謁見
真紅のカーペットが敷かれた広間。奥には立派な玉座。
やせ型の初老の男性がそれに腰かけている。すっかり白くなった頭髪の上には、王冠。青い瞳には知性を感じるが、どこか疲れているようにも見える。
6人の戦士たちは謁見の間で国王と対面していた。
国王のそばには護衛がたくさんいるものと想像していたが、先ほど出会ったプリンセスと魔法使いたちだけが立ち会っている。
「よく来てくれた、異世界の勇者たちよ。私は国王のジュリアスだ。突然異世界に呼ばれ、貴君らには不安や疑問に思うことがあるであろう。まずは楽にしてもらい、じっくり話し合おうではないか」
国王の目くばせにより、若い魔法使いたちが呪文めいたものを唱える。
すると、床の上に魔法陣が浮かび上がり、そこに6人分のイスが現れる。
「わ、イスが出てきた」
つい驚きの声がもれる。
老魔法使いはいたずらが成功したような顔をする。
「これは転移の魔法です。召喚魔法を研究するうちに発見されたものです。大きすぎる物や遠すぎる距離の移動はできませんが、隣室に用意してあったイスくらいならば、この通りです」
ほこらしげな説明を聞き、朝香たちは少し微妙な気持ちで「すごいですね」と答えた。
召喚術のような大掛かりな魔法が使える世界なら、もっとすごいことができると何となく考えていたのだ。
勧められるままに着席し、まずは自己紹介となった。
この6人ならば、名乗りを上げる順番は決まっている。
まずはレッドから。
「私は佐野朝香と言います。スクウンレッドに変身します。武器は長剣です。攻撃魔法は雷属性のみで、回復魔法は初級のみ使えます」
朝香はイスに掛けたままぺこりと頭を下げる。ポニーテールにした黒い髪が、つられて揺れる。
(なんだか面接を受けているみたいね……)
などと考えてしまう。
本当はダンジョン脱出系魔法と、訪れたことのある場所へ転移できる魔法も使える。聖獣召喚(この世界で本当に呼べるのなら)すれば、ファイヤーバードがやって来る。
が、それは召喚主には秘密だ。
「えっ、アサカさんの紹介みじかっ! えっと、ボクは滝沢智也。オタク文化をこよなく愛する大学1年生。誕生日は2月だから、まだ18歳です。スクウンブルーは魔法使いです。火、水、土、風系統の攻撃魔法は初級から超級まで使えます。実力を把握するために、どこか広い場所で検証させてほしいです」
智也は人懐っこい笑みを浮かべる。
ファズマ王国の面々は、未知の単語に「オタク?」と首を傾げている。
その世界に存在しない単語は翻訳されず、その音のまま聞こえるようだ。
「特定の分野にひとかたならない情熱を傾ける人のことです」
と、朝香が解説する。
ブルーは状態異常やデバフも得意だ。聖獣召喚すれば、アイスタイガーがやって来る。
だが召喚主に警戒されてはいけないので、あえて黙っている。
「次は私ね。長澤祥子、大学2年生。コスプレ――色々な衣装を自作して、イベントで着て楽しむことが趣味なので、裁縫は得意です。スクウングリーンは神官キャラ。祈ってよし、殴ってよしの、前衛もこなせる回復役です」
祥子が頭を下げると、長い茶色の髪がさらりと流れる。コスプレに情熱を燃やしているため、スタイルの維持はもちろん、髪や肌の手入れにも気を遣っている。
グリーンは鑑定魔法も使えるが、何となく秘密にしておきたい。一服盛ろうとしても無駄ですよ、などと知らせてあげる必要はない。聖獣召喚ではホーリーピジョンを呼び出せる。
祥子の自己紹介の後、凛太郎が口を開く。
「俺は阿部凛太郎。大学4年生、21歳です。7歳の頃から空手という格闘技を習っています。スクウンイエローも格闘が専門です。素手で戦うほうが攻撃力が上がるというスキルを持っています。魔法は使えません」
身長190センチ。日々の鍛錬で培われた筋肉には無駄がない。
格闘家らしい礼をして、自己紹介を終える。
イエローは魔法は使えないが、魔力で身体能力を上げることができる。たとえ堅固な牢に入れられても、自力で破壊して脱出できるだろう。
また、半径50メートル内の気配を探知でき、対象の脅威度を測ることが出来る。どうやらこの謁見の間に潜んでいる人物はいない上に、脅威を感じるほどの存在もいないようだ。
聖獣召喚ではアースドラゴンを呼び出せる。
「私は市川舞。短大の1年生です。スクウンブラックは斥候のような役目を持っています。素早い身のこなしが身上です。近距離では刀を、中距離では投げナイフなどを使います。魔法は使えません」
舞はお辞儀をした後、指先で髪をすいた。
忍者と言わなかったのは、この世界に存在しないジョブだったら説明が必要になると考えたからだ。潜入して情報収集するのが得意、などということは明かせない。これからこの城にそれを仕掛けるのだから。
彼女の聖獣はナイトウルフという漆黒の狼だ。
「最後はシルバーの僕だね。石田光希、大学1年生。スクウンシルバーは賢者。設定上はあらゆる魔法に通じていることになっています。その代わり上級魔法までしか使えません。ネット上では器用貧乏キャラと揶揄されています。一応頭脳派キャラなので、攻撃よりも、仲間が困っている時にヒントを出すような役割です」
