第16魔:告白
「始める前に一つだけ聞かせろ【酷屍夢想】。ファイリー山脈でアタシにねちっこい視線を向けてやがったのは、テメェだったんだな?」
「ウェッフェッフェッ、その通りさぁ」
……やはりな。
「その割にはあの時は仕掛けてこねーで、今回はこんなとこで待ち伏せしてたのはどういう了見だ? アタシを殺すのが目的なら、あの時のほうがアタシは満身創痍だったから、都合がよかったはずだ」
それだけがどうしても腑に落ちねえ。
「ウェッフェッフェッ、ワタシにもいろいろと都合というものがあるのさぁ。それだけの話だよぉ」
「……あっそ」
あの時よりも今のほうが、コイツにとって都合がよくなったってことか?
……まあいい、ゴチャゴチャ考えるのは性に合わねえ。
――アタシのこの8年間は、コイツを殺すためだけにあった。
今日こそ8年間続いた悪夢を終わらせてやる――!
「紫衣を纏いて紫煙をくゆらせ
伽藍に響く出藍の誉れ」
アタシが右手を天高く掲げると、その上空に虹色に輝く火球が生成され、それはどんどんと膨張していく。
【番神が描く天弓】ならどんな歩屍も断滅できることは証明済みだ。
アタシは空気とか読まねータイプだからな!
速攻で幕引きにしてやるぜ!
「ウェッフェッフェッ、困るよ本番でアドリブをかましてもらっちゃぁ。クライマックスはまだ先だろぉ? ここはまず、両親との感動の再会シーンからだよねぇ」
「――!!」
【酷屍夢想】がパチンと指を鳴らすと、アタシの前に二人の歩屍が這い出て来た。
「久しぶりだなマリィ」
「本当に、こんなに大きくなって」
「…………なっ」
――それは父さんと母さんの歩屍だった。
「ハッ……ハァッ……ハッ……ハァッ……!!」
途端、めまいがして吐き気が込み上げてきた。
バ、バカな……。
どういうことだこれは……!
――この8年、何度も何度も【酷屍夢想】と戦う際のシミュレーションはしてきた。
中でも一番の懸念点は、【酷屍夢想】が父さんと母さんの歩屍をアタシにけしかけてくることだった。
腐った二人の死体を見たら、アタシはきっと動揺する。
だからこそ、いざそうなっても心を揺らさないように、鍛冶師が鉄を叩いて固くするように、何年もかけて心を鍛えてきたつもりだ。
……だが、こうして今目の前にいる二人の歩屍は、腹に【酷屍夢想】の手刀で開けられた穴こそあるものの、姿形はあの日のままで、流暢に言葉まで発している。
これは完全に想定外だ――。
「な……なん……で……」
「ウェッフェッフェッ、何故ご両親があの日のままの姿なのかという顔だねぇ。これこそがワタシが【酷屍夢想】と呼ばれている所以の一つさぁ。――ワタシはねぇ、歩屍に込める魔力次第で、歩屍の保存状態を自在に操れるのさぁ」
「――!!」
そ、そんな……。
「そうなんだよマリィ。【酷屍夢想】様のお陰で、俺と母さんは、いつまでも年を取らない、永遠の命を手にすることができたんだよ」
「だからマリィも私たちと同じ、歩屍になりましょう。そうしたら私たち、昔みたいにずっと一緒に暮らせるわ」
「あ……あぁ……」
わかってる。
こんな台詞は、【酷屍夢想】に無理矢理言わされてるだけだ。
父さんと母さんがこんなこと言うわけがない。
……でも。
「愛してるぞ、マリィ」
「愛してるわ、マリィ」
「う……うあああああああああ……!!!」
「ウェッフェッフェッ、ウェーッフェッフェッ!! 実に素晴らしい家族愛だねぇ!」
やっぱりアタシに、この二人を断滅すことはできない――。
――アタシは【番神が描く天弓】を解除し、アタシを食おうとしている二人の顔を、ぼんやりと眺める。
――嗚呼、アタシの人生も、ここまで、か。
「――ダメだよ、マリィ」
「――!!」
その時だった。
ルギウスがアタシのほうを向きながら、大の字で目の前に立ち塞がった。
父さんと母さんの歩屍は、そんなルギウスの両腕に齧りついている。
「ル、ルギウスッ!!? 何やってんだよ、お前ッ!!」
腕の部分は金の鎧で守られてても、剝き出しの頭部を攻撃されたら一溜まりもねーぞッ!
「マリィ、俺が君のことをストーキングすることになった経緯を聞いてほしい」
「っ!!?」
今言うことかよそれッ!!?
