戦いのとき
騎士団での訓練中、空砲のような音が続けて2つ響いた。
大音量でもないのにはっきり耳に届く。不思議な感覚だった。
ハリスが中断の声をかけ、沈痛な表情で勇者たちに向き直る。
「今の音は魔力のろしです。どうやら邪妖族が現れたようです」
ファズマ王国に召喚されて3日目。
早くも戦闘の機会が訪れた。
ハリスに案内されたのは、空馬車の発着場だった。
背中に立派な翼をいただいた白馬が2頭。
「おおー、あれが翼馬! ファンタジー!」
「すっごくきれい」
「大人しい。良い子たちだね」
仲間たちはそろって感動の声を上げる。
縦長の客車は中央に扉があり、壁にはいくつかの窓があった。
「皆様、どうかご無事で」
頭を下げるハリスに、6人は「はい!」と力強く答えて客車に乗り込んだ。
客車には「浮遊」の術式が刻まれた魔道具が設置されていて、魔力を流すことで浮かび上がるらしい。
最前列が操縦席になっており、前方がよく見えるよう大きなガラスがはまっている。
御者はそこで空馬車を操作するようだ。
御者の合図を受けて、翼馬が空へと駆け上がっていく。
ゆるやかに上昇した後は、高度を維持して真っ直ぐに進み始める。
窓の外には王都の美しい街並み。
あまり高所は飛ばないらしく、空馬車に向かって手を振る子どもたちの姿が見える。
舞は顔をほころばして手を振り返している。
「全然揺れないし景色もいいし、快適ね」
初戦闘が控えているというのに、彼らに緊張した様子は見られない。
*
森の奥深くに城がある。
魔素を多く含む石や木を用いて造られ、木漏れ日の下できらきらと輝いて見える。
その城の中の1室。
宰相バ・クー、魔法士長メイ・ジイ、騎士団長ホー・ズルの3人が、眼前のスクリーンに邪悪な笑みを向けている。
スクリーンに映っているのは魔王フィアード。美しい顔を不快気にゆがめている。
バ・クーは魔王に話しかける。
「今日から近隣の町に我らが戦士を送り込む。勇者たちの戦いを、しっかり目に焼き付けておくことだな」
『ああ。見極めさせてもらおう。貴様らの茶番に巻き込まれた、気の毒な異世界人の姿をな』
「ククク。勘違いするな。性懲りもなく異世界人を呼んでいるのは、ファズマ王国の者だろう」
魔王は不快気に嘆息すると通信を切った。
途端にバ・クーたちはどっと息を吐きだす。額や背中に、嫌な汗をかいてしまっている。
「くそう、魔王め。画面越しなのに怖すぎじゃろうが」
画面越しならば魔王の魔法も飛んでこない。だから多少は強気な発言もできる。あくまで多少だが。
「まあ気を取り直して、町の様子を見ようではないか。『目』はすでに戦いの場から情景を送ってきておるぞ」
メイ・ジイは魔道具を操作してスクリーンの画像を切り替える。
「まだ王国の兵士と遊んでいる最中のようじゃな」
「待て。翼馬が見えてきた。あれに乗っておるのではないか?」
ホー・ズルが示す通り、2頭の翼馬が客車をひきつつ下降している。
「さて、勇者たちの実力を見せてもらおうか」
3つの邪悪な笑い声が響く。
*
前方に高い山々が見えてくる。その手前に広がる森も。
「そろそろ到着します」
御者が声をかけ、徐々にスピードを落としていく。
体への負荷がほとんどないまま、ふわりと着陸を果たす。
翼馬への指示と浮遊の魔道具の制御。何気なく行っているようでかなりの熟練者のようだ。
「快適な移動をありがとうございます」
「行ってきますね!」
6人は御者に明るく声をかけ、客車を出る。
降り立った場所は町の広場のようで、住民らしき男たちが待っていた。
「勇者様、よくいらしてくださいました」
