生き戻り令嬢の奇跡(3)
「じゃあ、この人たちは牢に入れておきましょう。智也君、お願い」
長い黒髪の女が仲間に話しかける。
「オッケー。スクウンブルーのスペシャルな魔法を使っちゃうよ~」
トモヤと呼ばれた巻き毛の男は、気合を示すかのように腕をぐるぐると回す。
「いでよ、ストーンジェイル!」
その宣言とともに、彼の前面に石でできた檻が地中から生えてくる。
床と天井部分は分厚く、扉や格子も石でできている。
格子は太く頑丈そうで、腕をかろうじて通せそうなほどの隙間がある。
「これで物理的な強度は問題なし。後はミッキー、任せた」
「はいよー、任されたー」
二人は右手を高く掲げ、手の平を打ち合わせる。
「魔法にブレス、雨水や毒素なんかも通過不可にして、っと」
石の格子に魔力で何かを刻んでいる。絵のような、文字のようなものを。
「これで脱獄不可能、かつ絶対安全なシェルターの出来上がり、っと」
「お、おい。お前たち。まさか私たちをそんなものに入れる気ではないだろうな?」
「厳重に抗議する! 正規の手段で魔族の領地に入った我々を、不当に拘束監禁するなど許されることではない!」
「そうだ、そうだ!」
王太子とその仲間たちが口々にわめき始める。
一方、金髪の男はどこからともなく大きな書物を取り出し、ページを開く。
「これを知ったら『そんなもの』のほうがまだ人道的だって思うと思うよ。はい、舞ちゃん。すん……っとした感じで朗読よろしく~」
そう言って隣の小柄な女に書物を手渡す。
「え、私が読むの?」
「うん。僕が読むとどうもカル~い感じになっちゃうからね」
「自分で言っちゃうんだあ」
マイと呼ばれた女は少し遠い目をする。
一度咳払いをして、マイは口を開く。感情を消したような、硬い声で書物の内容を読み上げる。
【捕虜とされた魔族の環境は、あまりにも劣悪だった。
負傷者の治療はされず、魔力を封じる枷をつけられたまま、牢の中に10人近くが収容されていた。これでは体を伸ばして寝ることもできなかっただろう。
寝台も毛布も用意されていなかった。
便器の類はなく、牢全体を通っている溝に直接用を足していた。
牢には魔力の操作を妨害する装置が常時稼働していた。
体内に魔素を取り込み魔力として循環させることで生命を維持している彼らに、それができないようにしていたのだ。
食事や水は1日に1度。量は絶対的に不足していた。
衰弱して命を落とした捕虜は数えきれないほどだったという】
「これがあなたたちアステリア王国の人間が、捕虜とした魔族に対して行った仕打ちです」
書物から目をあげ、王太子たちを見すえてマイがそう告げる。
声を荒げてはいないが、そこには怒りと軽蔑がこめられている。
「は!? 何を言っている? 私たちは何もしてないではないか」
「『今はまだ』でしょう? あなたたちは『魔貴石』を独占するために、『鉱山』の場所を知りたいのではないの?」
長い黒髪の女の言葉に、王太子たちが反応する。
「あれの採れる場所を知っているのか!?」
「ええ。魔王様から、希望するなら案内しても構わないと許可を得ているわ」
「おお。話が分かるではないか、魔王とやらは」
王太子たちはころりと態度を変える。
「はいは~い。ではアステリア王国の人間6名様ご案内~」
金髪の男が陽気に仕切り、王太子たちを牢の中に入れていく。
「あの、よろしいのですか? あの場所は非常に危険ですが」
わたしはつい、妖精に小声で確認する。
「そのために牢を頑丈にしたのじゃ。魔竜とやらのブレスも爪も、ものともせぬよ」
妖精も小声で返す。とても無邪気な笑みを浮かべている。
わたしたちが牢の上に飛び乗ると、金髪の男が魔法を使う。
この牢とその周辺3メートルは、外部から認識されなくなるという。
それは姿、音、におい、魔力、気配、熱などが対象となる。
つまり、魔竜に見つかることなく安全に「魔貴石」の「鉱山」見学ができるということだ。
魔竜たちが暮らす山岳地帯。濃い魔素がただよい、標高が高く空気が薄く、万年雪が積もっている。風は強く吹き、とてつもなく寒い場所らしい。
魔族であっても寄り付く者はほとんどいない。行くとしたら熱心な研究者くらいだろう。
石でできた重たい牢が宙に浮き、山岳地帯を目指し飛んでいく。
「う、動いた? なんだこの魔法は!?」
「ひえっ、た、高いっ。下ろせ、もっとゆっくり動け」
足元で王太子たちが騒いでいるが、牢の上の人間は誰もが無視している。
「牢に『浮遊』の術式を刻み、後は魔法で運んでいるだけじゃ」
妖精がわたしにそう教えてくれた。
快適なスピードで飛行していくうちに山が間近に迫り、雪が吹き込んでくる。
不思議なことに寒さは感じない。
「ぎゃあ、さささ寒いっ」
「凍えるーッ」
「ぶるぶるぶるぶる」
が、なぜか牢の中は違う状況のようだ。
「おっと。屋外だから雨水だけ防いでおけばいいと思ってたけど、ここって雪が降るんだね。失敗失敗☆」
「おー、超棒読みからの『てへぺろ』かー。光希君のその顔でやるのはずるいわー」
