12話・守るための戦い
「・・・私に素人のサポートをしろと?」
青海の考えていることを理解したようだが、ポロンは素直に縦には振らなかった。
「無茶だよ!あおちゃん!」
それは実野梨も同じ気持ちで。言葉を発してはいないが、光鍔もそう思っているはずだ。
アロプスですら倒せなかったのに、それ以上の体躯を相手取れるとは、とてもじゃないが思えない。だが、この商店街に、今武器を持つ人間は青海しかいない。
「副隊長たちが戻ってくるのを待つのが一番得策だ!」
「そんなのを待っていたら、畑がめちゃくちゃになる!」
ふたりの意見が交錯する。
「畑はまた作ればいいよ」
「そうさ、また1から作り直そう」
周囲の住人が青海の方に手を置き、たしなめる。
また、脅威が来るたび、畑を作り直すのか?そんなことをしていたら、生活がいつまで立っても軌道に乗らない。
やがて、ポロンが小さく息を吐く。
「戦闘では私の意見に従え。危険と判断したら、すぐここに戻らせる」
この言葉に、青海は決意を込めたように頷く。
「あおちゃんっ」
実野梨の悲痛な叫び。
青海は実野梨、光鍔に視線を送った。その決意に揺るぎはない。
実野梨は前に進もうとする青海に手を伸ばして、止める。きっと、青海はその静止すら振りほどいて、先へ行く。
それが、青海という人間だと思うから。
商店街の出入り口の境目が、結界の境界線でもあるらしいが、通り抜ける時に身体には何の違和感も感覚もなかった。
ドロテアからすれば、何もない空間から突然人間が現れたように見えただろう。感じた気配と共に、重い首を青海たちに向ける。
土の味のする植物よりも、よっぽど美味い獲物を見つけたからだ。
「前衛はお前。だが安心しろ。私が助力する」
力強い宣言と共に、ポロンは構える。
左手をまっすぐ水平に前へ。右手は薬指、小指を曲げ、拳銃のように形作る。
揃えた指の左手に光が生まれる。眩く、神々しさを感じる光。
右手の指2本で左手の光に振れると、右手を大きく後ろへと引く。まるで弓道の弓のように。
「聖光弓・白矢」
ポロンが言葉を零すと、それに呼応したように光が増幅し、
ドシュッ!
重く、空気の引き裂く音と共に、光弾が射出された。
瞬きする間に、白い光がドロテアに着弾。白煙が立ち込め、ドロテアの巨体が大きく揺らぐ。
巨大な咆哮が天を突く。身体を揺らす衝撃に抗うかのように。
青海は柄を握る手に力を込め、駆ける。白煙で周囲の視界が塞がれている間に。
近づくごとに、感じる圧迫感が増大してゆく。白い煙で覆われているドロテアの輪郭。胴体だけで軽自動車くらいはある。
覚悟を決めろ!
青海は手にした剣を大きく振りかぶり、思い切り振り下ろす!
だが、青海の手に伝わったのは、何かを引き裂く感触ではなく、全身を襲う凄まじい痺れだった。
硬質化した鱗は、鉄の剣でさえ易易と弾き返す。
「頭部、特に目か手足の関節を狙って!」
遠くから、ポロンの指示が飛ぶ。
ドロテアの身体の中で、刃物が通るのは前述の部位しかない。そこ以外は鋼のような硬質の鱗が守護する、堅牢な装甲で覆われている。
再度剣を振りかぶる。
視界に捉えたのは白煙に隠れた頭部。
なるほど。胴体とは違い、そこは連なる岩のように張り付く部分が少ない。
そして、眼球自体は、どんな生物も守ることができない。
そのまま剣を振り下ろそうとして、青海は腕を動かすことが出来なかった。
それは、例えばモンスターのような怪物だろうと生物を傷つけることに対することへの躊躇いか。
青海が手にしているのは、バットやゴルフクラブとは違う。明らかな殺傷能力を秘めた、武器。その剣先は、確実に誰かの身体を引き裂き、傷つける。
ドロテアにとって、その僅かな逡巡の時間で十分だった。
空気の対流で、白煙が歪む。
横から重い、空気を引き裂く音が聞こえた瞬間、鋭い衝撃が青海の身体を襲った。
ドロテアの長く、太い尻尾が遠心力により速度の上昇させた一撃が、青海に叩きつけられた。尻尾にも細かく硬い鱗がある。それがさらにダメージを上乗せさせる。
青海の身体は大きく吹き飛び、地面に転がる。
くそっ!
