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19話・死の葬列は祝福の中で

 コッペリアの戴冠の儀まで一週間に迫った。

 エルドルトの街は徐々に祝福ムードに包まれていく。

 民としては、王の逝去という悲しい出来事を塗り替えるような、おめでたい祝祭だ。無事に戴冠の儀が終われば、史上最年少の王が誕生する。

「いやー。あの幼かったコッペリア様がねえ」

 シルヴィはエプロンで涙を拭う仕草。今も相当幼いけど。

「コッペリア様がお生まれになった時と同時に、王妃もお亡くなりになって・・・。可哀想なコッペリア様」

 そうだったのか。コッペリアに親がいない全貌を今知った。

 銀竜亭は新たに誕生する王を祝福する、という口実で、酒に講じる飲んだくれ共でひしめき合っていた。

 それはもう、飲めや食えやのどんちゃん騒ぎ。酒場は昼のみの時間帯のはずだが、よほど待ち遠しいのか、日の高いうちから酒樽が空になる異常事態が起きていたりする。

「シルヴィさぁん!手伝ってくださいよぉ!」

 料理を載せたトレイを両手に、キリキリ舞いの実野梨。

「はいはーい。今行くよ!」

 シルヴィは青海に小さくウインクをし、実野梨の助太刀に走ったのだった。


 銀竜亭の外に出た青海は、賑やかな町中を一瞥する。

 本当にコッペリアの門出を街の人が望んでいるのだと感じた。

 あれからコッペリアとは会っていない。戴冠の儀のためだろう。保全やら、気を張ることも多いのだろう。

 アルテナはコッペリアが城での栄勝の中で青海の名を途切れさせたことがない、と教えてくれたのがせめてもの救いだ。。

 その人波に視線を取られていたのがいけなかった。青海はふと、誰かと身体をぶつけさせた。

「あ、すみません」

 肩のぶつけた方を見ると、そこには布に身を包んだ何かがいた。

 一瞬、コッペリアと出会った時を思い出す。だが、その布地は使い古されたようにボロボロで、すぐにローブで身を包んでいる人間だと気がついた。

 フードの合間から覗く顔はかろうじて男だと分かったが、その表情は痩せこけ、髪の毛はくすんでおり、お世辞にも体調が優れているようには見えなかった。

「・・・大丈夫か?」

 それが、自分がぶつかったのが原因かもしれない。差し伸べようとする青海の手を、ローブの男は払いのける。だが、その力さえ弱々しい。ローブの裾から覗く腕も、節くれだったように、細い。実際青海も弾かれた手が痛いとは思わなかった。

 ローブの男は自力で起き上がると、重い足取りで路地裏に消えていった。

 青海は、その男が完全に視界から消えるまで、視線を向けていることしかできなかった。


「ここ数日、城の周辺で不審な人物が目撃されています」

 エルドルト城壁外部。

 アルテナは兵を引き連れ、周辺の警備に当たっていた。

 兵士の報告を受け、不審な人物とやらが目撃された地点を重点的に警戒するも、それらしい人物は見受けられない。

「外周の警備を強化すべきでは?」

 それは勿論だが、もっとも固めねばならないのはコッペリアの周辺だ。

 戴冠の儀の当日には、周辺友好国から要人を招く。そのためにエルドルトの誇る大隊長、隊長が要人警護に向かわせたため、今は城の戦力に穴が空いた状態だ。そこはアルテナを含めた騎士が守りを固める。

