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勇者の呪い

 魔王がこの地を去り、邪妖族の襲撃におびえる日々から解放される。

 ファズマ王国の人間にとって、それは喜ばしい知らせだった。


 一方で、今回召喚した勇者たちが自分たちの世界へ帰ると表明したことには、祝福する者もいれば惜しむ者もいる。

 もっと言えば、阻止したいと考えている者たちだ。


 王都にある、とある貴族の館。

 上質な衣服をまとう、身分の高そうな男たちが集っている。


「魔王がいなくなるのは結構なことだが、勇者までいなくなるのはもったいないな」

「騎士団員でも敵わないくらい強いらしいからな。彼らの力があれば、山脈の向こう側の国を支配することも可能だろう」

「それもあるが、彼らの血を取り込むことも大事だろう。今までの勇者たちは森へ入ったきり戻ってくることはなかったが、彼らは健在だ。武術や魔法に秀でた子孫を設けることも可能となる」


 しかし、と彼らは眉を寄せる。


「陛下は勇者たちが故郷へ帰ることを許してしまわれた」

「陛下は少々お優しすぎるところがある。魔王や邪妖族の脅威が去ったなら、国を広げることに目を向けてもらわねば」

「いっそのこと陛下には退いていただいて、アンジェラ様を担ぎ出してはどうか? 勇者の一人に懸想していらっしゃるから、彼を伴侶にできることをほのめかせば、誘いに乗ってこられるだろう」


 男たちは少しの間、品のない笑い声をあげる。


「召喚された勇者たちは、召喚主の命令に背くことはできないらしい。アンジェラ様とオズワルド老師が勇者たちに命令すれば、彼らはこちらの世界に留まるはず」

「勇者たちは明日の午前中には城を出ることになっている。今日中に手を打っておかねばならないな」

「夜間の衛兵交代の後がねらい目だな」


 *


 そのようなやり取りを、町に放っていた擬態シノビがキャッチしてしまった。

 あの「魂を縛る契約書」に勇者たちへの効力はない。だから放っておいても自分たちに実害はない。


「でも、国王に危害が加えられるかもしれないのよね……」

「俺たちに便宜を図ってくれた人が、俺たちのせいで危険な目にあうのは避けたいな」


 6人はしばし考え込む。

 自分たちが出発するまでの間のボディーガードならば、自分たちでこなせるだろう。

 だが自分たちが去った後、召喚術を行いたい勢力が国王を排除しようとするかもしれない。


「うーん。妖精女王が施した仕掛けがあるから、召喚術使っても失敗に終わるだけなんだけどね」


 6人は、先日妖精女王が施してきた仕掛けに思いをはせる。


 *


 魔王の世界で魔力阻害装置への対策をしていた時、これは召喚術防止に応用できるのでは? と、妖精女王は気づいた。

 召喚術を行うために魔素が集中したところへ、魔素を拡散させて召喚術そのものを失敗させることもできる。


 だが妖精女王は、安易な気持ちでよその世界の人間を拉致するような人間が、「そのような甘っちょろいこと」で反省も改心もするわけないと悟っている。


 魔力阻害装置には魔素をかき乱すタイプとは別に、魔素を極端に減少させるタイプのものがある。

 それには周囲の魔素を吸引して凝縮するアイテムが使われている。


「つまり、この集めた魔素をエネルギーとして、秘術を発動させるのじゃ」


 異世界召喚に携わった人間は、「ファズマ王国内のいずこかへ転移」させられる。


「何の前触れもなく見知らぬ場所へ飛ばされることで、召喚者たちの気持ちを知るがよい」

 妖精女王はそう宣うが、飛ばす場所がファズマ王国内に限定されている辺り、かなり優しい措置だと思う。


 *


 でもそれを、この世界の人間に教えるわけにはいかない。仕掛けがあると知ってしまうと、そのうち対策をとられかねない。


「異世界召喚を行いたい勢力に反対しないように、国王に話してみる? 妖精女王が仕掛けを施しているとは言わずに、例えば私たちが祈りとかスキルとかで召喚術を行えないようにした、とか」

