お母さん猫の願い
「僕は葬儀の後、うなだれている御両親と妹さんに、明日の日曜日礼拝に来るように誘った。そしてあの話を、もう一度みんなに聞かせたいと思ったんだ。
でも、正直自信がなかった。あの時しゃべったのは、僕じゃなくて神様だったからね。
緊張のあまり、練習しようとすると、直っていた吃りまで出始めた。
だから祈り続けてたんだ、もう一度僕の口にあの物語を語らせてくださいって。
でも、こうやって君で練習できて、やっともう一度話す自信ができた。本当にありがとう、アナ。
君は『神様はどうして、おばあちゃんとダニエルおじさんを会わせてくれなかったの』と神様のことを怒っていたけど、ダニエルおじさんが来なかったからこそ、君は絶望して、神様の声を聞ける、“神の道具”になることができた。
そしてここに遣わされ、僕は祈りに答えてもらえた。
神のご計画は、我々人間には計り知れない。でも今の状態だけを見て、世界の全てを判断するのは早計だよ。
まだ物語は途中で、終わりは別の顔をしているかもしれないのだから。
さぁ、もうお帰り。ダニエルおじさんが帰って来てるかもしれない。
神様を信じて待ってごらん。おばあちゃんの願いは、必ず叶うと僕は思うよ」
若牧師様と別れて礼拝堂を出た。お日様がずいぶん上のほうになっていた。
昨日ろくに寝てないから疲れてるはずなのに、なんだか体中が温かい。力がいっぱい溢れている感じ、今なら空でも飛べそう。
これが神様と一緒ってことなのかな。
――手伝っておくれ。ただし日没までだ――
お日様が沈むまで、あたし“神様の道具”なんだ。
日没までまだ半日位ある。何したらいいんだろう?
途端に目の前に一匹の猫が現れた。真っ白でしっぽの先と左の耳の先っぽだけ黒い柄が入ってる。そしておじいちゃん牧師様とおんなじで、影がなかった。
猫はあたしをじっと見て、
「ついて来て」と言うように、少し進んでもう一度振り返り、走り出した。
あたしも後を追いかけて走る。あれ? こっちの方角は……。
「あら、アナちゃんどうしたの」
庭で芝を刈っていたおばさんが、声をかけてきた。
やっぱりジェシカおばさんの家だ!
アイザック・フレッチャーさん、六十五歳。
おじいちゃん牧師さんの、お隣のお墓の人の奥さんだ。
猫はおばさんの横をすり抜けて、裏庭に走っていく。
その進路に沿って血の雫と、何かを引きずった後が続いていた。
「ごめんおばさん、説明は後」
そう叫んで、あたしは猫の後を追って裏庭に走る。
慌てておばさんも芝刈りを止めて、後に続く。
猫は裏の物置小屋の前で一旦止まり、あたしの方をじっと見ると、壁の割れ目から中にするりと入った。
あとに続こうにも、穴が小さすぎる。
扉にはダイヤル式の南京錠がかかっていて、入れない。
壁の穴に耳を当てると、ニャーニャーと小さな鳴き声がした、
子猫がいるんだ。
「いったいどうしたって言うのよ」
ハアハア言いながら、ジェシカおばさんがやってきた 。
「ジェシカおばさん、中に子猫がいる!」
おばさんも穴に耳を当てた。
「大変、すごく弱ってるみたいだわ」
「助けなきゃ、おばさん鍵の番号教えて」
鍵を引っ張りながら私が叫ぶ。
「それが知ってるのは死んだ主人だけなのよ。今日の午後、鍵屋さんを呼んで開けてもらうつもりだったの」
「それじゃ間に合わない、子猫が死んじゃう」
神様助けて!
途端に目の前に男の人の手が現れた。
あたしの横に影のないアイザックおじさんが、人差し指を一本立てている、
数字の1だ。次はチョキの形。指二本で2、指を全部丸めて0、最後はパーの指五本で5。1・2・0・5、あたしはダイヤルを回す、ビンゴ! 鍵があいた。
あたしとおばさんが中に入ると、壁の穴の近くの藁の中で、小さな鳴き声がする。
二匹の子猫が、泣きながらお母さんのお乳を吸っていた。
でもお乳はもう出ない。お母さん猫は死んでいた。
白い体に左の耳と尻尾の先の黒い柄、間違いなくあの猫だ。
お腹と腰にかけてタイヤの跡がくっきりと残っていた。
車に轢かれて、折れた後ろ足を引きずって、それでも子猫の所へ帰ってきて、おっぱいをあげながら死んだんだ。
「まぁ大変」
ジェシカおばさんは、慌てて段ボールに毛布を引き、子猫を入れると、
ペットボトルで湯たんぽを作って入れた。
そして動物保護シェルターに電話をした。
あと一時間遅れたら、冷えて子猫が死んでいたと、シェルターの人が言った。
子猫はボランティアの人が世話をして、乳離れしたら新しい飼い主を探してくれるそうだ。
お母さん猫は、野良猫の共同墓地に入れてもらえるらしい。
犬だって祈る、猫だって祈る。
お母さん猫の、命の終りの祈り「子供たちを助けて」願いは叶った。
あたしはそのお手伝いをしたんだ、よかった。