異世界召喚対応マニュアル?
エンディングのダンスも根性でこなし、握手会もキャラになりきって終わらせた。
夏の暑さの中、かなりこたえる仕事だ。
「あああー。暑かったーー」
「いやー、フルフェイスのヘルメットであのダンスはマジキツイ……」
戦士のバイト君たちは、冷房の効いた休憩室でだらけていた。
まったく平気なのは凛太郎で、高校時代運動部だった朝香と舞も元気が残っている。
「冷房で涼むのもいいが、水分もしっかり摂っておけよ」
凛太郎はへばっている智也たちにそう告げ、支給された経口補水液のペットボトルを示す。
「はーい。凛太郎さんて、顔は頑固おやじみたいなのに、言動はお母さんだね」
光希は凛太郎を拝みつつ柏手を打つ。
微妙な顔になる凛太郎と、苦笑する朝香たち。
お弁当を食べ終え全員ひと心地がついた頃、凛太郎がカバンから数冊の本を取り出した。いずれも紙製のブックカバーがかけられている。
「智也。借りていた本、読み終わったぞ」
「どうだった、異世界ファンタジー小説は?」
智也は期待に目を輝かせている。
「普通の高校生が異世界に召喚されたら、とんでもないスキルを身に着けて無双する。しかも出会った女性はほとんど主人公に惚れる。というのはちょっと出来すぎに感じたな。まあ、弱い立場の人間を、悪い権力者や強い魔物から守ったりしているから、好感は持てるんだが」
「それは、異世界召喚もののテンプレだから~」
智也は、へらりと笑う。
「智也君てば、凛太郎さんにラノベ勧めたの?」
祥子が「信じられない」という目で見ている。
「へー、何の本? ちょっと見せて」
光希が差し出した手に、智也が1冊載せる。
「あ、これWEB版で読んだことある。主人公は思い切りが良くてかっこいいし、悪い奴らはもれなく『ざまあ』されるから、爽快感があるよね。僕は好きだな」
「ミッキーもこれ読んでたんだ。挿絵がつくとヒロインの可愛さが際立つでしょ? 加筆シーンもたっぷりあるし。気に入った作品が書籍化されたら、つい買っちゃうんだよね~」
仲間を得たとばかりに智也が饒舌になる。
(智也君、今日も輝いているなあ)
朝香には趣味と言えるようなものも、情熱を傾けるような対象もない。
祥子や智也のような、夢中になれるものがある人物をうらやましく思う。
「ちなみに智也君が異世界召喚されるなら、どんなスキルが欲しい?」
舞の問いに、智也は「うーん」と考え込む。
「やっぱり無双できるくらいのスキルが欲しいよね。魔法も使ってみたいな」
「じゃあ、まんまスクウンブルーで良さそうじゃん」
「その手があったか。ミッキー、天才! さすがシルバー」
男二人でハイタッチして、きゃっきゃと盛り上がる。
「そういう舞ちゃんは、どんなスキルが欲しい?」
話を振られた舞は、しばし黙り込む。
「私は『何が何でも元の世界に帰れるスキル』がいい。異世界召喚ものって、召喚主はだいたい悪い人で、主人公たちを元の世界に戻すつもりがないじゃない?」
「あー。テンプレだもんね~」
「まあ、召喚主は主人公たちによって『ざまあ』されるために存在しているようなものだし」
智也と光希は納得の表情でうなずく。
大学1年トリオの話に耳を傾けていた祥子が、さらなる話題を提供する。
「じゃあさ、私たちが集団転移させられたら、どう対応するべきだと思う?」
「まずは『ステータスオープン!』でしょ」
元気よく答える智也に、脱力する祥子。
「そうだけど違う……。召喚主が善人か悪人か判断できないし、その世界のこと何にも分からないんだから」
「うーん、そうだなあ。とりあえずは従順なふりをする。役に立つことはアピールするけど、こちらの切り札は伏せておく」
「おっ、智也君てば計算高~い。腹黒ワンコだったのか、キミは」
「智也君の行動は、身を守るためでしょう? 召喚主に対して反抗的だったり、危険なスキルを持っていると思われたりしたら、何をされるか分からないから。ね?」
朝香のフォローに、智也は笑顔を浮かべる。きらきらしたエフェクトがかかったように見える。
「さすがアサカさん。例えばレッドなら勇者固有の魔法として、転移や脱出ができるでしょ? こういう魔法が使えると知られたら、脱走を警戒されると思うんだよね。下手したら魔法を封じるアイテムを装備させられて、自由を奪われるかもしれない。だから転移や脱出の手段があることは隠しておいて、その間に情報収集するんだよ」
「智也はいつ異世界召喚されても、うまくやっていけそうだな」
冗談めかして笑う凛太郎に「勘弁してよ~」とぼやく。
「異世界なんかに行っちゃったら、ゲームも出来ないし、楽しみにしているアニメや漫画の続きも見られなくなっちゃう」
「智也(君)て、ブレないな(ね)」
皆の感想がいみじくも一致してしまうのだった。
読んでくださって、ありがとうございます。
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