鍛錬場見学ツアー
歴代の勇者たちの中には、召喚される前から武術の心得がある者もいた。そういった人物には、武器の扱い方や体の動かし方などを教えてもらったと話す魔王。
そのために鍛錬場を造ったと聞けば、見てみたくなる。
魔王は快諾してくれて、早速行ってみることになった。
研究室には新たな転移の魔法陣が設けられていた。
「鍛錬するための広い施設が欲しかったのでな。森には手を付けたくなかったので、山脈の中に造っておいた」
「あの山脈はかなりの難所と聞きましたが……」
朝香の心配する声に、魔王はおや、と不思議そうな顔をする。
「魔竜の住みかほどではない。危険な魔獣もいないし、私は飛行の魔法が使えるから移動に苦労していないしな。鍛錬場を造れるほどの場所を探すのに少々時間がかかった程度だ。実際に見てみればわかるだろう」
転移した先は幅50メートル長さ100メートルくらいの平らな土地と、岩山で構成されていた。
高い石壁は魔法によって防御力が高められているようだ。
天井はないのだが、雪も風も吹きこんでこない。これも魔法による障壁のおかげだろう。
「あの王太子たちを収容していた石の牢を参考にさせてもらった。気温や気圧は人間に快適なレベルに、空気は通すが雨や雪は降りこまないように、大岩が落ちてきてもびくともしないほど頑丈に」
「いやー、規模が違いすぎる……」
石の牢を造った人間たちが、ツッコミにもならないほど静かな声で返事する。
「窓を作ってあるから、外を見てみるといい。魔竜の住みかほど険しい山でないのがわかるだろう」
魔王に言われて、6人は窓に近寄る。
「どれどれ……。いや、これは誤差程度では」
「おー。これは絶景!」
窓の外には、高い山々が連なって見える。雪に覆われた山の斜面が、沈みつつある日の光を受け赤く染まっている。
6人はしばし、美しい景色に見とれた。
「なんか、皆で並んで夕日見てると、セーシュンって感じするね」
「青春か……。俺もまだその中に入るのかな」
智也の言葉に凛太郎が自信なさそうにつぶやく。
「情熱があるうちはいつだって青春だよ。80歳過ぎてもね!」
「そうそう。諦めたらそこで青春終了ですよ☆」
こぶしを握り締めて力説する光希と、どこかで聞いたようなセリフを言う祥子。
(きっと地球に帰って何十年たってからでも、皆で夕日を見た思い出は心に残っているわね)
仲間たちを眺め、朝香は小さく微笑んだ。
日が沈んでいき、一日の終わりを思う。
「今日って、なんだかてんこ盛りだったわね」
「うん。予定では、今日はゆっくりして明日王様たちに挨拶してからこっちに転移するつもりだったものね」
元の世界には当然戻るのだが、なんとなく寂しい、去り難いものを感じる。
「のう、お主たち。元の世界に帰るのは、明日でも構わないのじゃろう? 今宵は城に泊まるがよいぞ」
妖精女王のお誘いは、願ってもないものだった。
「ありがとうございます。お世話になります!」
6人が声をそろえて感謝の言葉を返す。
「では、時間はたっぷりあるということで、存分に体を動かしましょうか」
凛太郎が魔王に話を振る。
「ああ。君たちとまた会ったら、あの頃のように一緒に修行をしたいと思っていたのだ」
魔王が柔らかく笑む。
そして体育会系の3人と魔王はウォーミングアップを始め、残りのメンバーは鍛錬場の中を見学する。
「あの岩山、ランニングコースに使ってそうね」
祥子が指摘する通り、道らしきものが所々に見える。
「こけたら大けがでは済まないレベルのでこぼこ道だけどねー。でも難なくやれそうなのがフィアード様」
智也の感想に祥子、光希、妖精女王が大きくうなずく。
隅のほうに2台、高さ2メートル幅70センチほどの板が5メートルほどの間隔をあけて立っている。
黒い板の表面には妖精文字で術式が書き込まれている。
「ほうほう、これは……」
妖精女王がこの板に付与されている魔法を読み解く。
「これは遠当て用の的じゃな。物理や魔法による攻撃をうまく無効化する機能をつけることで、いかなる衝撃にも耐えうる頑丈さを実現しているようじゃな。例えるならアダマンタイトの武器でも傷つけられず、超級魔法でも破壊できず、といったところかのう」
ほえー。と口を開く一同。
「フィアード様の本気を見たわ」
「うん。妥協がないね」
目を輝かせたのは、智也だ。
