生き戻り令嬢の奇跡(2)
リアンナ視点で話が続きます。
目が覚めた時、涙で顔が濡れているのに気づいた。
体には、いやな汗。
「おはようございます、リアンナ様。まあ、何か悪い夢でも見てしまわれたのですか?」
侍女が心配そうにわたしの顔をのぞき込む。
わたしとともに囚われていた、あの可哀想な侍女だ。
あれは夢?
「今日は高台へお出かけの日ですから、しっかりおめかししなくてはいけませんね」
と、いたずらっぽい顔で笑う。
その言葉も表情も、覚えている。
わたしたちが「ほんのちょっとだけ」遊びに行くつもりで出かけた日の朝の会話だ。
なぜかはわからないが、わたしにはやり直しの機会が与えられたようだ。
あの人でなしどもにたっぷりと「お返し」してやらなくては。
「高台に行くのは中止にして、今日は町へ行ってくるわ。あの人間たちとの約束は、すっぽかしてやるの。前にわたしたちも待たされたんだから、そのくらい構わないでしょう?」
にやっと笑うと、侍女は目を丸くした後、微笑んだ。
「それがようございます。やはり魔王様に内緒で行動するのは、あまり気が進まなかったのです」
ほっとしたような顔で告げる姿に、胸が痛んだ。
わたしのせいで、多くの同胞が傷つき死んでいったのだ。
動きやすい服装に着替え一人で出かけようとしたが、思い立って兄様のお部屋に足を向ける。
この時間なら執務室にいるはずだ。
ノックをすると「入れ」と低い声が返ってくる。
兄様の声だ。
ずっと聞きたかった声だ。
扉を開けるとそこにいつも通りの兄様がいて、涙が出そうになる。
「リアンナ。何かあったのか?」
心配そうな顔で立ち上がり、兄様がわたしのほうへ歩いてくる。
わたしは笑顔を作って首を振る。
「これから町に遊びに行くの。何か買ってきてほしいものとかないかな、って」
兄様は少し表情を和らげる。
「だったら茶菓子でも買って来てくれ。帰ってきたら一緒にお茶を飲もう」
わたしは兄様にぎゅっと抱きついた。
驚いている兄様に笑いかけ、「うん。用事が終わったらすぐ帰ってくるからね」と告げる。
*
高台の近くの森まで来た。
魔族の町に居を構えているのなら、ここを通ってくるはずだ。
人間たちは魔物との戦いを避けようとしないので、戦いの音を聞けばどのあたりにいるか判断できる。
音を拾う範囲を広げ、聞こえてくる音に耳を傾ける。
「ひぃっ、ひぃい。もうやめろ、やめてくれ。わ、私が何者だか知らんのか? アステリア王国の王太子、ゴーミクズーダだぞ」
あの王太子の声に似ているが、言葉の内容が随分と「らしく」ない。
「そ、そうだぞ! どこの国のものか知らないが、きっちり報復させてもらうからな!」
あれは眼鏡の男の声だろう。
「ゴーミクズーダ、だって。自己紹介乙、ってヤツ?」
「いやー、ドーブカスーダでもよさげよね」
爆笑するいくつかの男女の声と、憤慨する王太子たちの声。
「とりあえずこの人たちを拘束しましょう」
「オッケーオッケー。しかしマジで激ヨワだったね~。さすが脅威度薄いグレーから水色の皆さんだよ」
「くっ。言っている意味はわからんが、すごく侮辱されている気がする……ッ」
一体、何が起こっているというのだろうか。
私は気配をできる限り消して、音の聞こえるほうへ進んだ。
そこには王太子とその取り巻き、護衛たちの合計6人が、両手足をきっちり拘束された姿で座らされていた。
その前に立つ6人の人間と、妖精? 彼らは木でできた武器を手にしている。
「あなたたち、ここで何をしているの?」
見知らぬ人間たちに声をかける。
「悪意を持って魔族の土地に侵入した人間がいたので、捕らえたところです」
メンバーを代表してか、黒髪を頭の後ろでくくっている女が答えた。
というか、わたしに声をかけられても全然驚いていない。
近づく前から気づかれていた?
