我と契約して×××にならないか? ~魔法少女になりたかっただけなんですが…~
「くらいなさい!『ボッティチェリ・レオナルド・マキャヴェリズムー!』」
「ぐえぇぇー、参った!!」
画面の中で、女の子達がキラキラとした必殺技を放つ。そうして、毎週お決まりのセリフを言って悪は倒された。
「はぁー。今日の『プリティキュート☆ルネッサンス』も良かった」
日曜日の朝。うっとりとため息をつく。大好きなテレビ番組の内容に今日も大満足だ。
『プリティキュート☆ルネッサンス』は、長年続く人気作品『プリティキュート』シリーズの最新作。不思議な力によって女の子たちが華麗に変身して、悪と戦う。子供たちが夢中になるドキドキとワクワク、時には涙する感動が詰め込まれたアニメだ。
そして、夢中になるのは子供だけではない。
幼い頃から魔法少女になってみたかった。
それは、大学生になった今も変わらない。自分が変身してバッタバッタと悪人をなぎ倒す姿なんて想像するだけでワクワクする。
しかし成人してもアニメキャラに憧れているのが知れたら、笑われることは必死。
だから、そっと心の奥底に仕舞った願いだけど……。
♪海より出でる~ プリティビィーナス誕生!
スマホのアラームに設定した『プリティキュート☆ルネッサンス』のテーマ曲が流れる。
はっ!
今日は、友達との約束があったんだった!
私は、約束の時間に間に合わせるため急いで家を出た。
……今日は霧が濃いなぁ。
駅へ向かう道中。進むごとに、視界が白くなっていく。
周りの景色もぼんやりして、正直なところ自分がどのあたりにいるのかも把握できていない。
道、こっちであってたっけ……。
これがアニメなら、怪人が高笑いしながら登場しそうな不気味な雰囲気。
そんな霧の中を不安になりながら進んでいく。
えー、ここどこよー。と、周りを見渡すと、アニメに出てきてもおかしくないような不思議な人と目が合った。
高笑いしそうな怪人ではない。むしろ味方サイド??
空き地に立つ、えっらい美形のお兄さん。関西風にいうとシュッとした男前。
ただ、美形なんだけど、恰好がおかしい。
烏帽子? だっけな、黒くて長い帽子みたいなのを被っている。服装も平安貴族のような恰好。正直、そんなのテレビでしか見たことのない。現代日本にタイムスリップして現れたみたいだ。
そんなお兄さんが、切れ長の目でこちらを見ている。
……コスプレイヤーさんかな?
にしては、カメラさんとかが周りに見当たらない。
霧の中に佇む美丈夫。絶好の被写体だと思うんだけどな。
「そこのもの」
「へっ? ……わ、私!?」
「そちしか、おらぬ」
「な、何でしょうかぁ!」
急に声を掛けられて、わたわたしてしまう。
が、美形に声を掛けられて、悪い気はしない。
「そちを見込んで頼みがあるのだが」
……頼み? なんだろう。
あ、わかった! 撮影を頼みたいってことかな?
急にカメラマンさんの都合がつかなくなっちゃったんだな、きっと。
スマホを取り出し、お兄さんの近くに駆け寄りにっこり笑う。
「任せてください、綺麗に撮ります! 代わりに、撮影が終わったらSNSに上げてもいいですか?」
「……勝手に先走るでない。そちに頼みたいのはもっと大きな事よ」
えっ、なに?
共に人生を歩みたいとか、私に全財産を譲りたいとか???
困る! 急にそんなこと言われてもーー!
平安貴族みたいなお兄さんは、慌てる私をじっと見つめてる。
はっ! いけない、いけない。ここから大事な告白よ!
