約定を結ぼう
戻ってきた場所は「勇者の離宮」の談話室だった。
本来なら妖精城に妖精女王とともに戻ってきているはず。
「あれ?」
「え?」
口々に違和感を唱える。
ファズマ王国に召喚されてからのことが、「自分」の視点で再生される。
自分自身の記憶と酷似しているが、少しずつ違う別の自分の記憶が流れ込んでくる。
ファズマ王国に召喚されて、色々やって、魔王と会って、妖精女王の石化を解いて……。
ただし魔王の世界には転移していない。
魔王と妖精女王、そして妖精たちも交えてお茶会をした記憶まで流れ込んでくる。
一時的に脳に負荷がかかったせいか、一同は長い溜息をつく。
「こちら側にいたボクたちと、今戻ってきたボクたちの間で同期処理がなされたみたいだね」
「妖精城に転移したつもりが勇者の離宮に戻ってきたということは、こっちの世界にいた僕たちの肉体に引っ張られた感じかな」
「やってきたことがほぼほぼ同じだったのは、なんだかなあって気がするけど」
「舞ちゃん、それは言わない約束よ……」
祥子が泣きまねをしながら突っ込む。
同期された記憶によれば、今はパブリックビューイング祈りの儀式で作成された大量の水晶玉を盗んだ後となる。
魔王にはその後の行動に考えがあるらしく、勇者たちには離宮で待機していてほしいと言われている。
勇者たちにとっては十数日会わなかっただけだが、この世界の魔王にとっては200年以上の年月が経過している。
一体どんな思いで過ごしてきたのだろう。
少し寂しいような切ないような気持ちに包まれる。
「2回目に召喚された私の記憶では、妖精城の中庭に勇者のお墓がなかったような気がするんだけど」
舞の言葉に、しんみりしていた空気に活気が宿る。
「魔王はそのためにあえて召喚されたのだから、見事にその目的を達成したということだな」
「本当に、頭が下がる思いね」
「この結界石は無駄になっちゃうけど、仕方ないわよね」
祥子はアイテムボックスからストロベリーブロンドに輝くガラス玉を取り出す。
この世界に戻ってきたら200年前に転移して、妖精たちがさらわれないように対策する計画だったのだ。
結界石には「妖精や妖精の森に対して悪意を抱いた者が結界内に入ると、物忘れ症状が起きる」という効果を持たせている。
これらを妖精の森周辺に配置して、聖域化するつもりだったのだ。
妖精が被害にあわなければ妖精女王が石化されることもない。
妖精女王が無事ならば、妖精たちが召喚術で魔王を呼ぶこともない。
魔王が召喚されなければ、ファズマ王国に召喚術が伝えられることもない。
言ってみれば、すべてをなかったことにしてしまうのだ。
だけど現在の状況でそれをやれば、魔王が200年かけて行ってきた偉業も無に帰すこととなる。
「結界石は妖精女王に献上してはどうかしら。配置するかどうかはそちらで決めてもらったらいいし」
「そうね、そうするわ。2回目の私が作った結界石にも同じ効果を持たせておきましょ。今のままだと邪妖族立ち入り禁止の結界ができちゃうからね」
この結界石を作った当初は森近辺の町に設置して効果を確認するつもりだったが、あの時寄り道せずに城に戻り、あれこれやっているうちに機会を逃してしまったのだ。
結界石を作り終え、これまでの思い出話に花を咲かせていると、離宮に走って近づいてくる気配があった。
光希はすかさず幻影の魔法を解除する。
訪ねてきたのは城の衛兵だった。
魔王から書状が届き、その内容について相談したいため、国王のもとへ来てほしいとのことだった。
勇者たちは衛兵に案内され、謁見の間に来た。
「よく来てくれた。勇者たちよ」
国王はそう語りかけてから、魔王からの手紙の内容を告げる。
魔王はこの世界から去ることを決めた。
