第2魔:洗礼
「ここか」
その数日後。
アタシは新しい職場である、西方騎士団――通称【野犬の墓場】の本部を訪れていた。
所謂エリートの集まりで、いかにも金が掛かってそうな近衛騎士団の本部と違って、窓は割れてるし塗装もところどころ剝げてボロボロになっている。
典型的な左遷先って感じだな。
ボンクラ王子の底意地の悪さが垣間見えるってもんだ。
まあ、アタシにとっちゃ渡りに船だけどな。
「こんちはー」
行儀良く挨拶して門をくぐる。
アタシも一応16歳の大人だからな。
今日からここで世話になる新人として、最低限のマナーは守るぜ。
――が、
「オイオイオイ、なんでここに女なんかがいんだぁ? しかも動きづらそうな、ワンピースなんか着てよぉ」
「ケケケ、ここは男の職場だぜ。女は大人しく家で、女の仕事でもしてろよ」
「……」
ゴリラみたいな体格の男と、ノコギリみたいな髪型のチビ男に早速絡まれた。
うーん、これと似たようなこと、近衛騎士団に入った時もあったなぁ。
まあ、近衛騎士団はここと違ってエリート集団だったから、もっと陰湿な感じだったけど。
「あー、これはこれは先輩、どーもどーも。今日からここでお世話になる、マリィ・スカーレイトっていいます。先輩たちには話いってないっすかね?」
「ああ? 今日からだとぉ? あー、そういえば、朝会でそんなこと言ってたような?」
「あっ、アニキ、あれですよ! 【断滅の魔女】とかいう、いかにも名前負けしてそうな二つ名を持ってる女魔術師!」
「……!」
ふうん。
「ああ、それだそれだ! ギャッハッハ! 何だよ【断滅の魔女】って! こんなヒョロいただの女に、そこまでの力があるわけねーじゃねーか! そもそも女ってのは、力じゃ絶対男にゃ勝てねーよーになってるんだからよ!」
「その通りですよアニキ!」
「……へえ、じゃあ試してみますか、先輩」
「アン?」
アタシはゴリラ男の胸の辺りに、右の手のひらをかざす。
「そよ風のように抱きしめて
――風刃魔術【そよ風の抱擁】」
「ほげはああああああッッ!?!?」
「ア、アニキいいいいいいッッ!?!?」
手のひらから放った風で、ゴリラ男は5メートルくらい吹き飛び壁にめり込んだ。
オイオイ、女は絶対男にゃ勝てねーんじゃなかったのかよ。
「ま、まさか今のは……最上級風刃魔術【死神の鎌が生者を諭す】!」
チビ男が顔面蒼白になりながらそう呟く。
へえ、意外と博識じゃないかお前。
だが残念だったな。
呪文をちゃんと聞いてなかったのか?
「今のは【死神の鎌が生者を諭す】じゃない……【そよ風の抱擁】さ」
「なぁ!? そ、そんなバカな!? 初級魔術の【そよ風の抱擁】が、あんな威力なわけねーだろ!?」
フン、アタシくらいになったら、【そよ風の抱擁】でもあれくらいの威力は出て当然だっつーの。
「じゃあ、試しに先輩もアタシの【そよ風の抱擁】喰らってみますか?」
「ヒイイイイ!?!?」
右の手のひらをかざすと、チビ男はだらしなく鼻水を垂れ流しながら、その場に尻餅をついた。
この光景、つい最近も見たな。
「ブラボー!」
「「――!」」
その時だった。
後方からパチパチと手を叩く音と共に、若い男の声が響いてきた。
振り返るとそこには、全身を金色の鎧で包んだ、細身で金髪の優男が一人。
だがその顔には既視感があった。
バルグのオッサンにそっくりだったからだ。
「……まさかアンタが、【金色の奸雄】か?」
「フッ、これはこれは、こんな美しいお嬢さんに知っていただいてたなんて、光栄だね」
優男はキザったらしくウィンクを投げてきた。
うへえ。
バルグのオッサンの息子だっていうからどんなゴツい男かと思ってたら、まさかこんなチャラそうなやつだったとは。
見たとこ歳はアタシの少し上くらいか?