私は、見つめ返してお兄さんの言葉を待った。
「お主、我と契約して『神通力乙女』にならないか?」
告白の内容は、どこかで聞いたことのあるセリフだった。
えっと。……こういうときは、110……
「もしもし、警察ですか」
「こら、検非違使を呼ぶでない!!!」
警察を呼ぼうとすると、私の手からスマホを取り上げられてしまった。
私は、平安貴族風のコスプレをした男に向かって叫んだ。
「キャラクターになりきった不審人物じゃないですか! すみませんその作品知らないんです!! あと、スマホ返して!」
「これは、我の話を聞いてくれるのなら返そう」
不審人物は背が高い。
スマホを頭上に掲げられてしまうと、私がジャンプしても届かない。
こうなったら、不審人物の話に付き合うふりをして、スマホを返してもらったらダッシュで逃げよう。
「お主……心の声が駄々洩れぞ。我から逃げようとは思わぬことだな」
「うそ。心が……読めるの?」
「いや、そのまま口に出ておる」
「しまったー!」
ついつい、心の中を無意識にアニメのモノローグみたいに声に出していたらしい。
友達にも『アンタ、うるさい』とたしなめられる、昔からの悪いクセだ。
……ちっ。仕方ないなぁ。しばらくこの不審人物の話に付き合うしかないようだ。
「まったく。人のことを不審人物、不審人物と。そうだな、我のとこは烏帽子と呼ぶがよい」
「はいはい烏帽子さんね。で、烏帽子さんは私に何のご用事で?」
「よう聞け。人の子よ」
烏帽子は真面目な顔で、再び私の目を見つめた。
「世にはびこる悪漢に負けぬ力を手に入れたくはないか?」
悪漢……って、いうのは犯罪者とか悪さをするヤツのことよね。
そいつらに、負けない力か。
手に入れられるっていうのなら、ぜひとも欲しいですが。
「我と契約を結び、『神通力乙女』となればその力を与えようぞ」
あー、このお誘いが本当だったらいいのいなぁ。
なりきり平安貴族のごっこ遊びだからなぁ。何の作品かは分からないけど。
「もちろんこれは、遊びや夢物語ではない。実際にお主は力を手に入れることができる」
ん?
「ほんと?」
思わず、聞き返してしまう。だって、それって……
「本当の、本当? 絶対に???」
「本人のやる気次第といったところだが」
えっ……それって、憧れの『魔法少女』になるチャンスってこと?
「あなたと契約すれば、私は魔法少女になれるの?」
思いっ切り期待を込めて、私は目の前の平安貴族に聞いた。
「『神通力乙女』は、衣を正装に変え悪漢と対峙することができる。好きに捉えて構わん」
好きに捉えて構わない?
だけど変身して戦うって、まさに魔法少女そのものだ!!
「でも契約すると、魂を取られるとか、寿命がなくなるとか、実は魔法少女の敵側に回るとかがある?」
最近の魔法少女は、なかなかドッキリな展開あったりするのでこの確認は重要だ。ぼくとけいやくしてまほーしょうじょになってよ! みたいなヤツは怖い。
「そのようなことをするわけがない」
「じゃあ、年齢は……。わたし、二十歳ですが大丈夫でしょうか」
少女……というには、無理がある年齢というのは分かっている。成人してるしな。
「必要なのは責任と覚悟があるかどうかだ」
やったー! なれるよ魔法少女!
このチャンス逃してたまるかー!!
「やります、やります! 是非ともやらせてください!!」
「そうか、契約してくれるか。さすが我が見込んだ乙女だ。名は何という?」
「『神宮寺ひかり』です」
「そうか。『神』の名を姓に持つとは、まさに『神通力乙女』にふさわしい」
イケメン貴族がにっこり微笑む。そして、先ほど奪われたスマホを手渡してくれた。
うわー! とうとう、この時が来たんだ。夢の魔法少女になれる日が!!
「それで『神通力乙女』って、どんな衣装ですか?」
『プリティキュート』の女の子たちの変身衣装は、みんなキラキラで恰好よくて可愛い。
私もできるだけ可愛いのが着たい。
「正装は、このような感じだ」
烏帽子は懐からスマホを取り出して操作しはじめる。
「えっ、スマホ持ってたの?」
「この俗世で生きてゆくためには必要だろう」
見た目は平安貴族だけど、意外と現代に順応してた。
そこは、パパッと魔法でどうにかならなかったのかな。
そんなことを考えながら見せてくれたスマホ画面を覗いてみると、桜色の着物と袴があった。
「アレンジとか一切ない、純和風の衣装なんだね」
イメージとは違ったけど、これはこれで可愛い。
ピンクなんて、まさに主人公カラー。これを着た自分を想像して、ニマニマと口元がゆるんでしまう。
「どうやって変身するの?」
「お主、着付けはできるか?」
「へ?」
「衣装は用意する。着付けが出来ないというのなら、別途手配するが」
「じ、自分で着なきゃいけないんだ」
あれ? なんか思ってたのと違うな。
魔法の道具を使ってキラキラした光の中で華麗に変身~☆ じゃないのかそこは。
うーん、何か怪しいような。いや、でもこの衣装可愛いから着たいな……。
唸る私をよそに烏帽子は話を続ける。
「そして、武器だが……」
武器!
