人間との付き合い方
勇者たちは魔王への手紙をしたためる。
リアンナが王太子たちにさらわれる未来を回避できたこと。
リアンナには前の人生の記憶があること。
王太子たちは捕まえて、牢に入れてあること。
自分たちはこちらの世界の魔王と無事面会できたこと。
再会を楽しみにしていること。
そんな内容のものを、もう一人の魔王の研究室へ転送する。
手紙送信用の小さな魔法陣を妖精女王が描き、手紙を置いて魔力をこめると、手紙はふっとかき消えた。
「わ、本当に消えちゃった!」
リアンナは顔を輝かせる。
今転送した手紙は、自分たちがこちらの世界に移動して間もなくの時間帯に届けている。
「まるで私たちが消えた代わりに手紙が現れたように感じるかもね」
朝香がそんな感想を述べたすぐ後、先ほど手紙を置いていた場所に別の手紙が出現する。
魔王からの返事だ。
勇者たちと妖精女王が転移に無事成功したことへの安どと、妹を救ってくれたことへの感謝が記してあった。
*
夕刻が近づいてきて、そろそろ王太子たちに食事を用意する時間になった。
「メニューは何にしようか?」
ファズマ王国で作った地球の料理は、まだまだストックしてある。
「夜のご飯だから、がっつりお肉で行ってみる? 焼き肉とかすき焼きとか」
「いいね~。炊きたてのご飯に熱々のすき焼き、溶き卵もサービスしよう。副菜は何がいい?」
協議の結果、大根とツナをマヨネーズで和えたサラダに決まった。
「ファストフード系も再現できているから、明日のお昼はバーガー類にする?」
と、舞が訊いてみれば、
「一緒にラージサイズのコーラとポテトもね」
「ナゲットもつけちゃおう」
祥子も光希も乗ってきた。
「じゃあ朝食はあっさりめの和食にするか。みそ汁に漬物、焼き魚。材料はたくさんあるからな」
「聖獣ちゃんたちに捧げられたもののおすそ分けだね」
ネコル帝国では聖獣様聖獣様とあがめられ、国民たちから大人気のようだ。
おかげで米や調味料、魚に海藻類も手に入るようになり、和食の再現が非常にはかどった。
王太子たちに提供する食事を、アイテムボックスから一旦テーブルの上に取り出す。
落ちても割れないようにと木の器に盛りつけていたため、このまま出しても問題ない。
「お箸は使えないかもしれないから、フォークとスプーンをつける?」
「わー、アサカさんやっさし~。でも、しょうがないか」
「ついでに保温の魔法もかけとこう。あっつあつがおいしいからね」
光希がご飯とすき焼きに「保温」の魔法をかけていく。
テーブルの上の料理に、リアンナと妖精女王が見入っている。
立ち昇る湯気からは、とても美味しそうな匂いがする。
「後で我々も同じものを食べましょう」
凛太郎の言葉を聞いて、二人は喜びをあらわにする。
王太子たちが入っている牢のテーブルの座標は分かっている。
あとはそこへ転送の魔法を使うだけだ。
擬態シノビから送られてくる映像を全員で見られるように、壁をスクリーン代わりにして、王太子たちの食事の様子を覗いてみる。
見たこともない食事に、馬鹿にされたと憤慨する王太子と取り巻き達。
しかし護衛の3人は人生経験の差か、食欲をそそる匂いに我慢が出来なかったのか、木のフォークやスプーンを使って食べ始めた。
やがて勘のいい者が箸の使い方と、すき焼きを溶き卵にINすることを発見する。
結果、非常に楽し気な食事風景が展開された。
「なんだかあいつらにいい目を見させているみたいで、納得できない」
リアンナが頬をふくらませる。
王太子たちに地球の料理を提供するのは、彼らを歓待するためではない。
自分たちの世界では再現できない、つまりもう一度食べたくてもそれがかなわないものを食べさせる。
ついでに運動不足になるのを見越して、カロリー高めのものをたっぷり与えるのだ。
悪意100パーセントである。
朝香が自分たちの目論見を魔王たちに教えると、苦笑に表情を緩めた。
*
魔王の帰還を待つ間、勇者たちと妖精女王は城に滞在させてもらうことになった。
翌日の早朝。
朝香は屋外訓練場で魔王と向き合っていた。
分厚い石の壁が四方を囲み、魔法や物理的な衝撃を軽減するための術式で補強されている。
ギャラリーに人間5名、妖精1名、魔族1名。
アイテムボックスにジャージっぽい服を入れてあったので、人間たちはそれを着用している。
なんとなく部活を始めたばかりの頃を思い出してしまう。
しかし中学1年生の時と違うのは、
「では、アサカがどのように剣の修行をしてきたか、ご教授願いたい」
教える立場になっていることである。
魔王は長い黒髪を一つに束ね、動きやすそうな服装に身を包んでいる。
真面目に取り組む気合がうかがい知れる。
(ただの学生の私が魔王に剣道を教えることになるなんて……)
つい人生の不思議に思いをはせてしまう。
朝香は中学時代の部活を思い出し、まずは柔軟体操から始めようとしたところ、ギャラリーたちも加わってきた。
「久しぶりにやると、前屈きっついねー。膝の裏がいたたたってなっちゃうよ」
一番運動と縁がない智也が、膝を曲げた状態で一生懸命体を前に伸ばしている。
「体育の授業も役に立っていたのよね。普段運動しない子も運動する機会を持てるわけだし。それにしても舞ちゃんの前屈は本当にぺったりとくっついてるわね」
祥子が指摘して、他のメンバーの視線が集まる。
「あ、私は体操競技をしていたから……」
「マイよ、そう謙遜するでない。そなたの体の動かし方は、ほんに美しい。まるで妖精のようじゃ。ん? 妖精は、わらわか」
素の発言なのか、笑いを取りに来たのか。
