第22魔:決着
「ウェッフェッフェッ、今度は躱せるかぁい?」
色ボケババァはまたしても六本の腕で、【堕落への黒い誘惑】を無差別に放ってきやがった。
「楽勝だよこんくらいはなぁッ!」
アタシはそれらを、どれも紙一重で避ける。
へっ、伊達に師匠に鍛えられちゃいねえ!
こんくらいの障害、師匠の地獄の修行に比べたら屁でもねーよ!
「マリィ、まずはあの額に生えてる本体に、【そよ風の抱擁】を撃ってくれ!」
「あいよぉ!」
アタシは右の手のひらを、【惰輾屍】の額の位置にいる色ボケババァに向けてかざす。
「そよ風のように抱きしめて
――風刃魔術【そよ風の抱擁】」
【そよ風の抱擁】の風を一点に集約し、鋭い槍のような形状にしてから一気に放つ。
その風の槍は色ボケババァのいる場所に直撃し、【惰輾屍】の額には大きな風穴が開いた。
うん、やっぱ魔術の威力も速度も上がってるな。
「ウェッフェッフェッ、なかなかやるねぇ」
「――!」
が、色ボケババァの上半身が、今度は【惰輾屍】の左の腰の辺りから生えてきた。
さっきまで色ボケババァがいた位置も、あっという間に歩屍が生えてきて元通りに。
チッ、流石にそんな簡単には断滅れねぇか。
「ウェッフェッフェッ、ワタシは【惰輾屍】の中を、自在に移動できるのさぁ。アンタにワタシを断滅ることは不可能だよぉ」
「へっ、果たしてそうかな?」
【番神が描く天弓】だったら、おそらく【惰輾屍】ごと纏めて断滅れる。
魔族の力で魔力も回復してるし、【番神が描く天弓】の威力も上がってるだろうから、いくらコイツでも一溜まりもないだろう。
……だが問題は、【番神が描く天弓】は詠唱の隙がデカくて、こう【堕落への黒い誘惑】を避けながらだと撃つ暇がねーってことだ。
「マリィ、またあの左の腰に生えてる本体に、【そよ風の抱擁】を撃ってくれ!」
「っ!」
ルギウス!?
それは無駄だって、さっきわかっただろ。
「俺を信じてくれ、マリィ」
「――!」
へっ、わーったよ。
どーせ【金色の奸雄】が、いつも通り何か企んでんだろ?
――だったらアタシにできることは、その奸計を全力で実行することだけだ!
アタシは右の手のひらを、【惰輾屍】の左の腰にいる色ボケババァに向けてかざす。
「そよ風のように抱きしめて
――風刃魔術【そよ風の抱擁】」
【そよ風の抱擁】の風を一点に集約し、鋭い槍のような形状にしてから一気に放つ。
その風の槍は色ボケババァのいる場所に直撃し、【惰輾屍】の左の腰には大きな風穴が開いた。
「ウェッフェッフェッ、無駄無駄無駄ぁ」
今度は右肩から色ボケババァの上半身が生えてきた。
左の腰はまた歩屍が生えてきて元通りに。
フム。
「さてと、次はどうすんだ、【金色の奸雄】?」
まあ、今は【半裸の奸雄】だけど。
「ああ、次はね――」
「――!」
ルギウスはこそっと、アタシにあることを耳打ちしてきた。
いや、急に耳元で囁くんじゃねえよッ!?
ドキドキするだろうがッ!
だが、ルギウスの言ってきたことにどんな意味があるのかは、アタシには見当もつかねぇ。
まあ、もちろん言う通りにはするけどよ。
アタシは右の手のひらを、【惰輾屍】の左の腰に向けてかざす。
「そよ風のように抱きしめて
――風刃魔術【そよ風の抱擁】」
【そよ風の抱擁】の風を一点に集約し、鋭い槍のような形状にしてから一気に放つ。
その風の槍はさっきまで色ボケババァがいた左の腰に直撃し、大きな風穴を開けた。
「な、なにィ!?!?」
ん!?
色ボケババァが露骨に狼狽えてやがるぞ?
「マリィ、あそこを見てくれ!」
「は? ――あっ!」
風穴が開いたところに目を向けると、そこからとある二人の歩屍が放出され、地面に落下した。
――それは師匠と聖女メルアの歩屍だった。
そういうことかよ!