戦わなくちゃならないんだから、必ずではないけど魔法少女にも必要だ。だけど出来るだけ可愛いのがいい。
以前RPGゲームで『モーニングスター』という武器があると知って、名前の可愛さで装備させたらトゲトゲの鉄球が付いた見た目は可愛いとは言いづらい武器で、見事に裏切られたことがある。同じ想いをした人は多いんじゃないだろうか。……ちょっと脱線したな。
「おすすめは薙刀だな。比較的扱いやすく、遠心力を利用して鋭い打撃を繰り出せる。あとは、刀と弓もある」
「そこも、純和風!!」
スマホ画面で見せてくれた武器は、薙刀の試合で使われるような、ごく一般的なものだった。
あれ? 魔法少女ってなんだ?
可愛い衣装を着て、悪と戦って、キュートなマスコットがいて、必殺技で敵を倒して……
「そうだ! 魔法少女に必須のマスコットはいるの?」
「おお。共に戦ってくれる人懐こいやつがおるぞ」
「いるんだ!? 紹介して!」
もふっとしたのとか、キュルルんとしたマスコットを想像する。
そして、烏帽子がスマホで見せてくれたのは……
「栗毛の8歳だ。餌もよく食べ素直で人のいうことをよく理解する」
「……馬」
もしゃもしゃと草を咀嚼するお馬さんの動画だった。確かにもふっとしててキュートだけどな。
「一緒に戦ってくれるって……」
「馬上からの薙刀の斬撃は強力ぞ。弓なら流鏑馬などが可能だ」
そっかぁー。私の愛馬とずきゅんどきゅんと走りだして、戦場を駆け抜けるワケねー。
いや、違う。
もっとこう、私が思い描く魔法少女っていうのは!
「あれは!? 必殺技みたいなのはあるの!? ……こう、最後にズドーン! ってなるヤツ!!」
「ズドン、か。これだな」
そうして、スマホ画面で見せてくれたのは
「火縄銃ーー!!」
「種子島だ。装填に時間はかかるが、殺傷能力は至近距離ならライフルよりまさるぞ」
「いやー! 明らかな銃刀法違反!」
ちがーう!
私が求めていた魔法少女はコレじゃなーーい!!
私は思わず頭を抱えた。
そこへ、烏帽子が
「これで、あらかた説明したか。ちなみに『神通力乙女』にかかる代金だが」
「は……?」
代金? 魔法少女ってお金かかるんだっけ???
「着物の代金に、薙刀一式の代金。薙刀のレッスン料に、ウマのレンタル料、着付けは何度利用しても定額のサブスクリプションだ。種子島は別途、オプション料がかかる……しめて、最初に掛かるのは、こちらの金額になる」
懐から出した電卓を叩いて数字を見せられた。並んだ数字は6ケタ。
そして、名刺も取り出す。
「着付けやレッスンは、このQRコードから友達登録してそこから予約してくれ」
いやいやいや? なに急に近代的なことを言い出してるの? この平安貴族。
「悪漢を退治って言ってたけど……」
「退治ではなく、対峙だ。この物騒な世の中、いざという時のために武芸を身に着けることは大事だぞ」
んん? 結局、これって魔法少女じゃなくて、護身術の押し売り……?
「『神通力乙女』育成コースの契約書はこれだ。さぁ、神宮寺ひかりよ。ここにサインと判子を」
そして、取り出したのは書類とボールペン。
はい、わかりました~……って書けるか!
「無理です。っていうか、やっぱりお断りします」
「なんだと!? 『是非ともやらせてください!』と、お主は言っておったではないか!! 口約束とはいえ、代金は支払ってもらうぞ!」
うわぁ。言ってることが、無茶苦茶だ。
やっぱり不審人物じゃないか、この平安コスプレイヤー。
……こうなったら、私にできることは一つ。やるしかない。
私はおもむろにスマホを取り出した。
「……もしもし、消費者ホットラインですか?」
みんなも詐欺には気をつけよう。
終わり。