第15魔:開幕
「あ、姐御ぉ、俺もう、干からびてミイラになりそうですぅ」
「ですぅ」
「オイオイ、大の男がだらしねーなー」
護衛任務開始から三日目。
アタシたち一行は、ルーサ帝国に行く上では避けて通れない、広大なダイパ砂漠をただひたすらに歩いていた。
ボンクラ王子たちは温度調節魔術が付与された馬車の中で優雅に涼んでやがるが、アタシたち護衛組は徒歩だ。
まあ、ジャイアスとスネイルの気持ちもわかるけどな。
こう暑かったら、文句の一つも言いたくなるってもんだろう。
「よしお前ら、アタシが特別に魔術で涼しくしてやるよ。そこに並べ」
「おお、あざーーーっす!!!」
「ざーーーっす!!!」
アタシは二人に右の手のひらをかざす。
「波打ち際で戯れて
――放水魔術【波打ち際の想い出】」
「うどああああああああ!?!?」
「ああああ!?!?」
あっ、ヤッベ。
やりすぎちった。
ちょっとした池くらいはある水を一気に放出したもんだから、二人とも吹っ飛んで行っちまった。
「もおー、ヒドいっすよ姐御ぉ!」
「姐御ぉ!」
「ワリィワリィ。でも、涼しくはなったろ?」
「ブラボー! 初級魔術の【波打ち際の想い出】がここまでの威力になるとはね。今日も【断滅の魔女】ってるね」
いや、今のでブラボーはおかしいだろ。
それに「【断滅の魔女】ってる」って何だよ。
勝手に新しいワードを作るんじゃねーよ。
「オイ貴様ら! フザけるのも大概にしろ! 未来の国王である僕の護衛任務中だということを忘れるなよ!」
チッ。
馬車からボンクラ王子が顔を出してイキッてやがるぜ。
「仕事はちゃんとやってんだから別にいーだろーがよ」
「なにィ!? オイマリィ、今の聞こえたぞ!」
ハー、マジダリィ。
「あれ? あそこに誰か倒れてんぞ!? オイアンタ、大丈夫か!?」
「大丈夫か!?」
ん?
その時だった。
ジャイアスとスネイルが、慌てて前方に走って行った。
見れば、ボロボロの服を着た成人男性くらいの人影が、うつ伏せに倒れていた。
こんなとこに一人で……。
行き倒れの旅人か……?
「――!! イケナイッ! ジャイアス先輩、スネイル先輩、ソイツから離れてくださいッ!!」
「「「っ!?」」」
ルギウス!?
「アアアヴァアアアヴァアア……!」
「う、うわあああああ!?!?」
「ああああ!?!?」
その男がのっそりと起き上がった。
が、全身は腐ってところどころ骨や内臓が露出しており、明らかに生きてはいなかった。
――歩屍だ。
これは――!!
「ウェッフェッフェッ、およそ8年ぶりだねぇ、お嬢さん」
「――ッ!!」
この聞いてるだけで鼓膜が腐りそうな声――!!
――ソイツは歩屍の陰から、おもむろに現れた。
貴族風の豪奢なコートの背中から生えている、コウモリのような羽。
頭にも歪な二本の角が生えており、犬歯は鋭く伸び、獣の牙のよう。
そして、瞳の色は血のような深紅――。
「……クックック、8年もレディを待たせるたぁ、相変わらずマナーがなってねぇなぁ、【酷屍夢想】ッ!」
「なにィ!? マ、マリィ、コイツがあの伝説の、【酷屍夢想】なのか!?」
ボンクラ王子が顔面蒼白になってワナワナしている。
「ああそうだッ! ここはアタシに任せて、今すぐ馬車で逃げろッ!!」
これは――アタシの戦いだ――!
「ウェッフェッフェッ、そちらこそマナーがなっていないじゃないかぁ。一度舞台の幕が上がったら、途中で席を立つのはマナー違反だよぉ?」
「「「アアアヴァアアアヴァアア……!」」」
「「「っ!!」」」
【酷屍夢想】がパチンと指を鳴らすと、アタシたち一行を取り囲むように、無数の歩屍が砂の中から這い出て来た。
チッ、流石にそう甘くはねーか。
「ヒイイイイイイイ!!!」
ボンクラ王子は今にもチビりそうな顔をしてやがる。
「うふふ、ご安心ください殿下。ここには私とマリィ様がいらっしゃるのですから。殿下の御身には、指一本触れさせませんわ」
ホウ、その点性女ちゃんはこんな状況でも落ち着いてんな。
まあ、腐っても聖女か。
――だが。
「聖女ちゃん、【酷屍夢想】はアタシがヤる! アンタはボンクラ王子を守ってくれ!」
「き、貴様ッ!? 今僕のことをボンクラ王子と言ったな!?」
どうでもいーだろ今はそんなこと!
「うふふ、承知いたしました」
「殿下のお命は、俺たちもお守りしますぜ!」
「しますぜ!」
おっ、いつの間にか馬車のところまで戻ってたジャイアスとスネイルが、馬車の周りを取り囲んでる歩屍たちを叩き斬ってる。
何気にあの二人が戦ってるところは初めて見たけど、意外と強いじゃん。
「俺たちもジャイアスたちに続くぞー!」
「「「おー!!」」」
その他の第一分隊の隊員たちも、次々に歩屍を蹴散らしていく。
よし、歩屍はコイツらに任せて大丈夫そうだな。
「ルギウス、お前も歩屍の相手を頼む! 【酷屍夢想】はアタシに任せろ!」
「いや、俺も君をサポートするよ」
「っ!?」
ルギウス!?
「どうか俺を信じてくれマリィ。必ず君の力になってみせる」
「ル、ルギウス……」
いつになく真剣な表情のルギウスに、こんな状況だってのにもかかわらず、アタシの胸は思春期の乙女みたいに高鳴った。
……クッ、いやいやだから、ガラじゃねーだろ、アタシッ!
「へっ、わーったよ。その代わり、足を引っ張んじゃねーぞ、ルギウス」
「もちろんさ」
「ウェッフェッフェッ、では本日の舞台のキャストは、キミたちお二人ということでよろしいのかなぁ?」
「ああ、その通りだよ」
そしてその舞台の悪役は、お前だよ【酷屍夢想】。




