ルナとダイアナ
ダイアナさんとルナさんは双子の姉妹で、小さい時は何でも一緒の仲良し姉妹だった。
ところが、この街に引っ越して来てジュニア・ハイスクールに上がった時、クラスが別になって、内気なルナさんはいじめにあい、引きこもってしまったのだ。
二人のご両親は、ルナさんを怒ってばかりいたそうだ。
ママは『お腹にいた時、良いとこが全部お姉ちゃんのほうに行っちゃったのね』と言った。
パパは『褒めてやるところが一つもない。少しはお姉ちゃんを見習え』って。
でもお姉ちゃんだけは、ずっと変わらず優しかった。
引きこもって絵ばっかり描いてた私をいつも励まして、私の描いた絵を額に入れて部屋中に飾ってくれてた。
私はやけ食いしてこんな太っちゃったけど、お姉ちゃんはスマートで美人だし、学校の成績だっていつもAかA+でクラス委員長。
当然両親の期待はお姉ちゃんにだけ集まった。
でもお姉ちゃん、いつも言ってた。
『私は優等生なんかじゃないわ、ただ努力してるだけ。天才は、ルナの方よ』
週末にはいつも手を繋いでお出かけして、沢山いろんなものを二人で見たの。
私はそれをみんな絵に描いた。
私、お姉ちゃんさえそばにいてくれれば、それで幸せだった。
でもハイスクールに上がってから、お姉ちゃん変わった。
教科書の内容が難しくなってきて、Aを取り続けるためには今までの何倍も勉強しなくちゃいけなくて、お姉ちゃん寝る時間も削って、だんだん顔色悪くなって辛そうだった。
なのにパパは『お前はルナと違って出来がいいからパパは安心だ、大学も推薦入学で決まりだな』って。
推薦入学の水準、ものすごく高いの。ハーバードに確実に入るには、オールAじゃないと無理。でもお姉ちゃんだってもう限界だった。
とうとうテストで、Bを一つとってしまった時、パパは怒り狂って『私に恥をかかせおって、お前もルナとおんなじ出来損ないだ。Bを取るような娘は、もう私の娘じゃない』って。
そうしたらお姉ちゃん『わかった。Bを取るような娘は生きてる資格は無いのね』そう言って青酸カリを飲んで死んじゃったの。
一生で、たった一回Bをとったからって死んじゃったのよ!
クラスの友達が「これを飲めば、楽になれる。だからまだ頑張れる」ってお守り代わりに持ってたんだって、あとで教えてくれた。
ママは泣き続け、パパは半狂乱になっていた。
見かねた近所の人たちが、お葬式やお墓の準備をみんなしてくれて、お姉ちゃんは教会に埋葬されたの。
普通、自殺したら天国に行けないって言うよね。
でも、牧師様は言ってくれたの。
『私には自殺しようとする人間の苦しみが分かります、なぜなら私もそうだったからです。私は七回死のうとして、七回退けられました。
自分の命は自分のものだと思ってる人は多いけれど、そうではありません。
ネズミ一匹だって神の許しがなければ、生きることも死ぬこともできないのです。
神様はお嬢さんの苦しみを見て、“もう充分苦しんだ。私のところに来て休みなさい”そう言ってお嬢さんを呼ばれたんだと思います。
だからお嬢さんは死ぬことができたんです。
私はお嬢さんはきっと天国に行ってると思いますよ』
そう言って日曜礼拝に誘ってくれたの」
うわぁ、若牧師様ナイスフォロー。
自殺未遂七回は伊達じゃないわ。
「私は牧師様の話を聞きたくて、日曜日礼拝に行くつもりでいたの。
それが昨日突然、覚えのない封筒が届いて、私の絵がコンクールで入賞して金賞とったって。
それで日曜日に授賞式があるから来るようにって。
賞金のほかに、副賞として有名な美大に推薦入学、授業料の免除までついてたの。審査員の先生の手紙も入ってて、他の作品も見たいから持ってきてくれって書いてあった。
私、部屋にあった絵を全部バッグに詰め込んだ。それからお姉ちゃんの部屋に飾ってあった絵のことを思い出して、額縁をみんな外して中の絵を取り出した。
そうしたら絵と一緒に、雑誌の切り抜きがたくさん出てきた。全部絵のコンクールの募集の記事だった。
お姉ちゃんは持ってた私の絵を一枚残らずコンクールに出品してくれていたの。絵が戻ってくるまで、バレないように、カラーコピーを入れて、隠してたの。
そして最後の一枚が金賞とったのよ。お姉ちゃんは、私の人生に道を作ってくれたの。
だから私も、もう家には帰らないつもりで、バッグ一つ持って家を飛び出してきた。なのにいざバスに乗ろうとしたら、怖くて勇気がくじけて前に進めない。
私はやっぱりお姉ちゃんがいないと、何もできない弱虫なの」
ルナさんは四個めのスコーンを握り締めて大泣きするし、
ダイアナさんも泣いてる。これじゃ天国に行けないよ、助けて神様!