「そうねえ。祈りといえば神官の私の出番だけど、目で見てわかりやすいもののほうが効くかもね」

「じゃあ主要な土地に魔法陣っぽいものを刻んでみるのはどうかな? こっちの世界の人には解読できないように、魔法文字を使って」


 女性3人が出した意見を、他のメンバーがうなずきながら聞く。


「いいね。異世界召喚に失敗しても、原因がボクたちの魔法陣のせいだと勘違いしてたら、女王様の仕掛けには一生気づけないからね~」

「魔法陣はアースドラゴンに刻んでもらおう。その土地自体に刻んでもらうから、土をかぶせても穴を掘っても無駄、みたいに」

「光希のその言い方だと、祈りというより呪いだな」

「あ! それだよリンタさん!」

 智也が何か思いついたらしい。


「こういう時は、『茶番』で行ってみよう! 王様にも協力してもらわないとね」

 

 *


 町のあちこちに設置されていた巨大スクリーンが、一斉に起動する。

 国王と王妃、王女のプリシラと、勇者たちの姿が見える。


 中央にテーブルが横長に置かれ、それを挟んでソファが2つ、斜めに配置されている。

 1カットで全員をカメラに収められるように、カメラマン役の光希が指定した結果だ。


 画面の左側のソファには国王たちが並んで腰かけている。

 その対面のソファには朝香、凛太郎、舞が座っている。

 

 画面で確認できるのはこの6人だけで、祥子と智也はカンペ出し、光希はカメラマン役だ。

 即席の茶番なので、リアクションの指定をこちらで行うのだ。


「国王陛下、王妃殿下、王女殿下。この度は急な面会の申し出を受け入れてくださり、ありがとうございます」

 朝香たちが深々と頭を下げ、国王たちは鷹揚にうなずく。


「実は私たちは、無断で『邪妖族の森』に入りました。その際に得た情報を陛下たちにぜひ知っていただきたいのです」

「それは、どのような情報か?」

 演技ではなく素の質問だった。


「森の中に広場があり、そこに映像を映し出す魔道具が設置してありました。かつて妖精と人間がどのように過ごしてきたのか。魔王がなぜこの世界に召喚されたのか。それらを知ることができます」

 朝香が説明し、テーブルの上に置いた魔道具を起動させる。


 映し出されるのは、光希の記憶にあるものをそのまま映像化したものだ。

 魔道具が画面中央に置かれているため、町に設置されたスクリーンで見ている市民にも同じ映像が見えている。


 人間が妖精と仲良く過ごしていた時期。

 妖精の持つ知識や愛らしさ目当てに、妖精をさらうファズマ王国の人間たち。

 

 妖精たちに後を託して、ファズマ王城に向かう妖精女王。


 帰ってこない妖精女王を案じて、異世界召喚を行う妖精たち。

 召喚された魔王が、石と化した妖精女王を連れ帰る。


 映像はそこで終わっている。

 現代の地球で暮らす人間なら、合成映像の可能性を疑い、やいやいと騒ぎ立てるだろう。

 しかしこの世界の人間はデジタル文明に疎いため、像として映し出されたものは事実だと思ったようだ。


「妖精女王や彼女が話しかけていた妖精たちは、今日の会見で現れたものたちだったな。では、邪妖族とは妖精族のことか」

 国王はカンペの通りにすらすらと音読してくれる。


「おっしゃる通りです。妖精たちは、人間に対する憎しみや己自身の非力さへの嘆きなど、負の感情を抱いてしまいました。そこへ魔王が妖精たちに力を与えたところ、姿が醜く変わってしまったそうです。妖精たちにとっての次なる敵は魔王となり、魔王を倒す存在を召喚させるためにファズマ王国を利用したのです」


「この映像の通りの過去があったというのなら、ファズマ王国の現状を招いたのはわたくしたち自身ということなのですね」

 プリシラ王女が胸の前で両手を握り合わせ、悲しげにつぶやく。


「しかし、われらが祖先はその過去を隠ぺいした。残されているのは、人間と妖精が仲良くしていたおとぎ話と、ある時突然邪妖族が人間の町を襲ってきたという歴史書の記述だ」