 別のポイントの見回りに向かおうとした時、アルテナは何かに気がつく。

 草を分けた部分に、何かがある。埋まっていると言ったほうが正しいか。

 柄。

 銀色の短剣が地面に突き刺さっている。刃渡りの全容はわからないが、銀色の刃の部分、指1本分ほどの長さが見える。

 それを確かめようと、アルテナが身を屈めた。

 ゴーン、ゴーン。

 正午を告げる鐘が鳴り響いた。

 瞬間。

 小さな光が弾ける。

「ぐうっ!?」

 稲妻のような衝撃が走り、アルテナの身体を押し返す。

 大気が撹拌されるほどの禍々しさを溢れさせ、黒い稲光が天を突く。

「何だっ!?」

「副隊長!」

 衝撃は確かにあったが、身体にダメージを与えるものではなかった。アルテナは身体を起き上がらせることで無事を伝える。

 稲光を弾けさせる短剣の柄から、黒光が帯状に裂け、城壁をヘビのように伝ってゆく。まるで、壁を覆う蔦のように。

 黒い鎖に姿を変えた光が、城壁を覆う。それは左右、上空にまで及び、まるでエルドルトを覆う天蓋の如く。

 そして、その黒い奔流はエルドルトの別のポイントでも起きていた。遠い空に黒い閃光が見える。

 その時にはもう、遅かった。

「副隊長、中へ入れません!」

 黒い鎖は障壁であるらしく、剣、槍での一撃を易易と弾く。

 アルテナも剣を構え、振り下ろす。

 渾身の一撃は、ぎぎぎっ、と硬質の擦れる不快な音を残すのみ。

「魔力の障壁か?」

 黒鎖の網は、武器での攻撃では傷一つ付かない堅固さを備えていた。

「・・・狙いは、戴冠式か?」

 このタイミングで、この事件。戴冠式に関係がないとは思えなかった。

 アルテナは小さく歯噛みし、剣を構え直す。そして、唱紋器を起動させる。

 全身を伝う、魔力の波。

 切っ先に流れる、破壊の力。それに耐えられるよう、骨から筋肉に掛けて魔力の熱が帯びる。

「たあっ!」

 一閃。

 角度、速度とも完璧な一撃は、鎖の網を引き裂いた。

 だが。

 その強固さは想像以上だった。僅かに穴を穿つだけで、腕が通るほどで留まる。しかも、その穴はすぐさまに再生し、元の鎖状の網の形を成す。

「・・・まごついている時間は無さそうだ」

 鎖は再生する。それ即ち、外部と内部の行き来を防ぐ、何者かの意思が明確にある。

 アルテナは唱紋器の出力を最大にする。残りの魔力を全て注ぎ込む。

 青白く輝く刀身を振り上げ、一筋の軌跡を残し、音すらない斬撃を放つ。

 鎖の砕ける音が響き渡り、鎖の壁が飛び散った。

 人ひとり分は通れる穴を開けることに成功したが、それもすぐに塞がり始めている。

 アルテナは躊躇いもなく、すぐさまその穴に飛び込む。

「君たちはこのまま周囲を探ってくれ」

 唱紋器を扱えるのはこの場にいる中ではアルテナのみ、。しかも、今の攻撃でその残量は空になった。

 アルテナは嫌な予感を胸に残し、城に向かって駆け出した。


 異変が起きた。

 住民の悲鳴が響き渡る。

 青海も目の前で起きていることが信じられなかった。

 地面に円状の光が無数に出現する。  

 いつかポロンが使った神聖術の起動前に似ている。

 それは呪文なのか、文字の羅列が外周をゆっくりと回転しながら、黒い光が脈動する。

 魔法陣から、何かが現れる。

 それは学校で見たことがある、人間の骨格標本。乳白色の人骨の集合体。

 カタカタと、まるで見えない糸で吊り下げられた、操り人形。緩やかな前傾姿勢で、辛うじてその体勢を保っているようにも見えた。

 悲鳴が大きくなる。

 いくつも地面に描かれた魔法陣から、次々と人骨が吐き出される。

 その終末的な光景に、悲鳴を上げない人間がいるはずがない。

 人々は、四方八方に逃げ惑う。

・・・だが、奇妙だ。

 この骸骨たちは、何が目的で現れた?人間を襲う魔物。見た限りではそうだ。その目は住民を見ていない気がした。すれ違う住人を、骸骨は見向きもせず。

 それどころか、骸骨は足並みをそろえて一方へ方向を変える。

 その先にはエルドルト城があった。


 城から飛び出した兵士たちが、主の居住を守るため、武器を構える。

 剣の斬撃は、簡単に乳白色の胴体を寸断する。

 しかし、まさに糸で結ばれたかのような骨の連結は停止せず、その身体を元の位置に戻す。

 槍で頭蓋を砕いても、斧で足を叩き割っても、骨は再生する。まるでそれは時間が巻戻るかの如く。ただし、生前までには戻らない。

 傀儡の進軍は留まること無く、城に押し寄せる。

 城の中にはコッペリアがいる。戴冠式を控えた若き王が。

 青海は銀竜亭に戻る。

 店の扉に手を掛けるも、恐ろしく重く、動かない。扉の向こうに重いもので塞がれているようだ。

「実野梨!無事か!?」

 恐らく、街の惨状を目にしたのだろう。骸骨に侵入されないために塞いだのだ。

「あおちゃん!?」

 扉の向こうから、くぐもった声。がたがたと聞こえるのを、青海は制する。

「そのままでいい!聞け!」

 扉に押し付けたバリケードを動かす音が止まる。

「実野梨。俺、コッペリアのところへ行ってくる」

 扉の向こうからの返事は、ない。

 多分、またかと呆れていることであろう。

「・・・気をつけてね」

 それだけを、それでいて力強い言葉を青海は背に受けて、駆け出した。


 青海は何か決めたことを頑として曲げない部分がある。それは決して我儘とか頑固とかいうものではなくて。