シルバーの魔法書は、情報さえそろえばかなり有用な解決策を与えてくれる。召喚術やこの世界の魔法についての知識を得られれば、元の世界に戻る方法を示してくれるかもしれない。もちろんそれはシークレット。
聖獣はクリスタルオウル。
光希が礼をして、落ちてきたサイドの髪を耳にかける。英国人とのハーフという外見も手伝い、何気ない仕草でさえも絵になっている。
プリンセスは先ほどから光希に熱い視線を送っている。
国王や魔法使いたちも気づいているが、あえて知らぬふりをしているようだ。
「では、我が国の状況を説明させてもらおう」
国王の合図で、魔法使いたちが大きな地図を広げる。
東西に長い大陸が中心に描かれており、東側は平地が、西側は山が多い。この世界の文字で地名が記してあり、朝香たちにはカタカナでルビが振られた状態で見えている。
老魔法使いが地図の横に立ち、説明を始める。
「この大陸の南西に大きな山脈があります。その西側には広く深い森が広がっており、かつては『妖精の森』と呼んでおりました。しかし邪妖族が出没し危険であるため、『邪妖の森』と改めました。ファズマ王国がその西側です」
国土の東側は邪妖の森と接しており、残りは海と山に囲まれている。
海際の土地はほとんどが断崖絶壁で、岩礁も多く風も強い。大きな船は通行できないそうだ。
山側にしろ海側にしろ危険が伴うルートであるため、他国とのやり取りはほとんどない。よほど熱心な商人か命知らずな冒険者、もしくは国を逃れてきた者がごくまれに訪れるくらいだ。
邪妖族も、わざわざ危険な道を通ってまで他国を侵略するつもりはないらしい。
他の国は邪妖族の脅威にさらされない。だからファズマ王国の窮状を無視できる、ということだろうか。
「王都はこの国の中央にありますので、邪妖族に直接攻め込まれたことはありません。被害にあうのは森に接した町です。邪妖族が現れれば、合図ののろしを上げる手はずになっております。魔力を用いたのろしですので、遠く離れていても感知できるのです。皆様には普段は王都――できれば城内に待機していただき、邪妖族が現れた際にそこへ赴いていただきたいのです」
「邪妖族が現れてから向かったので間に合うのですか?」
代表して朝香が問う。
「はい。邪妖族は基本的に単体で現れますので、町に配置した兵士たちで威嚇し、時間を稼ぐことが可能です。その間に皆様に駆けつけていただきます。現地への移動手段には空馬車を使います。育成に力を入れた翼馬2頭に引かせますので、1時間とかかりません」
老魔法使いは自信たっぷりに言い切る。
空馬車。翼馬。何ともファンタジーな言葉だ。
想像して、ちょっとわくわくしてしまう。
「私たちの役目は、邪妖族と魔王の撃退でしょうか?」
「可能ならば魔王も討伐してほしいところだが、これまで誰にもなしえなかったことから分かる通り、敵はかなり強い。幸いにも魔王は森から出てこない。まずは邪妖族と戦ってみて経験を積んでほしい」
「参考までに教えていただきたいのですが、今までに現れた邪妖族の特徴や、召喚された勇者たちの戦い方は、どのようなものだったのでしょうか?」
国王が老魔法使いにうなずいてみせ、説明役を任せる。
「まず邪妖族の特徴ですが、見た目は様々です。獣に翼がついていたり、人ほどの大きさもある虫であったり。共通しているのはいずれも醜悪な見た目をしているということです。奴らがなすことは、まずは人の営みの妨害です。畑を荒らしたり、家畜をさらったり、食料の備蓄庫を壊して中の食料を食べてしまったり。中には人を石や獣に変えるものもいたそうです。その邪妖族を倒せば術は解けたようですが」
外見といい行動パターンといい、戦隊ヒーローの怪人を想像してしまう。
「歴代の勇者様がたは、召喚された際に得た力で邪妖族を倒しておいででした。身体能力も底上げされたそうです」
つまり変身してスクウンジャーとして戦えば、邪妖族は倒せるはず。ということか。
「もし、私たちに邪妖族を撃退する能力がないと判断された時は、どうなるのでしょうか?」
「その場合は戦線を退いていただいて結構。しかし生活の心配は不用だ。我らの都合で召喚したのだ、引退後も面倒をみるぞ」
国王がとてもまじめな顔でとてもありがたいことを言ってくれる。
が、言葉通りに信用できないのがラノベ世代のつらいところだ。
「そうおっしゃっていただけますと、気が楽になります」
朝香に同調するように、仲間たちも頭を下げる。
「では明日の朝、勇者のお披露目を行おう。国民たちも待っていたのでな」
今日のところはゆっくりくつろいでいいそうだ。
明日はまずお披露目の式典に出席して、それから訓練所へ案内してもらうことになった。
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