勇者の離宮
美しい庭園を抜けた先には、高い鉄柵が並んでいた。
兵士の敬礼を受けながら大きな門扉をくぐる。見晴らしの良い広い敷地には芝生が植えられ、その奥に2階建ての建物が見える。
「こちらが『勇者の離宮』です。勇者様がたには、こちらで過ごしていただきます」
老魔法使いに示された建物を、6人の戦士たちは眺めた。
中央に入口があり、左右対称に窓が並んでいる。白い石壁は美しく、丁寧に管理されているのが伺われる。
「このお庭、かなり広いよね。ここでちょっとした訓練しても大丈夫?」
智也が庭を示しながら聞いてくる。
「はい。もともとそのような用途を想定しております。存分にお使いください」
答える老魔法使いの笑顔が、邪悪なものに見えてしまう。
身を隠すものがない、とても広い庭。そして高い鉄柵。
脱走を防止するためではないだろうかと勘ぐってしまう。
建物の前には濃いグレーのメイド服を着た女性が3人、黒いスーツの男性1人が待っていて、近づいてきた一行に深々と頭を下げる。
「ようこそお越しくださいました、勇者様がた。私どもはこの離宮において、お世話係を任じられております。ご要望がありましたら、何なりと私どもにお申し付けください」
はっきりとよく通る声で男性が告げる。
「ありがとうございます。その時にはよろしくお願いします」
朝香たちはそう言って頭を下げる。
男性は20代後半くらい、女性は20代前半くらいの人物が1名、後の2人は10代半ばから後半あたりのようだ。全員一様に容姿が優れている。
離宮で働いているのはここにいる4人と、現在調理場で食事を作っている男性2人だそうだ。
まずは客室に案内してもらうことになった。
女性陣は一番年長らしいメイドが、男性陣は黒いスーツの男性が案内を担当する。
あと2人のメイドたちは、1階でお茶の用意をしてくれるらしい。
老魔法使いも1階に残った。
2階に上がると、階段を挟んで左側に並ぶ部屋には女性陣が、右側に男性陣が向かった。
***女性陣***
部屋に入ると、まず天蓋つきの大きなベッドが目を引いた。窓際には書き物机とイス。クッションが効いていそうなソファもある。
壁紙やじゅうたんは落ち着いた色合いで、高級ホテルのようだ。
「素敵な部屋……」
正直な感想が口からもれる。
クローゼットには衣類がぎっしり並んでいる。
ワンピース、ブラウス、スカート、パンツ。ジャージっぽい生地の上下セットもある。
それから、何かの仮装用だろうかと疑ってしまう系統の服もたくさんあった。つるつるした素材の全身スーツみたいなものや、やたら露出が激しいもの、鎖かたびらのような「服……?」と首を傾げるようなものまで。
「こちらは、ファズマ王国で一般的に着られている服と、歴代の勇者様のお衣装を基に作った服でございます。勇者様がどのような服装を好まれるか分かりませんので、今はこのようになっております。お望みの服を仕立てさせますので、何なりとお申し付けください」
メイドの女性が頭を下げる。
「本当ですか? じゃあ後でデザイン画お持ちしますね。紙と鉛筆――何か書くものをもらえますか? 布のサンプルも見せていただきたいです」
祥子は早速飛びつく。
「祥子。服は用意してもらったものを着たらいいし、新しい服が欲しくなったら、町に出られるようになった時に買ったらいいんじゃない? わざわざ仕立ててもらうのは気の毒よ」
朝香の意見に舞も同意のようだ。控えめにうなずいている。
しかし祥子は、ちちち、と指を振る。
「ここの服だけだと、そのうち着る服がかぶっちゃうわよ。町にお買い物に行けるのは、いつのことか分からないし。どのみちお金をもらわないといけないじゃない。それに今の私たちってコスプレ集団感満載でしょ」
その指摘に、朝香も舞もギクリと自分たちの服装を見つめる。
朝香は鎧装備だし、舞は忍び装束だ。
二人の反応を確認して祥子は満足げに微笑む。
「そ・こ・で! 元の世界の服を再現しようってわけ。そっちのほうが抵抗がないでしょ?」
祥子の提案に二人はうなずくしかなかった。
部屋にはそれぞれ浴室とトイレも備わっていた。水や湯を出すには魔道具の操作が必要で、朝香たちはその使い方を教わった。
髪を乾かすための魔道具もあった。
備え付けの化粧品やせっけんの類も充実している。
「異世界ものだと、入浴の習慣自体がない、せっけんや化粧品の品質は最悪、っていうのが定番だけど、これはうれしいイレギュラーだわ」
化粧水を肌につけてみて祥子が笑顔になる。
他にも照明や冷暖房の魔道具も教えてもらう。
世話係を呼ぶための鈴も魔道具化されており、離宮の敷地内であれば、ちゃんと相手の耳に届くらしい。
「あ、そうだ。時間つぶし用に本なんかありますか? 聖書もあれば読みたいですね」
祥子の願いは快く受け入れられ、この後何冊か持ってきてもらうことになった。
部屋は1人ずつあてがわれているため、階段に近い部屋を朝香が、次に祥子、舞が使うことになった。
「でも、ベッドが大きいから3人でパジャマパーティーしながらそのまま寝る、っていうのもアリかもね」
「なんだか合宿みたい」
3人の女性たちはふわりと笑った。
*** 男性陣 ***
魔法が存在する異世界。
魔法陣が刻まれた装置に触れるだけで、灯りがついたり水が蛇口から出たりする。
「おおお~~~」
「すご~い」
男子(男児?)2名が目を輝かせて魔道具を操作している。
「……2人とも、ちょっと落ち着け。まだ説明してもらっている途中だぞ」
凛太郎は案内してくれている男性にちょっと頭を下げる。
お気になさらず、そんなニュアンスで執事が頭を下げ返してくる。
きっと世話係の目がなくなれば、ベッドの上で飛び跳ねるくらいやるだろう。枕投げもやりそうだ。
気持ちを落ち着けるため、凛太郎は深い呼吸を心掛ける。
当座の衣類としてクローゼットにあるものを見せてもらった。
地球の服装と大差ないものが多いが、そうでないものもある。
「あっ、これ良いなあ」
光希が取り出したのは、つるつるピカピカしている全身スーツだ。
「光希、それ着るなら自分の部屋の中だけにしろよ?」
「ミッキーは自分の顔面偏差値理解してるー?」
「珍しいものにはチャレンジしなくちゃあ。スマホがあったら写真撮っとくのにな。イギリスのじいちゃんばあちゃんに見せたら、めっちゃ喜んでくれそう」
智也と光希がはしゃぎ、凛太郎がたしなめる、という光景を繰り返し、部屋の案内は終了した。
部屋割りは、階段に近いほうから、智也、凛太郎、光希と決まった。
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