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大団円

      *


 冬休みが終わり、三学期の終業式が始まろうとしていた。

 朝礼台の前に並んだおれたちの前で高坂阿万里理事長が誇らしげに演説していた。

 「……ですから、諸君。これから大佛山学院はより高度に社会に密接な関係を持つ進学校として生まれ変わります。あそこに見える……」

 そういって理事長が指差す先には既に工事用の金網で囲んだ一角があった。学生会館と中庭の噴水、それに創業者の銅像だ。

 「……施設を撤去し、その跡に特別選抜コース生徒の寮を建設します。みなさんは生まれ変わる大佛山学院とこの町の変化という歴史的瞬間に立ち会うことになるのです」


 「異議あり」

 突然前へ進み出たのは坂崎。最前列で並んでいた教師たちが顔色を変え、学年主任が歩み寄ろうとする。

 「大佛山学院が生まれ変わるのはけっこうですが、良い方に生まれ変わるとは思えません。改革を進める前に解決を求める問題があります。それは伊藤真由子さんの死亡事件です。誰がやったかではなく、どうして事件がもみ消されたのか、それを明らかにすることを求めます。もし弱者を踏みにじり事件を無視するのが学院の方針なら、改革の後、わたしたちの中で弱い人は苦しめられるでしょう。高坂理事長。いかがですか」

 集会がざわついた。みなが顔を見合わせてなにか言っている。

 学年主任が坂先の腕を捕まえて言った。「おまえ、場所をわきまえろ」

 坂先がそのまま職員室へ向かって連れて行かれると、ざわついていた生徒たちを前に理事長はごほんと咳払いをし、何事もなかったように演説を続けた。


 坂崎の勇気を褒めてやりたかったが、学院改革の件についてはおれたちの敗北が決まったようなものだった。おれもなんかくやしくて工事現場を見ていた。

 すでにアタッチメントをつけた油圧ショベルが学生会館を破壊し始めている。クレーン車が創業者の銅像を吊り上げている。創業者の理想である自由・自治・慈愛が引き剥がされていくように見えたがもちろん、何の力もない銅像は抵抗もせずに持ち去られ、ダンプの荷台に積まれた。

 「あっ」

 突然、走り出した影があった。坂崎だ。

 坂崎は工事現場に走り寄ると金網をつかんだ。そのまま金網を登って乗り越え、第一掘削の歯を入れたパワーショベルの前に両手を広げ立ちはだかった。あたかも思い出のスイートピーの花壇を守ろうとするかのように。

