第3話
「囲んでやっちまえ! あんなんでも手練れかも知れねえからな、油断すんなよ!」
そんな言葉と共に男たちが猛然とこちらに駆け寄ってくる……と思ったがあれ、なんだか世界が妙にゆっくりに見えるぞ。
スローモーション? いや違う、これがレベル999の俺だから見える景色ってことか? 動体視力がすごすぎて周りがゆっくりに見える的なやつだな?
向こうとしては俺を取り囲んでるつもりだろうけど、こっちからしたら「どうぞ殴って下さい」と突っ立ってるようにしか見えないな。
うわ~表情もはっきり見えちゃうし、顔とかにパンチするのすっごい気がひけるな。アニメの主人公とかよく出来るなああいうこと。
えっと、か、軽く肩を押すくらいで良いか。
と、本当に軽く押したつもりだったのだが、
「「「「うぎゃあああああああああああ!」」」」
男達がそんな声と共に田舎道を吹っ飛んでいった。何も知らない人からしたら四人が一瞬で吹き飛ばされたように見えただろう。
「なっ、なんだとお!」
一人残ったリーダー格の男がそんな声をあげる。そりゃそうだ。どれ、少しビビらせてやろう。
「安心しろ。俺もあんたの命を奪うつもりはない。だが、抵抗するって言うなら痛い目をみてもらうぞ」
「なんなんだよあんた! 強すぎるじゃねえかあ! あんな動き、普通じゃねえ……。そうだ、『鑑定』!」
そう叫んだかと思うと男は目の前の空間を食い入るように見始めた。どうやらあの男にしか見えない『何か』があるらしい。
「ひぃ! レベル999!? ステータスもカンストしてやがる! スキルもこんなに!」
「おお。俺のステータスを覗き見れるのか? それで、答えは? 抵抗、してみるか?」
「やらねえやらねえ! 金も手に入らない上に痛い目なんて見たくねえよお!」
予想通りさっと妖精を解放する。件の少女がふわふわと俺の眼前にまでやってきたことで、ようやくその姿をまじまじと見ることが出来た。
栗色の髪に簡素な布でできた服を身にまとい、羽をたまに揺らしながら浮いているその姿はどこからどうみてもファンタジーアニメとかに出てくる『妖精さん』そのものだった。
「ふ~助かったよー。キミ、強いんだねえ。レベル999ってホントかい? もしかして、キミは有名な騎士様だったりして」
「騎士じゃない。どうやら俺は、こことは違う遠くの場所から来たレベル999の大家って肩書きらしい」
「すごい……そんなレベル、ハイロウ帝国どころかダイタニア大陸中探してもどこにもいないんじゃないかな?」
俺の答えに妖精少女は心の底から驚いた様子だ。やっぱりこの世界でもとんでもない数値なんだな。
「でも、オーヤって職業は聞いたことがないなあ」
おっと、予想外の反応だ。
「大家を知らないのか? アパートとかマンションの管理人って言えば分かるかな?」
「あぱーと? さっぱり分かんないなー」
「もしかするとこの世界には大家の概念が存在しない……? もしくは単に君が世間知らずなだけか?」
「むっ。失礼な。ボクも普段、そこそこ大きい街に住んでるんだよ。そりゃ実家は深い森の中にあって滅多に他種族の人と会ったりは出来なかったけどね……」
と、二人で話しているとどこからかすすり泣く声が聞こえてくる。
声の主はさっき俺が吹っ飛ばした男達だった。
「たしかに俺たちが悪かったさ……でも、この前の大雨で商品がダメになっちまって。だけど、腹が減っちまって、どうしても金が必要でさ」
どうやら自分たちのした罪を悔いているみたいだ。彼らも初めから悪人だったわけじゃなくて、普段はちゃんとした方法でお金を稼いだりしていたんだろう。
やせ細った彼らの姿を見て、俺は思わず同情してしまう。人間、どんな優しい心を持っていても、余裕が無くなるとおかしなことをしてしまうものだ。
「あ、そうだ。これ、食えよ」
そう言えば俺の数少ない持ち物として、女神から貰った何日か分の食料があったんだ。自分一人で食べても仕方ないし、これを分けてあげよう。
「い、良いのか?」
期待の眼差しを浮かべる男達の中で、唯一リーダー格の男だけは、信じられないと言った口調で尋ねる。もちろん、と俺は応える。
「遠慮なんてするな。俺一人で食べるよりも、みんなで食べた方が良いだろう」
「ありがとう……!」
彼らにとって久しぶりの食事なのだろう。時には喉につっかえながらも、そう多くはない食事を大切に口に運んでいた。
「……良いのかい、あんなに沢山。キミだって旅の途中なんだろ?」
妖精少女が呆れたようにきいてくる。
「でもあんな姿を見て放っておくのも目覚めが悪いしな」
あ、そうだ。ちょうどいいから聞いてみよう。
「俺、ミナノって町に行きたいんだけど。どっちに行けばいいか分かるか?」
「わあ偶然。ミナノはボクの住んでる町だよ。でも方向が全然逆だよ……ボク一人なら割とすぐだけど、人間の足だったら丸一日くらいかかると思うよ」
「丸一日……? 飯抜きでか……?」
「さっそく後悔してる? 今ならまだ間に合うし、あの人達のご飯をさ──」
「それだけは絶対に嫌だな」
冷静に考えれば、尋常じゃない俺の身体能力だったらもっと短い時間で到着できるかもしれない。それに丸一日くらいなにも食べなくたって我慢できるはずだ。
ぶっちゃけもう歩き疲れてるし、お腹も減ってるけどさ!
「聞かせて貰いましたよアニキ!」
「アニキ? 俺か?」
男たちの内、例のリーダー格っぽい男が話に入ってくる。
「アニキは俺たちの命の恩人だあ。だから恩返しをさせてください。ミナノですよね、狭いですが俺達の馬車に乗って下さいよお」
「いやいや、そういうつもりで助けた訳じゃないからさ」
そう言って断ろうとするも、男の決心も硬いようで、
「そこをなんとか!」
とか言って全く引こうとする気配がない。さて、どうしようか。
「ねえねえ。その話、ボクも乗せて貰えたりするかな?」
男の提案に対し、妖精の子まで加勢してきた。
「ほらほら、キミもせっかくの提案なんだから、変に意地張らない方が良いよー?」
むう、人の善意って断りずらいものだなあ……。
もちろん、悪い気分じゃない。むしろ、人に優しくされるというのは、結構嬉しい。
「分かった。そこまで言うんだったらよろしく頼む」
「よっしゃあ!」
こうして俺は異世界に来て人を助けたつもりだったが、逆に助けられる形となってしまった。
「異世界に来て早々、優しい人たちに会えてよかったな」
俺は商人達の馬車の荷台に揺られながら、心の底からそう思うのであった。