14話・異世界での日々
翌日。
青海も含め、商店街の住人が一堂に集められた。
その理由を、アルテナは「少し込み入った話だ」とだけ答える。
集められた住人は、一様に不安そうな表情で周囲と目を合わせている。
やがて、アルテナが集まった住民に向けて視線を向ける。久しぶりに4人の騎士が揃ったところを見た気がする。
「集まってもらったのは他でもない。今日は私たちの話に付き合ってもらいたい」
よく通る、強い声が商店街に反響する。
「まずは、君たちに謝罪させてもらいたいい」
言われのない謝罪を受け、住民たちはお互いに目を見合わせる。
折った腰を元に戻し、アルテナは回顧するように静かに目を伏せる。
「話は一月ほど前に遡る。そう、ちょうど君たちがここに転移してきた時期だ」
あの頃は目まぐるしく時間が過ぎゆくだけで、正直覚えていないこともある。
アルテナは口を引き結び、無念そうに唇を開いた。
「・・・奇しくもその時より数日前、我らの王、エルドルト王が逝去された」
周囲がにわかにざわめく。
ヴァルこそいつも通りの無表情だが、ポロンは珍しく表情を崩し口惜しそうに俯いている。
「その折に君たちが現れた。騎士団には出現した施設を不審がるものもいた。王の死に、君たちが関わっている、とも」
当然のことながら、青海も含め商店街の人間はその王の死とやらに何ひとつ関わっていない。エルドルト王なる人物の顔すら知らないのだから。
「王は民から慕われていた。皆、王の死が信じられなかったのだ。病を克服して、再び我々の前に返ってきてくれると信じていた矢先だ」
クロノの表情は、曇っている。彼も王を慕う、その内のひとりだったのだろう。
「無論、そうではないのは今は分かっている。王は病に伏せていた。専属の医師が証言している。その死に誰の手も介入していない」
もしかして、クロノが敵意を抱いていた原因は、そういう背景があったからなのか。
「この商店街の警備とは名ばかりに、実は君たちの監視が主な任務だった。・・・騙すような真似をして、済まなかった」
再度頭を下げるアルテナ。
最初こそ、アルテナたちの存在に不安と不信を抱かなかった人間はいない。だが、今は商店街を跨ぐことを拒否する住人は皆無だ。
「顔を上げてくれ騎士さん」
「この街を守ってくれていたのは事実でしょ」
人波からそんな声が上がる。温かい声に、アルテナの硬く結ばれた顔がほころんだ。
最後にも一度礼をしたところで、アルテナは続ける。
「それと、もうひとつ。およそ一月の後に、戴冠の儀を王女がお受けになられる。その際、上位騎士以上の地位を持つ騎士は、当日に警護のために城に在留することを義務付けられている」
イコール、その時は商店街の警備は手薄になる、ということ。
その不安を、別の兵を配置させるとアルテナは言ってくれた。
その前に元の世界に戻ることができればいいのだが。
「戴冠の儀式?お姫様?うわぁ〜、見てみたいなぁ」
夢見る乙女の顔なのが実野梨。一方のアルテナは渋い顔。
「済まん、儀式は一般の人間は立ち入ることが出来ないのだ。だが、後日に披露の儀がある。その時は一般市民にもそのお姿は拝見することが出来る」
もっとも、その時はエルドルトは文字通りごった返す人波の中だが、とアルテナは言った。
・・・あれ以上の人の数が街に溢れるっていうのか。
青海はエルドルトの町中を思い出し、まだ見ぬ人の数に辟易する。
万が一にでもその時までに元の世界に帰れないのなら、見てみたいものではある。
・・・複雑な気持ちだ。
それから数日が過ぎた。