その時、ダイアナさんがバッグを指差して、紙をめくるような仕草をした。絵を見てと言ってるみたい。
「ねェ、あたしルナさんの絵みたいな。金賞とったのどんな絵なの?」
ルナさんはバッグを開けて、カラーコピーだったけどビニールファイルに入れた絵を見せてくれた。
海みたいな深い青色の街の風景に両手でハートの形を作った手が描いてあった。
手で作ったハートの中の風景だけが魚眼レンズのように大きく光り輝いて描かれている。よく見たら右手と左手は別の人の手のようだ。
タイトルはTwins heart. 両手の心?……違う双子の心だ。
「右手はお姉ちゃん、左手は私。お姉ちゃん右利きで私左利きなの。
素敵な景色を見つけたら、こうやってよく写真を撮ってたのをそのまま描いたのよ」
手の中のハートには、まっすぐ伸びる一本の木。足元には花が書かれている。きっとこの木がルナさんで、花がダイアナさんなんだ。
「あのね、うちの教会の牧師様は、昔は木を見るたびに、どの枝にロープをかけて首を吊ろうかって思ってたんだって……」
あたしはいつの間にか、若牧師様から聞いた話を語り出していた。
明日の日曜礼拝に、ルナさんは出席できない。でも神様はルナさんにどうしてもあの話を聞いて欲しかったのだ。
だからあたしはあの時、若牧師様から話を聞かなきゃならなかったんだ。
心砕かれたものの死の際の祈りと、神様はその願いを叶えてくれるということを。だってダイアナさんは必ず祈ったはずだもの。
『神様、ルナを守ってください』って。
「私お姉ちゃんに祈ってもらったのね。お姉ちゃんとずっと一緒なんだ」
“今だって側に立ってるよ”とは言えない、見えないから。
ルナさんは、握り締めていた4個目のスコーンを食べ終わると、立ち上がった。
「私、次のバスに乗る。それがお姉ちゃんが私に作ってくれた未来だもの」
ダイアナさんはあたしににっこり笑って、両手でハートの形を作った。
そして天国へと旅立っていった。
ルナさんの乗るバスが入ってきた。
「スコーンたくさん食べちゃってごめんね。お金払うわ」
ルナさんはそう言って、財布を出そうとした。
「お金なんていいよ、まだ一個残ってるし。そのかわり有名になったら、あたしのこと絵に描いてよ。その頃には凄い美人になってる予定だから」
「うん、約束する」
ルナさんは今度こそバスに乗り込んだ。
ルナさんの乗ったバスを見送ったすぐ後に、長距離バスが入ってきて、
背の高い男の人が一人、降りてきた。
「メアリー、なんでここに!」
あたを見るなり男の人はママの名前を呼んだ。
「ダニエルおじさん?」
写真の中のおじいちゃんにそっくりの顔だった。