王国でまだやっておきたいこと
魔王が持ち直してからようやく検索結果の確認作業に移る。
新聞記事の見出しが大きな文字で、記事の一部がやや小さな文字で表示されている。
その隣にアイコンが2つあり、左が「プレビュー」、右が「お取り寄せ」と書いてある。
プレビューをタップすると、新聞が表示される。
「これは……」
その記事を読み進めるごとに、魔王の深刻度が増していく。
*
ひとつの欲深い王国が滅んだ。
アステリア王国。最後の国王はラールワイーズ。
今から1年前。
彼らは魔族が暮らす土地にあるという魔貴石を手に入れるために、魔族に戦いを挑んだ。
アステリア王国が他国に対して発表した文書によれば、魔族が町を襲ってきたので「正義を示すため」に魔族の討伐を行ったという建前になっている。
だが「正義を示す」というには、アステリア王国の行いはあまりにも非人間的であった。
魔力の操作を妨害する魔道具を作り、魔法で戦えなくなった魔族に攻撃した。
魔族は同胞を大切にするという性質を逆手に取り、捕らえた魔族を人質として使った。
抵抗できなくなった魔族を蹂躙し、町や城を破壊しつくした。
戦いはアステリア王国の勝利に終わった。
人質として捕らえられていた魔族の中には、魔王フイアードの妹、リアンナ嬢もいた。
彼女は城下の広場で公開処刑されるところだった。
魔力を封じる枷をつけられたままだったが、最後の力を振り絞り叫んだ。
「アステリア王国の人間よ、呪われよ。王族は年寄りから赤子に至るまで、みな永劫の苦しみを受けよ。わたしの全生命をかけてこの力を解き放つ」
彼女は魔力の代わりに生命力を使った。
呪いの宣言の直後、彼女を中心に光がほとばしった。
処刑の様子を娯楽のつもりで眺めていた王国民は、その場で醜悪な小人になった。言葉を発しようにも「キイキイ」という耳障りな鳴き声しか出なかった。
豪華な観覧席から見下ろしていた王族たちは、顔を苦悶にゆがめたまま石になった。
動くことも声を発することもできないのに、その苦痛を表すかのように涙だけは流れ続けた。
姿を変えられたアステリア王国民は、あるものは王族であった石像を突き倒し踏みつけ唾を吐きかけた。またあるものは王城へとなだれ込み、破壊や略奪を行った。
無事だったのは、取材のために他国から来た記者だけだった。
このことを広く世間に伝えてほしいと、リアンナ嬢が願ったからかもしれない。
我々新聞記者は、その願いに応える所存だ。
彼女は全生命力を使い果たし、光の粒となって消えた。
不思議なのは、魔王の存在だ。
魔族は基本的に人間の世界には干渉しない。敵意のない訪問客を粗雑に扱うこともしない。
魔族と交流を持った人々から伝え聞く話では、その当時の魔王は魔法だけでなく剣の達人でもあったらしい。
しかし魔王の行動については一切伝わっていない。
解放された魔族にインタビューしたところ、戦争の準備をしているさなか、突然姿を消したというのだ。
一人だけ逃げ出した? 仲間の裏切りにあった?
事実を知るものはいない。
ちなみにアステリア王国が欲した魔貴石について、調べてみた。
確かに強い魔力を秘めた硬い石で、色も様々で美しい。
生き残った魔族に教えてもらったところによると、それは魔力の高い生物のフンが年月を経て結晶化したものだった。
*
「リアンナ……」
魔王は妹の名をつぶやいた。
記事を読んでいた魔王の表情からは、戸惑い、怒り、悲しみが感じられた。
よほどの内容だったのだ。
気軽に聞けない雰囲気だ。
「で、何が書いてあったのだ?」
が、妖精3幹部たちは気軽に訊ねた。
妖精は好奇心の塊。彼らが好奇心に勝てるはずがないのだ。
妖精女王が気の毒そうに魔王を見ている。
魔王は端末を妖精たちに見せたが、自動翻訳スキルを持たない彼らには読めなかった。
次にそれを差し出された勇者たちには、問題なく読むことが出来た。
6人が固まって記事を読んでいる間に、魔王が語り始める。
「私がこの世界に呼ばれる前、アステリア王国との戦いに備えていた。魔族領と接する人間の町を襲撃したと、あらぬ罪を着せられてな。だがそれよりも、行方不明となっていた妹のことが気がかりだった。
妹は姿を消す前、人間の町を見下ろせる高台へ遊びに出かけていた。侍女と護衛をつけて。
しかし、妹と侍女は姿を消し、護衛は皆殺されていた。
消えた妹たちを探すために、近くの人間の町にも人を遣った。
その時にも人間たちとトラブルを起こしてはいなかった。
この記事によると、妹はアステリア王国に囚われていたようだ。
戦いはアステリア王国の勝利となり、妹は処刑される間際、全生命力をかけて王国に呪いをかけた。
そうして王国は滅んだそうだ」
(重い……重すぎる)
勇者たちはかけるべき言葉を失う。
もしも魔王がこの世界に呼ばれなければ、戦争の勝敗は違っていたかもしれない。
それを理解してか、妖精たちは泣きそうな顔でうつむいている。
「私は他の記事も調べて、帰還するべき時間軸を探す。アステリア王国の人間どもから同胞を守らねば」
召喚される以前の時間軸へは、魔王は戻れない。本人が存在する時間軸に魔王が戻ろうとすれば、どのような事故が起こるか分からないからだ。
次の記事を読もうとする魔王に、思わず勇者たちは声をかけた。
「待ってください。時をさかのぼって帰還するなら、私たちが代わりに行って妹さんたちを保護します。そして戦争の芽を摘んできます」
「おお、よくぞ言ったぞ勇者たち」
妖精女王が微笑みながら拍手する。
「な、何を言っているのだお前たちは。これは私の問題だ。それにお前たちも戻るべき世界を探し出さねばならないだろう」
うろたえる魔王に、代表して朝香が声をかける。
「もちろん自分たちが帰還するための準備も行います。ですが、魔族のかたたちに降りかかる災難を未然に防止できるのならば、私たちの力を役立てたいです」
「それに、世界間を移動するにはそれなりにエネルギーがいります。その準備に数日かかりますから、じっくり考える時間はあると思いますよ」
光希は何かを確信した笑顔を浮かべている。
(あ。何か悪いこと思いついてる)
5人は察した。
「――というわけですので、僕たちは一度ファズマのお城に帰ります」
と、断りを入れる。
「向こうに戻らずとも、ここでともに寝泊りすればよいではないか」
妖精女王がそう言ってくれる。
「私たちにはファズマ王国でやるべきことが、まだあります。そのためには疑念を抱かれるわけにはいかないのです」
「次からは転移魔法でシュンって行き来できますから、ファズマ王国に従っているふりをしつつこっちで帰還の準備をすることも可能です」
なかなか腹黒いことをあっけらかんと言う勇者たちに、魔王たちの緊張もゆるむのだった。
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