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魔王様とのお茶会

 魔王の妹リアンナとの接触は、これ以上ないほど首尾よく進んだ。

 彼女自身に前の人生の記憶があったことが幸いした。


「王太子たちは、どうするの?」

「彼らの処遇については魔王様にお任せしますが、それまではあの牢で過ごしてもらいます。万一のことがあってはいけませんので、監視はつけてあります」

 擬態シノビから送られてくる映像を、タブレット端末型魔道具に映し出してみせる。


 王太子たちは手に入れた石を磨いているところだった。

『この輝き、この大きさ。たまらないな』

 彼らは満面の笑みをかわし合う。


『私はこの石が気に入った。高貴な青い色といい形状といい、私のためにあるようなものだ』

 王太子がそれに口づけると、取り巻きや護衛達も浮かれた調子でそれを真似る。


 一連の行動を見てしまった一同は、つい吹き出してしまう。

「連中がネタバレくらった時の反応が楽しみすぎるwww」

「今の映像も録画しているから、あいつらに黒歴史を何度でも見せてあげられるわね」

「そうだな。今回はそのくらいしたとしても、まだ優しいほうだな」

 悪い笑みを浮かべている智也と祥子に、珍しく凛太郎まで賛同する。


「こちらの世界の魔王様にこれまでのいきさつと今後の予定などを説明したいのですが、面会は可能でしょうか?」

「大丈夫だと思うけど、ちょっと待ってて」

 リアンナは軽くうつむき、目を閉じる。


 数十秒ほどで顔を上げ、「大丈夫だって」と答える。

 念話で用件を伝えたのだろう。


 城へ向けて歩き出し、しばらくしてリアンナは「あ」と声を上げる。

「兄様にお茶菓子買って帰る約束してたんだった」


「お菓子なら私たちも持ってきていますから、そちらを食べてもらいましょうか」

 明らかにてぶら状態の彼らがそんなことを言うので、リアンナは首を傾げる。


「アイテムボックスに収納しているから、普段は見えないんだよ。『アイテムボックス、オーーープン!』」

 と、智也が大げさな仕草で和菓子セットを取り出す。

 まんじゅう、みたらし団子、せんべい。いずれも出来たての状態で保存したため、温かくいい香りを放っている。


「こっちが甘くて柔らかいやつで、こっちは甘じょっぱくてもちもちしたやつ。で、こっちのは甘辛くてぱりっと歯ごたえがいいやつね」

 智也の説明に、リアンナは目を輝かせる。

 ふんわりと漂ってくる匂いだけでも、美味しそうなものだと分かるのだろう。

 色々問題のあったファズマ王国であったが、数々の異世界文化を吸収し食材や調理法が豊富にあったことには感謝したい。


「早く帰って兄様と一緒に食べよう」

 いそいそと早歩きになるリアンナに、微笑みながら歩調を合わせる。

 リアンナの見た目は人間の20歳前後だが、精神的には少し幼い印象を受ける。

 黒く長い髪に赤い瞳は、兄である魔王とそっくりなのだが。


 魔族の城は、防衛のために築かれたもののようだ。

 そびえたつ山々を背景に、石を用いた巨大な建造物がそこにあった。


「おお。いかつい……」


 高く分厚い城壁。

 小さな窓。

 大人数が長期間籠城できるほどの広大さ。


 リアンナの先導で城の中を進む。

 妖精と人間がぞろぞろと移動しているが、誰にも見とがめられることがない。

 魔王がすでに念話で話を通しているのだろう。


 たどり着いた部屋には、すでに魔王が待っていた。

 中庭に面した窓は大きく、明るい光が降りそそいでいる。


「お帰り、リアンナ。それから、ようこそ。人間と妖精のお客人」

 静かな微笑みでこちらを見つめている。

 リアンナが念話でどのように伝えてくれたのか分からないが、魔王からは警戒している様子はうかがえない。


(あっ、なんとなく「若い」って感じがする)

(外見は同じだけど、200年分の人生経験の差があるからかしら)


