第8魔:来訪
「ふわぁーあ」
「おはよう、マリィ」
「ゲッ」
眠い目を擦って部屋から出ると、お坊ちゃんが例によってキラキラスマイルを浮かべながら真横に立っていた。
「……待ち伏せしてやがったのか、お前」
「いやいや、誰よりも早く君の顔が見たかったから、待ってただけだよ」
「……それを待ち伏せって言うんだろうがよ」
やっぱコイツ、ストーカーなんじゃ……。
それにしても、キラキラスマイルもさることながら、全身を包んでる金色の鎧も、朝日に反射してメッチャ眩しい。
「なあ、その鎧暑苦しくねーの? それにスゲー重そうだし。そこまでして金持ちアピールしたいわけ?」
そんな純金で出来た鎧、ちょっとした邸宅が買えるくらいの値段するだろ。
「いや、温度調節と重量軽減の魔術が付与された特別性だから、着心地は抜群さ」
「へえ」
そりゃ益々高そうだ。
「それに、別に俺はこれを金持ちアピールのために着てるわけじゃないよ。これにはちゃんとした用途があるんだ」
「用途?」
とは?
「まあそれは追い追い話すよ。ところでお腹は空いてないかい? サンドイッチ作ってみたんだけど、よかったらどうぞ」
「……!」
お坊ちゃんは分厚い食パンで作られたサンドイッチを差し出してきた。
それを見た途端、アタシの腹がギュルリと音を立てた。
クッ……!
「フフ、どうやらお腹は空いてるみたいだね」
「フン、こっちは温室育ちのお坊ちゃんと違って、寝てる間も鍛錬は欠かしてねーからな。しょうがねーから特別に食ってやるよ」
「どうぞどうぞ」
ニヤニヤしてるお坊ちゃんからサンドイッチを分捕ってかぶりつく。
すると――。
「――!!」
う、美味い――!
しかもこれ、アタシの好きなたまごサンドじゃねーか!
濃厚でクリーミーなたまごの具を噛めば噛むほど旨みが口いっぱいに広がり、身体中の細胞がもっともっととたまごサンドを求めている。
しかも食パンもまたフワフワで、これが実にたまごの具とよく合う!
気が付くと、たまごサンドは綺麗さっぱりなくなっていた。
「フフ、どう、お口には合ったかな?」
「…………。ま、まあ、悪くはなかったぜ」
「そっか、そう言ってもらえると作った甲斐があったよ。食パンも俺の手作りなんだ」
「マジかよ!?」
オイオイ、料理スキルまで持ってるとは、いくらなんでも属性盛りすぎじゃねーか?
師匠がたくさん持ってたロマンス小説に、よくこういうキャラいたなぁ。
「さあ、腹ごしらえが終わったところで、そろそろ修練場に行こうか。今日から君は俺と同じ、第一分隊所属となる。昨日は第一分隊長は有休でいらっしゃらなかったから、君も挨拶しないとね」
「えー、またかよー」
はー、社畜ってマジメンドクセー。
アタシはお坊ちゃんと一緒に、渋々修練場に向かった。
「姐御、おはようございますッ!」
「ございますッ!」
「ゲッ」
修練場に着くなり、ジャイアスとスネイルに深く頭を下げられた。
「……その姐御ってのはやめろよ。アンタらのほうが年上なんだからさ」
「いえ、そういうわけにはいきませんよ! 俺たちは姐御の舎弟なんですから!」
「なんですから!」
「……」
全然話通じねーなコイツら。
「まあまあいいじゃないかマリィ。先輩方お二人の達てのお願いなんだ、舎弟にして差し上げるのが、先輩孝行というものだよ」
「さっすが~、ルギウス様は話がわかる!」
「わかる!」
「……」
理屈が滅茶苦茶だぞお坊ちゃん。
「あーもう、わーったよメンドクセー。姐御でも何でも、好きに呼べよ」
「ハイ、一生ついていきます、姐御!」
「いきます、姐御!」
さっきからスネイル、ジャイアスの言葉尻復唱してるだけじゃね?
「姐御も俺たちと同じ第一分隊所属なんて、これはもう運命ですよ!」
「ですよ!」
「フフ、これは賑やかな職場になりそうだね」
賑やかってよりは、ただやかましいだけな気もするがな。
まあ、確かに退屈はしなそうだけどよ。
「ええい、うるさいぞ貴様ら! 仕事中なんだ、私語は慎まんか!」
「――!」
その時だった。
肉団子みたいな体型の脂ギッシュな若い男が、修練場にズカズカと入って来た。
年はお坊ちゃんと同じくらいだが、同じ男でこうも容姿に差があるもんかね。
だが、この体型に、この顔……。
「彼が第一分隊長の、マーク隊長だ。ピーター団長の一人息子でもある」
「……ふうん」
お坊ちゃんがこそっと耳打ちしてくる。
なるほど、こいつもこいつでお坊ちゃんってことか。
「隊長、彼女が昨日からうちに入団した、マリィ・スカーレイトです」
お坊ちゃんがいつもの胡散臭い笑顔で、アタシを坊ちゃん隊長に紹介する。
「どーも、マリィでーす。よろしくお願いしまーす」
適当に頭を下げる。
「フン、パパから聞いているぞ! ちょっとくらい魔力が高いからといって、あまり図に乗るなよ! 隊長はこのボクだ! 第一分隊では、あくまでボクの指示に従ってもらうからな! 肝に銘じておけよ!」
「……」
会って数秒でここまで好感度下げられるって、ある意味才能だな。
これも血筋か。
「ケッ、親の七光りで隊長になっただけのクセに、チョーシコキやがって」
「やがって」
「オイそこの貴様ッ! 今何か言ったか!?」
「何でもありませーん」
「ませーん」
あーあー、ジャイアスとスネイルにもばちこり嫌われてんな。
まあ、さもありなんといったところだが。
「隊長、本日の作業予定はどうなっておりますでしょうか?」
お坊ちゃんが坊ちゃん隊長に、慇懃に尋ねる。
お坊ちゃん度合いでいったらお坊ちゃんのほうが上だろうに、ちゃんと隊長を立ててやってるあたり、格の違いを感じるな。
「フン、それを今から言うところだったんだよ! 黙って待っていろ! いいか、近衛騎士団長の息子だからといって、あまり図に乗るなよ! ここでの階級はあくまでボクのほうが上だ! ボクの言うことは絶対! 肝に銘じておけよ!」
「フッ、これは失礼いたしました」
うわぁ、ロングホーンバニーのケツの穴並みに器ちっちゃいなコイツ。
多分親の七光りでイキッてたところに、より格上のお坊ちゃんが入って来たから、コンプレックスを感じてるんだろうな。
「うふふ、みなさまどうもごきげんよう」
「「「――!!」」」
その時だった。
この場では絶対聞こえるはずのない声が、アタシの鼓膜を揺らした。
こ、この声は――!?
「こ、ここここここれは、聖女様ッ!?」
坊ちゃん隊長が、途端に低姿勢になった。
そこにはつい先日アタシから婚約者を奪った、聖女ちゃんが蠱惑的な笑みを浮かべながら立っていた。