パンを売りに来た青海が感じたのは、戴冠の儀が近くに迫っているからなのか、街がにわかに色めいていること。
戴冠の儀とは、新たな王が誕生する儀式であり、その瞬間に民が心を踊らせる1大イベント。
銀竜亭の中を見るとそう感じる。
シルヴィは給仕の際もトレイをを持つ手と足元すらも軽やかで。
昼間から飲んだくれているおっさんも、あの厳つい顔のランドですら、浮足立っているものが見え隠れしている。
ちなみに風見通り特製あんぱんはその美味さが評判を呼び、銀竜亭の軒先ではなく店内での販売そして銀竜亭の新メニューの一部ヘと相成った。
・・・実野梨の事件もあってのことかもしれないが。
何にせよ、ありがたいことだ。
ありがたいついでに、実野梨が銀竜亭のウエイトレスとして働く運びとなった。物怖じしない性格も相まって、早くもシルヴィとの2枚看板となりつつある。もっとも、実野梨のシフトは日が出ている間のみ。
「じゃあ、後で迎えに行く」
「うんっ!」
バイトも楽しいようで、トレイを胸に抱えたウエイトレス姿の幼馴染みは、その顔に大輪の笑顔の花を咲かせていた。
当の青海はと言うと。
ひとりで荷車を引き、帰宅の道についている。
結論から言うと、青海はクロノに一度も枝で振れることすら叶わないでいる。
定期的にクロノは青海の修行に付き合ってくれている。ただ、クロノはそれを稽古とも修行とも言わないが。
その甲斐もあり、振るう剣の軌道が軽やかになった気がする。ドロテア以下の魔獣なら、ひとりでも対応できるようになった。
そのお陰で、エルドルトまでの距離ならばひとりで往来出来るほどの実力は付いてきた。
アルテナと約束させられたことは、自分が手に余ると思った際は、荷台を置いてすぐに逃げの一手を取れ、ということ。それが、ひとりで行動させる条件だと。
実際、何度か魔獣と鉢合わせた事もあった。明らかな敵意を剥く個体のみと対峙した。
心臓が早鐘のように鳴った。いつになっても慣れるものではなかった。けれど、ひとりで魔獣を下した時、確かな成長を感じた。それが自信にもなった。ただ、慢心はしない。決して。
ぐ、と荷台の持ち手を握る際、青海は視線を感じた。
商店街に戻る時である。
銀竜亭にパンを卸すのと入れ替わるように、商店街で使う食物や日用品などを買い込んだ。
羊の夢のための小麦粉が数袋。塩、砂糖。この世界にもコーヒーはあるらしく、それも数袋。その他もろもろを含めると、行きよりも明らかに種類と量は多い。
あらかた買い物を終え、幌を張り、荷台を固定し終えると、側の縁石に青海は腰を落ち着ける。
朝食と昼食の間の中途半端な時間。軽食代わりに持たされた羊の夢のパンを手に、今まさに口に運ぼうとした時。
視線を感じたのはその時だ。
その視線を追うと、青海の隣に奇妙な物体がいた。
全身を布地で覆う何か。
その大きさは1メートルほど。
隙間から覗かせる部位から見える目らしき輝きで、その中身が人間と悟る。
奇妙なのが全身を覆う、その布地が高級感のある刺繍の入ったものであるのが気になった。それをローブのように身体を覆っている。例えるなら全然怖くない幽霊、といったところか。
「・・・それ、何なのだ?」
布の塊から声がする。
舌足らずな、くぐもった声。青海はその声に耳を傾けようと、顔を近づけた時、布地が割れた。
飛び出したのは、少女の顔だった。
年の頃は、青海の世界の基準で言うのなら幼稚園児ぐらい、だろうか。
クリッと大きな目が特徴的な、快活そうな少女だ。
少女の視線が、青海の手の中のものに注がれている。
「・・・それ、って」
少女はパンの存在を知らないのだろうか?