「あのね、兄様。珍しいお菓子をもらったの。先にお茶をして難しい話はあとにしましょ?」

「ああ、そうしよう」

 魔王はかすかに笑っている。

 何か言い出しにくい話がある時、リアンナはそうやって用件を先送りにして、兄のほうから聞いてくれるのを期待することがある。


 お茶会は和やかに進んだ。

 重い話題はさけて、軽い雑談をかわす。


「そういえばファズマ王国の魔法使いが若返りの秘術とやらを行っていたが、あれは200年前にわらわが教えた美容魔法をアレンジしたものじゃろうな」

 妖精女王が煎茶をすすりながらそんなことを言う。


「本来はどのような魔法だったのでしょうか」

「私も知りたいです!」

 朝香の質問にかぶせるように、祥子が挙手してたずねる。


「うむ。寝不足や疲労で肌の調子が悪い時に、5、6時間ほど肌をきれいに見せる魔法じゃ。効果は長く続かぬが、ここぞという時に使うくらいなら便利な魔法じゃぞ?」


「是非教えていただきたいです~」

 両手をすり合わせる祥子に、妖精女王は上機嫌でそれを伝授する。


「サチコさんなら魔法使わなくても、いつでもきれいじゃない」

「ありがとー☆ でもそのうちガチで必要になるのよ。社会人になってもコスプレは続けたいし~」


「コスプレって言ったら、こんなものがあるよ」

 と、光希が魔道具を操作する。


「じゃん! 格ゲーキャラのコスプレに興じる美女2人」

 皆に見えるように、光希が顔の前にタブレット端末型魔道具を掲げる。


 そこには、巫女装束の朝香と猫耳+尻尾装備の祥子が並んで写っている。

 夏の同人誌即売会で智也と会った時に、撮影してもらったものだ。


 その写真は後日、バイトの休憩時間に2人の許可を得て他の仲間にも見せたのだった。

「今の僕って一度見たものは忘れないから、記憶をもとにあの時の写真を再現してみたんだ」


「獣の耳と尻尾が生えているが、魔法で変身しているのか?」

 魔王が興味津々の様子で聞いてくる。


「いいえ。私たちの世界では魔法は使えませんでした。これは自分たちで作った衣装です」

 朝香の説明に、魔王たちは感心したような反応を示す。


「知っての通り、魔族は人間より寿命が長い。のめり込める研究対象がある者はいいが、暇を持て余している者も多い。よければ、人間の文化をいくつか教えてはもらえないだろうか?」


「人間はわりとコスプレ好きよね。和服を着て観光地を歩いたりドレス姿で記念撮影したりとかは、オタクじゃなくてもやってるわよね」

「ハロウィンの仮装とか、お祭りで歴史上の人物に仮装してパレードやったりとかね~」


「ボクに500年の寿命があるなら、昔のアニメや特撮ものを片っ端から見たいな。漫画や小説も読みたいし。でも魔族の人たちの間には、そもそも娯楽のための作品がないんだよね……」

「一次創作がないなら、二次創作も生まれないと。オタ活への道のりが長そうね」

 智也と祥子が非常に残念そうにしている。


 人間たちの話題を、魔族と妖精たちは興味深そうに聞いている。


「時間をかけてじっくり行うことなら、囲碁や釣りもよさそうだな」

 凛太郎から、囲碁のルールや釣りのだいご味などを教わる。

「なるほど。ルールを覚える必要はあるが、頭脳を用いる競技というのは魔族が好みそうだ。釣りというのは単に食料獲得の手段ではなく、魚との駆け引きや自然との対話、ひいては己自身との戦いでもあるのか。興味深い」


「手っ取り早く始めるなら、オセロゲームがよさそうだよ」

「いいね。適当な材料でパパっと作れそうだし、できれば盤面に石がパチッとくっつくようにしたいな」

「おっ。また何か面白い魔道具を作るのか、ミツキよ」

 妖精女王が作りたそうにうずうずしている。


 こちらの世界に転移してから、彼女は必要と興味に応じて色々なものを作ってきた。

 手加減武器、ハリセン、そして自動翻訳機。

 魔王や勇者たちとの会話には不都合はなかったが、それは召喚者に備わったスキルのおかげだ。

 森で王太子たちが話していた言葉が理解できなかった妖精女王のために自動翻訳機を魔法書で調べたところ、彼女自身がささっとヘッドセット型の自動翻訳機を作り上げたのだ。


「他に余暇の過ごし方と言えば、体を動かすことかな。スポーツする人、観戦する人で、それぞれ楽しめると思うんだけど」

 舞の言葉に朝香がうなずく。

「そうね。私たちの世界でのルールや楽しみ方を伝えて、後はこの世界の人たちでアレンジしてもらってもいいしね。光希君は何かお勧めしたいことってある?」


「うーん。僕は面白そうなものを求めて広く浅く、って感じだからね。旅行もいいと思うけど、こっちの世界の治安状態が分からないから勧めづらいかな。そういう朝香さんは?」


「え、私? う、うーーん……」

 朝香は話題を振られて言葉に詰まる。


「アサカさんの趣味とかでもいいよ?」

 と、智也が助け舟を出す。


「趣味って、特にないの。中学生になって剣道部に入ったら部活と勉強だけの生活になって、それが高校の部活を引退するまで続いていたから。私が住んでいたところって、映画館もないような田舎だったし」

