呼ばれたらしい
午後の部が開演される。
ヒーローたちは舞台袖で出番を待っている。
子どもたちが助けを求める声を合図に、舞台へ飛び出していくはずだった。
しかし聞こえてきたのは……。
【勇者様。我らをお助けくださいまし】
切なる少女の声。
朝香たちは聞き間違いかとあたりを見回す。
(今、女の子の声が聞こえなかった?)
ひそめた声で確認を取っていると、また先ほどの声が聞こえてきた。
【どうか、お願いいたします、勇者様】
足元に魔法陣が浮かび、光を放つ。
「な、何これ?」
ぬかるみに足を踏み入れたかのように、バランスを失い、なす術もなく体が沈み込んでいく。
舞台袖の景色があっという間に小さくなる。
落下する感覚が途絶えた時、6人はかろうじて地に足をつけた状態でいられた。
見回すと、辺りには怪人はおろか、子どもたちの姿もない。屋外の暑さや強い日差しも感じられない。
ランプの光に照らされた、石造りの部屋にいた。
「ここ、どこ?」
誰ともなく、上げた声。
仲間たちを振り返ると、さっきまでと同じようにヒーローの戦闘服をまとっている。だけどその質感に若干の違和感を覚える。ステージ用の衣装よりも、リアルになっているような。
状況がつかめず困惑していると、ふいに壁の一部が開き、光が差し込んできた。
扉の向こうに美少女が立っていた。長い金色の髪はゆるやかに波打ち、透明感のある白い肌には、明るい青い瞳と桜色の唇。白一色で露出の少ないドレスはシンプルだが光沢があり、上質な布で仕立てられているようだ。
「ようこそ。異界の勇者様。わたくしはこの国の王女、プリシラと申します」
それは、先ほど呼びかけてきた人物の声のようだった。
少女の話す言葉に少し遅れて、日本語が耳に届く。まるで同時通訳だ。
プリシラと名乗った少女は、杖を手にした老人とともに入ってくる。続いて4人の男たちも。
男たちはファンタジー世界の魔法使いのように、体全体を覆うローブをまとっている。老人のローブは白く、若者たちのものは黒い。
(ねえねえ、これ何かのトリック? ドッキリ?)
智也がひそひそと話しかけてくる。
(なぜか言葉が通じるみたいだし、本人たちに聞いてみましょう)
朝香が代表して質問することにした。
「ここはどこで、私たちがどうしてここにいるか、何かご存じでしょうか」
朝香が発した言葉の後に、異国語が続いて聞こえる。
杖をついた老人が笑みを深くしてうなずく。
「ここはファズマ王国。あなた様方は召喚の儀式を経て、こちらへいらしたのです」
「なぜ、私たちを召喚?……したのですか?」
朝香は首を傾げながら問いかける。どこまでを信じていいか分からないので、つい疑問形になってしまう。
「実はこの国は、魔王とその配下の邪妖族に脅かされているのです。きゃつらは不可思議な術を人間にかけたり、町を破壊したりするのです。恥ずかしながら、我らでは撃退するほどの戦力がありません。そこで、異世界から勇敢な戦士たちを召喚することになったのです」
「私たちは遊園地のショーに出演するアルバイトであって、本物の怪人と戦った経験はありませんが」
つい真面目に否定したところ、
「えっ」
という声がプリンセスはじめローブの男たちから起こった。
思わずこちらも「えっ」と返してしまう。
プリンセスは隣の老人をじーーーーっと凝視する。
「い、いえっ。召喚の術式には『正義の心に燃える勇敢な戦士たち』と記しましたとも! 異世界から召喚されることで、能力の強化や特殊な技能を授かっているはずです」
老人が示した床には、魔法陣のようなものが描かれている。今は起動していないのか、灰色をしているが。
「それじゃあ、ステータスを確認すればいいんだね」
気軽に答えたのは智也。一度咳ばらいをして、ノリノリで唱えた。
「ステータス、オープンッ!」
彼の顔の前に半透明のスクリーンが浮かび上がる。
文字は日本語で表示されている。早速自分のステータスを確認する。
『勇敢戦隊スクウンブルー。
職業;魔法使い。
使用可能魔法;火、水、土、風系統の攻撃魔法(初級、中級、上級、超級)のすべて。状態異常付与(毒、まひ、眠り、石化)。弱体化魔法(攻撃力、防御力、魔法攻撃力、魔法防御力、素早さの低下)
使用可能スキル;究極魔法。魔力自動回復。魔法威力上昇。聖獣召喚。同時通訳』
「やった、本当に出たよ! 見て見て!」
うれし気にスクリーンを指さすが、朝香たちもプリンセスたちも首を傾げる。
「すまん。俺たちには何も見えないんだが」
凛太郎の言葉に、智也は目と口を大きく開ける。ヘルメットで見えてはいないが。
「えっ。ボクの目の前に出てるよ? 皆もとにかくやってみてよ」
他の5人は戸惑いつつも試してみる。
「ステータスオープン」と唱える声には、若干照れが含まれていたが。
言われた通り、目の前にステータスウィンドウが表示された。しかし、他人のものは見えないようだ。
「何だろう。個人情報保護的な……?」
祥子は冗談半分で言ってみたが、智也はポンと手を打つ。
「あ、それ意外とアリかも。『スクウンジャー』もちょっと時代性を取り込んでるでしょ? メンバーの男女比が同じで、リーダーが女性とか」
「言われてみれば、それが合ってるような気がしてきたな」
凛太郎が納得の声を出す。
「失礼ですが、皆さまには一体何が見えていらっしゃるのですか?」
戸惑い顔で老魔法使いが問いかけてくる。
「私たちの役割と使用可能な魔法やスキルについて記したものが、見えています」
「ほ、ほう。それは興味深いですな。是非とも詳しくお話し願いたいですな」
朝香は答えようとして、そういえばずっと変身した姿のままであることに気が付いた。
もしも本当に自分たちが異世界召喚され、スクウンジャーの力を得たのなら、ドラマの彼らと同じやり方で変身解除ができるはず。
「ちょっと待ってください。顔を見せないままと言うのも失礼ですので」
朝香はブレスレットの赤い宝石に触れ、「ロールオフ」と唱える。
戦闘服が光を放ち、変身が解除される。
質素な白いシャツに黒いズボン。肩と胸を覆う赤い防具と同色のブーツ。
その服装は……。
「赤刃勇子の衣装!」
ドラマの中でレッドに変身するキャラクターの名前を、興奮気味に祥子が叫ぶ。
「えっ、うっそ。本当にそれで変身解除できちゃう? しかも変身前コスつき!?」
朝香のやり方を真似て、祥子も変身を解除する。
白いひざ下まであるワンピースにこげ茶色のブーツ。フード付きのケープとベルトは鮮やかな緑色。
「やった! 信乃の衣装だ!」
自分の衣装を見下ろして、今日一番のはしゃぎようを見せる。
これらの不可思議な体験を経て、「どうも本当に異世界召喚されたらしい」と朝香たちは実感する。
ここでようやく召喚主と召喚者が、それと意識して顔を合わせることになった。
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