身体が痺れて動かない。これでは隙をただただ晒すだけ。
爆発音が叩き込まれ、苦悶の咆哮。寸前で打ち込まれた神聖術。烟る白煙が視界を覆う。
「やはり無理だ。街へ戻れ」
遠距離で狙撃に徹していたポロンが、いつの間にか青海の隣に現れる。
悔しいが、ポロンの言う通りだ。
守ると息巻いた青海の手は、それに反するように恐怖で震え、言うことを聞かない。
口だけで、甘っちょろくて、あまりにも迂闊だ。
魚の頭は何も躊躇わずに落としているのに。自分のエゴに吐き気すらする。
ぐ、と柄を握り、それと同じ力で反対側の手は地面の土を掴む。
風が動く。
「危ない!」
気配を感じ、反射的に青海はポロンを押し倒す。頭上で不気味な音が掠める。
それが大気を貫く尻尾の一撃だと気付いた時には、青海は再度剣を構えていた。
見ると、顔を土で汚したポロンが恨めしそうな目で青海を睨んでいた。
生き残ったら、いくらでも文句は受けてやる。
いや、生き残る。
青海はもう、覚悟を決めていた。震えは止まらない。でも、やるしか無いのだ。
それが、ポロンにも伝わったのだろう。街に下げる、と言う言葉を飲み込んだ。
ポロンは光を生み、射出。
青海は駆ける。
狙うは、前足の鱗の継ぎ目。硬い防御の及ばない部位だ。そこを突き、動きを止める・・・!
光弾の援護を盾に、ドロテアに肉薄する。
照準は、左前足。
剣を構え、振りかぶり。
今度は、躊躇いは無い。
振り下ろす。
戦いに置いて躊躇いや戸惑いは、自分を窮地に追い込むだけでなく、背後にいる人間をも危険に晒すかも知れないのだ。
青海の剣先は関節部を狙った、はずだった。
僅かに狙いが逸れ、鱗に剣が阻まれる。手を伝う弾く衝撃で、逆に切っ先が跳ね返される。
青海は剣を取りこぼさないようにするので精一杯だった。
青海が剣を弾かれたのと同時に、迫るのはドロテアの口内。
とっさに青海は剣をかざし、それを防ぐ。
ドロテアの驚くべき生態は、体表だけでなく、口内すら頑丈なことであろう。
剣を、刀身ごと口内に飲み込み、強力な顎で押さえつけているのだ。
「くっ・・・!?」
引力とでも言うべき、強烈な引き込む力。気を抜くと腕どころか、骨ごと持っていかれそうだ。そうはさせまいとこらえるも、青海自身の握力で柄が握り潰れそうだ。
真に恐ろしいのは、ドロテアの方だ。刀身の方から、嫌な軋む音が聞こえる。
ポロンの援護が飛んでこない。
たぶん、自分のせいだ。
ドロテアと青海の身体が最接近している今では、光弾は打ち込めないのであろう。
ちらりと視線を向けたその先には、構えるモーションのまま表情をしかめて光弾を持て余しているポロンがいた。
間合いを離そうにも、ドロテアの顎は剣を離すつもりはなさそうだ。いっそ剣を手放すか。そうすれば、光弾が打ち込める。
そんな逡巡を巡らせている時、青海の耳に嫌な音が聞こえた。
何かが軋み、破砕するような。
ごきん。
急激に自分の腕に伸し掛かる負荷が消え去った。その原因が、自分の手にしている剣が砕けたことだと気付いたのは、すぐ後で。
大きく体勢を崩し、引き寄せられまいと身体を引いていた反動で、青海の身体は思い切り地面に叩きつけられる羽目となる。
喉から掠れた声とともに息が吐き出され、瞬く間に身体を鈍痛が貫く。
歪む視界の中で見たのは、クッキーの食べかすを零すように、口内から砕けた刃を吐き出すドロテアの姿。
腹を満たさぬ鉄の塊に、不満と共に吐き出す。
青海の身体を絡め取る、揺らめく狂気に満ちたドロテアの目の呪縛を寸断したのは、耳をつんざく轟音だった。
青海の身体が地面に倒れ込んだのと同時に、無数の光弾がドロテアに叩き込まれた。
「ばか!逃げなさい!」
横から聞こえたのは、そんな叱咤だ。
だが、青海は起き上がると、刀身のなくなった剣を構え、駆け出した。
突き動かすのは、自身の情けなさ。
砕けた刃先でも、出来ることはある。最後まで、足掻く。
ドロテアから押し付けられる威圧感、恐怖を、住人のみんなに味合わせるわけにはいかない。
だから、まだ戦う。
「あいつは私の言うことを聞いた試しがない・・・!」
青海の決意とは反対に、忌まわしそうに目を細め、ポロンは次の光弾を手の中に紡ぐのであった。
「ああっ!剣が!」
絶望の色を貼り付けて、実野梨は顔を覆う両手の隙間から覗く一連の光景に心臓を掴まれる。
青海の身体が地面に叩きつけられた時は肝を冷やした。ポロンの援護で命拾いをした。
でも、これで戦わなくて済むと思った。振るう剣がなくなったから。
それでも幼馴染みは予想外の行動を見せた。僅かに残る刃で、戦うことをやめようとしない。
「無茶だよ、あおちゃん!」
祈るように手を組み、目を痛いくらいにつぶる。
青海の性格は知っているつもりだ。
優しくて、相手を思いやる心を持つ。
その実は、向こう見ずで無鉄砲に見える。それは全て、商店街を守るためだと分かる。
それは、自分の命を賭してまですることなの?