ファズマ王国が勇者召喚を行っていたのは、魔王を亡き者にしたい邪妖族との約定のためだった。
魔王がこの世界からいなくなるなら、勇者も不要となる。
ついてはファズマ王国と邪妖族の間で結んだ約定を解消したい、そのための場を設けてほしい。
と、記してあったという。
その会見の場に国王の護衛として控えていてほしい、と頼まれた。
朝香たちはそれを快諾する。
*
会見の場に現れた魔王は、非常に堂々としていた。
バ・クーやメイ・ジイ、ホー・ズルも一緒にいた。
ついフレンドリーな笑顔を向けたくなるが、自分たちは面識がないふりをしないといけない。
国王の後ろに6人が並んで立ち、礼儀正しく出迎える。
今日はスクウンジャーの変身前衣装に身を包んでいる。これが自分たちの正装だという意識があるからだ。
型通りのあいさつの後、実は――と魔王が切り出した。
「妖精の森の周辺には、特別な機能を持つ生物を放っている。つい先日、かつてないほど大勢の人間が集っているのに気付いた。どうやら王城で大掛かりな儀式を行う様子。私はそこへ『目』として用いている鳥を向かわせた」
魔王が軽く左手を掲げると、白い鳥が舞い降りてきて留まった。
「あ、その鳥は……!」
老魔法使いオズワルドが、その鳥を見て驚愕する。
「そうだ。この鳥の目や耳から入った情報を、魔道具で受信して映し出すことができる。その時の情景を貴国の受信魔道具も拾ってしまったようだ」
「それで祈りの力がつまった水晶玉のありかも調べ、盗んだということですかな?」
皮肉を込めて老魔法使いが声を絞り出す。
「それは貴国には不要となるものだ。約定を解消すれば、貴国はもう勇者召喚を行う義務から解放されるのだからな」
「ああ、まったくその通りだ」
肯定の返事をしたのは国王ジュリアスだった。穏やかな口調で言葉を続ける。
「私は勇者召喚を止められないものかと、ずっと悩んでいた。この国の事情とは無関係の世界で生きてきた人間から日常を奪い、故郷へ帰ることもかなわず人生を終えさせてきたこと。その人物の家族や友人も、悲しみ嘆いたことだろう。我が国の行いは、非常に傲慢で罪深い」
だが約定があるため、召喚の儀式を執り行うしかなかった。
「ジュリアス王が心優しき統治者でうれしく思う。ただ、召喚されてきた勇者たちについての心配は無用だ。本人の意思を確認した上で、元の世界に戻しておいた」
「な、なんと。そのようなことが……」
国王も老魔法使いも驚きに目を見開いている。
「帰るべき時間と場所を探し当てさえすれば、あと必要になるのは魔素だけだ。貴国は勇者召還を行ったばかりであるから、今帰還の魔法を使えば魔素が大量に失われ、国土が荒廃してしまうであろう? そのための祈りの水晶玉だ。もちろん、そちらの勇者たちのために使うものだ」
水晶玉の使い道を知り、国王や文官たちは納得の表情を浮かべる。ファズマ王国のものを盗んだというより、アンジェラとオズワルドに無駄遣いされる前に必要なものを確保したといえる。
「では、約定の解消といこう。当時の契約書はお持ちかな?」
魔王が声をかけると、邪妖族を代表してバ・クーが契約書を広げた状態で持つ。
同じようにオズワルドが契約書を取り出す。
「これを解消すれば、ファズマ王国は勇者を召喚する必要はなくなる。妖精の森周辺の町が邪妖族に襲われることもなくなる。不安ならば新たに約定を結んでもいいだろう。お互いに争わないようにな」
国王たちはしばしの間、現在の約定の解消および新たな約定の締結の是非について話し合う。
現在の約定を解消することに否定意見はなかった。
新たな約定についても、問題はなかろうということに決まった。
同じテーブルの上に契約書を並べ、邪妖族側はバ・クーが、ファズマ王国側は国王が手をかざし、魔力を注ぐ。
