番外編(前編)
「どうしよう」
僕は口惜しさと不安で涙が出そうだった。
見知らぬ場所に、一人きり。家への帰り方もわからない。
辺りは砂ばかりの景色。どちらへ向かえばいいのかもわからない。
ただ、後戻りだけはできない。
殺されてしまうからだ。
*
その日僕は、いつも通りアルバイト先を目指していた。
アルバイトが終われば家に帰って夕ご飯を作って、仕事から帰ったお母さんと一緒に食べて――そんないつもの日常を頭に描いていた。
だけど。
【来たれ~来たれ勇者よ~】
何か邪悪な声に呼ばれたと思ったら、薄暗い部屋の中にいた。
僕と同じように不安そうにしている人が、10人ばかりいる。
スーツ姿のおじさんたちに、高校生らしい制服姿の集団。
「ようこそ。異界の勇者たち」
首から膝下まで一続きの白い衣と、同じ色のフードを目深にかぶった人たちが大勢並んでいて、その真ん中に立っているおじさんが話しかけてきた。
「こ、ここはどこだ」
「あなたたち、一体誰?」
僕の周りにいた人たちが、一斉に質問をぶつけていく。
「ここはデミトリア帝国。私はこの国の大神殿の長を務めておりますアザイーと申します」
彼はフードを外し、名乗った。
笑みは浮かべているけれど、邪悪な印象を受けた。
アザイーさんが説明するところによると――。
この世界では邪神の復活が近づいていて、それを倒すための勇者を求めているらしい。
なんでも、異世界から呼び寄せた人間には、不思議な力――スキル――が付与されるとか。
それを見極めるのが神殿にある「鑑定の水晶」で、人や物の情報を見ることができるらしい。
彼らが知りたいのは、僕たちに付与されたスキルだった。
最初にスキルを調べられたのは、一番前にいたスーツ姿のおじさんだった。
手のひらの上に「鑑定の水晶」を載せてしばらくすると、その上に半透明のスクリーンが現れた。
表示された文字は日本語ではないのに、なぜか「賢者の采配」と読めた。
「おお! 素晴らしい。あなたは迷える我々を導いてくださることでしょう。大いに期待しておりますよ、賢者様」
神官たちが深々と礼をする。
そんな感じで、鑑定は進められていった。
「剣の達人」とか「全属性魔法の使い手」とか、強そうなスキルを持つ人ばかりだった。
「おい、俺は賢者だってよ。今まで嫌味な上司や偉そうな得意先にヘコヘコしてたが、こっちの世界ではそんなことしなくていいんだぜ」
「俺は『竜殺し』だぞ。なんか強そうだよな」
「あたし『大聖女の祈り』だって。お祈りするだけで何かできるんなら、こっちの世界のほうが生きやすいよね」
「お前勉強苦手だもんな」
それまで不安や不満を口にしていた人たちは、得意げな顔になり、はしゃいだ様子を見せる。
最後に僕が水晶玉を手に載せて表示されたスキル名は、「鑑定眼」だった。
これには神官たちもわかりやすく吹き出した。あざけりの視線で見てくる人たちもいる。
「まあ、集団転移を行えば、『ハズレ』も出るでしょう。一人で済んだのは幸いと言えるでしょう」
周りからクスクス笑いがもれる。
「鑑定など、この水晶玉があれば十分。役に立たない者は勇者を名乗る資格はありません」
鑑定”眼”なんだけど――、とは思ったけど、言葉にはできなかった。黙っていたほうがいいような気がしたんだ。
アザイーさんがあごをしゃくると、武器を持った男たちが近づいてきて僕を両側からがっしりとつかんだ。
「お情けで当座の資金と食料を持たせてあげます。この国に戻ってきたら、命はありません。わかりましたね」
*
そうして僕は馬車に乗せられ、砂漠に捨てられた。
(そういえば、僕のスキルってどう使えばいいんだろう)
鑑定という単語が含まれているのだから、「鑑定の水晶」のように触れてみれば何かが表示されるのだろうか。
しゃがんで足元の砂を両手ですくってみる。
……。
何も起きない。
今度は知りたい情報を念じながら砂を凝視した。
【ヘジャミラ砂漠の砂;岩石が風化して細かな粒となった砂。安全】
頭の中に情報が浮かび上がる。
これじゃあ「鑑定の水晶」と同じと言われてもしょうがないか。
