王国の罪
再生を開始した画面の上に、文字が現れる。
【かつて妖精族は人間と共存していた。
森に迷い込んだ子どもを妖精が連れ帰ってやったり
畑仕事に精を出す老人に妖精が手助けをしてやったり
森周辺に暮らす人間は、森の恵みを享受しつつ妖精とも仲良くやっていた】
文字が消えた後には、動画が映し出される。
やや高い位置から見下ろした角度であるから、例の「目」がとらえた映像かもしれない。
画面に映し出されたのは、人間と妖精が楽しそうに過ごしている姿。
子どもくらいの背丈で、背中に翅がある妖精。
体の一部が獣であるが、どこか愛らしさのある妖精。
見た目は様々だ。
妖精たちは、人間の道具に魔法の術式を刻み魔道具に変えた。
農機具は軽い力で扱えるようになり、火を使わなくても灯りが点せるようになった。
人間たちは感謝して、妖精たちを歓待した。
【しかし――、】
【妖精の愛らしい姿と彼らが使う便利な魔法が、欲深い人間の目に留まってしまった】
金属製の檻に囚われ、泣き叫ぶ妖精の姿が映し出される。
「うわああん、出してよ。僕たち妖精は鉄が嫌いなんだよ。力が出なくなっちゃうから」
檻の周辺に立つ男たちは、下品な笑い声を出す。
「ハハハ。こいつは良いことを聞いた。お前らを閉じ込めるには、鉄の檻が一番なんだな」
「鉄の首輪と足枷をつけて、ご主人様に可愛がってもらえよ?」
男たちの高笑いと妖精の泣き声が遠ざかっていく。
【何人もの仲間がさらわれているというのに、無邪気で好奇心旺盛な妖精たちは、無警戒のまま檻に近づいては捕らえられていった】
画面には捕らえられた別の妖精の姿が映る。
連れ去られそうになったその時、凛とした女性の声がした。
「待て、その子を返すのだ」
黄金色に輝く長い髪。美しい光沢のある蝶の翅。頭部には王冠。
斜め後ろから撮影されているため顔はよく見えないが、声から怒りを感じられる。
人間の男たちは臆するどころか、げらげらと笑い始めた。
「こいつは上玉だ。サイズは小さえが、変態オヤジどもには受けるだろうぜ」
「下衆どもが。わらわの大切な子どもたちをどこへやった? 正直に答えねば痛い思いをすることになるぞ?」
妖精女王の言葉が終わると同時に、男たちの足元に魔法陣が完成する。
男たちはそれに気づかない。
「はっ。バカか。言うわけが……い、いてええーッ!?」
男たちはまともな言葉も言えずに地面を転がりまわる。
体のあちこちに痛みが走るようで、涙とよだれで顔を汚しながら、胸を押さえたり足をさすったりしている。
男たちは未知の魔法に恐怖した。
そして、正直に答えようと観念したところで痛みがひいた。
「妖精たちはすべて王城にいる。魔法の知識に興味を持った魔法使いが、国王陛下に進言してかき集めたそうだ」
「そうか。ならば王城へと出向くとするか。ああ、もちろんそこの妖精は返してもらうぞ?」
妖精女王の声には剣呑な笑いが含まれている。
男たちは檻を放置して逃げ出した。
【妖精女王は城に妖精たちを集め、これからのことを話した】
「わらわはこれから人間の国の城へ行き、約定を結ぶ。さらわれた子らを森へと返し、二度と妖精をさらわぬよう。また、森を破壊せぬようにな」
妖精女王は少し思案した後、3人の妖精たちをそばへ呼んだ。
「バ・クー、メイ・ジイ、ホー・ズル。わらわが留守をしている間は、お前たちが妖精たちとこの森を守るのだぞ」
女王の前に並んだ妖精たちに、朝香たちは見覚えがあった。
邪妖族として現れた時は目つきが悪く肌の色が不健康そうだったが、この映像ではつぶらな瞳をしていたり表情に知性を感じられたり、皮膚状態も健康そうに見える。
【妖精女王はファズマ王国の城へ向かった。さらわれた妖精たちは戻ってきたが、妖精女王だけは戻らなかった。
留守を任された3人の妖精たちは、妖精女王を救出するため異世界召喚を行った】
【”人間に対して強い敵意を持ち、魔力武力ともに秀でた者”を求めた。
現れたのは魔王フィアード】
【魔王フィアードは妖精女王救出に向かった。
ファズマ王城にて、妖精女王は石と化していた。
それは彼女が提示した約定の結果だった】
【約定にいわく、
ファズマ王国はさらった妖精を1人森へ返すこと。その見返りに妖精女王は妖精族の知識を1つ教える。
ファズマ王国は妖精を2度と傷つけたりさらったりしない。また、森を故意に破壊してはならない。
これに違反した者は石化の呪いを受ける】
【妖精女王はすべての妖精が解放された後、自ら約定を破った。
”お前たちのような強欲な者どもにくれてやる知識などないわ”
と、高らかに言い放ち、誇らしげな顔で石になったという】
画面に映るのは、美しい女性の石像。
王冠を戴き、波打つ髪は腰まであり、背中には蝶の翅。
妖精女王は、石と化しても気高く自信に満ちた笑みを浮かべている。
*
映像はそこで終わった。
一同はしばし考え込んだりうなり声をあげたりする。
「妖精たちがなぜ邪妖族になったのか。ファズマ王国に召喚術を教えたのは誰なのか。邪妖族がなぜ森周辺の町を襲うのか。そういうところはあえて語らなかったね」
光希の感想に朝香がうなずく。
「向こうも向こうで必要な情報だけを与えたいみたいね」
つまり、この動画に含まれる情報もうのみにしてはいけない、ということになる。
「召喚された歴代の勇者たちは、王国側の情報を基に動いていたはずだ。中には王国の言い分をそのまま信じていた人もいただろう。今の動画を見れば真相を確かめたくなって、王国にとんぼ返りしたかもしれない」
「森へ入ったら二度と帰ってこなかった、というのも王国のうそかもしれないね」
舞が憂鬱そうにうつむく。
王国の非道を知った勇者たちは、王国に言われた通りに動くことを拒否したかもしれない。
もし召喚した時の”枷”や”魂を縛る契約書”が効果を発揮していたら、召喚主が勇者を言いなりにするのは容易かっただろう。
「どうする? このまま進む?」
石碑の向こうに一筋の大きな道が見える。きっと妖精たちの城があり、魔王もそこにいるのだろう。
朝香の問いかけには「もちろん!」と、迷いのない声が返ってくる。
ふと不安を覚えて確認する。
「えっと、今日のところは話を聞くだけよね?」
「えっ」
「あ、うん、そうね」
「ああ」
「うん」
「状況次第かな」
一部好戦的なメンバーがいたようだ。
(確認してみて良かった……)
と思ってしまう慎重派トリオだった。
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