「俺はルギウス・ハートゴウル。俺も先月西方騎士団に入団したばかりなんだ。同じ新人として、これからよろしく頼むよ、マリィ・スカーレイト」
ルギウスはキラキラした笑顔で右手を差し出してきた。
フン、優男のイケメンでいいとこのお坊ちゃんとか、ロマンス小説のヒーロー役みたいな男だなコイツ。
正直アタシのタイプじゃねーけど。
「ハッ、まあ仕方ねーからよろしくしてやるよ。その代わり、アタシの足引っ張んじゃねーぞ、お坊ちゃん」
「フフ、善処するよ」
アタシはお坊ちゃんの手を握り返した。
「さて、スネイル先輩」
「は、はい!?」
お坊ちゃんは尻餅をついてるチビ男の目の前にしゃがみ、目線を合わせた。
へえ、チビ男の名前はスネイルっていうのか。
スネイルのほうが先輩なのに、スネイルはお坊ちゃんに対して露骨に畏まった態度を取っている。
まあ、お坊ちゃんは騎士団の最高権力者である、バルグのオッサンの息子だからな。
そりゃそんな感じにもなるか。
「よかったらこれ、先輩に差し上げます」
「え?」
ん?
お坊ちゃんは懐から、透明な瓶に入った緑色の液体を取り出し、それをスネイルに手渡した。
何だ、あれ?
「こ、これは……!」
「はい、腰痛によく効く、ナデオシ薬です。先輩のお母さん、最近腰痛が酷いから何とかしてあげたいって、前に仰ってましたよね。俺のお袋の実家がナデオシ薬の産地なんで、送ってもらったんです」
「そ、そんな!? わざわざ俺なんかのために!?」
えぇ、マジかよコイツ。
「あ、ありがとうございますルギウス様! これで母ちゃんに親孝行できます! この御恩は、一生忘れません!」
スネイルは神様でも目にしたみたいにキラッキラ瞳を輝かせて、何度も頭を下げる。
「いえいえ、大したことじゃありませんから、お礼には及びませんよ。それ、打ち身にも効くんで、後でジャイアス先輩にも飲ませてあげてください」
お坊ちゃんは壁にめり込んでるゴリラ男のことを一瞥する。
ゴリラ男はジャイアスっていうのね。
スネイルといいジャイアスといい、妙に既視感のある名前な気がするのは何故だろう?
「わかりました! じゃあ、俺はアニキを医務室に運んできますので、これで失礼します!」
「ええ、どうぞお大事に」
スネイルはお坊ちゃんにペコリと一つお辞儀すると、気絶してるジャイアスを壁から引き抜き、その巨体を引きずりながら、本部の中へ消えて行った。
「……いつもあんなことしてんのか、お前?」
「ん? スネイル先輩にナデオシ薬をあげたことかい? まあ、たまにだけどね。一応俺もゆくゆくは親父の後を継いで近衛騎士団長になる予定だからね。今のうちに、足場を固めておくに越したことはないのさ」
お坊ちゃんは食えない笑顔で、サラッとそう言った。
「……ふーん。【金色の奸雄】の二つ名の由来がよーくわかったぜ。奸雄って、『ズルいやつ』って意味だろ? まさにお前にピッタリの二つ名だよ」
こんな爽やかな笑顔の裏で、どんなえげつないこと考えてるかわかったもんじゃない。
何があろうと、コイツにだけは心を許さないようにしねーとな。
「フフ、褒め言葉と受け取っておくよ。さあ、団長室に案内するよ。まずは団長に挨拶をして、その後君の入団式が開かれることになってるんだ」
「ハッ、別にアタシはわざわざ入団式なんか開いてもらわなくてもいーんだけどなー」
どーせここの連中とは、仲良くする気なんかねーし。
「まあまあそう言わずに。こっちだよ」
「……」
マイペースに歩き出したお坊ちゃんに、アタシは渋々ついて行った。
「ところでその黒のワンピース、とても似合ってるね。いかにも【断滅の魔女】って感じだよ」
「――!」
サラッとそんなことを言うお坊ちゃん。
……ケッ、大方いつもこうやって、女を口説いてるんだろーな。
アタシは安い女じゃねーから、その程度の世辞じゃ絆されねーからな。