表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/24

第16魔:告白

「始める前に一つだけ聞かせろ【酷屍夢想(デッドチート)】。ファイリー山脈でアタシにねちっこい視線を向けてやがったのは、テメェだったんだな?」

「ウェッフェッフェッ、その通りさぁ」


 ……やはりな。


「その割にはあの時は仕掛けてこねーで、今回はこんなとこで待ち伏せしてたのはどういう了見だ? アタシを殺すのが目的なら、あの時のほうがアタシは満身創痍だったから、都合がよかったはずだ」


 それだけがどうしても腑に落ちねえ。


「ウェッフェッフェッ、ワタシにもいろいろと都合というものがあるのさぁ。それだけの話だよぉ」

「……あっそ」


 あの時よりも今のほうが、コイツにとって都合がよくなったってことか?

 ……まあいい、ゴチャゴチャ考えるのは性に合わねえ。

 ――アタシのこの8年間は、コイツを殺すためだけにあった。

 今日こそ8年間続いた悪夢を終わらせてやる――!


紫衣(しい)を纏いて紫煙(しえん)をくゆらせ

 伽藍がらんに響く出藍(しゅつらん)の誉れ」


 アタシが右手を天高く掲げると、その上空に虹色に輝く火球が生成され、それはどんどんと膨張していく。

 【番神が描く天弓(ディスケ・ガウデーレ)】ならどんな歩屍(ゾンビ)も断滅できることは証明済みだ。

 アタシは空気とか読まねータイプだからな!

 速攻で幕引きにしてやるぜ!


「ウェッフェッフェッ、困るよ本番でアドリブをかましてもらっちゃぁ。クライマックスはまだ先だろぉ? ここはまず、()()()()()()()()()シーンからだよねぇ」

「――!!」


 【酷屍夢想(デッドチート)】がパチンと指を鳴らすと、アタシの前に二人の歩屍(ゾンビ)が這い出て来た。


「久しぶりだなマリィ」

「本当に、こんなに大きくなって」

「…………なっ」


 ――それは父さんと母さんの歩屍(ゾンビ)だった。


「ハッ……ハァッ……ハッ……ハァッ……!!」


 途端、めまいがして吐き気が込み上げてきた。

 バ、バカな……。

 どういうことだこれは……!

 ――この8年、何度も何度も【酷屍夢想(デッドチート)】と戦う際のシミュレーションはしてきた。

 中でも一番の懸念点は、【酷屍夢想(デッドチート)】が父さんと母さんの歩屍(ゾンビ)をアタシにけしかけてくることだった。

 腐った二人の死体を見たら、アタシはきっと動揺する。

 だからこそ、いざそうなっても心を揺らさないように、鍛冶師が鉄を叩いて固くするように、何年もかけて心を鍛えてきたつもりだ。

 ……だが、こうして今目の前にいる二人の歩屍(ゾンビ)は、腹に【酷屍夢想(デッドチート)】の手刀で開けられた穴こそあるものの、姿形はあの日のままで、流暢に言葉まで発している。

 これは完全に想定外だ――。


「な……なん……で……」

「ウェッフェッフェッ、何故ご両親があの日のままの姿なのかという顔だねぇ。これこそがワタシが【酷屍夢想(デッドチート)】と呼ばれている所以の一つさぁ。――ワタシはねぇ、歩屍(ゾンビ)に込める魔力次第で、歩屍(ゾンビ)の保存状態を自在に操れるのさぁ」

「――!!」


 そ、そんな……。


「そうなんだよマリィ。【酷屍夢想(デッドチート)】様のお陰で、俺と母さんは、いつまでも年を取らない、永遠の命を手にすることができたんだよ」

「だからマリィも私たちと同じ、歩屍(ゾンビ)になりましょう。そうしたら私たち、昔みたいにずっと一緒に暮らせるわ」

「あ……あぁ……」


 わかってる。

 こんな台詞は、【酷屍夢想(デッドチート)】に無理矢理言わされてるだけだ。

 父さんと母さんがこんなこと言うわけがない。

 ……でも。


「愛してるぞ、マリィ」

「愛してるわ、マリィ」

「う……うあああああああああ……!!!」

「ウェッフェッフェッ、ウェーッフェッフェッ!! 実に素晴らしい家族愛だねぇ!」


 やっぱりアタシに、この二人を断滅(ころ)すことはできない――。

 ――アタシは【番神が描く天弓(ディスケ・ガウデーレ)】を解除し、アタシを食おうとしている二人の顔を、ぼんやりと眺める。

 ――嗚呼、アタシの人生も、ここまで、か。


「――ダメだよ、マリィ」

「――!!」


 その時だった。

 ルギウスがアタシのほうを向きながら、大の字で目の前に立ち塞がった。

 父さんと母さんの歩屍(ゾンビ)は、そんなルギウスの両腕に齧りついている。


「ル、ルギウスッ!!? 何やってんだよ、お前ッ!!」


 腕の部分は金の鎧で守られてても、剝き出しの頭部を攻撃されたら一溜まりもねーぞッ!


「マリィ、俺が君のことをストーキングすることになった経緯を聞いてほしい」

「っ!!?」


 今言うことかよそれッ!!?


「あれはまだ君が近衛騎士団にいる時の話さ。突如王都に迫って来たロンジェヴィティギガントタートルを、君が倒してくれたことがあっただろう?」

「あ、ああ」


 あったなそんなことも。


「あの当時俺は貴族学園の騎士科の生徒でね、たまたま近くで演習していたんだよ」

「――!」


 確かにあの時騎士科の生徒が何人かいたが、あの中の一人がルギウスだったのか!?