「ち、違うぞリアンナ。こいつらこそが悪者だ。現に私たちに暴力をふるっている」
王太子がわめくと、取り巻きたちも同調する。
「リアンナ嬢、どうか僕たちを信じてください。僕たちとともに語り合ったあの時を思い返してください」
「そうだぞ。俺たちは『トモダチ』だろう?」
ああ、そうだ。わたしはその言葉を信じていた。
人間というこの辺りではめったに見ない存在と特別な関係を築いたと、浮かれていたのだ。
わたしは体を魔力で強化する。
奴らに向かって拳を振り上げたところで、背の高い男が軽く手を掲げて止めた。
「邪魔をしないで。全員素手で殴ってやらないと、気が済まないんだから」
王太子たちから「ひっ」だの「なぜだ!?」だのという声が上がるが無視だ。
一方、未知の人間たちは、
「あれ? もしかして『生き戻り令嬢』パターン?」
「何が起こったか知ってるっぽいね」
などと話している。
「あなたの邪魔をするつもりはない。素手で殴ると拳が傷つくし、こいつらは生かした状態で公の場に引きずり出したい。だからこれをあなたに貸そう」
背の高い男は、自分の拳に装着していた木の武器をわたしに差し出す。
人間が差し出してくる物を装備することに、わたしはためらいを覚える。
まただまされたら……。そう思うと体が震えた。
「心配するでない、リアンナ殿。わらわたちは魔王殿より依頼を受けてここへ参ったのじゃ」
妖精らしき羽の生えた女性が微笑みかける。
「兄様の? それは――」
もしかして兄様も「やり直し」をしているの? 前の歴史で兄様がいなくなったことと関係があるの?
「自己紹介も含めて、詳しい話は後ほどな。とりあえず気のすむまで殴っておくがよいぞ。この武器は相手の命を奪うものではないからの」
妖精にそう勧められ、わたしはうなずいた。
わたしが差し出した手の上に、武器が載せられる。
武器をきちんと装備できたのを確認し、背の高い男がこっくりとうなずく。
妖精は何かを思いつき、明るい声を出す。
「おお、そうじゃ! リアンナ殿が殴りやすいように、こやつらを立たせてやるとよい。ちょうど人数も同じじゃしの」
「絵面的に私たちが超外道っぽいけど、やり返しのターンだから気にしちゃダメよね」
茶色の長い髪を束ねた女が、片手でひょいと男を立たせる。
「そそ。こいつら野放しにしたら、魔族の人たちがとんでもない目にあっちゃうんだから」
こげ茶の巻き毛の男も軽い調子で同じことをしてのける。
彼らは身体能力がとんでもなく高い。兄様が何らかの依頼を出したのもうなずける。
わたしは渾身の力で奴らを1発ずつ殴っていく。
「おお、ナイスパンチ!」
「しびれるな~」
彼らが親指を立て、笑顔を見せる。どうやらほめてくれているようだ。
最後の王太子だけは顔面と腹を何度も殴ってやった。
「く、くそっ。私たち人間に、しかもアステリア王国の王族に暴力をふるって、ただで済むと思うなよ?」
体はボロボロでも、口だけは元気なようだ。
すると、茶色い髪の女がにいっと口の端を吊り上げる。
「ああら、ご心配はいりませんわ~ゴミクズ王子様。殴られた痕はきれいさっぱり消して差し上げますからね」
そう言って顔の前で両手を組み合わせる。
「ケガの治療はするけど~痛みは続行ね☆」
その言葉に応えるように彼女を中心に光がほとばしり、王太子たちは光に包まれる。
打撲や出血の痕がきれいになくなっている。
しかし。
「い、痛い。全然治ってないではないか!」
「だから言ったじゃん。痛みは続行って。でも傷はばっちり癒えてるから、いくら痛みを訴えても誰も本気にしてくれないってわけ」
金髪の男がさわやかに笑う。
かつての記憶を持ったまま王太子たちの言動に耳を傾けていると、なんと頭が悪い連中かと呆れてしまう。
そんな連中にだまされた愚かさを、わたしは強く反省しなくてはならない。
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