ポーチでおばあちゃんは叔父さんを待っていた
「ダニエルおじさん? 君はもしかして、メアリーの娘のアナベルかい。
迎えに来てくれたんだね。母さん、いやおばあちゃんの具合はどうなの?」
「おじさんの馬鹿! なんでもっと早く帰ってこないのよ。おばあちゃんずっとおじさんのこと待ってたのに。もうお葬式も済んじゃったよ」
あたしは思わず怒鳴ってしまった。
「母さんが死んだ……」
おじさんはその場に座り込んでしまった。不精髭生やして服も靴も泥だらけだった。きっと仕事場から、着替えもしないでそのまま走ってきたんだ。
「なんで電話くれなかったの。ママも連絡が取れないって、ずっと心配してたよ」
「すまない、僕は携帯電話を持ってなくて。連絡を受けてすぐ、一番近くの飛行場に向かったら、ちょうど飛行機が出るところで、電話をする暇がなかった。
その後も公衆電話がふさがっていたり、バスも列車も乗り継ぎがギリギリで、やっと列車の中から電話したら、何度かけても誰も出てくれなかったんだ。
多分、その時がお葬式の最中だったんだ。そうか……あの時、母さんはもう死んでたのか」それきり黙ってしまった。
疲れ果てて、もうしゃべる元気もないようだった。きっとお腹も空いている。あたしは黙って最後のスコーンの入った袋を渡した。
「食べて、元気でるよ」
おじさんはノロノロと袋を開けて、ひと口食べた。
そして「母さんごめん」と言って泣き出した。
無理もない、おばあちゃん味のスコーンなんだもの。
ちゃんとおじさん用に、一個残しておいてくれてありがとう神様。
でももう五時をだいぶ過ぎた、日没が近い。この奇跡の力が残っているうちに、おじさんとおじいちゃんを仲直りさせるんだ。
あたしは泣き続けるおじさんの手をとって言った。
「おじさん、おばあちゃんはおじさんが家を出てからずっと、おじさんとおじいちゃんが仲直りするようにって祈り続けてたの。ママも私も一緒に祈ったよ。
もし、おばあちゃんに悪い事したって思う気持ちが少しでもあるんだったら、おばあちゃんの二十四年かけたお願いを叶えてあげて。これは世界中でおじさんにしかできないことなんだから。
さぁ立って家に帰ろう、日が暮れちゃう前に」
おじさんはあたしに手を引かれて歩き出した。
子供のあたしの方が大人みたいに大股で歩く。
もうすぐ日没、どうか間に合って。
あたしの家が見えてきた。そしてポーチのある階段のドアの前には、なんてこと! おばあちゃんが立っていたのだ。
二十四年前、泣いて帰ったママを迎えてくれたのと同じ場所に、影のないおばあちゃんが立っていた。おばあちゃんは夢なんかじゃなく、この時、この瞬間を神様に見せてもらってたんだ。
二十四年前の朝、おじさんはおじいちゃんと喧嘩をして、この家を出て行った。そして二十四年目の夕暮れに帰ってきて家に入り、おじいちゃんと仲直りをする。神様はおじさんが出ていったあの日の時間を逆回ししてくれてたんだ。
あたしはおじさんの手を引いて玄関のドアの前に立った。おばあちゃんは側で見ている。
「おじさんチャイムを押して。そして中に入って、おじいちゃんにちゃんと謝って。ここから先はおじさんが一人でやらなきゃだめだよ」
おじさんの手を離して脇によけた。おばあちゃんと私に挟まれ、おじさんはチャイムに手を伸ばした。でも、手が震えてなかなか押せないでいる。
「あぁメアリー、メアリー、怖いんだ。父さんが許してくれなかったら、どうしよう。また母さんを悲しませてしまったらどうしよう」
おじさんは、また私をママの名前で呼んだ。心が二十四年前に戻ってるんだ。大きな大人のおじさんの心は、弱かった十七歳のままだった。
まだ日没には間がある。神様、最後の奇跡をください。
おじさんに勇気をあげて!
「おじさん大丈夫だよ、おばあちゃんの祈りの力を信じて。この世に、おばあちゃんの二十四年かけた祈りに勝てるものなんて、あるわけないんだから」
ドアを開ければ、二十四年前のおばあちゃんそっくりのママが、立って迎えてくれるからね。
そしてこういうの
――お帰りなさいダニエル、待ってたのよ――って。
2020年4月22日~2021年5月5日45,000字(2022年9月短縮修正)
没にした45,000字は、長く描くための練習で、ともかく日常を細かく書けば長くなると思い、おばあちゃんの倒れる前の生活を延々と詳しく書いてます。(おじさんの家出した理由も)
キリスト教新聞の公募に出すつもりで書いたのですが、完成する前に締め切りを過ぎてしまいダメになりました。
「キリスト教のプロパガンダだ」と宗教嫌いの従姉妹と大喧嘩になるし、カクヨムでも一度は削除した作品です。
けれどもエブリスタで二人の人が読んでくれて、二人ともスターをくれました。
この作品は決してゴミではなかったと確信して、再掲載したカクヨムでも、その後二人スターをもらえました。
書き手が作品をダメだと思ったらそこでお終い。
たくさんの人に読んでもらえるのは嬉しい事だけど、たった一人でも最後まで読んでくれる人がいれば、もうそれで十分満足な私です。