青海は多分『そう』だと思っているのだろう。
「ほんっと、あのバカっ!」
青海の生還を祈る実野梨とは逆に、光鍔は戦っている外とは逆方向へと走り出した。
「みっちゃん!」
実野梨の声を振り切って、光鍔は商店街へと駆け出していった。
無数の光弾が打ち込まれ、空を覆うほどの白煙で辺りが包まれた。
青海からも視界が遮られ、一時の休戦を余儀なくされる。
ぐい、と青海の首根っこが掴まれ、その相手がドロテアではないことに安堵の息を吐く。ポロンが怒りを滲ませた目で青海を睨む。
「だから最初から援軍を待つ選択を提案したんだ!」
・・・ポロンの言う通りだ。
勇んで先走り、それどころか戦いの邪魔にすらなっている。
「・・・神聖術が叩き込まれているのに、あの化け物は傷ひとつ負っていないのはどういうことだ?」
ドロテアが金属の剣すら弾き返す鱗を持つとしても、あの轟音を生む光弾を受けて無事でいられる根拠。それが青海には気になっていた。
「神聖術の性質のためだ」
白煙の方へ視線と警戒を向けたまま、ポロンは呟く。
「神聖術は人間意外の生命体にダメージを与える事は出来ない。むしろ、人の怪我や治癒が軸だ」
せいぜい痛みのない衝撃に襲われたくらいだ、とポロンは言う。
「もっとも、高位の神官ならば、その理をも越える術を会得して入るが、あいにく私はまだその域にいない。だが、今はそれはいい」
だから、援軍を待ち、身をひそめる選択を推していたのだろう。
「奥の手を使う」
強い言葉と共に、ポロンは光の糸を指に編む。
呪文らしき文言を口から滑り落ち、光る波が、形を整え始める。
最後の言葉を空に吐き出すと、手の中の光は一筋の槍となる。
「・・・一発限り。これをハズしたら、この状況でこの術を練り上げる時間も余力も無い。ハズしたら速やかに街へ逃げろ」
漂う煙の中、ポロンは意識を切らすことはなく、腕を水平に掲げている。
青海も神経と研ぎ澄ます。
揺らめく煙の向こうに、景色の色が見え始めた。ドロテアの姿は、ない。
その時、聞き慣れた声が遠くから聞こえた気がした。
それが警告だと気づいた時には、横から殺気が生まれていた。
巨体に似合わぬ、疾さ。油断していた。歩くのが緩慢だからと言って、この期に及んで舐めて掛かっていた。
気配はまさしく、ポロンの横から。それに真っ先に反応したのは青海だった。
今度は声を掛けるヒマもない。
ポロンの身体を再び押し倒した。
ドシュッ!
その衝撃で、射出寸前だったポロンの手の中の光が不意に弾ける。
致死量の殺気を寸前で躱したのも束の間。凄まじい痛みと衝撃が青海の方を貫いた。ポロンの手の中に収まっていた光の槍の誤謝。
光の槍は、目にも止まらぬ速度で天に消えていった。
青海の方には傷は穿っていない。ただ、獰猛な動物の牙で砕かれたかのような痛みが確実に青海の肩を貫いた。
その痛みに構っている暇はない。
青海は構える。
本当に恐ろしい物が直ぐ側に押し迫っていたからだ。




