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第3魔:鉄拳

「団長、新人のマリィ・スカーレイトをお連れしました」

「おお、入りたまえ」


 本部の奥にある妙に仰々しい扉をお坊ちゃんがノックすると、中からねっとりした癇に障る声が聞こえてきた。

 この時点でアタシは、嫌な予感がプンプンしていた。


「失礼します」

「しつれーしまーす」


 お坊ちゃんの後に続いて、アタシも団長室に入る。

 するとそこには、肉団子みたいな体型の脂ギッシュなオッサンが、椅子にパンパンに身体を(うず)めて座っていた。

 まるで腸詰めみたいだ。

 明らかに椅子のサイズ合ってないだろこれ……。

 それとも買った当初は合ってたけど、段々肥えていった結果腸詰めに(こう)なったのか?


「ワシが西方騎士団長のピーター・ガンギだ」


 腸詰め団長ことピーター・ガンギが、椅子からスポンと抜け出しアタシの前に立つ。

 肌はギトギトしてるし加齢臭はパないしで、不快感がエグい。


「……どーも、マリィ・スカーレイトっす」


 こんなやつがこれから上司になるかと思うと、いくら目的を果たすためとはいえ、ウンザリしてくる。

 近衛騎士団は、少なくとも団長(バルグのオッサン)はまともだったから、まだマシだったんだな。


「ほうほう、【断滅の魔女】なんて厳つい二つ名を持っとるから、どんな醜女が来るかと思っとったら、なかなかどうして、器量は悪くないではないか、んん」

「……」


 腸詰め団長は馴れ馴れしく、アタシの肩をポンポン叩いてきた。

 オイ、その手汗がビッチリついた手で、アタシに触んじゃねーよ。


「……団長、予定通り、これからマリィの入団式でよろしいですよね? ご準備願えますか?」

「ん? おお、そうだな」

「?」


 おや、お坊ちゃんが珍しく険しい顔してんな?

 お坊ちゃんは腸詰め団長が嫌いなのかな?


「入団式は修練場で開かれる。俺たちは先に行っていよう。案内するよ、マリィ」

「あーい」


 ハァ、メンドクセェなー。

 アタシは溜め息交じりに、お坊ちゃんと一緒に団長室を出た。




「オイ、あれがあの【断滅の魔女】か?」

「ケッ、とてもそんな強そーには見えねえけどなぁ。大方噂が独り歩きしてんだろ」


 アタシとお坊ちゃんが修練場に入ると、いかにも女にモテなさそーな、無数のムサい男たちがクサい汗を流していた。

 うんうん、これぞ【野犬の墓場(レザボアドッグス)】って感じだぜ。

 なんなら先輩方も、アタシの【そよ風の抱擁(フェアリーキッス)】喰らってみますか?


「「あっ!」」


 おっ。

 ついさっきその【そよ風の抱擁(フェアリーキッス)】を喰らったゴリラ男(ジャイアスだっけ?)と、その舎弟のチビ男(確かスネイル)も修練場に入って来て、アタシと目が合うなり、露骨に怯えた表情になった。

 ゴリラ男は全身に包帯をグルグル巻きにしているものの、普通に歩けてはいる。

 へえ、どうやらその筋肉は伊達じゃないようだな。


「さっきはどーもー」

「「……くっ」」


 二人に愛想よく手を振ると、気まずそうに目を逸らされた。

 おいおい、仲良くしよーぜ?


「あー、みんな集まっているようだな」


 と、そこへ、腸詰め団長がプルンプルン贅肉を揺らしながら入って来た。

 火炎魔術をブツけたら、よく燃えそーだなー。


「マリィくん、こっちに来たまえ」

「へいへーい」


 腸詰め団長に手招きされ、みんなの前に立たされる。

 皆一様に、アタシに訝しげな目線を向けている。


「ん?」


 何故かお坊ちゃんもアタシのすぐ横に立った。


「なんでお前も来んの?」

「まあまあ、俺は君の保護者だからさ」

「は?」


 いつから保護者になったんだよ?

 そういう後方保護者面、キモいからやめてくんない?


「あー、諸君、彼女が朝会で話した、【断滅の魔女】こと、マリィ・スカーレイトくんだ」


 腸詰め団長はまたしても、アタシの肩をポンポン叩いてきた。

 だからその汚ねぇ手で触んなっつってんだろーが!


