召喚主の悪だくみ
召喚した異世界の勇者たちは、理性的な会話ができる相手であり、そこは安心した。
肝心の強さについては、まだ分からない。
だが――。
(麗しいお方がいらっしゃったわ♪)
プリンセスは、にへら~っと口元を崩す。
すかさず鋭い咳払いが響き、プリンセスはハッと表情を引き締める。
「し、失礼いたしました」
ファズマ王国国王は短くため息をつく。
彼の手元には古びた分厚い書物。これまでに行ってきた召喚の記録が綴じてある。
魂に設けた拘束が弱かったために、呼び出したばかりの召喚者を討伐しなければならなかったこともあった。
いきなり異世界に召喚され、元の世界に戻す手段はないと聞かされると、突然暴れ出したそうだ。その時は城のほとんどの戦力が失われたという。
魂の拘束は必須であるが、そのために魔素を大きく消耗してしまっては強い勇者を召喚できない。
幾度かの研究を経て、「善なる心の持ち主」を召喚する試みがなされた。
そして親身に接したり同情心に訴えたりして、召喚者の反抗を防いだ。
召喚者たちは、異世界の知識をもたらしてくれる存在でもある。
戦力として期待外れだったとしても、ファズマ王国の発展に貢献してくれるかもしれない。
だから召喚者たちとは友好的な関係を築いておきたい。
国王の執務室。広く落ち着いた室内には、国王とプリンセスしかいない。
そこへノックの音が響き、老魔法使いが戻ってきた旨を伝えてきた。
「異世界の勇者たちの様子は、どうであったか」
「はい。非常に友好的で、我々の指示に従ってくださいます。談話室に仕掛けた魔道具で部屋の様子を見ることができます。今お見せしましょう」
老魔法使いが机の上に小さな水晶を置く。呪文を唱えると、その上に1メートル四方のスクリーンが現れる。そこに談話室の映像が表示される。
お茶やお菓子を味わいながら、「スクウンジャー」について楽し気に語らっているようだ。
「不安や緊張などは感じられないな。若いということもあるだろうが、大したものだ」
「はい。こたびの勇者様がたこそ魔王を退けてくださればと願います」
魔王がいる限り、邪妖族はこの地を襲ってくる。
これまでにも強い召喚者はいた。襲ってきた邪妖族をことごとく退け、魔王を討つため森へ入っていったが、戻って来た者はいなかった。
「もしこのたびの勇者たちが使い物にならなければ、ミツキ様だけはわたくしにくださいませ」
プリンセスの目は獲物を見つけた獣のようだ。
「『見目麗しい勇者と結ばれる』、それがお前の願いだからな」
国王はため息をつき、プリンセスは妖艶な笑みを浮かべる。
「ええ、そうですわ。前回召喚した勇者なんて、体中がうろこに覆われたトカゲでしたもの! あんなものを夫になんて、できませんわ!」
「それで次の勇者を待つために、若さを保ち続ける秘術を使うのだからな。我が妹ながらその執念は恐ろしいぞ、アンジェラ」
プリンセスは「うふふ」と笑う。
「あら。この姿の時は『プリシラ』と呼んでくださらないと。”お父様”」
「ああ、そうだったな。今日は勇者が召喚されるところを見てみたいと”プリシラ”がねだったから、特別に同行させたのだったな。本人は『アンジェラ姫しか入れない祈りの塔で1日過ごせる』と喜んでいたから、1日塔の中での留守番も不満はないと思うが」
3人の男女は笑い声をもらす。
国王は疲れたように。
プリンセスは愉悦に満ちて。
老魔法使いは共犯者のように。
「――しかし勇者様が6人も召喚されたのは予想外でしたな。契約書は4通しか準備しておりませんでしたから、今日サインしていただくことができませんでした」
国王の机の上に置いてあった書類の1枚を、アンジェラが取り上げる。
厚手の紙にはツタを意匠化した縁取りがあり、ファズマ王国と勇者の間に生じる義務と権利について記してある。下部には署名欄が。
「魂を縛る契約書ね? 魔力で妖精文字を刻むから作成に手間と時間がかかり、契約の重さに応じた魔力をこめる必要がある。時間経過とともに効力が弱まるので量産も出来ないのでしたわね」
「おっしゃる通りです、姫様。魔力で文字を書くこと自体、大変な集中力を要します。それが妖精文字となりますと、出来る者はごくわずかです」
「安心して任せられるのはじいだけで、4人の弟子たちはまだそこまで至っていないのだな」
国王が確認し、老魔法使いは肯定する。
「明日の式典までには間に合わせます。一晩ありますから2通用意するのは問題ありません」
「本当に助かるわ。秘術のおかげでじいの体力については心配していないけど、無理しないようにね」
アンジェラと老魔法使いは和やかな笑みをかわす。
アンジェラはその後しばらく勇者たちの映像を眺めていたが、ため息をついて立ち上がる。
「そろそろ『塔』へ戻りますわ。歳をとらない姿を見られないための口実とはいえ、一人で『祈りの塔』にこもって勇者のために祈りを捧げるお役目がありますもの」
「では、わたくしめがお送りいたしましょう」
老魔法使いが呪文を唱えると、執務机の手前の床に魔法陣が浮かび上がる。その光が収まると重い響きをたてながら床の一部が滑り、地下への階段が現れる。
無人の廊下を二人で歩く。
「ねえ、じい。そろそろ秘術を行いたいのだけれど」
アンジェラは肌のつやが気になるのか、自分の手に目を落としている。
「かしこまりました。近日中に準備を整えます」
「お願いね。ふふっ。本当に妖精の知識というのは素晴らしいわ」
「左様ですな、姫様」
楽し気な二人の笑い声が響く。
***
そのすべての会話を、擬態シノビは記録していた。
アンジェラに取りつき、髪の毛の1本に擬態して。
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