バ・クーは契約書にサインした本人であるから当然のこと、ジュリアス国王は当時サインした国王の血をひく者であるから、すんなりと解消の手続きは終わった。
契約書に書かれた文字が光りながら消えていき、あとは2枚の白紙の紙が残された。
初めて見る光景に、国王たちも感嘆の声を上げる。
その後、ファズマ王国と邪妖族の間で平和的共存を目的とした約定が結ばれた。
ファズマ王国は妖精の森を故意に損壊する行為をしてはならない。
必要以上の伐採や採取、ごみの遺棄、放火など。
また、妖精の森にすみかを構える生き物に対して、暴力をふるったり拉致したりしてはいけない。
邪妖族はファズマ王国に攻撃をしてはならない。
対象は人だけでなく、土地や建物、家畜に対しても適用される。
「約定に違反した場合の罰則は、さきの約定と同じものでよろしいですかな」
老魔法使いの問いかけに、魔王は首を振った。
「どうせなら、被害が起きること自体を避けたい。例えば森に火を放った人間がいたとしよう。森は焼けてしまえばおしまいだ。多くの生き物が命を落とし、生活の場を追われることになる。対して下手人は家を失うだけで済むなど、罪の重さに見合っていない」
「ならば、どのように?」
「約定に違反する行為をしようとした刹那、その者は幻覚にかかる。己がしようとした行いが自らに降りかかる、という幻覚をな。そうすることで、それがいかに非道な行いであるかを思い知り、行動を改めるやもしれん。それでも行いをやめなかった場合は、厳正な裁判を行い刑を執行する」
ファズマ王国の人間たちは再び相談し合った。
被害を未然に防げるうえに、罰則は幻覚を見るだけなら、大したことはないのでは。
彼らは気軽に構えていた。
後に「目」をさらって調教しようとした人間は、自分が突然捕らえられ、いうことを聞かせるようにするためと食事や水を抜かれ、鞭でぶたれ、頭ごなしに命令され、檻の中で過ごす、という音声も痛覚もリアルに感じる幻覚を見ることになる。その後その人間は自失状態になったという。
約定はまとまり、ジュリアス国王とバ・クーがサインした。
去り際に、魔王は話のついでという風で国王たちに話しかけた。
「ところで私がこの世界に現れる前は、この国の人々と妖精たちはどのような関係だったのであろうか」
「それはもう、友好的な関係を」
老魔法使いがにこやかに答える。
「そうか。では、妖精女王とも面識が?」
その問いにファズマ王国側は顔を見合わせ、首をかしげる。
彼らに何かを隠していたり後ろめたそうだったりという様子は見られない。
「どうやら先祖から何も伝えられていないようだな。召喚した勇者たちを味方につけるために嘘を語っていたのではないのが分かっただけでも幸いか」
まるで自分たちが重大な何かを知らずにいるかのような言葉だ。
ファズマ王国の面々は落ち着かない気分になる。
魔王はもう彼らには構わず、勇者たちに顔を向ける。
「諸君らを元の世界に戻す準備はできている。いつでも森を訪ねてきてほしい」
にこりと。優しいまなざしが送られる。
「はい、ありがとうございます」
「近いうちに必ず伺います」
頭を下げたり手を振ったりして、勇者たちは感謝の意を示す。
「用は済んだようじゃな」
凛とした女性の声が響く。
長い金色の髪。背中には蝶の翅。非常に美しい妖精が優雅に降りてくる。
「はい、女王様!」
バ・クーたちが歓喜の声を上げる。
「魔王殿の助けがあったとはいえ、よくやってのけた。ではわれらの城に戻るとしよう。勇者殿、近いうちにまた会おうぞ」
妖精女王は微笑み、転移の魔法を起動する。
魔法陣が魔王たちの足元で光り、その光が消えた後には彼らはいなくなっていた。
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