「団長、マリィからもみんなに挨拶してもらったほうがいいのでは?」


 お坊ちゃんが圧のある笑顔で、腸詰め団長に詰め寄る。

 マジでお坊ちゃんは、腸詰め団長が嫌いみたいだな。


「お、おお、そうだな。さあ、挨拶なさい」

「へーい」


 つってもなぁ、別にこれといって話すこともねーけど。


「えー、只今ご紹介に与りました、マリィ・スカーレイトっす。ここには力自慢が集まってるみたいですけど、今んとこのぶっちゃけた感想としては、全員大したことなさそーだなってのが正直なとこっすね」

「「「っ!!?」」」


 途端、団員たちから一斉に怒気が発せられた。


「ハァッ!? 女のクセにイキがってんじゃねーぞ、オォ!?」

「なんならここでわからせてやろーか、アァ!?」


 おーおー、沸いてる沸いてる。

 いいねぇ、そういう気概は嫌いじゃねーぜ。

 ただ、女だからって理由だけでナメてるのはいただけねーな。

 世の中にはバケモノみたいに強い女だって、いくらでもいるんだぜ?

 そんな中、ゴリラ男とチビ男だけは、「お、おい、やめとけよお前ら」と周りを宥めている。

 うんうん、お前らはさっきキッチリとわからせたもんな。


「アッハッハ! いいね! やっぱ面白いよ、君!」

「……」


 が、お坊ちゃんにだけは何故かオオウケだ。

 いや、別に、アタシはウケ狙いで言ったワケじゃねーんだけど?


「クッ、まあ、元気なのはいいことだが、せっかくこんないい身体を持ってるんだ。もっとおしとやかに生きたらどうかね? んん」

「――!!」


 その時だった。

 腸詰め団長がアタシの尻をむんずと掴んできた。

 コイツ――!!

 流石に団長(コイツ)をブッ飛ばしたら西方騎士団(ここ)をクビになりそーだが、んなこた知ったこっちゃねえ。

 そんなに喰らいたいなら喰らわせてやるよ、アタシの【そよ風の抱擁(フェアリーキッス)】をな!

 アタシは腸詰め団長の胸の辺りに、右の手のひらをかざす。


「ん?」

「そよ風のように抱きしめて――」

「ぶべらッ!?!?」

「「「っ!?!?」」」


 なっ!?

 が、アタシが【そよ風の抱擁(フェアリーキッス)】を喰らわせる前に、腸詰め団長は何者かに顔面をブン殴られふっ飛んでいった。


「団長、流石に今のは見過ごせませんよ」


 それは他でもない、お坊ちゃんだった。


「な、なんで」

「言っただろ? 俺は君の保護者だって」

「……」


 だからって……。

 いくらお前でも、団長を殴るのはマズいんじゃねーの?


「き、貴様ァ! 近衛騎士団長の息子だからといって調子に乗りおってぇ! こんなことをして、タダで済むと思っておるのかァ!」


 腸詰め団長は鼻血をダラダラ流しながら激高している。

 ホラ、メッチャ怒ってんじゃん?

 今さっきまで頭に血が上ってたアタシだけど、こうなると逆に冷静になってくるな。


「もちろん俺はどんな処罰でも受けます。――その代わり、あなたが今まで女性団員に行ってきた、数々のセクハラ行為も謝罪していただきますよ」

「……なっ」


 数々のセクハラ行為!?

 コイツ、こんなことしょっちゅうやってたのか!?

 でも、見たとこ、アタシ以外に女性団員はいねーみてーだけど?


「……過去にいた女性団員は、全員退団しているそうだよ。俺がここに来る前の話だけどね」

「へぇ」

「……くっ!」


 アタシの疑問を顔色から感じ取ったのか、お坊ちゃんがそう説明した。

 お坊ちゃんもここに来てまだ日も浅いって言ってたのに、もうそんな過去のスキャンダルまで調べたのか。

 いや、お坊ちゃんのことだ、大方の当たりを付けてカマをかけた可能性もあるな。


「た、大変ですッ!!」

「「「――!!」」」


 その時だった。

 一人の団員が、血相を変えて駆け込んで来た。


「何だ!? 今大事な話をしている最中だ! 後にせんかッ!」

「ス、魔獣集団暴走障害(スタンピード)ですッ!!」

「「「っ!?!?」」」


 ……ほぉ、魔獣集団暴走障害(スタンピード)か。

 流石殉職率一位の【野犬の墓場(レザボアドッグス)】。

 そういうイベントも、日常茶飯事ってワケね。


「マリィ、早速君の力をみんなに見せるチャンスがきたみたいだよ」

「ケッ、んなこと言って、アタシに面倒事を押し付けたいだけだろ」

「フッ、どうだろうね」


 まったく、本当に食えないお坊ちゃんだぜ。

 ……でもまあ、一応さっきアタシの代わりにセクハラ団長を殴ってもらった貸しもあるしな。

 その分くらいは、働いてやるとするか。



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