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おじいちゃん牧師様

 その日の夜、おじいちゃんはおばあちゃんの棺のそばにいた。

 ママは一晩中電話の前にいた。

 でもかかってくるのは、親戚や知人のお悔やみと、葬儀社からの明日の段取りの電話だけだった。


 おじさんから電話はなかった。


 あたしは玄関ポーチでダニエルおじさんを待ち続けた。

 もう六月だけど、夜はやっぱり寒かった。ママは黙って毛布を渡してくれた。

 月は出てなくて、星がきれいだった。


「お願いお星様、おじさんを連れてきて。あたしにおばあちゃんとの約束を守らせて」


 でも、星は瞬きながら西に沈み、やがて東から朝日が昇ってきた。

 ダニエルおじさんは帰ってこなかった。



 ◇



 喪服に着替えた、今日はおばあちゃんのお葬式だから。


 棺が霊柩車に乗せられて、墓地まで運ばれていく。

あたしは何度も何度も振り返る。ダニエルおじさん、まだ? まだなの? 


 教会につくと、おばあちゃんの棺を四人の男の人たちが担いで、静かに西の墓地へ進んでいく。

西の墓地は一番新しいお墓の場所だった。


 おばあちゃんのお墓の穴の隣に、三つの墓石が並んでいた。


 ダイアナ・ロー、十七歳。高校生のお姉さんで、先週自殺した。

 アイザック・フレッチャー、六十五歳。ジェシカおばさんの旦那様、先月なくなった。

 右端がトニー・グレゴリウス九十歳。去年老衰で死亡。


 墓穴は棺のサイズに掘られて、土は傍に手際よく積み上げられている。


「塵はもとあった塵に。霊はこれをくださった神に帰る」

 おばあちゃんの好きだった讃美歌百五十七番の流れる中、この教会の若牧師様のお祈りの声が響く。


「お願いおじさん、早く来て!」

 あたしは必死に祈り続けた。

 なのに、おばあちゃんの棺には二本のロープが固定され、もう穴に降ろされようとしている。


「そろそろ棺を下ろす時間です。皆さんお墓の周りに集まって。皆さんこの最後の機会に、しばし故人に思いを馳せましょう」

 

 若牧師さまの声が響く。口を開けて待ち受ける墓穴の上に、棺がロープで釣り上げられる。

 ダニエルおじさんがまだ来てないのに!


「待って、お願い待って、ダニエルおじさんがまだ来てないの。一目でいいからおばあちゃんの顔見せてあげて、おばあちゃんと会わせてあげて!」


 あたしは必死に叫んだけど、大人達は止めてくれない。

棺は穴に降ろされ、スコップで土がかけられていく。


 あたしは、何度も何度も、家の方を振り返る。

 今にもダニエルおじさんが走ってくるんじゃないかと信じて。

 でもおじさんは来ない。


 どうして? 神様はおばあちゃんの願いを聞いてくれたはずだよ。

 どうしておじさんは来ないの? 

 おじさんがいなかったら、あたし、おばあちゃんとの約束を守れない。

 ダニエルおじさんとおじいちゃんを仲直りさせられないよ。


 ついに最後の土がかけられた。木に名前が書かれた、仮の墓標が建てられる。後で墓石を置く時の目印だ。


「アーメン」の声が響き渡る。


 あたしは花だらけの黒い盛り土の前で、しゃがみこんだまま動けなかった。


 その下には、とうとうダニエルおじさんに会えなかったおばあちゃんの体が埋まっている。

 魂は神様がもう連れて行ってしまったのだ。


 やがて、参列者が散り散りに帰りだす。


「アナ、帰りましょう」

 ママがそう声をかけてきた。


「嫌だ! ダニエルおじさんが帰ってくるまで、ここ動かない」

 あたしは怒鳴った。


「アナの気の済むようにさせてやろう」


 おじいちゃんにそう言われ、赤い目をしたママは、

「お昼ご飯には帰るのよ」と言い、二人は帰っていった。




 終わり? これで終わりなの? 


 ダニエルおじさんに会えないまま、おばあちゃんは埋められてしまった。

 神様の奇跡はどこにあるの? 二十四年も祈らせた挙句に、嘘をついておばあちゃんを騙すような神様に、おばあちゃんは連れてかれちゃったの?


「おばあちゃん、ダニエルおじさん帰ってこなかったよ。

 おばあちゃんあんなに一生懸命お祈りしたのに。

 あたしだってママだってお祈りしたのに、まだ足りないっていうの神様。


 神様は、おばあちゃんの願いなんて、初めから叶える気なかったのよ。

 嘘つきの詐欺師野郎なんだ。

 違うって言うなら神様で出てこい!おばあちゃんに謝れ、

 あたしに一発殴らせろ! うわーあぁん」


 おじさんが帰ってくるまでって、ずっとずっと泣くのを我慢してた。

 でも、もう涙が止まらない。体中の血が全部涙になって出ていっても構わない。

 あたしなんてこのまま死んじゃえばいい。


 おばあちゃん、おばあちゃん、約束したのに。

おばあちゃんの願いを叶られないなら、あたしなんて生きてる価値ない!




 ――では手伝っておくれ、私が死者の願いを叶えるのを。ただし日没までだ――




「え?」


 びっくりして顔を上げたら、右端のお墓のところにおじいちゃん牧師様が立っていた。

 若牧師様の前の牧師様で、若牧師様が、まだ日曜学校の先生をしていた時から、おじいちゃん牧師様、若牧師様と、あたし達子供はそう読んで区別していた。


「今の声おじいちゃん牧師様なの。何か……違くない?」


 あたしが聞くと、おじいちゃん牧師様は人差し指を唇に当てて、笑って手招きしながら礼拝堂のほうに歩き出した。


 おじいちゃん牧師様は、いつも子供にとっても優しい。

 だからあたしはついていった。

 おじいちゃん牧師様が開いたドアから礼拝堂に入ったので、あたしも続いて入った。


 礼拝堂では、若牧師様が跪いてお祈りをしていた。

 いつものように、両手に白い手袋をして、詰襟の服をきちんと上まで留めている。

 おじいちゃん牧師様は、いつのまにか若牧師様の隣に立っていた。


「アナじゃないか、僕に何か用かな?」


 そう言って立ち上がった若牧師様の影が、ステンドグラス越しの日差しに、くっきりとした影を落とした。


「え? あたし、あの……」


 ギョッとした。

 だって一緒に立ってるおじいちゃん牧師様には影がなかったんだもの。


 途端にあたしは思い出した。おじいちゃん牧師様の名前はトニー・グレゴリウス、

 去年九十歳で老衰で死んじゃってたんだ!


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