集結するヒーロー(のバイト君)たち
電車を降りると、夏の暑さと日差しに包まれる。
(今日もいい天気……)
朝香は目を細め空を見上げた。
8月もそろそろ終わりを迎えようとしているが、暑さが和らぐ気配はない。
改札を抜け辺りを見回したが、知っている顔はない。
壁際に寄るとスマホを取り出し、メッセージアプリを起動する。
『今駅に着いたよ』
それほど待つこともなく、スマホ画面に通知のバナーが浮かぶ。
先ほどメッセージを送った友人からだ。
『もうすぐ着くから、待ってて。一緒に行こ』
猫が可愛くお願いするスタンプが添えられている。
朝香はくすりと笑って了解の旨を返信する。
少し待っていると、男性の声で名を呼ばれた。
「アサカさーん、おはよ」
人懐っこい笑顔を浮かべ、右手を軽く上げる青年。
朝香とは別の路線の電車から来たのだろう。人の流れを抜け出てこちらへ歩いてくる。
身長は170センチくらい。少しやせ気味。こげ茶色の髪には細かなウェーブがかかり、愛嬌のある顔立ちと相まって、子犬のような印象を受ける。ジャケットの下に着ているTシャツが青色なのは、今演じているキャラクターを意識しているのだろうか。
「おはよう、智也君」
「もしかしてサチコさん待ち?」
智也の問いに、朝香はうなずく。
「もうすぐ着くみたい」
「そっか」
そう答えて朝香の隣に並ぶ。
「知ってる? ボクたちのショー、結構評判いいんだよ」
自分のスマホを操作し、SNSの画面を開いて朝香に渡す。
『××遊園地のヒーローショー、結構クオリティ高い!』
『アクションも本格的だし、エンディングのダンスまで完コピ』
『握手にも応じてくれるし、記念撮影ではキャラになりきったポーズとってくれる』
『まさか中の人本人が入ってるんじゃないよね(笑)』
「すごい。殺陣もダンスも頑張ったから、ほめられると素直にうれしいね」
朝香は微笑んでスマホを返す。
「オーナーさんが『大人も楽しめるヒーローショー』にしたかったみたいだからね。けどダンスまでみっちり指導されたのはしんどかったよね~。もうちょっと気楽にできると思ってたよ」
智也のぼやきに同意を示す。
夏休みの間だけのヒーローショーのアルバイト。
その話を持ち込んだのは友人の祥子だった。彼女は特撮ヒーロー作品とコスプレが大好きだ。
そんな祥子だから、とある遊園地でヒーローショーの役者を募集していると知るや「ダメモトで応募してみようよ」と朝香を誘ったのだった。
面接での応答やレッスンの思い出話に興じていると、
「ごめーん、待たせちゃった?」
と、陽気な声がかけられる。
「おはよう、祥子。そんなに待ってないから大丈夫よ」
「おはよー、サチコさん。それに十分早い時間帯だよ。余裕、余裕」
二人の挨拶を受け、祥子は朝の挨拶とお礼の言葉を返す。
祥子は女性にしては背が高いほうで、智也と同じくらいの高さがある。明るい茶色のロングストレートヘア。整った顔立ちにはうすくメイクが施されている。
長袖のTシャツにくるぶしまで隠れるパンツ。日傘もさして、この日も日焼け対策に努めている。
「コスプレ中に半袖の日焼け跡がついた腕なんかさらしたら、世界観ぶち壊しちゃうでしょ」
という祥子の信念によるものだ。
「それじゃあ行こっか」
目指すは遊園地のスタッフ用入場口。
「多分ボクたちの中ではリンタさんが一番乗りしてて、桜井さんとアクション映画談義してると思うな」
桜井はこの遊園地のヒーローショー出演者では古株だ。下っ端の戦闘員役、ヒーロー役、そして怪人役。長年にわたり多くの役を演じてきた。
スタッフ用の身分証を提示してゲートをくぐる。
ヒーローショーの開園まではまだ時間がある。
早めに到着して、共通の話題がある仲間たちと雑談に興じたり、立ち回りのおさらいをしたりしたいのだ。
挨拶をしながら控え室に入ると、先客がいた。
ひときわ背の高い青年と、初老の男性。彼らは部屋の一隅に腰かけ、熱心に話している。
映画のタイトルや俳優の名前が聞こえてきたので、映画――とりわけアクション映画について話していたのだろう。
「エスパーかいっ」
祥子が智也に小声でツッコんだ。
朝香たちが入って来たので会話を一時中断して、彼らが挨拶を返す。
「やあ、君たちも早いね。さあさあ座りなさい」
桜井に勧められ、朝香たちは彼らの近くにイスを持ってきて腰かける。
凛太郎は身長190センチあり、細身ながらも鍛えられた肉体を持つ。くっきりと濃い眉に大きめの口、目つきは鋭く一見怖そうだが、笑うと気持ちいいほど豪快な印象になる。
現在は体育大学に通い、教師になるかアクション俳優になるか迷っているところらしい。
5人で話しているとぽつぽつと役者陣が集まり始めた。
戦闘員役とモブ市民役の役者たち。
それから黒髪をショートカットにした小柄な女性が入って来た。
「舞ちゃん、おはよ」
朝香たちが手を振ると、舞ははにかんだ笑顔を見せる。
「皆さん、おはようございます。今日もよろしくお願いします」
ぺこっと大きく頭を下げると、朝香たちの輪に加わる。
「光希君だけまだなの?」
と、舞が言おうとした時、最後のメンバーが挨拶をしながら入ってくる。
「シルバーの登場は6番目じゃないとね。おはようございまーす」
右手を胸に当て、仰々しくお辞儀をする。
すらりとした長身に長い手足で、その動作は洗練されて見える。
光希は堂々と顔を上げる。肩まで伸ばされた金色の髪、青い瞳に高い鼻梁。
どこの貴公子かと思われる整った美貌だが、行動が残念なため、あこがれよりも親しみやすさのほうが持たれやすい。
「6番目に登場するのを狙って、わざわざ朝一番に来て、ずっと植え込みの陰に隠れていたんだな」
凛太郎が苦笑している。
朝、植え込みに隠れている光希に声をかけると、人差し指を口に当て「僕が隠れていること内緒にしておいて」とカルい調子で頼まれたのだ。
「凛太郎さんもネタ晴らししないでくれて、ありがとう」
光希は凛太郎と無理やりハイタッチする。
それを聞いて、感心する者、笑う者、ドン引きする者、様々な反応が示される。
「よし。全員そろったことし、そろそろ準備しようか」
年長者である桜井が、場を仕切る。
ヒーローショー午前の部が始まる。
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