「ロンジェヴィティギガントタートルに次々と踏み潰されていく同期の仲間たちを間近で見て、俺も死を覚悟した――その時さ、【断滅の魔女(ヒーロー)】が現れ、ロンジェヴィティギガントタートルを一撃で断滅してしまったんだよ」

「……」


 嬉々として話すルギウスは、まるで絵本のヒーローを両親に自慢する子どもみたいだ。


「あの日から君は、俺の憧れになったんだ」

「……ルギウス」


 ……そういうことだったのかよ。


「――そしてその憧れが恋に変わるのには、そう時間は掛からなかった」

「っ!?」


 こ、こここここ恋ッ!?!?


「だから君が婚約破棄されて西方騎士団に来るって知った時は、内心小躍りしたものさ。そしてその時誓ったんだ――どんな手を使ってでも、君を落としてみせる、とね」

「――なっ」


 ルギウスはニッコリと、妖しく微笑んだ。

 ここにきてヤンデレ属性まで乗っけてくんのかよッ!!

 ……いよいよ師匠の愛読してたロマンス小説のまんまだな。


「……マリィ、残酷な選択を君に迫っている自覚はある。でも、お願いだから今すぐ選んでくれ。――俺がご両親に殺されるのをその目で見るか。俺と共に人生を歩むか」

「――!!」


 ……まったく、つくづくコイツは、【金色(こんじき)の奸雄】だな。


「ウェッフェッフェッ、少々クサい演技だが、喜劇としてはなかなか楽しめたよぉ。さぁ、そろそろ幕引きとしようかぁ!」

「ウガアアアアアッ!!!」

「ガアアアアアッ!!!」


 【酷屍夢想(デッドチート)】がパチンと指を鳴らすと、父さんと母さんの歩屍(ゾンビ)が豹変し、ルギウスの頭部を齧ろうとしてきた。

 ――父さん、母さん。


「そよ風のように抱きしめて

 ――風刃魔術【そよ風の抱擁(フェアリーキッス)】」


「な、なにィ!?」


 【そよ風の抱擁(フェアリーキッス)】の風を二等分し、それを針のような形状にして、父さんと母さんの額目掛けて撃ち出した。

 二人の額には、拳大の風穴が開いた――。


「……ゴメンよ、父さん、母さん」

「いや、これでよかったんだよ、マリィ」

「――!!」


 と、父さん……!!


「私たちは先に行ってるわね。あなたはまだしばらく、こっちに来ちゃダメよ、マリィ」


 母さん……!!

 ――最後に二人はあの日と同じ、愛に溢れた顔でアタシに微笑むと、全身がサラサラと砂のように崩れ去り、風に吹かれて飛んで行った。


「父さん……母さん……」

「……マリィ」


 ルギウスが奥歯をグッと噛みしめながら、アタシの肩に手を置く。


「……ああ、アタシは大丈夫だよ、ルギウス。一流の役者は、舞台の幕が下りるまでは、決して涙は見せねーもんだからな」

「フッ、そうだね。さぁ、いよいよこの舞台もフィナーレだ」


 ルギウスがアタシの前からどくと、前方にはガタガタと震える【酷屍夢想(悪役)】が一人。


紫衣(しい)を纏いて紫煙(しえん)をくゆらせ

 伽藍がらんに響く出藍(しゅつらん)の誉れ」


 アタシが右手を天高く掲げると、その上空に虹色に輝く火球が生成され、それはどんどんと膨張していく。


「ま、待ってくれぇ! ワタシが悪かったぁ! もう二度と、こんなことはしないと神に誓うぅ! だからどうか、命だけはぁっ!」


 カッカッカ、絵に描いたような三文芝居だが、喜劇としちゃなかなか楽しめたぜ。


青天(せいてん)を真似て群青(ぐんじょう)を塗り

 緑陰(りょくいん)の下で新緑(しんりょく)を愛でる

 黄泉(よみ)で惑わす黄昏(たそがれ)の君

 香橙(こうとう)を浮かべ橙皮(とうひ)で癒す

 赤口(しゃっこう)が堕とすは赤日(せきじつ)の絶望

 ――深淵魔術【番神が描く天弓(ディスケ・ガウデーレ)】」


「アアアアアアアアアアアアアアアアア」


 【番神が描く天弓(ディスケ・ガウデーレ)】を【酷屍夢想(悪役)】にブツけると、天まで届かんとするほどの虹色の巨大な火柱が上がった。

 火柱が収まると、そこには塵一つ残ってはいなかった――。


「ブラボー! ……本当にお疲れ様、マリィ。今日の主演女優賞は、君で決まりだよ」

「へへっ」


 だったら主演男優賞は、お前だよ、ルギウス。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バナー
― 新着の感想 ―
[良い点] ゾンビとは言え、お父さんとお母さんと戦うことになったのは、辛かったですよね。 マリィよく頑張りました。 また、この状況で告白するルギウスも素敵ですね。 愛読していたロマンス小説と同じ展開を…
[良い点] ほらぁ! やっぱり両親を! しかもあの日のままの姿でなんて、悪質! だけどルギウスが最高です! これは熱い「俺を選べ」
[良い点] いや~、デッドチート、ムカつくやつでしたわー!! 間咲さん作品の中の悪役で覚えているのは、カシャバールがなかなかイカれていて印象に残っていましたが、ムカつき具合でいえばダントツでこっちで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