「邪妖族が放牧場に現れ、暴れています。今、王国の兵士たちが抑えてくれています」
目的地へ向かいながら、会話を続ける。
「住民への被害はありますか?」
「いえ、今のところは。ただ、放牧場の柵が壊されたせいで家畜が何頭か逃げ出してしまいました」
「それは大変ですね。後でお手伝いします」
「えっ。あ、ありがとうございます」
男は少し驚いたようだ。勇者の仕事は戦うことだけだと思っていたのかもしれない。
間もなく金属がぶつかりあう音と、男たちの声が聞こえてきた。
「クッ。こいつ、なんて頑丈なんだ」
「頑張るんだ、もう少しで勇者様が駆けつけてくださる」
「ハハハ。勇者など恐れるに足りんわ。貴様らは自分の心配をすることだ」
暴れているのは2足歩行の黒い牛だった。頭には大きな2本の角。目は金色に輝き、口からは紫色の煙が吐き出されている。
6人は走りながらブレスレットの宝石に触れる。
「勇敢チェンジ!」
赤い炎、青い氷、緑の風、黄色い土、黒い霧、銀色の水晶が現れ、彼らを戦士の姿に変える。
「とう!」
6人は強く地を蹴りジャンプして、兵士たちと邪妖族の間に降り立つ。
「な、何奴だ!?」
邪妖族が慌てふためき、大声を出す。
「勇敢戦隊スクウンジャー!」
個人での名乗りは省略して、決めポーズだけとる。
「貴様らが今回召喚された勇者どもか。さあ、まとめてかかって来な」
牛型の邪妖族が右前足を突き出し、足先をくいくいっと動かす。
「しゃべる牛に挑発されるなんて、人生初!」
銀色の戦士はうれしそうに小躍りしている。
「シルバー、緊張感。……気持ちは分かるけど」
レッドは邪妖族から目を離さないまま、口頭注意する。
「ごめーん。でも気を付けて。コイツ”黄緑色”だから、手加減しないと死んじゃうよ」
「なっ!?」
声を上げたのは邪妖族だけでなく、兵士たちもであった。
「危ないですから、皆さんは離れてください」
「おけががありましたら、治療しますよ~」
ブラックとグリーンが兵士たちを戦場から遠ざける。
安全地帯への誘導と治療が終わると、2人はすぐに戻っていく。
傷跡も残さずきれいに癒えていることに兵士たちは驚き、去り行く戦士たちを拝んだ。
レッドたちは邪妖族に剣を向ける前に、質問を試みる。
「あなたたち邪妖族は、何が目的でこの国の人を襲うの?」
「んん? 何ってそりゃあ――俺の場合は牢から出してもらうためだな」
「何か罪を犯して牢に入れられていたの?」
「酔った拍子にちょいと暴れたら、ひと様の住処を壊しちまったんだ。運悪く、身分の高いお方のお住まいでな」
邪妖族の刑法はよくわからないが、刑期を務めあげるよりも勇者と戦って勝つほうが楽だとみなされているらしい。
「この王国の人たちに恨みがあるとか、世界を侵略するとか、そういう意思があるわけではないの?」
「ねえよ、そんなもの。だが、そんなことはどうでもいいだろう? 俺は貴様らをここで倒す。そして自由の身になる」
彼にとって戦わないという選択肢はないようだ。
突進してきた牛型邪妖族をイエローが片手で受け止める。
湾曲した角をがっしりつかまれ、逃れようと押したり引いたりする。
「グッ、びくともしやがらねえ!」
相手が後ろへ引く力をこめたタイミングでイエローが手を離す。
すると、牛型邪妖族はごろごろと3回ほど後転した。
力比べではかなわないとさとったのか、今度は距離を保ったまま大きく息を吸い込んでいる。
ブレス攻撃? そういえば口から紫色の煙を吐いていた。
「シルバー、バリアをお願い」
「オッケー」
シルバーも予測していて、バリアは即時展開される。
「そぉーれ、俺様の毒攻撃をくらえ」
