ける。

「貴方は死霊使いのようですが、完全にその能力を逸脱しているように思えます」

 死霊使い。

 恐らく、骨やゾンビといった命無きものを操る存在なのだろう。

「お聞かせ願えませんか。貴方がなぜこのエルドルトを狙うのか。自身の肉体すら、かりそめの不死に変貌させてまで無し得たいことを」

 構えを解かぬまま、ユラナスは問いかける。

「・・・解らんか?」

 男は顔を伏せ、小さく笑いを噛み殺す。

 やがて、感情を爆発させたように、玉座を立ち、吠える。

「お前らエルドルトが我が村を見捨て、のうのうと祭事に心を寄せている!我々のことなど忘れて!」

 大仰に両腕を広げ、慟哭が空間に反響する。

「・・・村?」

 青海は男の言葉を繰り返す。

「ここより山間にある小さな村だ。バスドはある日突然、疫病で村人の半数が命を落とした。治る病だ!エルドルトに救いを求めた我々は治療を舞った!だが、助けはこなかった!」

 喉が刷り潰れそうな、咆哮。

「・・・結局、俺を残して村は全滅したよ。死霊術を学んでいたことが、皮肉にも俺を生き長らえさせた。腐臭の漂う残骸、人の息吹の感じぬ場所で救いを待つのがどれだけ孤独で恐ろしかったか!」

 男の独白でユラナスは全てを察したようだ。だけど、構え解こうとはしない。

「バスドの件は済まないと思っています。その頃、王の逝去と重なってしまったゆえの、不幸な出来事です。我々はバスドに赴き、祈りを捧げて来ました」

「それが何の慰めになる!助けくらいは寄越せたはずだ!」

 残響。男の無念が痛いくらいに響く。

「おまえを襲ったこの骨は、散っていった村人の亡骸だ!天寿を全うするはずだった老人!未来に希望を溢れさせていた幼児!村の平和を守る若者!・・・俺の幼馴染みも含まれている!」

 怒り、憎しみ、無力さ。どす黒い、それでいて純粋な熱が、煮えたぎった奔流なって空気を伝う。

「見捨てられた無念を、俺が晴らす!」

 決意が見える。何としてでも成し遂げようとする、信念が。

「貴方の境遇には同乗します。そして、我々の不手際にも。だが、この国を危機にさらした罪は、重い」

 ユラナスが剣を振りかざす。

「俺は不治の病に侵されている。本来は戴冠式の日に決行するはずの作戦だった。だが、どうやら俺の身体は限界のようだ。薬の副作用でばらばらになりかけている・・・!」

 青海が男にぶつかって感じた違和感。身体が痩せこけていた理由。そこまでの覚悟、思いがあったのだ。

「俺はどの道もうすぐ死ぬ。だが、ただでは死なん!多くの未来を道連れにする!」

 それが男の希望のように吠え、下僕を操るべく指を折り曲げる。

「元より灯火のような命だ!この短い時の中で、貴様らに復讐を成し遂げる!」

 男の怒りが雪崩のように吹き出し、曲げた指で空を切る。

 無数の骨が結集し、今までとは比べ物にならない殺意を孕む傀儡が生まれた。

 巨骨の体表を纏う黒いオーラは、男の思いを体現するように禍々しく揺らめいていた。

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