「あれはまだ君が近衛騎士団にいる時の話さ。突如王都に迫って来たロンジェヴィティギガントタートルを、君が倒してくれたことがあっただろう?」
「あ、ああ」
あったなそんなことも。
「あの当時俺は貴族学園の騎士科の生徒でね、たまたま近くで演習していたんだよ」
「――!」
確かにあの時騎士科の生徒が何人かいたが、あの中の一人がルギウスだったのか!?
「ロンジェヴィティギガントタートルに次々と踏み潰されていく同期の仲間たちを間近で見て、俺も死を覚悟した――その時さ、【断滅の魔女】が現れ、ロンジェヴィティギガントタートルを一撃で断滅してしまったんだよ」
「……」
嬉々として話すルギウスは、まるで絵本のヒーローを両親に自慢する子どもみたいだ。
「あの日から君は、俺の憧れになったんだ」
「……ルギウス」
……そういうことだったのかよ。
「――そしてその憧れが恋に変わるのには、そう時間は掛からなかった」
「っ!?」
こ、こここここ恋ッ!?!?
「だから君が婚約破棄されて西方騎士団に来るって知った時は、内心小躍りしたものさ。そしてその時誓ったんだ――どんな手を使ってでも、君を落としてみせる、とね」
「――なっ」
ルギウスはニッコリと、妖しく微笑んだ。
ここにきてヤンデレ属性まで乗っけてくんのかよッ!!
……いよいよ師匠の愛読してたロマンス小説のまんまだな。
「……マリィ、残酷な選択を君に迫っている自覚はある。でも、お願いだから今すぐ選んでくれ。――俺がご両親に殺されるのをその目で見るか。俺と共に人生を歩むか」
「――!!」
……まったく、つくづくコイツは、【金色の奸雄】だな。
「ウェッフェッフェッ、少々クサい演技だが、喜劇としてはなかなか楽しめたよぉ。さぁ、そろそろ幕引きとしようかぁ!」
「ウガアアアアアッ!!!」
「ガアアアアアッ!!!」
【酷屍夢想】がパチンと指を鳴らすと、父さんと母さんの歩屍が豹変し、ルギウスの頭部を齧ろうとしてきた。
――父さん、母さん。
「そよ風のように抱きしめて
――風刃魔術【そよ風の抱擁】」
「な、なにィ!?」
【そよ風の抱擁】の風を二等分し、それを針のような形状にして、父さんと母さんの額目掛けて撃ち出した。
二人の額には、拳大の風穴が開いた――。
「……ゴメンよ、父さん、母さん」
「いや、これでよかったんだよ、マリィ」
「――!!」
と、父さん……!!
「私たちは先に行ってるわね。あなたはまだしばらく、こっちに来ちゃダメよ、マリィ」
母さん……!!
――最後に二人はあの日と同じ、愛に溢れた顔でアタシに微笑むと、全身がサラサラと砂のように崩れ去り、風に吹かれて飛んで行った。
「父さん……母さん……」
「……マリィ」
ルギウスが奥歯をグッと噛みしめながら、アタシの肩に手を置く。
「……ああ、アタシは大丈夫だよ、ルギウス。一流の役者は、舞台の幕が下りるまでは、決して涙は見せねーもんだからな」
「フッ、そうだね。さぁ、いよいよこの舞台もフィナーレだ」
ルギウスがアタシの前からどくと、前方にはガタガタと震える【酷屍夢想】が一人。
「紫衣を纏いて紫煙をくゆらせ
伽藍に響く出藍の誉れ」
アタシが右手を天高く掲げると、その上空に虹色に輝く火球が生成され、それはどんどんと膨張していく。
「ま、待ってくれぇ! ワタシが悪かったぁ! もう二度と、こんなことはしないと神に誓うぅ! だからどうか、命だけはぁっ!」
カッカッカ、絵に描いたような三文芝居だが、喜劇としちゃなかなか楽しめたぜ。
「青天を真似て群青を塗り
緑陰の下で新緑を愛でる
黄泉で惑わす黄昏の君
香橙を浮かべ橙皮で癒す
赤口が堕とすは赤日の絶望
――深淵魔術【番神が描く天弓】」
「アアアアアアアアアアアアアアアアア」
【番神が描く天弓】を【酷屍夢想】にブツけると、天まで届かんとするほどの虹色の巨大な火柱が上がった。
火柱が収まると、そこには塵一つ残ってはいなかった――。
「ブラボー! ……本当にお疲れ様、マリィ。今日の主演女優賞は、君で決まりだよ」
「へへっ」
だったら主演男優賞は、お前だよ、ルギウス。