盛大に吐き出される紫色の煙。
だがそれは自身を取り囲むバリアに阻まれる。バリア内は紫色の煙が充満し、視界を遮っている。
「ゴホッ、ゲホッ。く、臭ぇー」
「自分の毒ではダメージを受けないみたいね」
「息が臭いのだけはどうしようもなかったのね」
バリア内の騒動を、のんびりと観察する。
「今のうちにアイツの処遇を考えようよ」
王国から依頼されたのは、邪妖族を「撃退」することだった。「倒す」とか「殺す」とか、物騒なことは言われなかったはず。
出来れば命を奪うようなことはしたくない。
平和な日本で育った感性が、どうしても暴力行為を拒否してしまう。やむを得ない事情があったからといって、血に染めた手と心で日本に帰って、平気で日常を送れるだろうか。
幸いにも自分たちには圧倒的な戦力差がある。それは仲間も敵も傷つけない、というきれいごとを実現する助けになるはずだ。
「ここはあれやっちゃおうよ。ホーリーキャノン」
レッドが迷っていると、グリーンがこそっと提案してくる。
ホーリーキャノンは心が清らかなものにはダメージを与えない。
救いようのない悪には絶大な効果を発揮する。
また、だまされていたり洗脳されていたりしたものを正気に戻す効果もある。
この牛型邪妖族の罪は、酔った勢いで建物を壊したことと、この町の放牧場の柵を壊し、兵士に軽傷を負わせたぐらいだ。毒の煙をまき散らそうとしたことは微妙だが、未遂に終わっている。
ホーリーキャノンをくらって爆散、などとはならないだろう。
「そうね。聖なる力にゆだねてみましょうか」
仲間たちもうなずいてくれる。
「じゃあバリアの中の毒素を浄化しておくね」
グリーンが呪文を唱えると、紫色の煙が消えた。
牛型邪妖族はバリアに両手を叩きつけている。
「じゃあアイツの動きを止めないとね。ブルー、まひ攻撃!」
「ちょ、ポケ〇ンみたいに言わないで」
「相手にダメージを与えず無力化するには、ブルーの魔法が一番だ。やってくれ」
仲間たちから次々に請われ、ブルーは「りょーかーい」と返事する。
「いくよー『パラライズ!』」
牛型邪妖族は凍り付いたように動きを止める。
それを確認してシルバーがバリアを解除する。
「じゃあ、行くわよ」
6人が自身のブレスレットに魔力を注ぐと、それぞれの宝石が光り出す。
「聖か邪か! 自らの魂で答えよ! ホーリーキャノン!」
6つの光が重なり、極太の聖なる光が放たれる。
光が消えた後には……。
2足歩行の黒い子牛がそこにいた。
角は短くなり、大きな黒い瞳には、邪気が感じられない。
口の端から出ている白い煙からは、ミルクを思わせる甘い香りがする。
ちょっと可愛い。
「やったあ。僕、元の姿に戻れたんだ! キャッホーイ」
2足歩行の子牛は、陽気に森へと姿を消した。礼も謝罪もないままに。
「えーーーーー」
残された戦士たちには、達成感よりも虚しさを味わっていた。
*
一方、城の中の3人は……。
ぽかーーーん。
目と口を大きく開いて、呆けていた。
「ちょ、ちょっと待て。あの光に当たったら、我らの呪いが解けるのか?」
「つつつ次は私が行く」
「いや、オレだ」
3人の言い争いは、つかみ合いに発展する。
止められる存在がどこにもいないままに。
*
魔王フィアードは、勇者たちの戦いをしっかり見届けた。
まさかあの呪いを解いてしまう者が現れるとは。
「フッ。これは期待できるやもしれん。ここまでたどり着く時を待っているぞ、勇敢戦隊スクウンジャー!」
読んでくださって、ありがとうございます。
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