「フィアード様、超級魔法撃ってもいい?」
柔軟体操中の魔王に声をかける。
「ああ、構わない。遠慮なく撃ってくれ」
許可を得た智也は、「やったね!」とガッツポーズをとると、スクウンブルーにチェンジした。
装備しているワンドの宝石には、この世界に来てから智也がこめた魔力がたっぷり詰まっている。これを一度も使わないまま帰るのはもったいない気がしていたのだ。
「まずは初級魔法から行ってみよう。『ファイヤー』!」
ワンドを握った右手を突き出すと、火球が放たれる。
火球は猛スピードで的にぶつかったが、爆発も燃焼も起きなかった。
「あれ? ボクの魔法ってこんなにしょぼかったっけ」
ショックを受けるブルーに、
「この的に魔素を拡散する術式が刻まれているからだよ」
と、光希が解説する。
「だから超級魔法にも耐えられるわけか。じゃあ遠慮なく連発しちゃおう」
いろいろな魔法を放ち始めるブルーは、ここ一番の輝きを放っている。
光希もシルバーに変身して、もう一つの的の前に立つ。
野球の投手のようにセットポジションをとると、ピキーンと効果音がつきそうな勢いで足を真っ直ぐ高く上げる。
「行くよ~。リアル炎の魔球!」
野球ボールほどの大きさの石を生み出し、それに炎の幻影をまとわせる。
炎をまとったボールは、空を切り裂いて的に直撃した。
衝突の威力を消す術式も刻まれているため、ボールは割れることもなく地面に落ちた。
「シルバーが面白いことやってる! 私も混ぜて」
祥子はグリーンに変身すると、的の手前に立つ。
錫杖を2度3度とスイングし、構える。
「一体何を始めるのじゃ?」
バッターボックス(架空)に立つ祥子の後方で、妖精女王が問いかける。
「野球というスポーツをまねた遊びです」と祥子。
「正確には野球漫画を再現して遊んでみてるところです」と光希。
「さあ、来なさいシルバー!」
グリーンは錫杖の先を高く掲げ、バックスクリーン(架空)を指し示す。
「予告ホームランとは大きく出たね。じゃあこっちも定番の魔球行くよ~」
シルバーが放った球は、グリーンの手前でふっとかき消えた。
「うそー!?」
驚くグリーンの横を風が吹きぬけ、的に球がぶつかる音が響く。
「くやしー! もういっちょ来ーい!」
「索敵系のスキルがないグリーンには難しいんじゃないかな~?」
フハハハハ。と、芝居がかった笑い声をあげる。
「あいつら楽しんでるな」
ランニングしながら凛太郎がつぶやく。
「スクウンジャーの身体能力を人目を気にせず使える『今ここ』でしかできない遊びだから……」
舞が苦笑する。
「元の世界に戻ったら、魔族の国に野球を広めよう。魔法の鍛錬にもつながる」
魔王が真面目につぶやいている。
魔族流野球が生まれた瞬間であった。
ランニングの後は、朝香と魔王は木剣で打ち合う。
あくまで剣道の練習レベルの力しか入れていない。
凛太郎と舞はストレッチをしながら、他の仲間たちがしていることを眺めている。
智也は魔法使いの本領発揮というべきか、様々な属性の魔法を放っては的に命中させている。
祥子と光希はいつの間にか野球漫画談議に花を咲かせ、妖精女王もそれに参加している。
「こうやってバカやってられるのも、今日までだな」
「凛太郎さんはこの世界にいるうちにやっておきたいことはないの?」
舞が目線を送る先には、魔法を思いっきりぶっ放している智也と、談笑する祥子、光希、妖精女王の姿がある。
「俺も結構暴れさせてもらったからな。それより、今日の茶番のおかげで悪役俳優に興味が出てきた」
確かに凛太郎なら目つき鋭くちょっと怖い系の顔立ちで体格も立派だから、主人公に立ちふさがる悪役も似合いそうではある。
「まさか異世界に召喚されて、迷っていた進路に結論が出るなんて、不思議ね」
「ああ、まったくだ。そういう舞は、今のうちにやっておきたいことはないのか?」
舞は「うーん」と考える。
「地球にいては体験できないことを、ここでたくさんできたから、満足してる。テレビの中の存在だった聖獣たちとも触れ合えたし」
ナイトウルフを撫でた時のふさふさした手触りとぬくもりを思い出し、ほっこりする。
「じゃあ、あとは地球に帰るだけだな」
「うん」
凛太郎と舞は微笑み合い、仲間たちに視線を戻す。
朝香と魔王が打ち合う木剣の音が、小気味良く響いていた。