「過去のことについては、信じてくださる方だけが信じてくださればいいでしょう。大切なのは、これからのことです」


「これからのこと、とは?」


「魔王が元の世界に戻れば、この世界に召喚された異世界人を元の世界に戻してあげられる存在がいなくなります。残念ながらこの国の人々の中には、異世界召喚に対して何の罪悪感も抱いていない人がある程度います。この地に一定の魔素がたまれば、再び異世界召喚を行うでしょう」


「まさか、そんな……」

 王妃と王女が青い顔で手を取り合う。

 カメラマンの背後で祥子が「グー!」と親指を立て、母娘の名演技をたたえている。


 そこで舞が口を開く。それまでの控えめな態度とはうって変わって、挑発的な様子を見せる。

「私の本来の職業は忍者。潜入し、秘密を暴くのが私の役目! 王都の貴族のお屋敷では、こんな会話が交わされていたのですよ」


 その口上に合わせて、テーブルの上の魔道具が再び起動する。


 3人の貴族男性による悪だくみが語られるが、顔にはモザイクがかけられ、声は合成のものとなっている。

 それでも本人をよく知っている人間には、誰であるかわかってしまう。

 スクリーンに見入っていた町の人々は、あれはあの人物ではないか、と推測をかわし始める。


 企み事をしている当の本人たちは、表に出ていた使用人から教えられる始末だ。

 なぜばれたのか、それより早く逃げないと、いや潔く沙汰を待つべきだ、と屋敷の中が慌ただしくなる。


 王都の一部ではドタバタ劇が繰り広げられているが、国王と勇者たちの会話は継続している。


「私たちは異世界召喚を二度と行わせないために、どうすればいいか考えました」

 朝香たちは不敵な笑みを浮かべ、ソファから立ち上がる。


 その時、智也がカンペを出す。

『陛下たちも立ち上がってください』

 彼らは指示通りにする。


 朝香がパチン、と指を鳴らすと、壁や天井が消えて青空が広がる。

 合図に合わせて、部屋にいた人間だけを光希が転送したのだ。国王の私室から勇者の離宮の中庭へと。


「俺たちはこの世界に、異世界召喚を封じる術を施す! 来い、アースドラゴン!」

 凛太郎が天に向かって叫ぶ。


 すると王城の上空に巨大な龍が現れた。黄色いうろこは光を受けて、金色に輝いて見えるほど神々しい。

 しかしアースドラゴンを取り巻く黒い雲が、不吉な印象を与えている。

 実は幼体化した聖獣たちがアースドラゴンの背中に張り付いており、クリスタルオウルが幻影の術で黒い雲を出現させているのだ。


「ま、待つのだ。我が国に怪しげな術を施すことを許すわけにはいかない。やめるのだ、勇者たちよ!」

 普通なら巨大な龍など、初めて見た人間は恐ろしく感じるだろう。

 だが国王は勇敢にも勇者たちに制止をかけた。

 事前に説明を受け、カンペにセリフも書いてあるが、なかなかの胆力だ。


 勇者たちに何の変化もないことに、国王は焦りをみせる(という演技をする)。

「な、なぜだ。召喚主の命令に、召喚者は逆らえないはず。なぜ普通に立っていられる?」


 朝香たちは冷笑を浮かべる。

「あの契約書に私たちの行動を制限する文言が埋め込まれていることは、知っていました。こちらには最高の頭脳を持つ、賢者がいるのですから」

 