 「なにをしてる! 危ないからやめなさい」工事現場の人が注意する。

 理事長がやれやれ、という薄ら笑いを浮かべながら首を振った。完全に勝利を確信した顔だ。

 おれも坂崎につづいて走った。金網を乗り越え、まさにパワーショベルのスコップに突っ込んで行く坂崎の身体を抱きとめた。

 「離して、離してよ!」

 「やめないか。こんなやり方じゃだめだ」

 「まゆちーの思い出が……」

 「いいから今は引け」

 もみ合うおれたちはパワーショベルのスコップから流れ落ちる土砂をよけて尻もちをついた。手が湿った土に埋もれる。たった今掘り起こしたばかりの土が手の上にかぶさった。

 起き上がろうとしたおれの手がなにかを握った。こつんとした手触り。おれはそれを習慣的になでまわし、それから持ち上げて見た。理解するのにしばらくかかった。


 「おーい」おれは現場監督らしき人物に声をかけた。「ちょっと待ってもらえますか」

 現場監督はむずかしい顔をしてやってきた。

 「君たち、困るね。工期が短くてこっちはとても忙しいんだ。昔の建物を懐かしむのもいいが、もう高校生なんだからちょっとは常識をわきまえてもらんと困るよ」

 「あのう」

 「なんだ」

 おれはたった今パワーショベルが掘った穴を見つめながら言った。「工事は……中止です。たぶん」

 「中止ぃ?」現場監督が素っ頓狂な声を上げる。「なにを言っとる」

 「まいぶんです」

 「まいぶん?」

 「まいぶんってなに」おれにすがる坂崎が聞いた。

 「埋蔵文化財」

 おれは手に握りしめたかけらをみんなが見えるようにかかげた。明らかに鉄器のかけらが陽光ににぶい輝きを放った。

 「そんなわけあるか。でまかせ言うと承知せんぞ」現場監督はあわてたように怒り出した。

 「いえ。おれ発掘のことはちょっと知っているんで、これは工事したらまずいです。調査が終わるまで工事は中止してください」

 「だいたい、この地域に埋蔵文化財があるなんて聞いたこともないぞ」

 「だから大変なんです。ひょっとしたら、ひょっとするかも」

 「調査ってどのくらいかかるの」坂崎が好奇心丸出しで聞く。

 「色々だけど、最低二年から十年。ものによってはもっと長くかかる」


 「なにをやっとる。さっさと工事を始めなさい。君たちもいいかげんにしないと警察を呼ぶよ」しびれを切らした理事長が金網のところまでやってきて怒鳴った。

 朝礼に並んでいた生徒たちも金網にどっと詰めかけて見ている。

 その前でおれは聖なる遺物のように鉄器をかかげていた。


      *


 春休みが始まって最初の日、おれは学院へ行ってみた。

 バスで到着した遺跡調査団の人々がぞろぞろと降りてくるのを見たおれは叫んだ。

 「じいちゃん!」

 調査団の先頭に立っていたのはおれの祖父だった。一本歯の抜けた歯をむきだして大きく笑っている。

 「まさと。元気か」

 出迎えたのは理事長に復帰した高坂進氏だった。高坂氏はじいちゃんとひし、と抱き合った。「元気だったか」「いや、せっかく日本から逃げ出したのにまたUターンじゃ」「まあ、日本にも調べるに値するものはあるぞ」「そうだな、仕方ない」高坂進氏はやはりじいちゃんの考古学仲間だった。

 聞けば高坂進氏はエジプト考古学への情熱冷めやらず、理事長の仕事をうっちゃってエジプトへ行っていた。それが高坂阿万里氏が学院運営で勝手をした原因のようだ。

 「なんだか今回は息子がえらく迷惑かけたようで」

 「いや、連合軍から資産を隠すために創立者会館を作ったといううわさがの」

 「そんなわけはない。資産はこれ、この学院を作るために使ってしまったのじゃ。連合軍から遺跡を隠そうとしたのは本当じゃが」

 祖父はあいさつもそこそこに調査を始めた。さすが考古学者。


 簡単な初期調査で、大佛山学院の敷地にとんでもない遺跡が眠っていたことが分かった。関東の田舎に下水道などを含む高度な鉄器文化の都市文明が存在した証拠だ。古代日本史を塗り替えるような大発見だった。

 調査団に引き続いてマスコミが乗り込んで来た。大佛山遺跡フィーバーはしばらく続き、結局それが理由でおれの町は一気に全国的に有名な町になってしまった。

 それに引き換え、理事長の方は羽振りが良くなかった。町おこしにもはや理事長の存在が要らなくなると、押しの強いナルシストの理事長を嫌う声が上がり始めた。実はみんなどこかで我慢していたのだ。

 さらに二つの事件が起きると理事長は完全に失脚した。

 一つは自分の選挙活動資金のために学院の運営費を使い込んでいたのが明らかにされたこと。

 もう一つは生徒会長麻生小夜子の自殺未遂だった。


      *


 麻生小夜子の遺書は本人から地元の複数の新聞社に送りつけられ、明らかになった。


 「お父さんお母さん、わたしに期待してくれた人たち、ごめんなさい。ずっと我慢していましたが、もう耐えられないので、この世界から自由になろうと思います。

 わたしはエリートの道を目指し、それにふさわしい行動をしてきたつもりでした。

 でも現実にはそうではなく、わたしは汚い裏があり、それを隠そうとすればするほど、もっと汚い世界に踏み込んでいくことを知りました。でもそれを知った後では後戻りができなかったのです。

