第17魔:本物
「――う、うわっと!?」
アタシの足から急に力が抜けて、後ろに倒れそうになった。
くっ! 【番神が描く天弓】を撃った後は、いつもこうなっちまう――。
「おっと」
「――!!」
が、そんなアタシを、ルギウスが後ろからふわりと支えてくれた。
「……あ、ありがとよ」
「フフ、どういたしまして。愛する女性を支えるのは、男として当然のことだよ」
「あ、あいっ!?」
そういう恥ずかしい台詞、サラッと言うんじゃねーよッ!
「……ところで、さっきの返事をちゃんと聞かせてもらってもいいかな?」
「っ!」
ルギウスは後ろからアタシの両肩を抱きながら、耳元でボソッと囁いた。
うおおおおおおい!!!
耳元でそんな甘い声を出すんじゃねえええええ!!!!
「俺と共に、人生を歩んでくれるかい、マリィ?」
「――!」
鼻と鼻が付きそうなくらいの超至近距離で、目を見つめられる。
ああクソッ。
アタシはこんなロマンス小説のヒーロー役みたいな男、タイプじゃなかったはずなのにな……。
「み、みなまで言わせんなよ、バカッ!」
きっと今のアタシは、耳まで真っ赤になってるはずだ。
あーもう、マジ恥いんだけどッ!
「うおおおおお、姐御、ルギウス様、おめでとうございまああああす!!!!」
「まああああす!!!!」
「「「おめでとー!!!」」」
「なっ!?」
いつの間にか第一分隊のみんなに取り囲まれていた。
歩屍は全てみんなが倒してくれていたらしい。
「フフ、ありがとうございます、みなさん。さあ、マリィからもみなさんにお礼を」
「……」
ケッ、早速彼氏面かよ。
でも、まあ、一応礼くらいは言っとくか。
「あ、ありがとよ、みんな」
「「「はわぁ~~~~~」」」
な、何だよその、萌えキャラを見た時みたいなリアクションはッ!?
「うふふ、これはこれは、妬けてしまいますわね」
「妬ける!? 今妬けると言ったか、メルア!?」
「お見事です、マリィ様。【断滅の魔女】の力、この目でしかと拝見しました」
性女ちゃんとボンクラ王子と宰相のオッサンも馬車から降りてきた。
へっ、残念だったな性女ちゃん!
これで名実共に、ルギウスはアタシのもんだ!
ねぇねぇ今どんな気持ち!?
最後なんだから、お願いだからどんな気持ちか教えてくれよ、ねぇ!?
「……聖女様、一つ質問をよろしいでしょうか」
「うふふ、何でしょう」
ルギウス?
「何故先ほど、マリィに手を貸そうとしてくださったのでしょうか?」
「うふふ、これは異な事を。あのような状況になったら助け合うのは、人として当然のことではございませんか。まあ、結果的に私の出る幕はございませんでしたけど」
「それはおかしいですね。先日アブソリュートヘルフレイムドラゴンと遭遇して俺が助力を願った際は、聖女様のお力は、『王族か、それに準ずる権限をお持ちの方の許可なく使用することを禁じられている』と仰ってましたよね?」
「「「――!」」」
あっ、そういえば。
言ってたなそんなことも。
「え? そうなのか? 僕はそんな規則知らないぞ?」
何!?
ボンクラ王子が知らなかったってことは、性女ちゃんが噓をついてやがったってことか!?
「本当にそんな規則は存在しないのですね、殿下?」
「あ、ああ……」
「となると、あの時聖女様は我々を欺いてらっしゃったことになります。何故あんな噓をおつきになったのか、ご説明願えますか?」
「……」
性女ちゃんからいつもの胡散臭い笑顔が消え、暗い虚のような瞳でルギウスを見据えた。
オイオイ、こいつはまさか――。
「では俺の推測を述べましょうか。――あなたは本当は聖女の力など使えない。違いますか?」
「「「――!!」」」
やっぱりな。
「実は前々からおかしいとは思っていたのです。あなたの聖女の力を実際に見たという人間は、王族を含めこの国にはほとんどいない。ですからあなたの反応を見るために、アブソリュートヘルフレイムドラゴンと遭遇した際にカマをかけてみたのです」
はー、そういうことだったのかよ。
【金色の奸雄】に目を付けられたのが運の尽きだったな偽物ちゃん。
コイツのストーキング能力の高さは、このアタシが身をもって体感してるからな。
あの時点で、既にアンタは詰んでたんだよ。
「バ、バカな!? メルアが偽物だとでも言うのか!? 未来の国王である僕の婚約者に対して、無礼だぞ貴様ッ!」
「そうですぞルギウス殿。メルア様の力が本物だということは、宰相であるこの私がハッキリと確認しております。それともあなたは、私もグルだと仰りたいのですかな?」
「ええ、そうなりますね」
ヒュウッ。
アタシの彼氏は、宰相相手にも物怖じしないねぇ。
いやはや、頼もしいやら、おっかないやら。
「メルア様、もしも俺の考えが間違っているのであれば、俺はどんな処罰でも受けます。ですからどうかこの場で聖女の力を披露し、俺たちにあなたが本物だということを証明してはいただけませんか?」
「……」
尚も偽物ちゃんは、無表情なまま無言でルギウスを見つめる。
宰相のオッサンも同様だ。
あーあ、こりゃ完全にクロだな。
「そ、そんな……、冗談だよなメルア!? 君は本物の聖女だよなッ!? なあっ、そうだと言ってくれよメルアッ!!」
ボンクラ王子は偽物ちゃんの両肩を掴んで、ガクガクと揺すっている。
いやぁ、惨めだねぇ。
お前にも一応訊いとこーかな。
ねぇねぇ今どんな気持ち?
「……ただ、何故お二人がこんな国家を転覆させかねない悪事に手を染めたのかという点だけは、腑に落ちない。少なくとも宰相閣下は、そんなお方ではなかったはず」
ルギウスは顎に手を当てて、ブツブツ何か言ってやがる。
わかんないぜ?
表向きは善人に見えてるヤツも、腹ん中じゃ何考えてるかわかったもんじゃねーからな。
「なあメルアッ!! 何か言ってくれよ、なあッッ!!」
ハァ、流石に見てらんねーな。
「オイ、その辺にしとけよ」
後ろからボンクラ王子の肩に手を置く。
「――! まさか! イケナイッ!! マリィ、殿下、その女から離れてくださいッ!!」
「え?」
ルギウス??
「――が……はっ……」
「――ぐっ!?」
「「「――!!!」」」
その時だった。
突如腹部に激痛が走った。
――見れば偽物ちゃんの手刀が、ボンクラ王子の腹部を貫通し、その手刀がアタシの腹にも突き刺さっていた。
こ、これは……!?
「マリィッッ!!!」
思わず倒れそうになったところを、後ろからルギウスに支えられる。
か、身体に力が入らねぇ……。
まるで全身に猛毒が回ってるみてぇだ……。
「うふふ……ウフフ……ウェッフェッフェッ」
「「「っ!!?」」」
こ、この笑い方は――!
「……まさか」
「ああ、そのまさかさマリィ。さっき君が倒したあの男は、影武者だったんだ」
影……武者……!
「目の前にいるこの女こそが、数百年に渡り数多の命を弄んできた諸悪の根源――本物の【酷屍夢想】だ」