一瞬、物乞いという単語が頭をよぎる。それにしては身を包む布地は高級感に溢れているし、少女の顔も別段汚れている感じがしない。
少女は鼻をすんすんと鳴らし、
「嗅いだことのない匂いがするのだ」
匂いはともかく、少女もこの世界の住人ならば、あんぱんの存在は見知らぬものだろう。
少女の口元から、たり、とよだれが滴る。
目を輝かせ、物欲しそうな表情。
「・・・食うか?」
知らない女の子に物をあげるのは憚られたが、少女の顔どころか、身体までもが青海に押し迫ったとあれば、聞かないわけには行かない。
青海の言葉に、少女は表情を沈ませる。
「・・・お金、持っていないのだ」
その辺の常識は持ち合わせているようだ。
ひとりでもこの世界の人たちにこの味を知ってもらいたい。それが例え子供でも、だ。
青海は手にしたパンを真ん中から割る。丸々1個渡す、だと問題ありそうだが、『分ける』ならば角は立たないだろう
「いらないよ。どうぞ」
半月となったパンをじっと見つめる少女の顔。おずおず、といった様子で、青海の顔を伺いながら、手に取った。
そして、手の中の物と、青海を見比べながら、小さな口で一口かじる。
少女は目を丸くして、溢れる感情を爆発させるように頬を膨らませた。
「うまいのだっ!」
忌憚ない言葉が天に響く。
瞬く間に、手の中の物を身体の中に納めたので、青海はもう半分も手渡すと、少女はもの凄い勢いで残りの半分も口の中に詰め込んでいく。
その様子に青海は心配になる。銀竜亭で水でも貰ってこよう。道端で喉を詰まらせられても困る。
銀竜亭では、戻ってきた青海に驚きつつも、実野梨はコップに入った水を用意してくれた。
それを持って戻ると、少女の姿はなくなっていた。周囲を見渡しても、奇妙な布の塊はない。
少女が座っていた場所を見ると、それがお礼かのように、どんぐりのような木の実が1個だけ置かれていた。
青海はそれを手に取る。
・・・本当に幽霊じゃないよな。
場内はにわかに慌ただしさで溢れ返っていた。
「いたか!?」
「いや・・・!」
鎧姿の兵士の切迫した会話がそこかしこから聞こえてくる。
がらんどうになったその部屋を見やり、アルテナは眉根を寄せた。
その部屋は、綺羅びやかな調度品が納められた、気品に溢れる部屋だ。
その部屋の窓が、開かれている。覆うはずのカーテンが本来ある場所にはないない。
カーテンは取り外され、簡易のロープにその姿を変形させていた。そこに何者かの脱出の跡が見える。
「誘拐の線はなさそうです」
兵士の見解に、アルテナは同調の頷き。
部屋はカーテンと足場に使ったであろう調度品を除けば綺麗なものだ。何者かが争った形跡はないし、そんな悲鳴も聞こえてはこなかった。
「情報統制は引くが、捜索隊はまだ待て。私に心当たりがある」
アルテナはあくまでも冷静に言い放ち、家主のいなくなった部屋を背にし、部屋を後にした。
荷台を引き、青海は舗装されていない道を行く。
エルドルトの門を跨ぐ時、衛兵と顔馴染みになっているのが少し嬉しかったりする。もはや見慣れた町並みを背にしつつ、青海はそんなことを思う。
・・・それにしても、今日の荷台はいつもより重いな。仕入れすぎたか?
食料を完全に自給自足できるようになった訳では無い。むしろエルドルトに頼っている面の方が多い。
エルドルトの通貨の獲得方法は、羊の夢のパン、微力だが実野梨の銀竜亭でのバイト。アルテナたちの手を借りながらだが、商店街に近づく魔獣を狩った際の素材。
思いの外、金になったのは玉田家の骨董品だ。見たこともないデザインの皿はやはり目を引いたらしい。それを市場に出店したりもした。
それにしても、初めて商店街の畑で採れた野菜の味は忘れられないな。良いサイクルで収穫できるように頑張らないと。
そんなことを思いながら荷車を引いていると、
ガダンっ。
車輪が大きく石を乗り上げた。そのせいで、荷台が大きく揺れる。
「ぎゃっ!?」
青海の物ではない声が、背後から聞こえた。
「・・・・・・」
青海は、荷台に掛かる雨よけの幌を剥がす。すると、明らかに仕入れた品物ではない塊がそこにはあった。
その丸まった布には見覚えがある。布の隙間が開き、覗く目が明らかに青海を捉えた。
「・・・はあ」
その正体を悟り、青海は小さくため息を突いた。
観念したように、その布の塊から顔が飛び出る。
それは、街で出会ったあの少女だった。