「な、何故ぇ……! 何故そこに二人がいることがわかったぁ!?」
「簡単な推測だよ【酷屍夢想】。【惰輾屍】の動力源であるあのお二人は、本体であるお前の次に大事なもの。だからこそ、用意周到なお前のことだ、お二人は常に、マリィから最も狙われづらいところに隠していると踏んだんだ。例えばついさっき攻撃されたばかりの場所とかね」
「そ、そんなぁ……!」
はー、なるほどなぁ。
やっぱルギウスが一番怖ぇわ。
ひょっとしたらこの世で最強なのは、一番頭がいいやつなのかもな。
「あ……! ああ……! ああああ……!!」
動力源を失って【惰輾屍】の形状が維持できなくなったのか、【惰輾屍】からボロボロと歩屍が零れ落ちていく。
「マ、マリィ……」
「【断滅の魔女】様……」
「――!」
師匠と聖女メルアがアタシを呼ぶ。
「マリィ、最後に二人と話そう」
「……ああ」
アタシは二人の前に下り立ち、ルギウスも隣に下ろした。
「ふふふ、本当に、強くなったねぇ、マリィ」
「……師匠」
横たわったままの師匠が、長年見慣れた優しい笑みをアタシに向ける――。
この瞬間、師匠と過ごした7年間の日々が頭を駆け巡り、目頭が熱くなった。
……くっ!
「【断滅の魔女】様、ありがとうございました。これでやっと、彼の待つところに行けます」
「メルア……」
メルアの慈愛に満ち溢れた顔は、まさしく聖女そのものだった。
メルアもメルアで、120年も苦しんだんだ……。
その辛さはアタシには想像もつかないが、もしもアタシがメルアの立場だったらと思うと、胸がギュッと詰まった。
「……さようなら、マリィ。いつまでも彼氏と仲良くね――」
「……さようなら、【断滅の魔女】様。お二人の未来に幸多からんことを、天から祈っております」
――最後に二人は安らかな顔でアタシに微笑むと、全身がサラサラと砂のように崩れ去り、風に吹かれて飛んで行った。
師匠……、メルア……。
「大丈夫かい、マリィ?」
ルギウスがアタシの頬を伝う涙を、指で拭ってくれた。
おっといけねぇ。
一流の役者は舞台の幕が下りるまでは、決して涙は見せねーもんだって言ってたのにな。
「いよいよ本当のフィナーレだよ。俺に見せてくれるかい、君の最高の演技を」
――へへっ。
「ああ、任せろよ!」
アタシは再度ルギウスを左腕だけで横抱きにし、崩壊していく【惰輾屍】の遥か上空まで飛び上がった。
「紫衣を纏いて紫煙をくゆらせ
伽藍に響く出藍の誉れ」
アタシが右手を天高く掲げると、その上空に虹色に輝く火球が生成され、それはどんどんと膨張していく。
――だが、その質量は以前までとは比較にならねえ。
さながら太陽が地に落ちてきたかのようだった。
うへぇ、自分で作っといてなんだけど、絶対喰らう側にはなりたくーねーな、これ。
「ま、待ってくれぇッ!! ワタシが悪かったぁッ!! もう二度と、こんなことはしないと神に誓うぅッ!! だからどうか、命だけはぁッッ!!!」
オイオイオイ、命乞いの台詞まで、影武者のを使い回しかよ。
やっぱお前、役者の才能ねーわ。
その代わり、芸人には向いてるかもよ?
「青天を真似て群青を塗り
緑陰の下で新緑を愛でる
黄泉で惑わす黄昏の君
香橙を浮かべ橙皮で癒す
赤口が堕とすは赤日の絶望
――深淵魔術【番神が描く天弓】」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
【番神が描く天弓】を【惰輾屍】にブツけると、天まで届かんとするほどの虹色の巨大な火柱が上がった。
火柱が収まると、そこには塵一つ残ってはいなかった――。
――あばよ、【酷屍夢想】。
精々地獄で、永久にその罪を贖うんだな。
「ブラボー! 見事なクライマックスだったよマリィ。さあ、後はカーテンコールを残すのみだね」
「ああ、そうだなルギウス」
こんな茶番劇に付き合ってくれた観客のみんなには、精一杯の謝辞を述べねーとな。