 申し訳なさそうに朝香が答えるが、魔王の瞳がキラーンと光った。


「アサカは剣をやるのか。時間のある時で構わないから、修行に付き合ってはくれないか?」

「え、私ですか?」


 戸惑う朝香に、リアンナがくすくすと笑って教える。

「兄様は実際に剣を使う相手と修行をつけたことがないんだ。ちょっと付き合ってあげて」


「そういえば、魔王様って剣の達人でもあるんですよね。どうやって修行されんですか?」

 祥子が挙手して尋ねる。


「書庫に人間の戦い方について記した書物があるのだ。我々魔族がこちらの領地に移住してくる以前に書かれたものだ。著者が人間たちの鍛錬方法を観察し、時に直接話を聞き、図解付きで記されている」


 どれだけ詳細に書かれた指南書かは分からないが、それで実際に強くなるのだからすごいことだ。


「はい。私でよろしければ、お付き合いいたします」

 ぺこっと頭を下げる。


「あとはグルメとショッピングかしら。健康維持のためにフィットネスやヨガもいいわよね」

 好評のうちにどんどん消費されるお茶菓子を眺めつつ、祥子が提案する。


「うん。珍しくて美味しい食べ物をいっぱい教えてもらいたいな」

 と、追加で出したポテトチップスをパリパリと頬張りながら、リアンナが言う。

「この世界で取得可能な素材で作れるものなら、レシピさえあれば再現可能ですよ」

 舞がそう答えてから光希に視線を送る。


「タブレットをこっちの世界用に作っておくよ。そしたらいつでも検索できるし」


 話が一通り回った頃、魔王が話題を切り替える。

「では、何があったか話してもらえるな、リアンナ?」


 いざ話すとなったらどう切り出していいのか分からず、

「えっとね、わたしはいっぺん死んだの」

そんな言葉から始めてしまった。


 驚きつつも続きを待つ魔王に、リアンナは前の人生で起こったことを話した。


 硬い表情で話を聞き終えた魔王は、静かに息を吐きだした。


「つらい思いをさせたな、リアンナ。助けに行けなくて済まなかった」

「兄様は悪くないよ。わたしが悪かったの。軽い気持ちであんな奴らについて行ってしまったから。おかげで魔族の皆がひどい目に……」

 リアンナは涙をこらえながら首を振る。


 魔王は次に、人間たちへ視線を向ける。

「君たちは200年先の未来から来たのだったな」


「はい。魔王様は妖精たちに召喚されましたが、私たちはその200年後ファズマ王国という国の人間たちに召喚されました」

 そして、これまでの出来事を魔王たちに語った。


 妖精の城にたどり着き、一緒に「帰還の術式」を研究し、戻るべきポイントを探し当てた。

 リアンナを助けるため、戦争を起こさせないため、勇者たちが先にこちらの世界に転移した。


 召喚されたほうの魔王がこちらに戻れるのは、自身が召喚された日時より後になる。

 召喚される前の魔王は、こちらの世界にいるのが確定している存在。その時間帯に戻ろうとすると、同一人物が二人いるという矛盾のために、帰還に失敗するかもしれないのだ。


 今回の歴史では、こちらの世界の魔王は召喚されないだろう。

 そうなるとやはり魔王がいる状態にはなるのだが、「魔王が召喚されなかった可能性の世界」に変化するため、そこに「召喚された魔王」が戻ることは可能だと推測を立てた。


「ということは、兄様が二人になるの?」

 リアンナが顔を輝かせる。


「それもアリだね!」

 と、手の平にぽんと拳を下ろす光希に、妖精女王のハリセンがビャーッと伸びてきていい音を響かせる。


「推測ですが、こちらの世界の魔王様の肉体に、双方の記憶や経験が統合されると考えています」

 朝香の発言は、智也の謎のラノベ的理論によるものだ。


「だって、この世界ってSFというよりラノベ的ファンタジーでしょ。願っただけで回復魔法が使えたり、念じただけで色々な魔法が使えたり。リアンナさんも生き戻りを体験したしね。異世界転生ものでは、主人公が原作あり作品のキャラクターに転生するパターンがあるでしょ? 体は基本キャラクター本人のもの、人格や知識がどうなるかは作品によって違うけど、今回はどちらも魔王様本人、人格と召喚される前の記憶は一緒、後は召喚後魔王様が積み上げてきた経験や知識が同期されるだけだと思うんだよね」

 何やら早口でまくし立てる。


 その勢いに押されたように「意外とそんなもののような気がする……」と、妙な納得をする一同だった。

細けえことは(略)。

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