第9魔:悋気
「これはこれは、どうぞこんなむさ苦しいところにおいでくださりました、聖女様! ボクは西方騎士団第一分隊長の、マーク・ガンギと申します! オイ誰か、お茶をお持ちせんかッ!」
「うふふ、どうかお構いなく」
坊ちゃん隊長が、手のひらが擦り切れるんじゃないかってくらい、高速揉み手で聖女ちゃんに擦り寄っている。
まあ、聖女ちゃんはこの国じゃ王族に継ぐ権力を持ってるからな。
権力しかアイデンティティがない坊ちゃん隊長は、自分より権力が上の人間には、とことん弱いってわけだ。
「お元気そうで何よりですわ、マリィ様」
「――!」
聖女ちゃんはアタシに向かってニッコリと微笑んだ。
ハッ、そうか、目的はアタシかよ。
「ああ、どっかの誰かさんがボンクラな婚約者を寝取ってくれたお陰で、メンドクセー王妃教育から解放されてせいせいしてるぜ」
「うふふ」
「き、貴様ッ!? 無礼だぞ、聖女様に向かって! 部下が大変な失礼をいたしました聖女様! 何分今日から配属になったもので、まだ教育が行き届いておらず……」
「うふふ、どうかお気になさらないでください。私は本当に、気にしてはおりませんわ」
「おお、寛大なお心に感謝いたします!」
何この茶番?
「オイ、間近で見ると、とんでもねー美人だな」
「ああ、それに見ろよあの牛みたいな胸。かぁ~、挟まれて~」
早速第一分隊の男どもが色めき立ってやがる。
フン、男って生き物は、ホントこの手の女に弱いんだな。
「そ、それで聖女様、本日はどういった御用でしょうか?」
「うふふ、過酷な現場で働くみなさまを慰問するのも、聖女の大事な務めの一つです。ささやかながら祈りを捧げさせていただければと思い、馳せ参じた次第でございます」
「なんと!? ああ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
嘘つけ、ただアタシをいびりに来ただけだぞ。
まったく、婚約者を寝取っただけじゃ飽き足らず、追い打ちまでかけてこようとするたぁ、随分イイ性格してる聖女様だぜ。
「オイオイ、美人でスタイルいいうえ慈悲深さまであるとか、聖女様は女神なのでは?」
「ああ、それに見れば見るほど牛みたいな胸してるぜ。くぅ~、挟まれて~」
どんだけ挟まれてーんだよ!?
アタシが【そよ風の抱擁】で挟んでやろうか!?
「姐御、俺は普乳派っすから!」
「っすから!」
ウルセェッ!
聞いてねーよッ!
お前らも纏めて【そよ風の抱擁】で挟むぞコラァッ!
「……あら? あらあらあらあら」
ん?
性女……じゃなかった聖女ちゃんが、お坊ちゃんと目が合った途端、いつもはのほほんとしてる目を見開いて、お坊ちゃんに近寄って来た。
お、おお?
「うふふ、あなた様がかの有名な、【金色の奸雄】様でらっしゃいますね」
聖女ちゃん!?
「はい、僭越ながら、そう呼ばれることも多いです。お初にお目にかかります、聖女様。ルギウス・ハートゴウルと申します。流石、噂に違わぬ美貌をお持ちですね」
「うふふ、お上手ですこと」
ハァッ!?
かーッ!!
やっぱお坊ちゃんもこういう女が好きなのかよッ!
散々アタシにストーカームーブかましておいて、結局最後は乳のデカい女にいくってワケだ!
アタシとしたことが、危うく絆されるとこだったぜ!
もう絶対、お坊ちゃんのことは信用しねーからな!
「ん? どうしたんだいマリィ。そんな険しい顔して」
「うるせぇッ! アタシに話し掛けんな!」
「ああ、もしかしてヤキモチ焼いてくれたの? フフ、可愛いところあるなぁ」
「はああああん!?!? ヤキモチだああああ!?!? 誰がテメェなんかに焼くかよッ!! あんまナメたこと言ってっと、【そよ風の抱擁】で挟むぞゴラァッ!!」
「フフ」
「うふふ、仲がよくて羨ましいですわ。……私のほうこそ、妬けてしまいます」
「――!」
聖女ちゃんはお坊ちゃんの右腕を、そっと左手でさすった。
かーッ!?
やっぱコイツ性女ちゃんだわッ!!
あの牛乳の中には、性欲が詰まってるわッ!!
お前一応今はあのボンクラ王子の婚約者って扱いなんだろ!?
その上でお坊ちゃんにまで粉かけるたぁ、前世はサキュバスか!?
「……聖女様、そういった発言は、周りに誤解を与えてしまいますよ」
お坊ちゃんは性女ちゃんの左手をやんわりと掴んで離した。
おお?
「――! うふふ、これは私としたことが、失礼いたしました」
「いえいえ」
ププププー!
やーいやーい、フラれてやんの!
ねぇねぇ今どんな気持ち?
どんな気持ちなの、ねぇ?
「隊長様」
「は、はい!?」
途端、性女ちゃんが坊ちゃん隊長に声を掛けた。
んん?
「本日の第一分隊の作業予定はどのようになっておられますか?」
は?
なんでそんなこと訊くんだよ?
「は、はい! 昨日起きた魔獣集団暴走障害の発生原因を調査すべく、北西のファイリー山脈に赴く予定でございます!」
ああ、確かに昨日のブラックバーンブルの群れは、そっちの方角から走って来てたもんな。
そこに何かしらの原因がある可能性は高い、か。
「うふふ、では、私もその調査に同行させていただいてもよろしいですか」
「……は?」
何……だと……?
「で、ですが、調査には危険も伴いますし……」
確かになぁ。
大事な大事な王太子殿下の婚約者にもしものことがあったら、坊ちゃん隊長はクビじゃ済まねーもんな。
「決してお邪魔はしないとお約束いたします。聖女として、最前線で戦っておられるみなさまのご活躍を、この目に焼き付けておきたいのです。どうかこの通り、お願い申し上げます」
「わ、わかりました……。聖女様のことは、我が第一分隊が命を懸けてお守りいたします!」
えぇ……、マジで連れて行くのかよ。
性女ちゃんにもしものことがあっても、アタシは助けねーからな。
「オイオイオイ、自分の危険すら顧みず、俺らのことを間近で応援してくださるとか、こんなの推し確定じゃん!」
「ああ、それによく見たら、胸だけじゃなくふとももも極上だぜ。つぅ~、何とかして同時に挟まれて~」
どうやってだよ!?