礼拝でのメッセージ
ユダヤ人の生まれながら、エジプトで王子として暮らしていたモーセは、ユダヤ人をいじめた役人を殺して、荒野に逃げた。
そして長い間羊飼いとして荒野で苦労をして、老人になった頃、神は彼を“自分の道具”として召し上げた。
『虐げられたわが民を率いてエジプトから脱出せよ』
驚いたモーゼは、“どうか他の人を選んでください”と願ったが、神は許さない。
『当然だよ。神様は何十年もかけて、自分の望む仕事をできる人間を作り上げたんだから。
職人の親方が、弟子を育てて“こいつならできる”と確信して、“やれ”と言ってるのに、弟子がびびってたら、ひっぱたいてでもやらせるよ。
神がこうと決めたら、逃げられるわけない。
相手は神様、僕らは人間。どんな無茶振りされたって、社長命令に平社員が逆らえるわけないじゃないか』
僕はさっきの君みたいに、目が点になった。
『それとね、“なぜ神様は僕の願いを叶えてくれないのか”と君は言ったが、別の願いがあって、神様はそっちを叶えたとは考えられないかな? 例えば、君のお母さんの願いだ』
僕は、落ちて行くときに聞いた母の声を、思い出した。
『君のお母さんは、自分のしたことを後悔していた。その砕かれた心が死の間際に“神様、悪いのは私なんです。どうかあの子を助けて”と願ったとしたらどうだい。
“助けてください”と“死なせてください”神様はどっちの願いを叶えると思う?その選びを人間がとやかく言えるのかな』
僕は涙が止まらなかった、母さんなら必ずそう願う。僕の幸せだけをいつも考えている、そういう人だったから。
『そしてもう一人、いや一匹、君の犬だ。ワシは犬だって祈ると思う。
“神様、私は死んでもいい。御主人様を助けて”そう願って死んだのだと思う。
命をかけた最後の願いに比べたら、君の“楽になりたいから死なせて”なんて願い、吹き飛んじゃうよ。
君は一人ぼっちだと思ってたんだろうが、どっこい、一人と一匹、君の死を望まない者がいた。その人たちの願いが君を死なせなかった。ワシはそう思うな。
ところで、明日はクリスマスだ。私の教会でもクリスマス礼拝をやるんだが、私はこの通り怪我をして出られなくなった。だから責任とって君が代わりにメッセージやんなさいね。
何、簡単だ。さっき君が私にしてくれた話をすればいい。いやぁ、いいメッセージが浮かばなくてね。神様に祈りながら歩いてたら、空から話が落っこちて来てくれた。祈ってみるもんだ』
そう言って、お見舞いに来ていた教会の人と、明日の段取りをどんどん進めだした。
嘘!――だって僕は吃りなんだよ。話すのは大の苦手で、まして大勢の人の前で話すなんて、絶対無理。
グレゴリオス牧師様は、僕が喋るのをずっと聞いてたんだからわかってるはずのに、どうしてこんな無茶を。
『祈ってごらん。答えが見つかるよ』
そう言って牧師様は、ニコニコするだけ。
その夜僕は一晩中祈った
『神様許してください、他の罰にしてください、僕にはできません』
またもや願いは退けられた。
そして次の日。教会に連れて行かれ、メッセージ台のマイクの前に立たされたとき、僕はついにこう願った
『神様、僕にはできません。だからあなたに僕の口を差し上げます。あなたが僕の代わりに話してください』
途端に僕の口は勝手に動き出した。なめらかに、力強く。間違いなく僕の声だった。
信じられなかった、僕はこんな言葉を語る口を持っていたんだ。
教会員達は、聞き入っている。感動で涙ぐんでいる人もいる。僕自身、僕の口から出る言葉のあまりの素晴らしさに、途中から涙がとまらなくなった。
その時わかった、僕の苦しみは、今日ここでこれを語るためだったんだって。
だから最後にこう締めくくった。
『お父さんお母さん、お子さん達のために祈ってください。お子さん達がどんな苦難にあっても、決して自殺したりしないように、祈り続けてください。神様は必ず願いを叶えてくださいます。
僕も祈ります、僕はこれから神学校に行って、牧師になる勉強をします。そして卒業したら必ずここに帰ってきます』
礼拝堂は割れんばかりの拍手に満ちていた。
メッセージの効果は絶大だった。その後、一人も教会員の家族で、自殺者は出なかった。
ところが先週、僕は一人の少女の自殺者の葬儀をした。
ダイアナ・ローの家は、五年前に引っ越してきて、お父さんが無神論者だったので、メッセージを聞いていなかったんだ」
ダイアナ・ロー、十七歳。
一週間前に死んだ、おばあちゃんの隣のお墓の子だ。