 告白します。伊藤真由子さんをつきとばして死にいたらしめた犯人はわたしです。

 故意ではなかったと誓って言いますが、その後の対応は人間として、また生徒代表として決して許されるものではありませんでした。

 あの日わたしは予算の件で急いでいました。伊藤真由子さんはいつもおどおどとして、歩き方も遅く、普段から廊下でも邪魔だと感じていました。わたしはすれ違いざま、ちょっと意地悪のつもりで軽く、ほんとに軽く肩をぶつけたつもりでしたが、伊藤真由子さんは大きくバランスを崩し転びました。

 運悪く、壁際の消火器に上に倒れてお腹をひどくぶつけたようでした。

 わたしはそんなことで大事になるとは思わず「気をつけなさいよ」と言うとそのまま去ろうとしました。伊藤真由子さんは苦しげにうなり、その声でわたしは急にこわくなりました。

 本来ならそこで誰かを呼ぶか保健室に連れていくべきだったのでしょうが、あたりを見回すと誰もいませんでした。

 そのとき、自分がなぜそんなことをしたのかわかりません。

 わたしは卑怯にも「わたしのせいじゃないから」と言い捨ててその場を去ったのです。

 もしかしたら自分はエリートだと教え込まれ続けて、落ちこぼれの子は自分より下だと見ていたのかもしれません。

 とにかく、わたしは何の対応をせずにその場を離れました。しかもその後で伊藤真由子さんのことはすっかり忘れていたのです。

 翌日、伊藤真由子さんが亡くなったという報せを聞いて衝撃を受けました。それでもわたしはあの事故のことを誰かに打ち明けることができませんでした。わたしは目撃者がいないのをいいことにだんまりを決め込みました。わたしは他の人たちがあっという間に事故のことを話題にしなくなるのを感じ、また自分も嫌なことは忘れて早く平穏な日常に戻ろうとしました。あの事故のことをいつまでも覚えている人がいるなどと、思いもしなかったのです。

 そのように無責任で残酷なわたしに対して神の罰がくだりました。

 数週間後、わたしは理事長室に呼び出されました。

 そこには理事長の高坂阿万里氏一人がいました。高坂氏はわたしに防犯カメラの録画映像を見せました。そこにはわたしと伊藤真由子さんとの事故がはっきりと写っていました。

 わたしが真っ青になって座っていると、高坂氏は優しげに話しかけてきました。

 「これが公開されてしまうとわたしもわたしの母も大変なことになる。だからこのことは黙っておこう」と言いました。

 わたしは最初なんのことかわかりませんでした。ただとにかく事故とはいえ人を死に至らしめたことで糾弾されずに済むのだと安心しました。わたしはなんて子供だったのでしょうか。

 わたしはすべてが終わったと思いましたが、違いました。それはすべての始まりでした。

 その後もっと恐ろしいことが始まりました。高坂氏はわたしに対して忠実な手足となるように要求し、もしわたしが拒むのなら映像を公開する、と脅しました。わたしはエリートコースをそのまま進むように求められ、その成果による権力は高坂氏に支配される予定となりました。

 わたしの一生は決まりました。

 どれほど出世しようと、どれほど名声を勝ち得ようと、暴露に怯え、一生奴隷となるのです。

 それでもわたしは誰にも打ち明けられませんでした。

 わたしは淡々と日常の仕事をこなし続け、理事長の指示に従い続けました。

 先日、始業式で坂崎幸子さんが演説したとき、わたしの目は晴れました。

 どんなに時間が過ぎ去っても、事件を忘れない者がおり、罪は償わない限り消えないのだと悟りました。でも坂崎さんのようにみなの恐ろしい視線を受けながら堂々と告白する勇気はわたしにはありません。

