決着
智也は木のこん棒を武器として選んだ。
スクウンブルーが使っているワンドに形状が似ているからだ。
凛太郎は念のために助言する。
「そいつで相手を殴る時は、重要な臓器がある場所は避けたほうがいい。力が乗りやすい武器だからな。智也から借りて読んだ小説みたいに、殴った場所から赤い花が咲くかもしれんぞ」
「えっ、やだなリンタさん。そんなスプラッタな……」
笑顔で否定しようとしたところ、真顔の凛太郎と視線がぶつかる。
「え、マジなの?」
静かにこくりとうなずかれ、智也は少し背筋を伸ばす。
智也は今まで周りとは波風立てず、ひっそりと、しかし楽しく過ごせるように生きてきた。誰かを殴った経験もない。
異世界に来て、ヒーローに変身出来たり魔法が使えたり、ライトノベルの登場人物になったようなつもりでいた。
(でも……。ボクの攻撃で誰かが大けがって、絶対トラウマものだよ)
「取り返しのつかない大けがさえさせなければ、大丈夫だ。彼らは戦うための訓練をしているんだから、多少のけがぐらいどうということはないだろう。いざとなったら祥子の回復魔法もあるしな」
柔らかい表情でポンと肩を叩かれる。
おかげで気持ちが楽になった。
仲間たちの声援を受けて、試合の場に向かう。
対戦相手は身長180センチはありそうながっしりした男で、両手剣を手にしている。
勝利を確信しているのか、自信満々な態度だ。
試合開始直後、雄たけびとともに両手剣が振り回される。
バックステップでかわすが、相手は勢いを殺さず迫ってくる。
(かなり大振りだな。スタミナ切れるまでやらしてもいいけど、逃げてばっかりじゃ教育的指導が入るかもしれないよね)
智也はこん棒を握る手に力をこめる。
(冷静に、冷静に……)
力任せに振られる両手剣の軌道を観察する。
斜めに切り下げたり左右にないだり、わりと単調だ。
こちらに向かって振り下ろされる剣に、渾身の力でこん棒を打ち付ける。
パン。という乾いた音とともに、木片がバラバラに飛び散る。
自信満々だった男の顔が、驚愕に染まる。
手にしていた両手剣が、柄の部分を残して砕け散っていた。
(うん。武器破壊もロマン)
つい、にんまりとしてしまう。
「うぉおおおおーッ!」
男は剣の残骸を床に投げつけると、智也につかみかかって来た。
体が後ろへ傾いていく中、智也は妙に冷静に体を動かしていた。
それは智也が体育の授業で習った柔道の経験とアニメの知識、そしてスクウンブルーの冷静な対処力がなせる技だった。
仰向けに倒れながら相手の下腹部に足の裏をあて、その足を伸ばして頭の側へ相手を投げる。
男は受け身も取れず、背中からバターンと倒れた。
「おー! 巴投げイッポン」
仲間たちの歓声が聞こえる。
投げられた男は天を見上げたまま、呆然としている。
審判による勝利のコールを聞き、智也は構えをといた。
*
朝香は長さ1メートルほどの木の棒を装備している。
それというのも、仲間たちの悪乗りがきっかけだった。
各々武器を選ぶ際に、祥子はさりげなく鑑定魔法を使っていた。
スクウングリーンの武器が錫杖のため、長い棒状の武器を調べていたのだ。
「あ。『ひのきの棒』発見!w」
ぷふー、と吹き出しつつ、祥子が「ひのきの棒」を高々と掲げる。
「えー、『ひのきの棒』ってマジ?」
「勇者の初期装備じゃーん」
ちらっ。
祥子、智也、光希が期待に満ちた目で朝香を見つめる。
「あ、朝香さん、スルーしていいと思いますよ?」
舞は気を利かしてフォローしてくれる。
凛太郎は「ひのきの棒=勇者の初期装備」についてピンとこなかったようだ。反応が遅れている。
「試合ではガチ目の武器使ってくれていいから、ヲタク心を満足させるために、ちょっとこれで素振りしてみてくれない?」
祥子がパチーンとウインクする。かなりあざといのだが、祥子のそういうノリには慣れている。
「もう、しょうがないなあ」
苦笑とともに了承する。
木刀と同じくらいの長さだから、意外と扱いやすいかもしれない。
朝香がひのきの棒を手に取るなり、
「ゆうしゃは ひのきのぼうを そうびした!」
「こうげきりょくが 4 あがった!」
と、勝手にナレーションを入れる男子2名。
「こういう時のために、ハリセン作っちゃいましょうよ」
舞は凛太郎に提案し、凛太郎は真面目に耳を傾ける。
「そうだな。離宮に戻ったら適当な紙を見せてもらおうか」
そんな会話がなされているのを横目に、朝香はひのきの棒を左手に持ち、竹刀のように振ってみる。
竹刀と比べると軽い。
だが試合で使う分には良いかもしれない。
試合でもこれを使うと朝香が言うと、祥子が仰天する。
「ちょ、そんな装備で大丈夫?」
「うん。この軽さがちょうどいいかと思って」
朝香の答えを聞いて、「あぁ~、そうじゃない」と肩を落とす智也。
「アサカさん、こういう時は『大丈夫よ、問題ないわ』って言わないと」
期待の眼差しで見つめられ、これは何か元ネタがあるセリフなんだな、と朝香は何となく察した。
なので指示通りに言うと、祥子、智也、光希が全力で「グー!」とサムズアップしてくれた。
*
そんなわけで朝香は「ひのきの棒」で大将戦に挑んでいる。
対戦相手の武器は槍。
これまで勇者側が5連勝している。騎士団側の気合の入れようは尋常ではない。
リーチや体格の差だけではアドバンテージにはならないと、ようやく本気でさとったようだ。
試合開始の合図があっても、すぐに打ち込んでは来ない。
朝香が武器を軽く持ち上げ踏み込む仕草を見せると、相手は防御するように槍を立てる。
武器を前に出していたら、それを払って小手を打ちに行くつもりだった。
(こちらが決定的な隙を見せるまで、防戦に徹するつもりかしら)
打ち込んでは防がれる、を繰り返すこと数度。
朝香は何度目かの誘いをかける。
同じように身を守る対戦相手に向かい、左手だけで握った武器を突き出した。
狙ったのは相手の右腕。あくまで1割の力で突きを行う。
「ぐああぁぁ!」
男は武器を取り落とし、右腕を押さえて転がりまわる。
朝香は床に転がっている槍を拾い上げ、距離を保ったまま相手を見すえる。
「勝負あり」
ハリスが朝香のほうへ手を挙げる。
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