僕はハズレなんだ。
手のひらから滑り落ちる砂を、悲しい気分で見下ろす。
どうにかして日本に、元いた場所に戻らなくちゃ。
こっちの世界に来てから5日は経ってる。
アルバイトは無断欠勤でクビになるかもしれない。なによりお母さんが心配しているだろう。
異世界から人間を呼び寄せる魔法があるのなら、その逆もあるはずだ。
とにかく人がいる場所を探そう。
歩いても歩いても景色に変わりはない。
ただ、疲れはたまってくる。
僕は足を止め、水筒の水を飲んだ。食料(乾パンみたいなものと、干した肉)はあるけど、今はまだ大事にとっておこう。
そういえば、砂漠ってもっと暑いんじゃないのかな。
雲がなくて太陽全開だけど、肌が焼けるような感じがない。長袖の制服なのに、暑苦しくもない。
世界が違うから、気候も違うのかな。
今頃になって気づいたけど、この世界の人たちと普通に会話できていたなあ。僕は日本語でしゃべっていたんだけど。
水晶玉の鑑定で出てきた文字も、日本語じゃないのに読めたし。
そんな風に考え事をしたり休んだりしながらどれくらいの時間がたったのか――。
頭上を大きな影がよぎった。
大きな――本当に大きな鳥が方向を転じて僕のほうを向いてホバリングしている。
日本でこんな大きな鳥と遭遇したら、きっと逃げたほうがいいパターンだ。だけど「大丈夫だ」という気がしている。
「ちょっと待っててね、今そっち行くから」
鳥の背中から2つの人影がのぞき、若い男の人の声が聞こえた。
「とうっ!」
「えっ、ちょっと、ブルー!?」
元気よく回転を加えながら飛び降りる、戦隊ヒーローのような格好の青い人。
赤い人は声からして若い女性のようだ。
さらさらの砂に膝から下がめり込み、豪快に前のめりに倒れるという微妙な着地を決めた青い人と、大きな赤い鳥と一緒に降りてきた赤い人。
「えっと……」
はじめまして? こんにちは? どちら様ですか?
かけるべき言葉を探していると、向こうから声をかけてきてくれた。
「訳あってこんな格好でごめんなさいね。私のことはレッド、と呼んでね。あなた、日本から召喚された子でしょう?」
「あ、そうです」
「大変だったね。ボクはブルー。スクウンブルーだよ!」
そう言ってブルーさんは決めポーズをとる。
戦隊ヒーローのドラマは、小学生の頃は見ていたなあ。
でもお父さんが亡くなって、お母さんが一生懸命に働いている姿を見ると、遊んでちゃいけないような気になって、テレビもほとんど見なくなってた。
僕の反応が薄かったせいか、「スクウンジャー、見てない……?」とブルーさんが寂しそうな声を出す。
「中学生になったら、部活や塾でテレビ見ない子も結構いるでしょう?」
と、レッドさんがフォローしてくれる。
「それから、こちらの赤い鳥はファイヤーバード。私と契約している聖獣なの。ブルーの聖獣であるアイスタイガーは、今まで隠密状態であなたの護衛をしてくれていたのよ」
その言葉を合図にしたように、大きかった赤い鳥はカラスくらいの大きさになってレッドさんの肩に留まり『よろしくお願いしますね』と話した。
『ふう。ようやく姿を現せる時が来たか』
何もないところからすうっと白い虎が現れた。
「アイスタイガー、ご苦労様」
ブルーさんが撫でようと手を伸ばしたけど、アイスタイガーはするりとかわしてしまう。
「もしかして、砂漠を歩いていても全然暑くなかったのって、アイスタイガーのおかげだったんですか?」
『その通り。なかなかに賢い少年だな』
「僕は山本健太です。皆さん、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた。
「ケンタ君は元の世界に戻りたい? それともスキルに磨きをかけて強くなって、ケンタ君を追い出した連中に『ざまあ』する? 題して『ハズレスキルだと追放されましたが、僕のスキルは超有用でした! 召喚主が焦って取り戻そうとするけれど、もう遅い!』って感じかな」
ブルーさんの若干早口の言葉に軽く混乱する。
ざまあ、って何だろう。いや、それより元の世界に戻れる?