 そこで大変卑怯なやり方ですが、このように遺書という形で告白させていただきます

 願わくば伊藤真由子さんの魂にやすらぎがありますように。


 麻生小夜子」


 麻生小夜子は入水自殺を図ったが、近くにいた釣り人に救助され一命をとりとめた。

 しかしその後、自宅に押しかけるマスコミの前に姿を表すことはなく、母親とともにどこかへ移住した。


 エピローグ


 始業式の後、学院に姿を見せなくなった坂崎の家をおれは訪ねた。

 玄関で悲しそうな顔をした坂崎のお母さんはおれという訪問客をうれしそうに迎えた。坂崎は引きこもっているという。お母さんの許しを得ておれは坂崎家に上がった。そのまま坂崎幸子の部屋へ行く。ドアをノックしたが返事はなかった。坂崎の母さんがドアを開ける。

 「さちこ。お友達が会いに来てくれたわよ」

 坂崎幸子は机につっぷして顔をあげなかった。

 「わたしはお茶を持って来ますから、そこで待っててくださいな」坂崎の母さんはそう言い置いて階段を降りていった。少しスキップしていた。

 きっとディープフェイク動画の噂は坂崎家のみなをひどく傷つけたのだろう。それを修復するのは、透明人間であることを上手に社会に溶け込ませることよりも難しいかもしれない。

 おれは坂崎のすぐ背後に近寄った。

 「なあ。坂崎」返事はない。

 「学院はまた前みたいに自由で平和になったぜ。お前の努力のおかげだ」

 坂崎は後ろをむいたまま頭をいやいやと振った。少なくとも反応がないよりもましだ。

 「お前が透明になって裸で大変な思いをしたお陰だ。まあ、運が良かったということもあるけどな」

 「なあ、大ブレイク中の学院を……」

 「いいの!」坂崎はがば、と身を起こしおれに向き直って言った。「わたしには関係ないことだから」

 「関係ないってことはないだろう。きみの学院だし」

 「わたしがどの面下げて登校できるの。もうたくさんだよ。何しに来たの」

 「え、おれたち友だちじゃないか」

 「わたしは「ふしだらな女」だよ。みんなそう言ってるよ。わたしと付き合っているだけで、人格疑われるよ」

 「おれはそうじゃないことを知っている」

 坂崎は黙っていた。

 「おれがそうでないことを知っていたらそれでいいじゃないか」

 「おれの母さんに聞いたんだけど、母さんも学生時代はたくさん友だちいたけど、結婚したら全然付き合わなくなったんだって。今は夫と子供オンリーだけど、別にそれで不幸でも寂しくもないって言ってた」

 坂崎の顔がなにかを理解したように目を見開いた。するとみるみるうちに身体が透明化してゆく。

 「学院に来いよ。坂崎。待ってるぜ」

 おれは服だけになった坂崎の手のあたりをつかんだ。口のあるあたりから「ほっ」とため息がもれた。

 「じいちゃんが言ってた。世の中には目には見えないけど大切なものがあるんだって」

 ぎゅっと手を握り直す。

 「おれにとってはきみがそうなんだ」

 なにもないように見える空間から涙がぽろぽろと落ちた。おれは深く息を吸った。今日はこれを言うためにやってきたんだから。


 「ガッコー出たら、結婚してください」

 目に見えなくても坂崎の顔がぼっと赤くなったのが分かった。


 了






 「おい「了」って、さっさと終わらないでくれよ」

 慌てたように藤原が出てきた。

 「ところで大いなる疑問があるんだが、快盗ツインテールって、結局なにを盗んだんだ? 快盗だろ、泥棒だろ。なにか盗まなきゃ」

 「と、言われても。作者もキャッチーなだけでよく考えずにつけたタイトルだから」

 「いや、そこはおれが解決してやるって。かの誰でも知っている名作のセリフで締めようぜ」

 ああ、なんかこいつのことだから落ちが見えてきた気がする。

 「いいか。快盗ツインテールこと坂崎幸子が盗んだものは……あなたの心です」

 「わかったわかったから」

 「じゃあな。よろしくー」


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