第11魔:制裁
「グッ……!」
アタシを庇ったルギウスは、アブソリュートヘルフレイムドラゴンの腐蝕ブレスを真正面から喰らってしまった。
あ、ああ……、そんな……。
アタシが……。
アタシが油断したばっかりに……!!
「ルギウス……ッ!!」
「……フフ、やっと名前で呼んでくれたね」
「っ!?」
あれ???
さっきのスケベ男は一瞬で鎧ごと腐り落ちたのに、ルギウスの鎧には錆一つ付いてねーぞ??
「これが今朝言ってたこの鎧の用途の一つだよ。――金はね、決して腐ることのない金属なんだよ」
「そうなの!?」
し、知らなかったぜ……。
何せアタシ、学校通ってねーしな。
「歩屍相手の対策としては最適ってわけさ。――歩屍と戦う準備をしてきたのは、君だけじゃないんだよ、マリィ」
「――!」
まさかルギウスも、歩屍に因縁が……!?
「さあマリィ、冷静になった君なら、あんな相手楽勝だろ? 倒してくれるかい?」
ルギウスは過去一のキラキラスマイルで、アタシに訊いてきた。
この瞬間、不覚にもアタシの心臓はトクンと一つ跳ねた。
「へっ、任せろよ! 下がってろルギウス、巻き込まれたくなきゃーな!」
「了解」
ここまでお膳立てされてしくじったら、女が廃るぜ!
「紫衣を纏いて紫煙をくゆらせ
伽藍に響く出藍の誉れ」
アタシが右手を天高く掲げると、その上空に虹色に輝く火球が生成され、それはどんどんと膨張していく。
これはアタシと師匠が歩屍対策として開発した、トッテオキだ。
その分魔力消費量も桁違いだが、アタシのありったけをブツけてやるぜ!
「青天を真似て群青を塗り
緑陰の下で新緑を愛でる
黄泉で惑わす黄昏の君
香橙を浮かべ橙皮で癒す
赤口が堕とすは赤日の絶望
――深淵魔術【番神が描く天弓】」
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアア」
アブソリュートヘルフレイムドラゴンが再度腐蝕ブレスをアタシに放つ。
アタシはその腐蝕ブレスに、腐蝕ブレスの直径を遥かに上回る大きさにまで膨張した【番神が描く天弓】をブツけた。
【番神が描く天弓】は腐蝕ブレスを焼き尽くしながら、アブソリュートヘルフレイムドラゴンに直撃した。
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ……!!」
天まで届かんとするほどの虹色の巨大な火柱が上がる。
火柱が収まると、そこには塵一つ残ってはいなかった――。
フゥ、今度こそ、勝った、か……。
「ブラボー! やっぱり君は最高だよ、マリィ」
「へっ、ざっとこんなもんよ」
段々ルギウスの「ブラボー!」を聞くのがクセになってきたな。
アタシはそんな、チョロい女じゃなかったはずなんだが……。
「ウオオオオオオ、姐御オオオオオオ!!!! 俺は今、猛烈に感動しているっすうううう!!!!」
「っすうううう!!!!」
オイオイ、号泣するほどのことかよ。
「うふふ、流石は【断滅の魔女】様。お見事ですわ」
「……」
性女ちゃんは相変わらず、上から目線の噓クセー笑顔を一ミリも崩してねえ。
フン、余程聖女の力に自信を持ってるらしいな。
もしもアタシと戦うことになっても、勝てると踏んでるってことか?
それとも……。
「ハッハッハ! よ、よくやったぞ【断滅の魔女】! 見掛けによらず、なかなか使えるじゃないか、お前!」
「……!」
坊ちゃん隊長が馴れ馴れしくアタシの肩を叩いてきた。
オイ、お前の親父もそうだったけど、その手汗がビッチリついた手でアタシに触んじゃねーよ!
しかもついさっきまでアタシのことクビにするとか脅してたクセに、使えるとなったら途端に手のひらクルーとか、ナメてんのか、テメェ?
「お前さえいれば、木っ端の団員などいくら死んでも問題ない。さっき犬死にしたあの男も、イマイチ役に立たんやつだったから、これで一人分の給与が浮いて却ってよかったくらいだ」
「――ハァ?」
本気で言ってんのか、テメェ……!!
この瞬間、アタシの中で何かがブツンと切れた。
アタシは坊ちゃん隊長の胸の辺りに、右の手のひらをかざす。
「ん?」
「そよ風のように抱きしめて――」
「ぶべらッ!?!?」
「「「っ!?!?」」」
なっ!?