 きっと、真っ直ぐな純粋さを心の中に宿しているだけなのだろうと思う。それを実野梨は昔から知っている。たぶん、この世にいる誰よりも。

 青海が剣を手にして稽古を始めたときも、光鍔が刀を預けたときも、実野梨は本当は嫌だった。危ないことに身を投じて欲しくなかった。

 だけど、実野梨は送り出すことにした。

「気をつけて」

 すでに扉の向こう側にいない幼馴染みに向かって投げた言葉は、目の前で溶けて消えた。


 エルドルト城は、その周囲を覆う堀で囲われている。そして、中に入るには正面の跳ね橋を渡るしかない。

 骸骨たちは水を越える手段がないらしく、正攻法で正面に集っていた。

 最後の一線を守るため、兵が食い止めている。しかし、文字通り不死の軍勢は剣や槍を掻い潜り、突き進む。

 武器の一撃で砕けた骨の破片を、別の骸骨が手にする。

 鋭利な先端が、兵を鎧ごと貫く。

「ぐわあっ!」

 赤い鮮血を滴らせながら、眼前の障害を越え、突き進む骸骨兵。

 別の骸骨兵が骨を持って、振りかぶる。貫かれ、うずくまる兵士に狙いを定める。

 気が付いた時、青海は走り出していた。

 兵士に定められた骸骨の右腕を、刀で弾く。

 骸骨兵は武器を上手く振り抜けなかったことにすら気づかず、肘から先のないが腕が虚しく空を切る。

 がらんっ。

 刃に当たり、切り落とされた骸骨の腕は、再生の動きを見せるはずだ。

 警戒を薄れさせず、負傷した兵士の前に立ち、構えを続ける。

 だが。

「・・・え?」

 いつまで経っても腕が再生しない。

 骸骨は腕を失ったまま、別の兵に狙いを定めて、その方向を変えた。その骸骨を、別の兵が剣で頭部を吹き飛ばす。

 骸骨の頭部が奇妙な動きで元の位置に戻ろうとする。

「・・・どうなってるんだ?」

 自分の攻撃では再生せず、兵士の攻撃は、元の姿を保とうとする。

 そんなことより。

「大丈夫ですか!」

 腕にダメージを負った兵士は、壁に背を預けつつ、苦悶の表情で傷口を押さえている。

 青海はシャツを肩口から引き裂くと、それを怪我をした部分に巻いてやる。  

 白い布は、みるみるうちに赤く染まってゆく。

「おい!こんなところで何をやっていやがる!」

 もう片方の袖を裂こうとしたところで、聞き慣れた声がした。振り向くと、すでに剣を抜いたクロノと、ポロンがいた。

 ポロンは一瞬で状況を理解したようで、怪我をした兵士に跪くと、暖かい光で傷口を覆った。兵士の苦悶の表情が和らいでいく。

「俺に質問に答えろ」

 早足で、クロノは青海に押し迫る。「突然こんな化け物が現れて!城に向かっていったから、コッペリアのことが心配になって!」

 城に大量の骸骨が押し寄せるのに、心配しない訳が無い。

 クロノはため息を吐き、

「スケルトンやグールは、魔力を通した攻撃しか通らねえ。それ以外の攻撃は再生する」

 厄介そうに舌打ちをする。

「・・・え?斬ったらそのままだったぞ」

 青海の叩き割った一撃は、骸骨の再生を促さなかった。

「バカ言え。操術師、唱紋器使いでようやく相手になる相手だぞ。力任せでどうにかなるものでもねえ」

 ただし、魔力のない攻撃でも再生までの時間は稼げるので、その限りではない。

「・・・本当です。私もこの目で見ました」

 負傷している兵士が声も絶え絶えに、言う。

 クロノの視線が、青海の刀に向けられる。

「今まで気にしなかったが、名のある魔法剣とかじゃないよな」

 これは玉田骨董店でホコリを被っていた一振りだ。魔法とは縁は無い。・・・たぶん。

「どういうことだ。お前が唱紋器を盗んでもいなければ説明がつかないぜ」

 当然、青海は唱紋器などという高級品は持ち合わせていないし、盗んでもいない。

「こういうケースの場合、操っている親玉がいる。そいつを突けば、この状況は収まる」

 怪我をした兵を治療し終えたポロンが、呟く。

 神聖術の真髄は、治癒にあるとポロンは以前語った。

「分かってる。ポロン、お前はここに留まりながら怪我人もフォローしろ」

 ポロンは小さく頷く。

「アルテナは?」

「知らねえ。哨戒任務中のはずだ。こんな状況だ。帰ってこないところを見ると、何かトラブルかも知れないな」

 剣を構え直し、フロアに蠢く骸骨兵に視線を向ける。

「ここは危険だ。操術は城内じゃ被害が拡大する恐れがあるからヘタに使うことが出来ねえ。唱紋器使いで対処するしかない」

 青海のことを役に立たないとは言わなかったが、言っている言葉は帰れと同義だった。

「俺はコッペリアのことが心配だ」

「自惚れるなよ。姫の周辺には大隊長を始めとする隊長格が守りを固めている。俺等が行くまでもねえ。当然、お前ごときもだ」

 クロノの言う通り、自惚れかも知れない。けど、青海はじっとしていることも、戻ることも選択肢にはなかった。

「あ!バカ!戻れ!」

 クロノの忠告を振り捨て、青海は駆け出す。

 追おうとするその眼前に骸骨が飛び出す。クロノはそれを一振りで両断。魔力の籠もった刃は、そのかりそめの生命ごと叩き斬る。

 すでに青海の消えた向こうに、クロノは表情を歪める。

「くそ!おまえの言う通りだ!アイツは言うことを聞かねえ!」

 直後、現れたもう一体を薙ぎ払いながら、クロノは忌々しそうに吐き捨てた。

「・・・クロノ。アオミのこと、心配?」

 クロノはねじ曲がったような怒りの表情で、ポロンを睨みつけたのだった。

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