一同が反応に困っていると、
「ここはツッコミを入れるところではないのかのう?」
と、若干寂しそうにしている。
「えっと、では僭越ながら私が」
と、近くにいた舞がアイテムボックスからハリセンを取り出し、ちょい、と当てる。
ちょっと触れた程度なのに、やたらといい音が響く。
「おう、これじゃこれじゃ。なんとも爽快感がある音よのう」
妖精女王が満足してくれたので、良かったのだと思うことにする。
ランニングを始めると、智也と祥子はささっと見学に回った。
どの程度の距離を走るべきか考えたが、時間もかかるし、今日のところは全体的な流れを知ってもらうため、2km程度にとどめることにした。
「ランニングの距離は、時間と体力を見て調節してください」
「心得た」
朝香は少し緩めのスピードで走ってみたが、魔王は難なく隣を走る。
凛太郎は当然として、舞と妖精女王も平気そうだ。
リアンナは途中で見学組に回った。
それから素振りを開始する。
見学者たちは訓練場の隅に戻っていった。
凛太郎と舞は、クールダウンのために体を動かしている。
今回用意した武器は「当たってもダメージを与えない木刀」である。
木刀の握り方、振り方、足さばき、少し説明しただけで魔王はすぐに理解する。
ダメージを与えない武器だとしても、防具がない相手に面を打ち込むのは精神的に抵抗がある。今日のところは相手が構えた木刀に打ち込む練習とした。
一通りの練習を終えて、訓練場を後にする。
剣道の基本的な練習をしていたせいで、学生時代の記憶がよみがえってくる。
中学生。
同じクラスの女子生徒に「剣道部にかっこいい先輩がいるの。佐野さん、一緒に入ろうよ」と、強引に誘われ入部。
言い出しっぺの彼女は、「練習きついしー、文芸部がほぼ自由参加で楽そうだからー、そっち行くね」と、夏が来る前に退部した。
高校生。
今度は違う部活にしたい。まずはじっくり検討しよう、と考えていた。
しかし剣道部の顧問が「佐野ー、お前中学では3年まで剣道部続けてたそうだな。もちろん、高校でも続けるよな」と、決定事項のように言ってきた。
他の選択肢もあったのだろうが、相手の希望を断ってまでやりたいことがあるわけではなかった。
「自分」というものがなく、我ながらつまらない人間だと朝香はつい嘆息してしまう。
「およ。どったの朝香。ため息ついちゃって」
ため息をついてしまったところを、祥子にしっかり見られていた。
「なんだか私って流されてばかりで中身がないなあ、って改めて思ってしまって」
と、その結論に至った心の流れを祥子たちに話す。
「どしたの。急に自己批判モードに入っちゃって」
と、祥子は朝香の肩を抱き寄せ、頭をなでなでする。
「朝香の場合は、流されやすいというより協調性が高いと評価するべきだろう」
「そうそう」
と、他の仲間も同意する。
「性格はなかなか変えられないからね~。でもアサカさんが興味を持てるものを探すことなら協力できるよ」
「いいこと言うじゃん、智っち。日本に戻ったら、色々やってみようよ」
「まだ夏休みのはずだから、日帰りでどこか行ってもいいわよね」
「海とか?」
「山はどうだ?」
「アキバも楽しいよ?」
「スイーツ食べ歩きは?」
朝香は一人一人にありがとうと答る。
「仲間たちの友情! いい雰囲気ね~」
「これ、帰れなくなるフラグじゃないよね……」
舞が不安そうにこぼした言葉に、メンバーははたりと動きを止める。
「いやいや、ないない!」
「大丈夫、大丈夫!」
根拠はないが、やたらポジティブな反応が返ってくる。
「諸君らは仲がいいのだな。最初に関わった人間が諸君らのようであったら、人間への考えも変わったかもしれないのだがな」
魔王は苦い笑みを浮かべている。
魔族を束ねる立場として、人間による迫害の歴史は叩き込まれてきたのだろう。それに加えてリアンナの前の人生で起こった事件がある。
「人間は人間同士でも傷つけあったりする生き物だからね。子どものいじめから戦争まで、理由はそれぞれにあるんだろうけど、被害に遭う立場にとったら、たまったものじゃないよね」
光希の言葉に、そうそう、と智也がうなずいて口を開く。
「にっこり笑って相手を陥れるような人間もいるからね。ボクたちが召喚されたファズマ王国では、魂を縛る契約書なんてものにサインさせようとしてたんだよ。ボクたちが裏切ったり逃亡したりしようとしたら、動けなくなったり苦しくなったりするような文言を契約書の目立たないところに入れてたんだよ」
「何!? それは今、何ともないのか?」
あまりに真剣に魔王が心配するので、智也は慌てて自分たちがその難を逃れた経緯を語る。
「――なるほど。随分としたたかに防御と反撃を行ったのだな」
「厳正であるべき約定を、相手に不利を与えるだけのものに悪用するとは、ファズマ王国め」
納得する魔王に対して、妖精の知識を悪用されて憤慨する妖精女王。
「そういえば、契約を解除したい時はどうすればいいのでしょうか?」
「お互いの契約書と、署名をした本人がそろっている場合が一番簡単じゃな。双方が契約解除の意思を持って契約書に魔力を流し込めば、契約書は消え効果も消滅する」
妖精女王は、他にも契約書を紛失した場合、契約書にサインした人物が亡くなっている場合など、色々説明してくれた。
契約書の再発行手続きやら、契約者本人との血縁関係や後継者である正当性を証明する手順やら。
聞いていて役所の手続きのようだと思ってしまう勇者一行であった。
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