第6魔:無限
「……う……うぅ……」
気が付くとアタシは、見覚えのない森の中に倒れていた。
すぐ横には、小さくてボロい掘っ立て小屋がちょこんと建っている。
「と、父さん……、母さん……。う……うわああああああああん」
先ほどの悪夢のような光景を思い出し、アタシはワンワンと泣いた。
すると――。
「えぇい、うるさいねえ。こんな森の奥で迷子にでもなったのかい?」
「――!」
黒のワンピースに身を包んだ総白髪のばあさんが、小屋からひょっこり出て来た。
「――! その顔、もしかしてお前さん、マアルの娘かい?」
「え?」
マアルは母さんの名前だ。
「か、母さんを知ってるの?」
「ああ、アタシはマアルの魔術の師匠さ」
「そうなの!?」
アタシは母さんが、「師匠のところにあなたを送る」と言っていたのを思い出した。
「……マアルが【彼方からの手紙】でお前さんをアタシのところに送ったってことは、マアルの身に何かあったんだね?」
ばあさんはアタシの前にしゃがみ、目線を合わせながら訊いてきた。
「う、うん……」
アタシは泣きじゃくりながら、さっき起こった悪夢のような出来事を説明した。
「……なるほどね、【酷屍夢想】と遭遇しちまったのか。それはいくらマアルでも、相手が悪かったね」
ばあさんは眉間に皺を寄せながら、天を仰いだ。
「う、うぅ……、私イヤだよぉ……。父さんと母さんを返してよぉ……」
説明を終えたらまた悲しみが込み上げてきて、アタシはボロボロと大粒の涙を流した。
「お前さん、マリィといったね。――マリィ、いいかい、よくお聞き」
「ふえ?」
ばあさんはアタシの両肩に手を置き、ジッと目を見つめながら言った。
「泣いてたって何も解決しやしないよ。悔しかったら戦うしかないんだ」
「――!」
「だがそれには勇気が要る。相応のリスクも負わなきゃいけない。……だからアタシは、お前さんにそれを強要したりはしないよ。このまま泣き寝入りするのも、それはそれで一つの生き方だろう」
「……」
「でもお前さんが両親の仇を討ちたいっていうなら、アタシは全力でアンタのことを応援するよ。――どうするんだい、マリィ?」
「わ、私、は……」
去り際に目に入った、父さんと母さんの愛に溢れた顔がフラッシュバックした。
「仇を……討ちたい! いつか私の力でアイツを倒して、父さんと母さんに仇は討ったよって言いたいッ!」
「――フッ、よく言った。じゃあ今日からアタシのことは師匠とお呼び。血反吐を吐くくらい、ビシバシ鍛えてあげるからね」
「ハイ、師匠!」
こうしてこの日からアタシは、このばあさんに弟子入りすることになったのだった。
これも後から知ったことだが、師匠は今でこそ一線を退いたものの、かつては【無限の魔女】と呼ばれた伝説の魔術師だったらしい。
師匠の修行は地獄と形容することすら生温い過酷なものだったが、その甲斐もあって、アタシはメキメキと実力を伸ばしていった。
「あれ? 師匠、いねーの?」
時は流れ、アタシの15歳の誕生日。
朝起きると、いつもはリビングで紅茶を飲んでるはずの師匠の姿がどこにも見えなかった。
「どこ行っちまったんだよ。……ん?」
テーブルの上に、汚い字で置手紙があるのを見付けた。
そこにはこう書かれていた。
『マリィへ
15歳の誕生日おめでとう。
今までアタシの過酷な修行によく耐えてきたね。
もうアタシからお前さんに教えることは何もない。
アタシは暫く旅に出ようと思う。
これからは、お前さんの好きなように生きな。
お前さんの人生に、幸多からんことを、祈ってるよ。
P.S.ささやかながらアタシからの誕生日プレゼントを、椅子の上に置いておいたよ。』
「師匠……」
複雑な感情を嚙みしめながら椅子の上を見ると、そこにはラッピングされた小包が置いてあった。
それを解くと、中には――。
「うわぁ」
師匠がいつも着ていたのと同じ、黒のワンピースが出てきた。
「……ハハッ、ダッセェデザイン」
アタシはそのワンピースを、ギュッと抱きしめた。
それからアタシは人里に下りて、一人王都を目指した。
途中で護衛の仕事なんかをしながら日銭を稼ぎ、立ちはだかる魔獣は師匠直伝の魔術でことごとく瞬殺した。
王都に着く頃には、アタシの噂は王都中に広まっていた。
その強さをバルグのオッサンに買われ、アタシは近衛騎士団にスカウトされた。
そしてそこでの数々の功績を国王のオッサンに認められ、是非ボンクラ王子の婚約者にと懇願されたってワケだ。
国王のオッサンは、アタシの強大な魔力をどうしても王家の血に入れたかったんだろう。
アタシとしても、【酷屍夢想】の野郎を探し出してこの手で殺すという目的のためには、未来の国王の妻ってポジションは都合がよかったから、ウィンウィンだった。
――が、
「マリィ・スカーレイト、ただ今をもって、貴様との婚約を破棄する!」
「――!」
唯一の誤算は、ボンクラ王子が思ってた以上にボンクラだったことだ。
まあいい。
あのままメンドクセー王妃教育に時間を費やすくらいなら、西方騎士団にいたほうが【酷屍夢想】と遭遇する確率は高そうだ。
精々この状況を利用させてもらうとするぜ――。
「んん……。ふわぁ……」
割れた窓から差し込む光で目を覚ます。
あー、よく寝た。
今日もなかなか良質な悪夢だったぜ。
むしろ最近は、ボンクラ王子に婚約破棄されたシーンも悪夢に加わったんで、ストレス値が上がって前より修行効率が良くなった気さえする。
婚約破棄もされてみるもんだな。