「戻りたいです! アルバイトはもう遅刻確定ですけど、家には帰らないと。お母さんに心配かけちゃいますから」
「遅刻の件は心配しなくて大丈夫だよ。召喚された直後の時間に戻れるからね。せっかくだから、手に入れたスキルを使いこなせるようになってから帰らない?」
そのお誘いに、僕はちょっと戸惑いながらも「はい」とうなずいた。
「じゃあ私たちの仲間に連絡するわね」
と、断ってからレッドさんがどこかに話しかける。
「こちらレッドとブルー。召喚された子と無事に合流できたわ。彼は元の世界に戻ることを希望しているわ」
『こちらグリーン、了解よ。こっちの召喚者たちは戻りたがらなくて困ってるわ』
『中二病こじらせたような人ばかりだからね~。すごいスキルを手に入れたと思って有頂天だよ。日本での生活がそんなにつらかったのかなあ』
『あの人たちと話していた時、なんだか違和感を覚えなかった……?』
『うーん。こっちの世界の衣装を着ていたせいか、コスプレ集団ぽかったわね』
『そういう面もあったが、彼らの言動に少しひっかかるものはあったな。変な言い方だが、今どきの高校生らしくなかったというか』
『イエロー。その言い方、年寄りみたいだよ』
にぎやかな声が次々に送られてくる。
「へえ、なんだろうね。違和感といったら、ケンタ君は学ラン着てるけど、ケンタ君の学校はもう衣替えしてるの?」
「いえ、衣替えは6月からです」
僕の返事に、周りからは「えっ?」という声がもれた。
レッドさんたちがいた世界は9月だったそうだ。
「異世界召喚は時間も空間も異なる場所へ干渉するものだから、ボクたちと異なる時間軸から呼ばれたのかもね」
ブルーさんの仮説は、たしかに説得力がある。
なんとなくそれが正解のような気がする。
他の人たちも納得したような雰囲気だった。
「ともかく、召喚主が嘘をついている可能性もあるのだから、事実を知らせたうえでもう一度彼らに確認をとらないとね」
「うん。そのうえでこっちの世界を選ぶんなら、もうそれは本人の自由ってことで」
『そうだな。調査に出かけていた聖獣たちが、ついさっき戻ってきたところだ。彼らの情報をもとにシルバーが動画にまとめるから、準備ができたらまた連絡する』
「りょーかい。編集頑張ってね、シルバー」
『はいよー。ラノベ的にはありきたりのネタばかりで、ブルー的にはテンプレすぎ! ってなりそうだけど』
通信が終了したブルーさんが僕のほうを向く。
「さてと。せっかくだから、ケンタ君のスキルについて理解を深めようか」
僕が「鑑定眼」だと告白すると、ブルーさんは「そんな有用なスキルをハズレ扱いなんて、とんでもない!」と憤慨した。
「まずは自分自身を知ることが大事だね。『ステータスオープン』って言ってみて」
ブルーさんに言われるままに、同じ言葉を言ってみる。
すると目の前にスクリーンが出てきた。
「良かった。出た出た……って、ボクたちにも見えてる?」
「召喚した世界が違うから仕様も違っているのかしら」
ブルーさんとレッドさんの場合は違うようだ。
【山本健太;14歳。中学生。
レベル1
HP 88/100
体力 20
素早さ 30
賢さ 60
運 30
召喚者共通スキル;異世界言語理解能力
固有スキル;鑑定眼 レベル1】
異世界の人と言葉が通じていた理由はわかった。でも――。
「この数字を見ても、良いのか悪いのかわかりませんね」
「まだレベル1だしね~」
「MPの項目がないのは、スキルを使用するのに魔力は関係ないということかしら」
「HPが微妙に減ってるけど、これは疲労によるものなのかスキルの使用にHPを消費していたのか、どっちだろうね。そうだ、ケンタ君。このスクリーンに対して『鑑定眼』を使ってみてよ」
「わかりました」
スキル名に指先で触れたとたん、ポン、と軽い手ごたえがあって、頭の中に情報が流れてきた。
【鑑定眼;安全/危険、正/誤などを察知する。
鑑定したい対象を見つめる、もしくは手で触れて念じることで、情報を読み取ることが可能。
自分よりレベルが高い相手への鑑定には失敗することがある。
スキルレベルが上がるにつれ情報量が増える。
連続使用は脳への負担がかかるため、要注意】
その解説を読んで、思い当たることがあった。
この世界に来てから、「なんとなくこうしたほうが良さそう」と感じたことが何度かあった。きっと安全か危険か察知する力が働いていたんだろう。
「ということは、様子を見ながらスキルを使って感覚をつかんでいこうか」
ブルーさんの提案により、周辺にある人や物を調べてみた。
配給された乾パンには原材料や製法に続いて「安全。ただし不味い」なんて書いてあって笑ってしまった。
レッドさんとブルーさんにも鑑定眼を使ったけど、まともに表示されたのは名前(スクウンレッド/ブルー)ぐらいで、ほとんど「■■■■が■■した■」みたいな状態だった。情報の最後には「安全」という2文字があった。
