反省会
面目がつぶれて気を落としている者、いらだっている者。勇者たちの強さを称賛する者。騎士団員の表情は様々だ。
うなだれている騎士団長の前にハリスは立ち、問いかける。
「さて、団長。勇者様のお力の一部はご覧になりましたね。これを踏まえて勇者様に指導できることはございますか?」
「いえ……」
騎士団長は硬い表情で顔を振る。
その返事に満足したのか、ハリスはひとつうなずき、朝香たちに向き直った。
「では勇者様の訓練は、私が担当させていただきます。改めてよろしくお願いします。昨年までは私がここの団長を務めておりましたから、若手の指導にはそれなりの経験があります。ご安心を」
朝香たちも礼を返す。
「ところで皆様、先ほどの試合では随分手加減されていたようですな。人間相手では、気がひけましたか?」
ハリスの穏やかだった瞳に、きらりと鋭い光が宿る。
見抜かれていたようで、朝香たちはどきりとする。
「聞けばこれまで戦いとは無縁の世界で過ごされて来たとか。皆様に必要なのは、戦いに際しての覚悟でしょう」
「おっしゃる通りです。試合の範疇での攻撃ならできても、深刻なダメージを与えることには、ためらいがあります」
朝香が代表して発言し、頭を下げる。
「強大すぎる力を適切に制御できるようになれば、多少は余裕を持った戦いができるでしょう。まずは皆様の本来の力をお示しください。本気でやるとこのくらい、というのを知っておけば、いざ強敵と出会った時の力加減に迷いがないでしょう」
練習場に全身鎧を着せた人形が設置される。
「この鎧には物理防御と魔法防御を向上させる術式が刻まれています。騎士団員でこれを破壊できた者はおりません。さあ、遠慮なく打ち込んでみてください」
朝香たちは顔を見合わせる。
「一番手やってみたい人ー?」
その問いかけに速攻で挙手したのは智也だった。
「はいはい! ボク魔法撃ちたい! 遠慮なしでぶっ放せるチャンスだもん」
「いいんじゃない? ストレス解消にドカーンとやっちゃって!」
「そうね。魔法使いなのに魔法制限されてたものね」
他のメンバーが快く了承して、智也の願いはすんなり通った。
「魔法は念のため上級までにしておいてね。光希君には周辺にバリアを張ってもらおうかしら」
「了解。お城が吹っ飛んだら大変だからね」
仲間たちと騎士団員が見守る中、智也は全身鎧と対峙する。
(炎かな? 見た目が派手だから炎の上級魔法使っちゃおうかな。ミッキーがバリア張ってくれるから、周りに被害は出ないし)
意識を研ぎ澄ませると、魔力の高まりを感じる。
炎をイメージし、放つ対象を見つめる。
静かに息を吸い込み、
「ファイヤーストーム!」
力を与える言葉を放つ。
全身鎧の上空に、熱を生み出す赤い光が現れる。それは雨雲のように急速に発達したかと思うと、無数の炎のつぶてとなって全身鎧へ降り注いだ。
バリアがあるおかげで、勇者サイドのメンバーは花火見物気分だ。
「すごーい。きれいだね」
「テレビでも結構派手だったけど、生で見ると迫力が違うわね」
一方、騎士団側は……。
「あ、あわわわわわ」
青い顔で意味をなさない声を発していた。
鎧は原型もなく壊され、わずかな溶け残りだけが黒こげの床に落ちていた。
その後は試合に出た順番で本気攻撃を試すことにした。
そして騎士団の面々は見ることになる。
自分たちが傷1つつけることが出来なかった鎧に大穴が開き、錫杖が深くめりこみ、風魔法で鉄片に変えられ、首がすっぱり切り落とされ、縦方向に真っ二つにされる場面を。
自分たちがかなり手加減されたことを痛感する。
「あんなバケモノ」相手に勝てると思いこんでいた過去の自分を、猛烈に恥じた。
ハリスはそんな団員たちを、懐かしいものを見るように眺めた。
前回の勇者相手に、若き日のハリスは無謀にも勝負を挑んだ。
竜人族のその勇者は、元々剣士として修業を積んでいた。召喚された際にさらなる力を得たため、こちらの世界の人間など相手になるはずもない。
勇者はハリスを痛めつけない程度に実力を示した。
ハリスは勇者に心酔し、教えを乞うた。
勇者の指導を受ける厳しくも充実した日々は、突然終わりを迎えた。
勇者は魔王を倒しに森へと向かい、そのまま戻ってくることはなかった。
国は、数か月の間は勇者の捜索を続けた。騎士団員のハリスもそれに参加した。
しかし邪妖族と遭遇するリスクもあり、森の奥深くへは立ち入ることが出来ず、何の成果も得られないまま捜索は打ち切られた。
あの時勇者に受けた恩は、次代の勇者に返そう。
次の召喚までにこの王国で何らかの立場を得て、勇者のために働こう。
彼らが生きて戻って来られるように。
ハリスはそう誓ったのだった。
*
訓練が終わったその日の夜。
6人は談話室で秘密会議を開く。
「お披露目式で見た分には、この国の人たちは勇者に好意的だったわね。騎士団員の中にはライバル意識バリバリの人たちもいたけど」
「まあね。僕たちの本気攻撃見た後では、随分大人しくなってたけど」
「そのことなんだが、試合中の彼らに不自然な動きがあっただろう?」
「急に動きを止めたことが何回かありましたね」
凛太郎と朝香の会話に、舞もうなずく。
祥子も思い出したのか、ぽんと手を打つ。
「言われてみれば、何かぽかーんとした顔してたわね。冷蔵庫の扉開けてから、あれ、何取ろうとしてたんだっけ? みたいな」
「若そうな人ばっかりだったのに、もう物忘れ症状?」
智也はあくまで軽口のつもりで発言したのだが、その言葉がヒントになった。
「もしかして、あの契約書の効果で?」
「勇者に悪意ある発言や行動をとろうとすると、その瞬間に何やろうとしてたか忘れてしまうんだっけ。でもその対象って召喚主じゃないの?」
6人はそれぞれに疑問を口にし首を傾げる。
「ちょっとシリル先生に訊いてみる」
光希は魔法書を取り出し、魔力を注ぐ。
魔法書が光り、ひとりでにページが開く。皆がそれをのぞき込む。
『魂を縛る契約書に石田光希が追加した文言には、対象者を示す言葉が含まれていませんでした。
そのため、元々の契約書の文言にあった”ファズマ王国”が対象に選ばれた模様です』
魔法書の回答を読み、6人は納得や感嘆の声をもらす。
「まあ僕たちに悪いことを企む人物って召喚主だけじゃないもんね。結果オーライかな」
「っていうことは、あの騎士団員って私たちのこと殺してやるーとか思ってたわけ?」
こわっ、と祥子が眉をよせる。
「そういえば私、対戦中に悪寒を感じた。あれってブラックの殺気を感じるスキルだと思う」
不自然な物忘れ症状を示す人物は、その時勇者に対して悪意を抱いていたと推測できる。
目の前の人物が今自分に悪意を抱いたと知ってしまうのは、精神的につらいものがある。
こちらへの被害が抑えられるので、非常にありがたくはあるのだが。
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