第12魔:処罰
「ん?」
這う這うの体でアタシたちが【野犬の墓場】本部の修練場に戻って来ると、何やらザワついていた。
見れば、人垣の中心でセクハラ団長が、誰かにしきりに頭を下げている。
ここじゃ一番偉いはずのセクハラ団長があんな態度を取ってるってことは……。
「おお、元気そうだな、マリィ」
「バルグのオッサン!」
それは近衛騎士団長である、バルグのオッサンだった。
「なんでオッサンがこんなとこにいんだよ?」
「いやなに、たまたま近くを通り掛かったんで、お前の顔を見に来ただけだよ」
「……ふーん」
嘘だな。
たまたま近くにいたのは本当かもしんねーが、ここに来た目的は、アタシじゃない。
――やっぱさっきルギウスが通話してた相手は、バルグのオッサンだったんだ。
「これはこれは、どうぞこんなむさ苦しいところにおいでくださりました、近衛騎士団長様! ボクは西方騎士団第一分隊長の、マーク・ガンギと申します! オイ誰か、お茶をお持ちせんかッ!」
「いや、お構いなく」
あれ、デジャブ?
「ところでマーク・ガンギ君、君に渡すものがあるんだ」
「は?」
オッサンは坊ちゃん隊長に、一枚の紙切れを渡した。
何だ、あれ?
「――なっ!? こ、これは――!!」
坊ちゃん隊長は紙切れを見た途端顔面蒼白になり、ただでさえ脂ギッシュな顔が、更に脂汗でギトギトになった。
キッショ。
坊ちゃん隊長はその場で膝から崩れ落ち、紙切れを手放した。
その紙切れを拾って見ると、そこには『懲戒免職通知書』の文字が。
あらあら。
「な、なんで……! なんでこのボクが、クビにならなきゃいけないんですかッ!!」
クビ隊長はバルグのオッサンに縋り付いた。
オッサンはしゃがんでクビ隊長と目線を合わせる。
「その理由もわからないようだからだよ」
「……は?」
「いいかいマーク君、騎士団員の仕事は、国民の命と安全を守ることにこそある」
「と、当然です! だからこそボクは、今日も国民の脅威となるそれはそれは恐ろしい魔獣を、この手で退治してきたところなのですッ!」
いや、退治したのはアタシだっつーの。
まあ、コイツのことだ。
どーせ部下の功績は全部自分の功績だと思ってるんだろーが。
「だからといってそのために尊い団員の命を無駄に捨てていい理由などどこにもないッッ!!!」
「「「――!!?」」」
おお、怖ッ。
オッサンは普段は温厚なんだけど、たまに怒ると滅茶苦茶怖ぇんだよな。
そういうところはルギウスそっくりだぜ。
いや、ルギウスがオッサンに似てんのか。
「いいか? 我々が守るべき国民の命の中には、騎士団員のものも含まれているんだよ」
「…………あっ」
うんうん、流石近衛騎士団長。
いいこと言うぜ。
「確かにこういった仕事柄、どうしても必要な犠牲というものはある。――だが、だからこそ、不必要な犠牲はその一切を認めてはならないのだ。それを認めてしまったら、仕事として本末転倒じゃないか」
「あ……ああ……あ……」
「とある筋から仕入れた情報によると、君は今まで、少なくとも13人以上の人間の命を無駄に散らしているそうだね」
「あぁ……、あああぁ……」
うわぁ、マジかよ。
よくそれで今まで表沙汰にならなかったな。
……いや、ここでの最高権力者である、セクハラ団長が全部揉み消してたんだろうから、さもありなんといったとこか。
むしろ【野犬の墓場】の殉職率の高さの一因は、間違いなくコイツだろ。
そんで『とある筋』ってのは、どうせルギウスだな。
やれやれ、僅か一ヶ月足らずでクビ隊長の過去の悪行を洗い出すとは、流石【金色の奸雄】様だぜ。
「フフ、俺の顔に何かついてるかい、マリィ?」
が、当の本人は、いつもの胡散臭いキラキラスマイルを浮かべたままだった。
「いや、何でもねーよ」
やっぱコイツには、心を許したらダメな気がする!
「君には後日、軍法会議にも出席してもらう。そのつもりでいてくれ」
オッサンはクビ隊長の肩をポンと叩いた。
「……は……はい」
クビ隊長は頭を抱え、その丸い身体を更に丸く縮こめながら、「ああああああああああ……!!!」と慟哭した。
ドンマイ!
「ピーター先輩、先輩にも被疑者の親族として、軍法会議に出ていただきますので、そのつもりで」
「ハッ、ハイ!?」
ん?
今バルグのオッサン、セクハラ団長のこと先輩って呼んでたよな?
ハハァン、読めたぞ。
多分新人の頃は、セクハラ団長のほうが同じ職場の先輩だったんだ。
でもオッサンのほうが優秀だったからどんどん出世していって、今や騎士団の最高権力者。
片やセクハラ団長は、左遷先の団長が関の山。
さぞかしコンプレックスだったことだろうよ。
しかもセクハラ団長も大なり小なり、クビ隊長の悪事の揉み消しに関与してただろうから、こりゃ責任取らされてセクハラ団長もクビ確定だな。
やれやれ、これで少しは【野犬の墓場】の風通しもよくなるといいがな。
「ところでピーター先輩、席が空いてしまった第一分隊長の後任として、僭越ながら我が愚息を推薦したいと思うのですが、いかがでしょうか?」
おおおお??
「あ……はい、よろしいかと存じます……」
もうセクハラ団長完全に、心折れてんじゃん。
「おお! ルギウス様だったら、分隊長として適者生存だぜ!」
「だぜ!」
それを言うなら適材適所な?
「俺もルギウス様こそ、分隊長に相応しいと思う!」
「俺も俺も!」
「頑張ってください、ルギウス様!」
「ハハ、ありがとうございます、みなさん」
オイオイオイ、随分人気者じゃねーか。
一ヶ月足らずでこんなに多くの団員の心を掴んでるとか、逆に怖ぇんだけど。
将来カルト宗教の教祖になったりしねーだろうな、コイツ?
「そういうわけだ。分隊長としての仕事、しっかり果たすように、ルギウス団員」
「承知いたしました、近衛騎士団長殿。粉骨砕身、精進する所存です」
ルギウスはオッサンに敬礼した。
ふむ、ルギウスもクビ隊長も、親の七光りを浴びまくってるという点では共通してるのに、ルギウスには不思議と嫌悪感はないのは、立ち振る舞いの差かね?
「うふふ、分隊長への就任おめでとうございますルギウス様。私も陰ながら応援しておりますわ」
「ありがとうございます聖女様。ああ、俺は仕事が残っておりますので、これで失礼いたします」
「……!」
あらあら、遂に性女ちゃんが触る前に、ルギウスに逃げられちまったぞ。
「……ぐぐぐっ」
ププププー!
メッチャピキってんじゃーん。
そんなんじゃ聖女じゃなくて性女なのが、世間にバレちゃうよ?
そん時は今度こそ、どんな気持ちなのか聞かせてくれよな!