どうやら牢に施した術式の不備は、意図的に行ったようだ。
術式を追加したようで、王太子たちの悲鳴は聞こえなくなった。
空を高く飛ぶ大きな影が、山頂付近に見えてくる。
時折光を反射してきらめくのは、魔竜のうろこか。
「たぶん、この辺りでいいと思うよ」
地上を見すえていたマイが指で示したのは、傾斜が緩やかになった場所だった。
視力を強化して見下ろしてみると、きらきらしている小さな石のようなものがたくさん転がっている。
わたしは視線を上にたどる。山肌に大きくくぼんだ部分があり、ごろごろとした大きな岩が見える。
魔竜は巣を汚さないよう、フンは別の場所でするらしい。魔竜の研究者が言うところの「魔竜の共同トイレ」だ。
魔竜がゆったり留まれるほどの広さと、無防備な姿をさらさないための大きな岩。
彼らの目論見がなんとなくわかり、わたしはなりゆきを楽しむことにした。
牢の中からも下の様子が分かるようになると、彼らは途端に元気を取り戻した。
「おい、見ろよ。あの光ってる石。魔貴石に違いない!」
「はい。地面のいたるところに散らばっていますね。しかも大きい……」
「これを国に持ち帰れば、父上に褒められること間違いなしだ!」
地面に降り立つと、彼らは格子の隙間から手を伸ばし、必死で石をかき集めようとする。
少しでも遠くに腕を伸ばそうと、床にはいつくばってまで。
「うん。いい『画』だ」
金髪の男が両手の親指と人差し指で四角形を作り、王太子たちの醜態を眺める。
仲間のそんな様子に背の高い男が短くため息をつくと、表情を引き締め王太子たちに向き直る。
「ご自身で集められたその石は、すべて持ち帰っていただいて結構です。我々はひとまず撤収します。魔王様が帰還された頃にまた来ます」
「何ッ!? 我々を山の中に放置するというのか?」
石を持ち帰っていいと言われて上機嫌だったが、すぐに声を荒げる。
トモヤがにっこりと笑いかける。
「その中にいれば、下手な要塞より安全だよ。周りに人はいないから、プライバシーも問題ないし」
「我々は十分な量の食事と毛布をきちんと提供しますので、ご安心を」
長い黒髪の女が生真面目な顔で告げると、茶色の髪の女が隣に立ち片目をつぶる。
「あんたたちみたいな、人でなしじゃないからね」
王太子たちが気色ばむが、彼らは意にも解さない。
木でできた机をどこからともなく取り出すと、魔法で牢の隅に瞬間移動させる。
王太子たちはびっくりしてそれを凝視する。
「食事と水はこのテーブルの上に出すから、テーブルを移動させたり余計なものを置いたりしないほうが吉だよ~」
度肝を抜かれたようで、彼らはもう何も言い返さなかった。
「リアンナ殿も何か言っておくか?」
妖精に水を向けられたが、わたしは首を振った。
そしてわたしたちは、あの高台に戻ってきた。一瞬で。
「順番が前後してしまいましたが、魔王様からメッセージを預かってきています。そちらをご覧になりますか?」
長い黒髪の女の言葉に、わたしは首を縦に振った。
ガラス板のようなものの表面を指先で何度か触れた後、それをわたしに差し出す。
その中に、兄様の姿があった。
外見は同じだが、雰囲気が少し柔らかくなったように見える。
『リアンナ。信じがたい話だろうが聞いてほしい。私は異世界に召喚され、その世界で200年過ごしてきた。元の世界に戻るために研究を続け、この度彼らの協力を得て帰るめどがついた』
兄様が立ち上がり手で招くと、6人の人間と妖精が現れた。
今、わたしとともにいる彼らだ。
『まずは勇者の諸君、自己紹介を頼めるか?』
そうしてわたしは彼らの名前を知った。
アサカ、トモヤ、サチコ、リンタロウ、マイ、ミツキ。
『そして彼女が妖精族の女王だ』
兄様の隣で浮かんでいる妖精がにこやかに手を振る。
まさか、妖精族の女王だったとは。
とんでもない不敬を働いた。
わたしは妖精女王の前に片膝をついた。
「わらわは、そのような御大層な存在ではないぞ。わらわが暮らす世界の妖精たちに対してだけ、ちょっと権威があるくらいのものじゃ」
妖精女王はからからと笑う。
兄様の言葉が再開される。
『リアンナ、お前はこれから人間の国へ遊びに行くつもりなのだろう。だが、それを中止してほしい。お前自身のためだ』
兄様はわたしの身に何が起きるのか知っているようだ。
だから勇者たちも、王太子たちに対して冷淡な(おちょくる時もあるが)態度をとっていたのだろう。
兄様の言葉を最後まで聞いた。
それはすべてわたしを気遣う物だった。
「ふふ。わたしに前の記憶がなければ、すぐには信じられなかっただろうな。だからこんなにたくさん言葉を重ねて……」
うれしかった。
兄様がわたしを大切にしてくれることが。
牢の中で過ごした、不安と絶望の日々。
わたしは兄様に見捨てられたのではなかったのだ。
うれしくて、涙が止まらなかった。
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