が、アタシが【そよ風の抱擁】を喰らわせる前に、坊ちゃん隊長は何者かに顔面をブン殴られふっ飛んでいった。
「隊長、あなたは最低の人間です」
それは他でもない、ルギウスだった。
あれ、デジャブ???
「き、貴様ァ! 近衛騎士団長の息子だからって調子に乗りやがってぇ! こんなことをして、タダで済むと思ってるのかァ!」
坊ちゃん隊長は鼻血をダラダラ流しながら激高している。
台詞もほとんど親子で一緒って、やっぱ血の力は侮れねーな。
「もちろん俺はどんな処罰でも受けますよ。――ただ今は一刻も早く帰って、デイヴ先輩の亡骸を弔ってあげるべきでしょう」
ルギウスはほぼ原型を留めていない、スケベ男の骸に目を向ける。
スケベ男の名前はデイヴっていうのか……。
大方ルギウスのことだ、【野犬の墓場】にいる全団員の名前を暗記してんだろうな。
「うっ、ううっ……、デイヴ……!! たまに俺にエロ本貸してくれるいい奴だったのに、俺より先に逝きやがって……!」
「逝きやがって……!」
お前らのせいでシリアスな空気が台無しだよ。
「フ、フン、まあボクも早く帰って、貴様に殴られたこの顔の傷を手当てしなきゃいけないからな。その代わり、後で地獄のような処罰を与えてやるからなッ! 覚悟しておけよッ!」
「はい」
――あ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「ん? 何だ、【断滅の魔女】」
「みんなは帰ってくれて構わねーけど、アタシはここに残らせてもらう」
「ハァ!? また貴様は、勝手なことばかり言いやがって!」
でも、せっかく【酷屍夢想】の尻尾を掴んだかもしれねーんだ!
こんなチャンス、逃してなるかよ!
「――う、うわっと!?」
その時だった。
アタシの足から急に力が抜けて、後ろに倒れそうになった。
くっ! 流石に【魔女が与える鉄槌】と【番神が描く天弓】の連発は、魔力の消費が多すぎたか――。
「そこまでだよ、マリィ」
「――!!」
が、そんなアタシを、誰かが後ろからふわりと支えてくれた。
……案の定、それはルギウスだった。
「君の気持ちはよくわかるけど、いくら君でもそろそろ限界だ。今日のところは一旦仕切り直して、対策を練ろう。――万全の状態で、ご両親の仇を討ちたいだろ?」
「――!」
やっぱお前、アタシのストーカーだな?
アタシの両親のことも知ってるとは。
まあ、その辺の事情はバルグのオッサンは知ってるから、オッサンから聞いたのかもしんねーけど。
「わーったよ、今日んとこは帰る……」
「うん、いい子だね」
ルギウスによしよしと頭を撫でられる。
オイ、アタシを子ども扱いすんじゃねぇ!
「うふふ、改めて【金色の奸雄】様の叡智を、この目で堪能いたしましたわ。私がもしウォーレン殿下の婚約者でなかったなら、一目惚れしていたかもしれません」
「――!」
性女ちゃんはルギウスの右腕を、そっと左手でさする。
お前すぐルギウスの右腕をさするな!?
樹液に群がる蛾かよ!
「それは光栄です。ああ、俺はちょっとやらなきゃいけないことがありますので、これで」
「――!」
ルギウスは性女ちゃんの左手をやんわりと掴んで離し、後方に歩いて行った。
ププププー!
やーいやーい、まーたフラれたー!
ねぇねぇ今どんな気持ち?
どんな気持ちなの、ねぇ?
そろそろ教えてよ、ねぇ?
「……くっ」
おおっとぉ。
遂に性女ちゃんも、営業スマイルを維持できなくなってきましたねぇ。
へへ、ざまぁねえぜ!
「ああもしもし、俺だけど」
「?」
ルギウスは携帯用の魔導通信機で、どこかに通話してるみたいだった。
はー、あれだけで、高級馬車が買えるくらいの値段するぜ。
でも、通話相手もそれを持ってるくらいの金持ちってことは、もしかして……?
「あ」
そういえば、ここに着いた時に山の峰のほうから感じていた視線は、今は感じねーな?
……もしもあの視線が【酷屍夢想】のものだったとしたら、既にヤツはここにはいねーってことか。
待ってやがれよ【酷屍夢想】。
必ずテメェを見付け出して、この手で断滅してやるからな……!