「当然対策済みだ。別の世界に暮らしていた人間を問答無用でさらって戦いの道具にしようとする国など、信用できないからな。さあ、行ってこいアースドラゴンよ」


 凛太郎の言葉に応え、アースドラゴンが吠える。

 間違っても『ど~れ、それじゃあちょっくら行ってくるかのう』などとお茶目な声は出さない。


 王都一帯に響き渡る、禍々しい咆哮。

 女性や子どもは泣きだすし、神に祈り始めるものまで出る。


 映像は飛び去って行くアースドラゴンが画面から消えたところで終了した。


「はい、お疲れさまでした~」

 のんきな光希の声を合図に、王国側の人間は脱力する。


 危急の要件があると突然勇者たちから面会を求められ、国王はそれに応じた。

 そこで、よからぬことを企んでいる貴族の会話シーン(加工なしバージョン)を見せられた。

 あとは異世界召喚を封じる魔法陣を国のあちこちに刻んでもよいか確認をとられ、実は魂を縛る契約書に勇者への効力はないことを告げられ、しかし国王が勇者とぐるになっていると思われてはいけないのでお芝居につきあってほしいとお願いされ、念のため家族も一緒にいたほうが安全だと説かれ、王妃と王女を連れての対談となったのであった。


 気持ちの上で国王は「めっちゃお疲れ」であった。


 今彼らがいる空間は、物理的には結界が、視覚的聴覚的には隠ぺい魔法がかけられているため、外部からは中の様子を探れなくなっている。


「いろいろと失礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした」

 朝香たちは深々と頭を下げる。


「いや、それは構わない。勇者たちには国民皆から祝福されつつ元の世界に帰ってほしかったので、むしろ心苦しく感じている」

 国王はわずかに面を伏せる。


「これから聖獣たちが国のあちこちを回って、『異世界召喚封じの魔法陣』を刻んでいきます。ただのはったりではないと信じ込ませるために、大雨や雹を降らせはしますが、あくまで演出です」

「ついでに魔法陣の周辺には、特殊効果もつけてあります。悪党が近づくとその悪行に見合った『ざまあ』が起き、心善きものにはちょっとした幸運が舞い込むような」

 朝香の説明に続いて、祥子が追加する。


 プリシラ王女は「まあ」と目を見開く。

「ちょっと試してみたいような、怖いような気がします」

「プリシラ様ならきっと大丈夫ですよ。何かちょっと良いことが起こると思います」

 祥子がさわやかな笑顔で請け合う。ちょっと心の中で「アンジェラ様なら『ざまあ展開』見られたかもw」と不敬なことを考えているが、それは秘密だ。


「もし諸君らが知っているなら参考までに教えてもらいたいのだが」

 と、国王が声をかける。


 勇者たちがうなずくと、国王は質問を投げかける。

「魔王フィアードは、異世界召喚された勇者たちを元の世界に戻す手段を持っているのなら、なぜもっと早く自分の世界に戻らなかったのだ?」


 朝香たちは顔を見合わせる。

 魔王はきっと、この世界の人間たちからどのように思われても気にしないだろう。

 だけど彼の名誉を傷つけられることを、勇者たちは望んでいない。


「この話を信じるも信じないも陛下たちのお心にゆだねますが、ただ広く世間に広めるようなことはしないでほしいのです。多くの人の耳に入るほど、その話の信ぴょう性をめぐって論争が起きるでしょう。その際に、虚偽であると主張する人々によって魔王の行動をおとしめられたくはないのです」


 そう前置きして話された内容は、確かに信じがたいものであった。

 特にこの世界が「2度目の時」を刻んでいるなんて。


「――なるほど。諸君らが論争を危惧するほどの内容であるのを理解した。私はこのことを、王国の罪深い行いとともに、王家の歴史書に刻もう。一般に知られることはないが、王家の者は必ず熟読することを義務付けられているものだ」


「ありがとうございます。では、私たちはそろそろ失礼します」

 6人は朝香を中心にして手をつなぐ。


「こちらこそ、感謝する。諸君らの活躍がなければ、この国はまだ異世界召喚を続けねばならなかっただろう」

 国王一家がそろって頭を下げる。


「お世話になりました。お元気で」

 カーテンコールに応えるように礼をして、勇者たちは姿を消した。


 それと同時に国王たちを包んでいた結界も消え失せる。

 城のあちこちから、国王の身を案じている家臣たちの声が聞こえてきた。

読んでくださって、ありがとうございます。

下のほうにある評価(☆☆☆☆☆を★★★★★へ)、リアクション、ブックマークなどつけていただけましたら、はげみになります。

よろしくお願いします。

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