聖獣たちに対しても、同様だった。
何回かスキルを使ったからレベルが上がってないか確認するため、ステータス画面を開いてみた。
「鑑定眼のレベルが5になってます! 早いですね」
「そうか、格上相手にスキルを使ったから経験値も多めに入ったんだね」
ブルーさんはなんでも知っているみたいだ。すごいなあ。
もう1回足元の砂を鑑定してみる。
【ヘジャミラ砂漠の砂;岩石が風化して細かな粒となった砂。
■■により造られた■■の一部。安全】
情報がちょっと増えた。けど読み取れない部分がまたできてしまった。
「ケンタ君のステータス画面は他の人間にも見えちゃうから、日本に戻ったら気を付けないといけないね」
「対処方法がないか、後でシルバーに調べてもらいましょうか」
「そうだね、そうしよう。あ、そうそうケンタ君。このスキルは日本に戻ったらバレないように気を付けてね。特殊な能力を持つ人間がいるって知られたら、怪しげな科学者に解剖されたり、キミの力を利用したい悪人に拉致されたり、言うことをきかせるために家族や友達を人質にとられたりするかもしれないからね」
ブルーさんの口調は軽いんだけど、その内容はひどく物騒だ。
「えっ、そんな映画みたいなこと。僕のスキルなんて、利用価値はないでしょう?」
だけどお二人(と聖獣たちも)は、そう思ってないみたいだ。
「視界に収めて念じるだけでものの情報を得ることできるし、スキルを使おうと意識してなくても『こうしたほうが良さそう』という勘が働くのだから、健太君のスキルは十分価値が高いものよ。それに対象の安全性や正誤の判別もできるということは、悪い人たちにとっては脅威ということ」
「そうだよ。そして悪い奴らは手段を選ばないからね」
そういえば何年か前に、超能力者が主人公のドラマがあったっけ。自分の能力を隠しながら仲間たちと生活していたけれど、悪い奴らに超能力のことがバレて命を狙われる……ような話だったと思う。
たしかに危険はないほうがいい。僕一人に降りかかることならまだいいけど、お母さんや友達に危害を加えられるのは耐えられない。
「わかりました。力のことは誰にもしゃべりませんし、日本に戻っても使わないようにします」
「え~~。全然使わないのはもったいないよ。安全か危険か、正しいか間違ってるか、そういうのを知ることができれば、事故にあわなくて済むかもしれないし、詐欺にもひっかかりにくいし。便利に使っちゃおうよ。誰かに何か聞かれたら、『え? なんとなく?』みたいな感じでとぼけちゃえばいいんだよ」
ブルーさんの言葉を聞くと、肩の力が抜けてしまった。
「日本に帰ったら、古くなった食材がまだ食べられるか調べるのに使ってみます。頑張って挑戦してみてお腹を壊しちゃうことが、たまにあるんですよね」
「うっ、苦労してるんだねケンタ君。ボクにはわかる。キミはめっちゃ良い子だよ!」
ブルーさんはしばらく下を向いたりレッドさんのほうを向いたりしていた。
「ごめんね、レッド! ボクはケンタ君には素顔で接したいんだ。『ロールオフ』!」
ブルーさんの周りが青い光に包まれ、それが収まった後には人懐っこそうな表情の男の人がいた。
「ブルー……。大丈夫、私も同じ気持ちだから」
そしてレッドさんも同じように変身を解除した。
レッドさんは真っ直ぐな黒髪をポニーテールにした、きれいな女の人だった。
*
「私たちは、こことは違う別の異世界に召喚された日本人なの。その世界でお世話になった魔王や妖精女王の力を借りて、元の世界に戻ることができたの」
「ボクたちはヒーローショーの出番待ちをしている時に召喚されたせいか、スクウンジャーの能力をそのまま使えるんだ。戦闘とは縁のないボクたちがいきなり力を発揮できたのは、きっとバイト先で殺陣やダンスのレッスンを受けていたおかげだと思ってるんだよね。役作りのためにドラマも何回も見たし。イメトレができているから体が戸惑わずに動いてくれたというか」
レッドさんたちは異世界から日本に戻ってきて、今後のことを話し合ったらしい。
強大な力を持っているがゆえに、それを知られた時の危険は計り知れない。
だから今回、僕たち召喚された日本人と接する間は変身した姿と名前で過ごすことに決めたらしい。
「えっと。今更ですけど、他の仲間たちからは怒られませんか?」
「うん。大丈夫大丈夫! ボクのラノベ的理論ではケンタ君はヒーロー枠だからね。それにフィアード様からもらった祝福もあるし。これは『よき出会い』なんだよ」
フィアード様というのが異世界で出会った魔王で、お別れの時に「いい出会いに恵まれるように」という祝福を与えてくれたそうだ。
それからしばらくして、レッドさんたちに通信が入った。




